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2巻
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「ど、どうしましょう」
「ルナさんはまた隠れてて。俺が倒しちゃうから」
「わ、わかりました。気をつけてくださいね」
俺は津波のように幾度となく迫ってくるアーミーフォルミを撃退し続けた。
これでほとんどのアーミーフォルミは討伐したはず。あとはクイーンフォルミと、その周囲にいる百匹弱くらいのアーミーフォルミだけだ。
魔物を討伐しながら北西に進んだことで、ようやく探知スキルにクイーンフォルミが引っ掛かってくるようになった。
クイーンフォルミはここから北北西、八百メートル程のところにある林の中にいる。大きさはアーミーフォルミの四~五倍はありそうで、茶色の体躯、腹が大きく毒針もでかい。それに、クイーンフォルミはアーミーフォルミと違って、口から毒液を出すと以前聞いたことがあるので、距離があるからと言って安心はできない相手だ。
「お、終わりましたか?」
ルナさんが恐る恐るといった感じで、茂みから顔を出してきた。
「うん。後は素材を異空間収納魔法で回収するだけ」
「お、お疲れさまでした」
ルナさんは周囲に魔物がいないとわかって安心したのか、安堵の表情を浮かべながらこちらへと向かってくる。
「リックさん……次はもう少し早く魔物が来ることを教えていただけると助かります。たくさんのアーミーフォルミがいて少し怖かったです」
「ご、ごめんなさい」
今日が初実戦のルナさんには、少し刺激が強すぎたか。
でもアーミーフォルミの大群を倒したおかげで、かなりレベルアップできたんじゃないかな。
「リックさんもいっぱいレベルが上がりましたか?」
「ちょっと待ってて。今確認してみるよ」
俺は鑑定スキルで自分のステータスを確認してみる。
名前:リック
性別:男
種族:人間
レベル:48/500
称号:元子爵家次男・勇者パーティーから追放されし者・女神の祝福を受けし者・異世界転生者・???・昆虫ハンター
力:502
素早さ:293
防御力:333
魔力:5321
HP:163
MP:621
スキル:力強化A・スピード強化E・魔力強化D・剣技B・弓技D・鑑定・探知・暗視・聴覚強化・麻痺耐性A
魔法:補助魔法クラス4・創聖魔法クラス5
おお、けっこうレベルが上がっているな。さすがに千匹程魔物を倒しただけはある。
「どうでしたか?」
「レベルは倍以上になっていたし、剣のスキルが上がって称号に昆虫ハンターが追加されていたよ」
「リックさんの目標が少しは達成されてよかったです」
「そうだね。それであと一つだけやりたいことがあるから、もう少しだけ付き合ってもらってもいいかな? ただMPが足りないから、少し休憩をしてからになるけど」
「わかりました。私は今日一日空いているので問題ないです」
俺はルナさんの許可を得たので、素材を異空間に収納して休憩した後、一匹のアーミーフォルミを倒した。そして、今日のところはズーリエの街へと引き返すことにした。
ズーリエに帰る途中、行きと比べて魔物が襲ってくる数は極端に減っていた。
自分達の仲間が殺されていることを知って、不用意に近づかないようにしているのかもしれないけど、何はともあれ帰り道は安全に街まで戻ることができそうだ。
「すみません……リックさんに二つお聞きしたいことがあるのですが?」
「ん? 何かな?」
「憶測ですけど……リックさんなら、今日このまま一人でクイーンフォルミを討伐することもできましたよね? それをしなかったのは何か考えがあってのことですか?」
ルナさんから鋭い質問が飛んでくる。
「どうしてそう思ったの?」
「初めは私に危険が及ばないようにしてくださっているのかなと思いました。ですが、わざわざここまで来たのに、日を改めて討伐するのも少しおかしいかなって」
「確かにルナさんの身の安全を考えて討伐を諦めたというのも正しい……それともう一つ。ルナさんはズーリエの街をどんな街にしたいのかな?」
「治安がよく、安定して収入を生み出せる街ですね」
「それはルナさん一人でやるのかな? それとも街の皆で?」
「もちろん皆さんとです」
「そうだよね。街の代表として、もちろんルナさんがやらなければいけないことはあると思うけど、街の人がやらなくちゃいけないこともルナさんがやってしまったらどうなるかな?」
「それは……街の人が私に依存してしまいますね」
「もちろんトップが優秀でうまくいくこともあると思うけど、それだと周りの人材は育たないし、トップの人がいなくなった後、どうなるかわからない」
それに元いた世界でも、一番上の人が力を持ちすぎて周囲がイエスマンになり、間違った方向に進んだ時、止める手段がないなんて状況をよく見た。それで戦争を始めたり、核ミサイルを作ったりなんてことも歴史の上ではありふれている。
「特に街の交易を復活させるためにも、今回は魔物を倒して終わりじゃなくて、その後の治安維持が重要だと思う。街の中の警護は衛兵が……そして街の外は……」
「冒険者さんですね」
「そう。だから今回のクイーンフォルミ討伐には、ぜひ他の冒険者にも参加してほしいと思っている。強大な魔物を倒し、街の発展に自分達が貢献していることがわかれば、自信にもなるしね」
「すごいです。リックさんはまだズーリエに来たばかりなのに、街のことをそこまで考えて……リックさんは私より政治家に向いている気がします」
「そ、そんなことないよ」
俺の知識は全部前の世界の受け売りだ。
この世界の知識だけで頑張っているルナさんの方がすごい。
「それと、最後に一匹のアーミーフォルミと戦った時は驚きました。あまり心配をかけさせないでくださいね」
俺は休憩をした後に、アーミーフォルミを使ってあることを試していた。確かに傍からみたら危険な行為だったかもしれない。
「でも万が一のことも考えて、ルナさんからアイテムをもらっていたから」
「それでもです」
「ごめんなさい」
俺のことを思って言ってくれたから、ここは素直に頭を下げることにする。
そして俺達は、昼過ぎにはズーリエの街の北門に戻ることができ、今日は解散という流れになるはずだったが。
「ルナ代表、リックくん、大変です」
言葉の内容とは裏腹に、あまり大変そうじゃない声を上げて北区画からハリスさんが現れた。
第二章 腐った冒険者ギルドを改革しよう
「今日は討伐依頼をするために、冒険者ギルドの方に行かれたのではないのですか?」
「ええ……しかし断られてしまいました。参った参った」
ハリスさんは明るく報告をしてくる。
どう見ても本当に困っているようには見えないな。まだ会ったばかりだからかもしれないけど、この人の考えていることっていまいち読めない。いや、街の代表補佐としては、交渉ごとなどで考えを読まれない方がいいのか。
ともかく今はハリスさんのことより、冒険者ギルドの話を聞いてみよう。
「冒険者ギルドはなんで断ってきたんですか? お金の問題ですか?」
俺は依頼を断るのに、一番ありそうな問題を挙げてみた。
「いえ、我が街は今少しだけ財政に余裕がありますから。ウェールズの財産のおかげで」
「ウェールズの財産? それはどういうことでしょうか」
「彼は選挙の不正や殺人教唆などもろもろの罪で、死罪となることが決定しました」
ハリスさんの言葉に驚きはない。ウェールズはあれだけのことをしたんだ。むしろ死罪でも軽いくらいだと思っている。
「彼には血が繋がった家族がいないため、財産の半分はズーリエの街に、もう半分は州の方に振り分けられました。おかげで魔物討伐依頼のお金を、リックさんや冒険者ギルドに払うことができるというわけです」
なるほど……本来なら交易のための魔物討伐はもっと早くやってもおかしくない案件だ。何故このタイミングで魔物討伐の話が出たのか疑問に思っていたけど、お金の目処が立ったからなのか。
「まあ今はそんな話は置いといて、冒険者達は魔物に恐れをなしているようですね。リックくんという強力な助っ人がいると言っても、首を縦に振っていただくことはできませんでした」
「今の俺は勇者パーティーを抜けた、ただのFランクの冒険者ですからね」
ノイズやゴンザを倒したからと言って、俺の評価はハインツが吹聴した無能者としての噂を上回るものではなかったのだろう。
「冒険者達は……言葉に出してはならないかもしれませんが、心が腐りきっていますから」
「それはどういうことですか?」
「ここズーリエは帝国に近い位置にあり、同じ内容の仕事でも帝国の方が金払いがいいため、実力のある冒険者は皆そちらに行ってしまうのです」
帝国は確かに他国と比べて冒険者を優遇している。皇帝であるエグゼルトは、有能な人材を冒険者ギルドから登用しているという噂もあるくらいだからな。
同じ仕事内容なら、金払いがいい方を選ぶのは当たり前のことだ。
「だからここにいる者は、帝国で冒険者をやっていく実力がないか、故郷であるこの街を理由があって離れられない者達ばかりです」
「ハリスおじさん、言い過ぎです! 強い魔物と戦うのは誰でも怖いですし、冒険者の方がこの街を拠点にしてくれるよう、頑張るのが私達の仕事じゃないですか」
「おっしゃるとおりですね。ルナさんは街の代表に向いているかもしれませんな」
「もう代表になっています!」
真面目で優しいルナさんと、少し不真面目だけどポーカーフェイスで底が知れないハリスさん。性格は正反対っぽいけど、だからこそ上手くやっていけるような感じがするな。
特にルナさんは人がいいから、騙されないためにもハリスさんみたいな人が側にいた方がいいと思う。
「そういうわけでリックくん。申し訳ないけど、君が冒険者ギルドを説得してくれませんか?」
「そんな……リックさんに丸投げするなんて」
「わかりました」
「えっ!」
俺がハリスさんの要望を迷わず受けたことに、ルナさんは驚きの声を上げる。
ハリスさんはわかっているんだ。街の外の治安維持に冒険者が必要であること、そして冒険者を説得するのに一番手っ取り早いのは、俺が実力を見せることだって。
だから俺は、ハリスさんの言葉に即答した。
「それじゃあルナさん。冒険者ギルドのある場所を教えてくれないかな」
「わ、わかりました。でもいいんですか? リックさんはまだ街に戻ってきたばかりなのに……」
「大丈夫、全然疲れていないよ」
昔みたいに、ハインツの言いなりになって理不尽な命令に従うより、ルナさんや街のために働くことの方が楽しいからな。
「リックくんが引き受けてくれてよかった。これで安心して冒険者の方はお任せすることができます。私はこの後役所で人と会う約束がありますので、申し訳ありませんがお願いしますね」
ハリスさんは中央区画へと向かい、この場には俺とルナさんだけとなる。
「それじゃあ俺達も行こうか」
「すみません。お手数をおかけしてしまって」
「この街の冒険者ギルドには、一度行ってみたいと思っていたからちょうどよかったよ」
「そう言っていただけると助かります。では冒険者ギルドに案内致しますね」
そして俺はルナさんの案内の元、街の南東区画へと足を向けた。
冒険者ギルドに向かっている途中に、ノイズとナバルが密会していた南区画を通ることになったが、前回と違って日が出ており明るいため、街の様子がハッキリとわかった。
ここはやはり、俺と母さんが住んでいたドルドランドの貧民街と同じだ。
建物は木や藁でできたものが多く、道脇に目をやると、みすぼらしい服を着た貧しい少年や少女達が地面に座り、側を通る大人達に物乞いをしていた。
そしてこの区画に来てから、ルナさんが悲痛な表情をしているのがすぐにわかった。
「大丈夫? なんだか辛そうだけど」
「は、はい。大丈夫です」
ルナさんは大丈夫だと言うが顔は険しいままだ。おそらくこの区画の現状を憂えているのだろう。
「以前孤児達や、生活に余裕がない人達をどうすれば救うことができるのか、ハリスさんに相談したことがあります。その時に教会や教育を受けることができる場所を作りましょうと提案したのですが、却下されてしまったことを思い出して……」
「それは、街の経済を復活させることが優先だから?」
おそらく安定してズーリエの街で収益を上げていかないと、それこそ資金難で貧民街が拡大してしまい、取り返しがつかないことになりかねないからだと思う。
「リックさんのおっしゃる通りです。ですからこの魔物討伐を成功させ、ズーリエの街と他のジルク商業国の街との交易を再開し、そして貧民街を無くすための作業へと着手していきたいです」
そのためには莫大なお金が必要だと思う。だけどルナさんなら何年かかってでもやり遂げるだろう。
貧民街をなくすために、俺にも何か協力できることがあればいいな。
貧民街を抜け東に足を運ぶと、一階建ての大きな建物が見えてきた。
「ここがズーリエの冒険者ギルドになります」
帝国でもそうだったが、冒険者は荒くれ者が多い。素直にこちらの話を聞いてくれるといいけど……
「失礼します」
ルナさんを先頭に、冒険者ギルドの中へと入っていく。
冒険者ギルドの中は受付、依頼用紙が貼ってある掲示板、冒険者達が座る椅子やテーブルなど、帝都のものとほぼ同じだったが、決定的に違うことがあった。
それは人の密度だ。
帝都の冒険者ギルドは人で溢れかえっており活気があったが、ズーリエの冒険者ギルドは十人くらいの人しかいなかった。
そしてこれから仕事をするつもりがないのか、受付の者も含めほとんどの者が酒を飲んでいた。
おいおい。こんな状態で交渉なんてできるのか?
正直嫌な予感しかしない。
「あの、ルナと申しますが……ギルドマスターのガーラントさんに取り次いでいただけないでしょうか」
「これは……街の代表がこんな場所に……今お呼び……しますので……少しお待ち……ください」
ルナさんは受付の女性に話しかける。しかし相手はかろうじて呂律は回っているが、酒のせいか言葉がたどたどしい。
そして女性は千鳥足で奥の部屋へと向かっていく。
そういえばハリスさんが、冒険者達は心が腐っていると口にしていたな。てっきり大袈裟に言っているものだと思っていたが、どうやら本当のことだったようだ。
「おいおい、何度来ても無駄だぜ! 勝ち目のない依頼なんて誰が受けるかよ」
突然バンダナをした若い男性が俺達の近くの椅子に座り、テーブルに足を乗せながら、大きな声で話しかけてきた。
「ダ、ダイスさん。街の代表に向かって失礼ですよ」
「大人の付き合いだったら受けてやってもいいけどな。お前もそう思うだろ? ヒイロ」
「ボクはそんな……」
「もっとハッキリ言えや。だからお前はいつまでたっても使えねえんだよ」
ダイスと呼ばれた男はテーブルから足を降ろし、ヒイロと呼ばれた少年の胸部を蹴り飛ばす。
「いたっ!」
ヒイロくんはダイスに蹴られたことで尻餅をついてしまった。どこかを痛めたのか、顔をしかめている。
「大丈夫ですか!」
ルナさんは悲痛な声を上げながら、倒れているヒイロくんの元へと向かい手を差し伸べた。
「いてて……手首が……」
どうやらヒイロくんは尻餅をついてしまった時、地面に手をついて負傷してしまったようだ。
乱暴な奴だな。いきなり子供を蹴るなんて。
俺はルナさんとヒイロくんに危害が加えられないよう二人の前に立ち、ダイスを牽制する。
「なんだ? 何か俺のやることに文句でもあるのか?」
ダイスは挑戦的な態度でこちらに目を向け、まるで自分は悪いことなど何もしていないと言わんばかりだ。
「怪我をさせて悪びれもしない態度はどうかと思いますよ」
「うるせえな。俺には絶対服従という条件で、Eランクのこいつとパーティーを組んでやっているんだ。部外者のお前にとやかく言われる筋合いはねえ」
「確かに俺は部外者だけど、いきなり人が蹴られて見過ごす程性根は腐ってないんでね」
「ならどうするっていうんだ?」
ダイスは俺の言葉が気に入らないのか、へらへらした態度から一転、殺気を込めた視線を向けてくる。
さっきの態度を見る限り、突然襲いかかってきてもおかしくないな。念のために能力を確認しておくか。
俺はダイスに対して鑑定スキルを使った。たちまち彼のステータスが目に入ってくる。
名前:ダイス
性別:男
種族:人間
レベル:15/40
称号:荒くれ者・力自慢・へそ曲がり
力:142
素早さ:102
防御力:80
魔力:16
HP:201
MP:57
スキル:力強化D・剣技D・連撃
ダイスの能力は以前戦ったゴンザに少し似ているな。
だけど今の俺に取っては、油断さえしなければ大した相手ではない。
突然、背後からキラキラした優しい光が差し込んだ。
「回復魔法? ヒイロの傷を治したのか!」
どうやらルナさんが、ヒイロくんの負傷した手首を治したようだ。
「ちっ! 余計なことを……だがこれでヒイロの傷は治ったんだ。文句はないだろ?」
そんなわけないだろ! しかもヒイロくんを治療したのはルナさんだ。お前がとやかく言う道理はないし、それで蹴った罪が消えるわけでもない。
「それなら俺があなたをボコボコにしても、魔法で治せばなかったことにできるってことでいいですね?」
俺は殺気を込めて、不条理なことを言うダイスを睨みつける。
「くっ! なんだこのプレッシャーは! まさかお前がハリスの言っていた凄腕の冒険者か!」
凄腕と言っても今はFランクだけどな。
だがそのことを言えばさらに話が拗れる気がしたので、余計なことは口にしない。
「そうだ……と言ったらどうするんですか?」
「けっ! どうせ俺達はクイーンフォルミと戦うための捨て駒なんだろ? それに千匹以上いるアーミーフォルミと戦うなんて自殺行為でしかねえ」
なるほど……夜になる前から酒を飲んでいるから、ただやる気がないだけかと思っていたけど、一応は考えているんだな。ならば当初の目的通り、彼らに魔物討伐に参加してもらって、自分達が街の役に立っていると自信をつけてもらうことにしよう。
「それなら心配ありません。クイーンフォルミは厳しいかもしれないけど、アーミーフォルミとは余裕を持って戦うことができますよ」
「どうやってだよ」
「補助魔法を使って」
俺がアーミーフォルミと戦う方法を宣言すると、冒険者ギルド内は静寂に包まれる。
静けさを破ったのは、冒険者やギルド職員の嘲笑だった。
「バカじゃねえの! あってもなくても変わらない補助魔法でアーミーフォルミと戦える? 今日一番笑える冗談だぜ!」
ダイスの言葉を皮切りに、俺や補助魔法を蔑む声が広がっていく。
「ルナさんはまた隠れてて。俺が倒しちゃうから」
「わ、わかりました。気をつけてくださいね」
俺は津波のように幾度となく迫ってくるアーミーフォルミを撃退し続けた。
これでほとんどのアーミーフォルミは討伐したはず。あとはクイーンフォルミと、その周囲にいる百匹弱くらいのアーミーフォルミだけだ。
魔物を討伐しながら北西に進んだことで、ようやく探知スキルにクイーンフォルミが引っ掛かってくるようになった。
クイーンフォルミはここから北北西、八百メートル程のところにある林の中にいる。大きさはアーミーフォルミの四~五倍はありそうで、茶色の体躯、腹が大きく毒針もでかい。それに、クイーンフォルミはアーミーフォルミと違って、口から毒液を出すと以前聞いたことがあるので、距離があるからと言って安心はできない相手だ。
「お、終わりましたか?」
ルナさんが恐る恐るといった感じで、茂みから顔を出してきた。
「うん。後は素材を異空間収納魔法で回収するだけ」
「お、お疲れさまでした」
ルナさんは周囲に魔物がいないとわかって安心したのか、安堵の表情を浮かべながらこちらへと向かってくる。
「リックさん……次はもう少し早く魔物が来ることを教えていただけると助かります。たくさんのアーミーフォルミがいて少し怖かったです」
「ご、ごめんなさい」
今日が初実戦のルナさんには、少し刺激が強すぎたか。
でもアーミーフォルミの大群を倒したおかげで、かなりレベルアップできたんじゃないかな。
「リックさんもいっぱいレベルが上がりましたか?」
「ちょっと待ってて。今確認してみるよ」
俺は鑑定スキルで自分のステータスを確認してみる。
名前:リック
性別:男
種族:人間
レベル:48/500
称号:元子爵家次男・勇者パーティーから追放されし者・女神の祝福を受けし者・異世界転生者・???・昆虫ハンター
力:502
素早さ:293
防御力:333
魔力:5321
HP:163
MP:621
スキル:力強化A・スピード強化E・魔力強化D・剣技B・弓技D・鑑定・探知・暗視・聴覚強化・麻痺耐性A
魔法:補助魔法クラス4・創聖魔法クラス5
おお、けっこうレベルが上がっているな。さすがに千匹程魔物を倒しただけはある。
「どうでしたか?」
「レベルは倍以上になっていたし、剣のスキルが上がって称号に昆虫ハンターが追加されていたよ」
「リックさんの目標が少しは達成されてよかったです」
「そうだね。それであと一つだけやりたいことがあるから、もう少しだけ付き合ってもらってもいいかな? ただMPが足りないから、少し休憩をしてからになるけど」
「わかりました。私は今日一日空いているので問題ないです」
俺はルナさんの許可を得たので、素材を異空間に収納して休憩した後、一匹のアーミーフォルミを倒した。そして、今日のところはズーリエの街へと引き返すことにした。
ズーリエに帰る途中、行きと比べて魔物が襲ってくる数は極端に減っていた。
自分達の仲間が殺されていることを知って、不用意に近づかないようにしているのかもしれないけど、何はともあれ帰り道は安全に街まで戻ることができそうだ。
「すみません……リックさんに二つお聞きしたいことがあるのですが?」
「ん? 何かな?」
「憶測ですけど……リックさんなら、今日このまま一人でクイーンフォルミを討伐することもできましたよね? それをしなかったのは何か考えがあってのことですか?」
ルナさんから鋭い質問が飛んでくる。
「どうしてそう思ったの?」
「初めは私に危険が及ばないようにしてくださっているのかなと思いました。ですが、わざわざここまで来たのに、日を改めて討伐するのも少しおかしいかなって」
「確かにルナさんの身の安全を考えて討伐を諦めたというのも正しい……それともう一つ。ルナさんはズーリエの街をどんな街にしたいのかな?」
「治安がよく、安定して収入を生み出せる街ですね」
「それはルナさん一人でやるのかな? それとも街の皆で?」
「もちろん皆さんとです」
「そうだよね。街の代表として、もちろんルナさんがやらなければいけないことはあると思うけど、街の人がやらなくちゃいけないこともルナさんがやってしまったらどうなるかな?」
「それは……街の人が私に依存してしまいますね」
「もちろんトップが優秀でうまくいくこともあると思うけど、それだと周りの人材は育たないし、トップの人がいなくなった後、どうなるかわからない」
それに元いた世界でも、一番上の人が力を持ちすぎて周囲がイエスマンになり、間違った方向に進んだ時、止める手段がないなんて状況をよく見た。それで戦争を始めたり、核ミサイルを作ったりなんてことも歴史の上ではありふれている。
「特に街の交易を復活させるためにも、今回は魔物を倒して終わりじゃなくて、その後の治安維持が重要だと思う。街の中の警護は衛兵が……そして街の外は……」
「冒険者さんですね」
「そう。だから今回のクイーンフォルミ討伐には、ぜひ他の冒険者にも参加してほしいと思っている。強大な魔物を倒し、街の発展に自分達が貢献していることがわかれば、自信にもなるしね」
「すごいです。リックさんはまだズーリエに来たばかりなのに、街のことをそこまで考えて……リックさんは私より政治家に向いている気がします」
「そ、そんなことないよ」
俺の知識は全部前の世界の受け売りだ。
この世界の知識だけで頑張っているルナさんの方がすごい。
「それと、最後に一匹のアーミーフォルミと戦った時は驚きました。あまり心配をかけさせないでくださいね」
俺は休憩をした後に、アーミーフォルミを使ってあることを試していた。確かに傍からみたら危険な行為だったかもしれない。
「でも万が一のことも考えて、ルナさんからアイテムをもらっていたから」
「それでもです」
「ごめんなさい」
俺のことを思って言ってくれたから、ここは素直に頭を下げることにする。
そして俺達は、昼過ぎにはズーリエの街の北門に戻ることができ、今日は解散という流れになるはずだったが。
「ルナ代表、リックくん、大変です」
言葉の内容とは裏腹に、あまり大変そうじゃない声を上げて北区画からハリスさんが現れた。
第二章 腐った冒険者ギルドを改革しよう
「今日は討伐依頼をするために、冒険者ギルドの方に行かれたのではないのですか?」
「ええ……しかし断られてしまいました。参った参った」
ハリスさんは明るく報告をしてくる。
どう見ても本当に困っているようには見えないな。まだ会ったばかりだからかもしれないけど、この人の考えていることっていまいち読めない。いや、街の代表補佐としては、交渉ごとなどで考えを読まれない方がいいのか。
ともかく今はハリスさんのことより、冒険者ギルドの話を聞いてみよう。
「冒険者ギルドはなんで断ってきたんですか? お金の問題ですか?」
俺は依頼を断るのに、一番ありそうな問題を挙げてみた。
「いえ、我が街は今少しだけ財政に余裕がありますから。ウェールズの財産のおかげで」
「ウェールズの財産? それはどういうことでしょうか」
「彼は選挙の不正や殺人教唆などもろもろの罪で、死罪となることが決定しました」
ハリスさんの言葉に驚きはない。ウェールズはあれだけのことをしたんだ。むしろ死罪でも軽いくらいだと思っている。
「彼には血が繋がった家族がいないため、財産の半分はズーリエの街に、もう半分は州の方に振り分けられました。おかげで魔物討伐依頼のお金を、リックさんや冒険者ギルドに払うことができるというわけです」
なるほど……本来なら交易のための魔物討伐はもっと早くやってもおかしくない案件だ。何故このタイミングで魔物討伐の話が出たのか疑問に思っていたけど、お金の目処が立ったからなのか。
「まあ今はそんな話は置いといて、冒険者達は魔物に恐れをなしているようですね。リックくんという強力な助っ人がいると言っても、首を縦に振っていただくことはできませんでした」
「今の俺は勇者パーティーを抜けた、ただのFランクの冒険者ですからね」
ノイズやゴンザを倒したからと言って、俺の評価はハインツが吹聴した無能者としての噂を上回るものではなかったのだろう。
「冒険者達は……言葉に出してはならないかもしれませんが、心が腐りきっていますから」
「それはどういうことですか?」
「ここズーリエは帝国に近い位置にあり、同じ内容の仕事でも帝国の方が金払いがいいため、実力のある冒険者は皆そちらに行ってしまうのです」
帝国は確かに他国と比べて冒険者を優遇している。皇帝であるエグゼルトは、有能な人材を冒険者ギルドから登用しているという噂もあるくらいだからな。
同じ仕事内容なら、金払いがいい方を選ぶのは当たり前のことだ。
「だからここにいる者は、帝国で冒険者をやっていく実力がないか、故郷であるこの街を理由があって離れられない者達ばかりです」
「ハリスおじさん、言い過ぎです! 強い魔物と戦うのは誰でも怖いですし、冒険者の方がこの街を拠点にしてくれるよう、頑張るのが私達の仕事じゃないですか」
「おっしゃるとおりですね。ルナさんは街の代表に向いているかもしれませんな」
「もう代表になっています!」
真面目で優しいルナさんと、少し不真面目だけどポーカーフェイスで底が知れないハリスさん。性格は正反対っぽいけど、だからこそ上手くやっていけるような感じがするな。
特にルナさんは人がいいから、騙されないためにもハリスさんみたいな人が側にいた方がいいと思う。
「そういうわけでリックくん。申し訳ないけど、君が冒険者ギルドを説得してくれませんか?」
「そんな……リックさんに丸投げするなんて」
「わかりました」
「えっ!」
俺がハリスさんの要望を迷わず受けたことに、ルナさんは驚きの声を上げる。
ハリスさんはわかっているんだ。街の外の治安維持に冒険者が必要であること、そして冒険者を説得するのに一番手っ取り早いのは、俺が実力を見せることだって。
だから俺は、ハリスさんの言葉に即答した。
「それじゃあルナさん。冒険者ギルドのある場所を教えてくれないかな」
「わ、わかりました。でもいいんですか? リックさんはまだ街に戻ってきたばかりなのに……」
「大丈夫、全然疲れていないよ」
昔みたいに、ハインツの言いなりになって理不尽な命令に従うより、ルナさんや街のために働くことの方が楽しいからな。
「リックくんが引き受けてくれてよかった。これで安心して冒険者の方はお任せすることができます。私はこの後役所で人と会う約束がありますので、申し訳ありませんがお願いしますね」
ハリスさんは中央区画へと向かい、この場には俺とルナさんだけとなる。
「それじゃあ俺達も行こうか」
「すみません。お手数をおかけしてしまって」
「この街の冒険者ギルドには、一度行ってみたいと思っていたからちょうどよかったよ」
「そう言っていただけると助かります。では冒険者ギルドに案内致しますね」
そして俺はルナさんの案内の元、街の南東区画へと足を向けた。
冒険者ギルドに向かっている途中に、ノイズとナバルが密会していた南区画を通ることになったが、前回と違って日が出ており明るいため、街の様子がハッキリとわかった。
ここはやはり、俺と母さんが住んでいたドルドランドの貧民街と同じだ。
建物は木や藁でできたものが多く、道脇に目をやると、みすぼらしい服を着た貧しい少年や少女達が地面に座り、側を通る大人達に物乞いをしていた。
そしてこの区画に来てから、ルナさんが悲痛な表情をしているのがすぐにわかった。
「大丈夫? なんだか辛そうだけど」
「は、はい。大丈夫です」
ルナさんは大丈夫だと言うが顔は険しいままだ。おそらくこの区画の現状を憂えているのだろう。
「以前孤児達や、生活に余裕がない人達をどうすれば救うことができるのか、ハリスさんに相談したことがあります。その時に教会や教育を受けることができる場所を作りましょうと提案したのですが、却下されてしまったことを思い出して……」
「それは、街の経済を復活させることが優先だから?」
おそらく安定してズーリエの街で収益を上げていかないと、それこそ資金難で貧民街が拡大してしまい、取り返しがつかないことになりかねないからだと思う。
「リックさんのおっしゃる通りです。ですからこの魔物討伐を成功させ、ズーリエの街と他のジルク商業国の街との交易を再開し、そして貧民街を無くすための作業へと着手していきたいです」
そのためには莫大なお金が必要だと思う。だけどルナさんなら何年かかってでもやり遂げるだろう。
貧民街をなくすために、俺にも何か協力できることがあればいいな。
貧民街を抜け東に足を運ぶと、一階建ての大きな建物が見えてきた。
「ここがズーリエの冒険者ギルドになります」
帝国でもそうだったが、冒険者は荒くれ者が多い。素直にこちらの話を聞いてくれるといいけど……
「失礼します」
ルナさんを先頭に、冒険者ギルドの中へと入っていく。
冒険者ギルドの中は受付、依頼用紙が貼ってある掲示板、冒険者達が座る椅子やテーブルなど、帝都のものとほぼ同じだったが、決定的に違うことがあった。
それは人の密度だ。
帝都の冒険者ギルドは人で溢れかえっており活気があったが、ズーリエの冒険者ギルドは十人くらいの人しかいなかった。
そしてこれから仕事をするつもりがないのか、受付の者も含めほとんどの者が酒を飲んでいた。
おいおい。こんな状態で交渉なんてできるのか?
正直嫌な予感しかしない。
「あの、ルナと申しますが……ギルドマスターのガーラントさんに取り次いでいただけないでしょうか」
「これは……街の代表がこんな場所に……今お呼び……しますので……少しお待ち……ください」
ルナさんは受付の女性に話しかける。しかし相手はかろうじて呂律は回っているが、酒のせいか言葉がたどたどしい。
そして女性は千鳥足で奥の部屋へと向かっていく。
そういえばハリスさんが、冒険者達は心が腐っていると口にしていたな。てっきり大袈裟に言っているものだと思っていたが、どうやら本当のことだったようだ。
「おいおい、何度来ても無駄だぜ! 勝ち目のない依頼なんて誰が受けるかよ」
突然バンダナをした若い男性が俺達の近くの椅子に座り、テーブルに足を乗せながら、大きな声で話しかけてきた。
「ダ、ダイスさん。街の代表に向かって失礼ですよ」
「大人の付き合いだったら受けてやってもいいけどな。お前もそう思うだろ? ヒイロ」
「ボクはそんな……」
「もっとハッキリ言えや。だからお前はいつまでたっても使えねえんだよ」
ダイスと呼ばれた男はテーブルから足を降ろし、ヒイロと呼ばれた少年の胸部を蹴り飛ばす。
「いたっ!」
ヒイロくんはダイスに蹴られたことで尻餅をついてしまった。どこかを痛めたのか、顔をしかめている。
「大丈夫ですか!」
ルナさんは悲痛な声を上げながら、倒れているヒイロくんの元へと向かい手を差し伸べた。
「いてて……手首が……」
どうやらヒイロくんは尻餅をついてしまった時、地面に手をついて負傷してしまったようだ。
乱暴な奴だな。いきなり子供を蹴るなんて。
俺はルナさんとヒイロくんに危害が加えられないよう二人の前に立ち、ダイスを牽制する。
「なんだ? 何か俺のやることに文句でもあるのか?」
ダイスは挑戦的な態度でこちらに目を向け、まるで自分は悪いことなど何もしていないと言わんばかりだ。
「怪我をさせて悪びれもしない態度はどうかと思いますよ」
「うるせえな。俺には絶対服従という条件で、Eランクのこいつとパーティーを組んでやっているんだ。部外者のお前にとやかく言われる筋合いはねえ」
「確かに俺は部外者だけど、いきなり人が蹴られて見過ごす程性根は腐ってないんでね」
「ならどうするっていうんだ?」
ダイスは俺の言葉が気に入らないのか、へらへらした態度から一転、殺気を込めた視線を向けてくる。
さっきの態度を見る限り、突然襲いかかってきてもおかしくないな。念のために能力を確認しておくか。
俺はダイスに対して鑑定スキルを使った。たちまち彼のステータスが目に入ってくる。
名前:ダイス
性別:男
種族:人間
レベル:15/40
称号:荒くれ者・力自慢・へそ曲がり
力:142
素早さ:102
防御力:80
魔力:16
HP:201
MP:57
スキル:力強化D・剣技D・連撃
ダイスの能力は以前戦ったゴンザに少し似ているな。
だけど今の俺に取っては、油断さえしなければ大した相手ではない。
突然、背後からキラキラした優しい光が差し込んだ。
「回復魔法? ヒイロの傷を治したのか!」
どうやらルナさんが、ヒイロくんの負傷した手首を治したようだ。
「ちっ! 余計なことを……だがこれでヒイロの傷は治ったんだ。文句はないだろ?」
そんなわけないだろ! しかもヒイロくんを治療したのはルナさんだ。お前がとやかく言う道理はないし、それで蹴った罪が消えるわけでもない。
「それなら俺があなたをボコボコにしても、魔法で治せばなかったことにできるってことでいいですね?」
俺は殺気を込めて、不条理なことを言うダイスを睨みつける。
「くっ! なんだこのプレッシャーは! まさかお前がハリスの言っていた凄腕の冒険者か!」
凄腕と言っても今はFランクだけどな。
だがそのことを言えばさらに話が拗れる気がしたので、余計なことは口にしない。
「そうだ……と言ったらどうするんですか?」
「けっ! どうせ俺達はクイーンフォルミと戦うための捨て駒なんだろ? それに千匹以上いるアーミーフォルミと戦うなんて自殺行為でしかねえ」
なるほど……夜になる前から酒を飲んでいるから、ただやる気がないだけかと思っていたけど、一応は考えているんだな。ならば当初の目的通り、彼らに魔物討伐に参加してもらって、自分達が街の役に立っていると自信をつけてもらうことにしよう。
「それなら心配ありません。クイーンフォルミは厳しいかもしれないけど、アーミーフォルミとは余裕を持って戦うことができますよ」
「どうやってだよ」
「補助魔法を使って」
俺がアーミーフォルミと戦う方法を宣言すると、冒険者ギルド内は静寂に包まれる。
静けさを破ったのは、冒険者やギルド職員の嘲笑だった。
「バカじゃねえの! あってもなくても変わらない補助魔法でアーミーフォルミと戦える? 今日一番笑える冗談だぜ!」
ダイスの言葉を皮切りに、俺や補助魔法を蔑む声が広がっていく。
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