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3巻

3-2

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「はは」

 俺はラフィーネさんの視線が恥ずかしくなってしまい、思わず照れ笑いを浮かべてしまう。

「リックさん?」

 よこしまな気持ちがバレたのか、ルナさんが俺の方をジロリと見てくる。
 しかし、どういうつもりでラフィーネさんは俺のことを見ているんだ? まさか一目惚ひとめぼれ? いや絶対にないな。

「この方がいれば護衛は大丈夫だと思います」

 そう言って、ラフィーネさんは俺の手を掴む。

「さすがラフィーネ様です! リックさんはあのクイーンフォルミを倒した方で、この街で一番強いと言っても過言ではありません」

 ラフィーネさんは俺の噂か何かを知っていたから、一人一人顔をジッと見て確かめていたのか? まあ、クイーンフォルミ討伐の報告と同時に、俺の話を聞いていたとしても不思議ふしぎじゃない。

「それではこの街にいる間、ぜひリックくんに私の護衛をお願いしたいです」
「ラフィーネ様、護衛なら俺達がいるから必要ないぜ」
「テッド! 口をつつしめ! ラフィーネ様がお決めになったことだぞ!」

 テッドさんはどうやら俺のことが気にくわないらしい。まあそれだけ自分の腕に自信があるのかもしれないが。

「でしたら、この方とテッドで試合をしてみたらどうでしょうか?」

 ラフィーネさんが突然そんなことを言い出した。

「テッドが勝ったら護衛はシオンとテッドの二人だけにお願いします。ですがテッドが負けたら……」
「ズーリエにいる間、こいつの奴隷になってやるよ」

 またデカい口を叩いたものだ。どうやらテッドさんは見かけどおり勝ち気な奴のようだ。正直な話、俺は勝っても負けてもどっちでもいいんだが……

「とりあえず街の代表には会ったんだ。さっさとこのショボい街からおさらばしようぜ」

 テッドさん──いや、テッドの言葉を聞いて考えが変わった。おじいちゃん、おばあちゃんが住んでいる街を、ルナさんが代表をしている街をバカにしたこいつは許せない。

「わかりました。その試合、お受けいたしましょう」

 こうして北門にて、ラフィーネさんの提案により、俺はテッドと試合をすることになった。
 このテッドという男、挑発のつもりでズーリエをバカにしたのかもしれないが、やり方が下品すぎる。基本この世界の人達は、自分が住んでいる場所にほこりを持っているから、ここにいる皆テッドに対して怒りが湧いているはずだ。それはもちろん俺も同じ。これは絶対に負けられない戦いだ。
 テッドの身体は俺より少し小さいくらいだが、腕や脚、胸部や背筋はいきんなどはよくきたえられており、デカい口を叩くだけはありそうだ。そして手に持っている剣は細身で、パワータイプではないことがうかがえる。

「リックさん、このようなことに巻き込んでしまい申し訳ありません」
「いや、自分が住んでいる街をバカにされたんだ。十分戦う理由になるさ」

 申し訳なさそうなルナさんの肩を軽く叩く。それに、俺より長くズーリエに住んでいるルナさんやハリスさん、衛兵達の方が、よっぽど頭に来ているはずだ。
 だから、皆に代わってテッドを倒してみせる。

「よろしいのですか? 到着して早々現地の者達と揉め事を起こすなど」
「大丈夫よ。あのズーリエ代表のルナさんは人格者で通っている方だし、雨降って地固まるともいうじゃない」
「まさか何か『聞いた』のですか?」
「ルナさんに関しては信頼できる筋の情報があるので……ただあのリックという青年については……」

 シオンさんとラフィーネさんが何やら小さな声で話をしていたので、思わず聴覚強化ちょうかくきょうかのスキルを使ってしまったが、何か『聞いた』とはどういうことだ? 試合の前に気になるワードを口にするなあ。
 とはいえ、今はテッドを倒すことが優先だ。
 俺は異空間からカゼナギのけんを取り出す。

「ん? どこから剣を出しやがった。どうやら手品の腕は一級品のようだな」
「この程度のことがわからないなんて、サラダーン州代表の護衛というのも大したことないな」
「貴様、死にたいらしいな」

 俺はテッドの挑発を軽くいなし、逆に挑発し返す。
 この勝負は、テッドの心をへし折るのが目的なので、カゼナギの剣の特殊能力である風の操作は使わない。正々堂々と戦って打ちのめしてやる。
 俺は両手で剣を握り、切っ先をテッドに向ける。するとテッドは右手で剣を持ち、俺と同じように切っ先をこちらに向けてきた。

「それでは、不肖ふしょうながら私が審判をさせていただきますね」

 ラフィーネさんは少しワクワクした様子で審判役を買って出る。ルナさんが尊敬して止まないラフィーネさんだけど、試合をすると言ったり、嬉々として審判をしたりするところを見るに、少しお転婆てんばな性格をしているのかもしれない。

「始めますよ~」

 いかんいかん。今は戦いに集中だ。
 テッドはおそらくパワーではなく、スピードで勝負してくるだろう。そして俺の心をへし折るために、一瞬で決着をつけに来るはず。
 開始直後の奇襲でやられないように、気をつけなくてはならない。
 俺はテッドの視線、剣、一挙手一投足を注視し、わずかな動きさえも見逃さないよう集中する。

「それでは始めてください」

 そしてラフィーネさんの号令で試合が開始された瞬間、俺は後方へと下がり補助魔法をとなえる。

「クラス2・旋風魔法フウァールウインド、クラス2・剛力魔法クラフト

 これで俺のスピードと力は強化された。

「補助魔法だと? 化石かせきのような魔法を使いやがって」

 テッドは補助魔法を使われたことなど気にもせず、後ろに下がった俺を追ってくる。そのスピードは……速い! 
 さすがにデカい口を叩くだけのことはある。一瞬で俺との間合いを詰めてきた。

「一撃で決めてやるぜ!」

 テッドは右手に持った剣を後ろに引く。

「まさかテッドの奴、あの青年を殺すつもりか!」

 シオンさんが不穏なことを言った。
 殺すつもりってことは、それだけ強力な技を繰り出すつもりなのか! 

「食らいやがれ! ミーティアスラスト!」

 テッドが技名を口にしながら、こちらに向かって突きをはなつ。すると、剣が七つに分かれて襲ってきた。
 これは幻影なのか、それとも目にもまらぬスピードで突きを繰り出しているのか。わからないけれど、容易よういに見切れるものではない。
 剣を見切ってふせぐのは論外、だが果たしてかわすことができるだろうか? このままではシオンさんの言うとおり、待っているのは死だけだ。
 防ぐのもかわすのも不可能、それなら……
 俺は方針を決め、カゼナギの剣を強く握ってテッドに向かっていく。

「何!」

 俺の行動が予想外だったのか、テッドは驚きの声を上げる。
 見切って防ぐのもかわすのも無理なら、こちらから攻撃して粉砕するだけだ。幻影だろうが本物だろうが、全て叩き斬れば関係ない。
 俺は身を低くし、下から上に向かって剣を振り上げる。
 すると剣同士がぶつかり、キンッという甲高い音が鳴った。
 テッドは俺の攻撃を受け止められなかったようで、はじかれた剣がちゅうう。俺は丸腰になったテッドの首もとにカゼナギの剣を突き付け、一言だけ言葉を発した。

「俺の勝ちだ」

 俺は剣をテッドに突き付けたまま、ラフィーネさんへと視線を向ける。

「リックくんの勝ちですね」

 ラフィーネさんが勝利を宣言すると、周囲は一斉にいた。

「リックさんが勝ちました!」
「相手もすごいスキルを使ってきたが、リックさんにはかなわなかったな」
「さすがはズーリエの英雄だぜ!」
「「「リック! リック! リック!」」」 

 勝利をたたえてくれるのは嬉しいけど、名前のコールは恥ずかしいぞ。日本人はシャイな奴が多いことを知らないのか。

「テッドが簡単に負けてしまうなんて」
「あのリックという青年はかなりの実力者です。あの補助魔法もただの補助魔法じゃない可能性が高いですね」

 シオンさんの言うとおり、あなた達が考えている以上に補助魔法で能力が上がっているからな。

「バカな! 俺がこんな田舎いなかの補助魔法使いごときに負けるなんてありえない!」

 そして敗北を認められないのか、テッドは地面にこぶしを叩きつけ、うらぶしを口にしている。

「今のは何かの間違いだ! もう一度やればこんな……」
「テッド! 見苦しいぞ! お前は実戦で斬られた時も同じセリフを言うつもりなのか!」

 シオンさんが語気を強めていましめると、テッドは顔をゆがめて言った。

「さっきは油断ゆだんしただけだ。それに一度勝利した方が勝ちだと決めた覚えはない」

 これがルナさんの憧れるラフィーネさんの護衛か。正直な話、その人間性に幻滅げんめつしたぞ。

「二勝した方の勝ちでどうだ?」

 ここでテッドの提案を受けてやる義理はない。それにあまりやりすぎてしまうと、それこそラフィーネさんとルナさんの関係が悪くなってしまいそうだからな。
 俺が断りの言葉を口にしようとしたその時。

「リックくん……だったな。ちょっといいか」

 俺はシオンさんからついてくるように促され、ラフィーネさんのもとへと連れていかれる。

「リックくん。申し訳ないが、もう一度テッドと立ち合ってもらえないか」

 先程の言葉とは打って変わって、シオンさんはテッドと試合をするよう言ってきた。
 疑問が俺の顔に出ていたのか、シオンさんは真剣な顔で説明し始める。

「私は何故ラフィーネ様がテッドにリックくんと試合をさせるのか疑問に思っていたが、ようやくわかった。最近のおごり高ぶったテッドの性根しょうねを叩き直すためだったんだ」

 な、なるほど。確かにいきなり試合をさせられるからおかしいとは思った。将来有望なテッドに上には上がいることを見せて、もっと大きく成長させるための試合だったのか。
 偉い人は色々考えているんだな。
 俺とシオンさんは、ラフィーネさんから肯定の言葉が返ってくると思い彼女の方を見る。

「…………そ、そうなの。わかってもらえて嬉しいわ」
「ラ、ラフィーネ様? 今の間は……」

 まさかあまり深く考えてなかったんじゃないか? 
 俺とシオンさんは疑いの眼差まなざしをラフィーネさんに向ける。

「……だって面白そうじゃない。クイーンフォルミを倒した英雄と、我が国で五本の指に入る剣士との戦いを見てみたくて。それにおつ……」
「ラフィーネ様!」

 ラフィーネさんが何かを言いかけたが、シオンさんが突然大きな声を出して言葉をさえぎる。

「おつ?」
「な、何でもないのよ。とにかくシオンの言うとおり、リックくんは遠慮せずに戦ってくれて大丈夫です」
「それがテッドさんにとって屈辱的くつじょくてきな敗北になっても?」
「テッドはこのまま終わるような人間ではありません。私もシオンも彼の実力を買っています。どうかテッドのためにもリックくんの力で倒してください」
「わかりました」

 テッドは周りの人にめぐまれているな。ラフィーネさんもシオンさんもテッドのことを真剣に考えている。
 それに、俺にも都合がいい話だ。ズーリエの街をバカにし、敗北しても負けを認めないこの男は、完膚かんぷなきまでに叩きのめしてやらなくては。
 テッドにとって最も屈辱的な敗北は何か、それは……
 俺はテッドのもとへと向かいながら魔力を高め、魔法を唱える。

「クラス5・創造クリエイト創聖魔法ジェネシススキル作製さくせい

 俺はスキルを一つ創造し、テッドの前に立つ。

「何か知らないが魔法を使ったということは、もう一度戦うってことでいいんだな?」
「テッドさんの上司の方にもお願いされましたからね」
「それはそれは。ラフィーネ様とシオンさんに感謝だな」

 頼まれたのはあんたを叩きのめすことだけど。テッドは勘違いしているが、わざわざ言う必要もないな。

「それじゃあ始めるぞ。二回先に勝利した方が勝ちだ。それでいいな?」
「いや、よくない」
「よくない……だと……だったらルールはどうするんだ? 三回勝負にするか?」
「テッドさんが負けを認めるまで何度でも戦います」
「このやろう、一度勝ったからって調子に乗ってるな」
「どちらにせよ、俺とはもう戦いたいと思わなくなるので」
「抜かせ!」

 俺も人のことは言えないけど、簡単に挑発に乗ってくれるな。テッドにはジルク商業国の最重要人物を護衛する役割があるから、もっと冷静になってほしいものだ。頭に血が上った状態だと、またさっきの二の舞になることに気づかないのか? 

「シオン、二人の間で火花がバチバチいっているわよ」
「ラフィーネ様、楽しそうな顔をしないでください。それより試合開始の合図を」
「そうね。リックくんの自信がどこから湧いてくるのか見てみたいわ」

 俺とテッドは剣を構える。ただ、俺は先程とは違い、剣を両手ではなく片手で持ち、その切っ先をテッドへと向けた。

「それでは始めてください」

 そしてラフィーネさんから試合開始の号令が放たれる。
 しかしテッドは動かない。どうやらこちらの出方を窺い、カウンターを狙っているようだった。
 挑発に乗っているように見えたが、意外にも冷静なテッドに俺は驚いてしまう。
 ただのバカじゃないということか。
 まあただのバカだったら、ラフィーネさんやシオンさんが期待をするようなことはないか。
 だけどこれは俺が望んだ展開でもあるな。
 それなら遠慮なく、こちらから攻撃をしかけさせてもらおう。
 俺は右手に持った剣を後ろに引き、そしてテッドに接近しながら前方に突き出す。

「な、何だと!」

 するとテッドから驚きの声が上がった。
 俺が放ったがテッドに襲いかかる。

「バカな! これは俺の!」

 テッドが驚くのも無理はない。何故ならテッドは今、自分の得意としているスキルで攻撃されているのだから。
 先程俺が作製したスキルはミーティアスラストだ。
 テッドが屈辱的だと思うことは何か。それは自分と同じ技を、いや、自分より優れた技を見せつけられることだと考えたのだ。

「俺以上の……」

 そう、テッドのミーティアスラストは七本の剣に分かれての攻撃だったが、俺の剣は九本に分かれている。どちらが上か誰の目にも明らかだ。
 それはテッドも例外ではなく、俺のミーティアスラストを見て驚きのあまり尻餅しりもちをついてしまった。俺は倒れたテッドの眼前で剣を止めて、彼を見下ろした。

「まだやりますか?」

 口調は柔らかく、だけど殺気を込めて言い放つ俺に、テッドは冷や汗をかき、緊張からかつばを飲み込んだ。
 この後の返答次第では自分の眼球がどうなるか、理解してもらえたようだ。
 まあそうは言っても、本当に眼球を突き刺すような真似はしないけど。

「わ、わかった。もうやらない。俺の負けでいい」

 テッドは素直に負けを認め、剣を地面に置く。
 どうやら実力の差を見抜く目はあったようだ。まあ、自分のスキルの上位互換のようなものを見せられたのだから、諦めるしかないだろう。
 俺が絶望に打ちのめされているテッドの前で剣をさやに納めると、先程と同じように周囲から歓声が湧いた。

「リックさんの今のスキルは、さっきあのテッドという男が見せたものじゃ……」
「あの若いもんも上には上がいることがわかっただろ」
「いやはや、とんでもないものを見せてもらいましたね」

 少しやりすぎた感はあるが、ズーリエの街の皆には、俺がクイーンフォルミを一人で倒したことが伝わっているから、問題ないだろう。
 むしろ問題はサラダーン州から来た三人だ。

「テッド、大丈夫か?」
「ああ」
「誰彼構わず噛みつくからこういうことになるのだ。今回は敵ではなかったからいいものの、我々にあだなす存在だった場合、お前はラフィーネ様を危険にさらす可能性もあったんだぞ」
「返す言葉もねえ」
「まあまあ、テッドの強気なところは長所でもあるんだから。ただ今後は相手の力をしっかりと見極めてちょうだいね」
「はい……」

 どうやらラフィーネさん達の話は終わったようだ。テッドも最初会った時とは別人のように意気消沈している。

「リックくん、テッドとの試合を受けていただきありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」

 ラフィーネさんに言われなくても、俺はズーリエをバカにしたテッドと試合をおこなっていたと思うし。

「それで、ルナさんとリックくんと……そこの方で少しお話がしたいのですが」

 そこの方とはハリスさんのことを言っているのだろう。

「わ、わかりました。それでは皆様は通常の業務へと戻ってください」
「「「はっ!」」」 

 ルナさんの命令で衛兵達は北門から街へ入り、仕事へと戻っていく。
 そういえば今ふと思ったけど、ハリスさんはラフィーネさんの容姿についてあまりめたりしないな。ルナさんの時は美しい代表と働けて幸せだとか言っていたのに。さすがにこの国で一番偉い人だから遠慮しているのか、それともハリスさんはロリコンで、若い子じゃないとダメなのか。
 しかし俺の疑問は、この後すぐに解消されることとなる。

「改めまして、サラダーン州の代表をしているラフィーネです」
「ルルル、ルナと申します。ズ、ズーリエの代表をしています!」

 周囲の人数が減った影響か、ルナさんのラフィーネさんに対する緊張がまたぶり返してきた。というか最初の時よりひどくなっている気が……

「ルナ代表。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。妹は猫を被って、尊敬されるラフィーネを演じているだけですから」
「ハ、ハリスさん失礼ですよ! ラフィーネ様に対して猫を被るだとか妹などと……い、妹!」

 ハリスさんの妹宣言に対して、ルナさんは少し遅れたタイミングで驚愕きょうがくしていた。
 これは驚いた。確かに妹なら綺麗だの何だのと褒めることはないだろうし、ハリスさんがラフィーネさんのことをやけに細かい特徴まで知っていたのも納得だ。


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