上 下
106 / 147
連載

ドルドランドの長い夜(16)

しおりを挟む
 どうする? どうすれば二人を正常な状態に戻せる?
 通常だと水を飲ませる所だけど、酒好きの二人が素直に従うとは思えない。

 カチャ

 何だ? 左手首に冷たい感触が⋯⋯

「ふふ⋯⋯運命の赤い糸で結ばれてしまいました」

 本来ならときめくような言葉だけど、この状況では一切そのような感情が沸いてこない。

「あ、あの⋯⋯サーシャさん? ⋯⋯」
「ですから運命の赤い糸です♥️」

 どう見ても違うだろ!
 まさかとは思うが、サーシャは俺を奴隷にでもするつもりなのか!
 それにこの鎖はどこから⋯⋯常日頃から携帯していて、虎視眈々と俺に鎖を嵌める機会を窺っていた、なんてことはないよな?

 真相はどうか聞いてみたいけど、俺の想像通りだったらと思うと怖くて聞けない。
 何より、今の目に光がないサーシャならやりかねないぞ。

「リック様⋯⋯これで私達ずっと⋯⋯ずっと一緒ですね」
「そ、そうですね」

 ノーと言ったら何をされるかわからないプレッシャーを感じる。
 これで逆らえる人がいるなら教えてほしい。

「リック? その鎖は何?」
「これはサーシャが――」
「まさか私の首に嵌める気なの!」

 エミリアがとんでもないことを言い始めた。
 もしそうだと言ったら、正常なエミリアなら一瞬で俺は串刺しにされるだろう。

 だが⋯⋯

「いいわよ。特別にリックにはその権利を上げるわ」

 なに!?

 エミリアの首に鎖を嵌めてもいい⋯⋯だと⋯⋯
 普段のエミリアからは考えられない言動だ。

「いや、遠慮しとくよ」

 しかし俺にはそのようなドSの趣味はないので断る。 

「じ、自分を偽らなくていいのよ。素直になりなさい」
「けっこうです」
「私の命令が聞けないの?」

 鎖を首に嵌めろってどんな命令だよ。
 エミリアもサーシャも酒が入ることで、こんなに人格が変わってしまうなんて思っても見なかった。
 セバスさんはこうなることがわかっていて逃げたんだな。
 せめて酒を飲むと二人の性格が、ドMとヤンデレになることを教えてくれれば良かったのに。
 いや、教えてしまったならこの状態のエミリアとサーシャの面倒を見る人がいなくなるから、わざと伝えなかったのか。
 本当に酷い人だ。

「リック様、ここでは周囲が騒がしいので隠し地下牢⋯⋯ではなく私の部屋でゆっくり休みましょうか」

 ひぃぃぃっ!

 やっぱりサーシャは俺を監禁するつもりだよ。
 ここで頷いてしまったら、おそらく俺は一生陽の光を浴びることはないだろう。

 何とかしなければ。
 一番頼りになるセバスさんは逃げてしまったし、兵士達はこの異様な光景を離れて見ているだけで、俺の命が危機にひんしていることにまるで気づいていない。
 それにこの状態を兵士達に知られてしまったら、正常に戻った二人は恥ずかしさのあまり、外を歩けなくなってしまう。
 やはりここは俺が何とかするしかないのか。
 一番の問題はやはりアルコールだ。
 アルコールを分解する、アルコール脱水素酵素の機能を上げるか。だがその際にはアルコールを分解した時に出てくる、アセトアルデヒドという有害物質も何とかしないと、二人は激しい頭痛や吐き気に襲われてしまう。
 しかし既にキングクラブと戦った時に、新魔法である音爆弾サウンドボムを造っているので、後20時間くらいは新しい魔法は生み出せない。

 どうする? 何か、何か方法は⋯⋯そうだ!
 アルコールを取り除くのが不可能なら、逆に与えてしまえばいいんだ。

「ちょっと飲み過ぎたからトイレに行ってくる」

 実際には俺はまだ一滴も酒を飲んでいないのだが、この場を離れるために嘘をつく。

「私を置いていくつもり? これが話に聞く放置プレイというやつなの」
「それなら私もついていきます。鎖で繋がっていますしね」
「いや、サーシャはその手を離してくれればいいから」

 実際に鎖で繋がれているのは俺のみで、サーシャはその先端を持っているだけだ。この姿で歩き回るのは少し⋯⋯かなり恥ずかしいが背に腹はかられない。
 でもサーシャが納得してくれるか⋯⋯

「すぐ戻って来るから」
「絶対ですよ」

 あっ、良かった。
 ヤンデレのサーシャは以外に話がわかるのかも。

 そして俺は二人を置いてこの場を離れ、異空間から最後の一つである酒の樽を取り出す。

「そしてこの中にネムネムの花を煎じたものを入れれば」

 荒くれ者達には、樽一つに対してネムネムの花を三個入れたけど、これには十個入れておこう。
 これで二人は飲んだらすぐに寝てくれるはずだ。
 俺は二人の酔っぱらいを夢の世界に誘うため、すぐに戻る。

「リック様遅いです」
「ごめんごめん」

 この場を離れて一分しか経っていないのだが、逆らうと何をされるかわからないので謝っておく。

「それより二人とももうお酒がないだろ? あっちで貰ってきたから飲んでくれ」
「気が利くじゃない」
「ちょうどお酒が足りないと思っていた所です」
「それは良かった」

 俺は内心嬉々としてジョッキに酒を注ぐ。

「何だか嬉しそうね。まさかこのお酒の中に、何か入れてるんじゃないでしょうね」

 ギクッ! す、鋭い。
 そういえばエミリアは俺の心を読むのが得意だったな。
 どうする。どうやってこの危機を乗り越える。

「それならリック様もお飲みになればよろしいのでは?」
「そうね。ほら、私が注いであげるわ」
「あ、ありがとう」

 三人の手には酒が入ったジョッキがある。
 エミリアとサーシャは警戒してか、酒を飲もうとしない。
 俺が飲むのを待っているのだ。

 確かに女性は、得体のしれない酒は飲むとえらい目に遭ってしまうかもしれないので、警戒した方がいい。だがその危機管理は今発揮しないでほしかった。

 覚悟を決めるしかないか。

「それじゃあ⋯⋯かんぱ~い」
「「かんぱ~い」」

 俺は自分のジョッキを、二人のジョッキに軽くコツンと当てる。
 そして二人は俺の動向を探っているようで、酒に口をつけない。

 仕方ない。

 俺はジョッキに入った酒を一気に飲み干す。

「くう~! やっぱり旨いなあ」

 だがネムネムの花を煎じた酒を飲んだことで、急激に眠気が襲ってきた。
 くっ! 寝るな! 寝たら二人を野放しにすることになってしまうぞ。

「それじゃあ私も」
「私も頂きます」

 そして二人は俺の様子を見たことで警戒を解き、躊躇いもせず、ジョッキに口をつける。

 よし。飲ん⋯⋯だ⋯⋯

 二人が酒を飲んだことで緊張感が薄れたのか、俺の意識は夢の中へと落ちていくのだった。

 ちなみにこの後、エミリアとサーシャもすぐに寝てしまった。
 そしてその時、二人とも俺に抱きついて寝ていたため、それを見ていた者達から、領主と領主代行はとても仲が良いと噂されるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。