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ドルドランドの長い夜(15)

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「お、遅かったか」

 二人の足元にはジョッキが五つずつ転がっている。
 ということはこの短時間で、ウイスキーをジョッキで五杯も飲んだのか!
 二人の酒好きには呆れるしかない。
 兵士達もこの異様な光景に距離をおいて眺めている。

「エミリア? サーシャ?」

 俺は恐る恐る探していた二人に問いかける。
 セバスさんの話では、二人は酔っぱらうととんでもないことをするらしい。
 頼むから暴れるとかはやめてくれよ。
 エミリアのようなじゃじゃ馬が暴走したら、俺の手には負えないぞ。

「あら? リックじゃない。このお酒とても美味しいわね」
「まだ少ししか飲んでいませんのに、もうお酒がありませんね。そこの方、新しいのを持って来て下さいませんか?」

 少し⋯⋯だと⋯⋯
 アルコール度数三十以上のジョッキを五杯も飲んで、よくそのセリフが出てくるな。
 二人がここまで酒豪だとは思わなかった。
 だが話を聞いた限りだと二人は正常に見える。
 まだ隠された人格が出てくる前のようだ。
 とりあえず二人にはこれ以上酒を与えないように⋯⋯ってぇぇぇ!

 少し考えている間に、兵士がどこからか酒を持ってきたようで、エミリアとサーシャはまるで水のように飲み始めていた。
 これ以上アルコールを摂取したら二人はどうなってしまうのか⋯⋯

 あっ! 兵士達の中にセバスさんがいる。
 セバスさんなら、どれくらい飲めば二人がやばい状態になるのかわかるはずだ。

「セバスさん!」

 名前を呼ぶとセバスさんはこちらに向かってくる。
 しかし普段無表情で感情を見せないセバスさんが、何やら焦っているように見えた。

「二人はけっこうアルコールを摂取しているように見えますが、大丈夫でしょうか?」
「そ、それは⋯⋯」

 だがセバスさんは俺の望む答えを返してくれない。
 いや、むしろ望まない言葉を返してきた。

「申し訳ありません。急用が出来ましたのでお嬢様のことはよろしくお願いします」
「えっ?」
「リック様なら対応出来ると思います。では失礼します」

 そしてセバスさんは、今まで見たことがないスピードでこの場を離脱する。

「に、逃げた。執事のくせに職務放棄をするなんて⋯⋯しかも俺に押し付けたな」

 これはこのままここにいるのは、得策ではない気がする。
 二人が酒に捕らわれている間に俺も早く逃げなくては⋯⋯

 俺は踵を返し、この場から離れようとする。
 だが俺の両腕は突如ロックされ、動くことが出来ない。
 その犯人はもちろん⋯⋯

「エミリア⋯⋯サーシャ⋯⋯離してくれないか」

 しかし俺の言葉が届いていないのか、二人が腕を離す気配がない。
 これはもう酔っぱらっていると考えて良さそうだ。
 何故ならいつもの二人なら、俺の腕に抱きつくことはないからだ。

 何だか自分で言っていて悲しくなる台詞だな。
 だけど事実だ。今は現実をしっかりと認識しなくてはならない。

「二人共離してくれないか」

 そして俺はもう一度ハッキリと自分の意思を伝える。
 ここでも応えないようなら、少し力を入れて拘束を解くしかない。
 しかし今回は反応があった。

 エミリアからすすり泣くような声が聞こえてくる。

「えっ? エミリアから?」

 あのドSのエミリアが泣く⋯⋯だと⋯⋯
 俺はとてもじゃないが信じられなくて、顔を覗き込むが、やはりエミリアは涙を流して泣いているようだ。

「ひどいわ。離してくれなんて⋯⋯リックは私のことが嫌いなのね」

 ん? んん?
 エミリアから普段では考えられない弱気な発言が聞こえてきた。
 これは本当にエミリアなのかと疑うレベルだ。

「いや、そういう訳じゃない。ただ若い女性がいきなり男に抱きつくのはどうかと」
「どうせ私の胸が小さいから抱きつかれても嬉しくないんでしょ? どうしても離れて欲しかったら、慎ましい胸なんかお呼びじゃない! 俺から離れろ! って怒鳴ればいいじゃない。そうすれば喜んで離れてあげるわ」
「そんなこと考えていない」

 ていうか誰だこれ?
 エミリアが自分から胸の話をするなんて信じられない。しかも怒鳴ればいいなんて⋯⋯これは酔っぱらっておかしくなっていることが原因なのか?

 ギュッ!

 そして今度は反対側にいるサーシャが腕を強く抱き締めてきた。

「リック様、私がいることも忘れないで下さい」
「忘れてないよ」

 こんなに大きな胸に腕が包まれたら、気持ちよすぎて、忘れたくても忘れられるはずがない。

「今、私の胸の感触が気持ちいいって考えていましたね?」
「そ、それは⋯⋯」

 その質問に対して、この場でうんと言える程俺は勇者じゃない。

「リック様のお考えはどのようなことでもわかりますから⋯⋯手に取るように⋯⋯」

 ひぃっ!

 何だかサーシャの目が怖い。
 女神のように慈愛に満ちた笑顔を見せるサーシャが、今は目の明かりが消え、闇落ちしているように見えるのは気のせいか?

「リックゥゥ⋯⋯」
「リック様」

 俺はこの危機を無事に乗り越えられるのだろうか。
 残念ながら朝方の宴はまだまだ続くのであった。
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