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1巻

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 塩を配り終えた帰り道。
 俺は商店の人達から彼氏だの彼女だの言われて、ルナさんのことを意識してしまい、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。そのため、会話のないまま月の雫商会へ戻ることになった。

「ルナさ~ん!」

 月の雫商会に辿り着くと、建物の前に八百屋の店主がいた。彼は俺達の方へ駆け寄ってくる。

「どうされましたか?」
「もしかして塩が売れないとか……」

 日本産のものを真似た塩は、たまたまルナさんや店の人達の口には合ったけど、他の人にはおいしく感じられなかったのかもしれない。
 そうなると、別の方法で塩をどうにかしないと、ルナさんが借金を背負ってしまう……

「逆だよ逆! 渡された二十本がすぐに売れちまって、新しい塩がないか聞きに来たんだ」
「「本当ですか!」」

 どうやら俺の不安は杞憂だったようだ。
 月の雫商会で売る予定だった塩瓶五十本がまだ残っているため、八百屋の店主に渡せる分はまだある。


「ちょっと待った!」

 今度は背後から別の店の店主がやってきた。

「あたしの店に卸してくれた塩も売り切れてしまったから、こっちにも回してくれないか。キュウリを試食してもらったら瞬く間に売れたよ」

 塩を求める店主はこの二人だけではなく、次から次へと月の雫商会にやってきた。

「リックさん!」
「ああ!」

 これだけ話題になり売れれば、借金しないで済むどころか、選挙のアピールにもなったんじゃないか?
 元々ルナさんは人気があるし、商会としての力も示せたんだ。明日の選挙にもきっと勝てるはず。

「なんだこの騒ぎは! まともな商品を仕入れられなくて、頭がおかしくなったのか?」

 突然、この盛り上がったムードを壊す声が聞こえてきた。
 俺は声がした方を振り返る。
 するとそこには、昨日八百屋に嫌がらせをしていた屈強な三人の男達がいた。

「どのような用事で来られたのですか」

 ルナさんが前に進み出て、リーダー格と見られる奴と対峙する。

「いやいや、月の雫商会に協力している方々が集まっていたので、明日の選挙を諦める算段でもしているのかと思いまして」
「何故そのようなことをしなければならないのですか?」
「ルナさんが切り札にと考えていた塩が売れなかったことは知っていますよ。それならウェールズ様の奴隷になる条件で、塩を買っていただいたらどうですか?」
「それはいい!」
「さすがは兄貴だ! ヒャアッハハッ!」

 どうやらこいつらは、月の雫商会に協力する店主達が塩の販売を止めたところまでしか知らないようだ。

「お前ら何を言ってるんだ? 俺達は塩が売り切れて、ルナさんに在庫がないか聞きに来てるんだぞ」
「そうよ! むしろ売れてないのはウェールズ商会の塩でしょ!」

 店主達がルナさんに代わって男達に説明する。

「そんなバカな! 同じ産地の塩なら銀貨二枚安い、ウェールズ商会のものを買うだろ! 客は金を数えることもできないアホなのか!」

 自分達の情報不足を客のせいにするとは。
 ウェールズ商会はろくでもないところだということが改めてわかる。

「お客様をバカにするなんて……あなた方は本当に商会の人達ですか!」

 ルナさんも、ウェールズ商会の奴らの客をバカにした態度は許せないようだ。

「実際ウェールズ商会がなければ、客達は法外な値段のものしか買うことができないだろ?」
「高い塩とかな」

 男達は客や月の雫商会をバカにし、大声で笑い出す。

「多少高くてもおいしいものを売ることは悪いことですか? 私達の塩は、ウェールズ商会の塩よりおいしいと確信しています」
「ほう……ルナさんよ、面白いことを言うじゃないか。それ程言うのなら、月の雫商会の塩を味見させてもらえないか」

 取り巻きに兄貴と呼ばれていた奴が、ルナさんに近づく。

「どうぞ……実際に私達の塩の味を確認してみてください」

 ルナさんは台車から塩の小瓶を一つ取り、兄貴と呼ばれた人物の掌に塩を振る。

「ん? この塩はサラサラしているな? だがそれだけで味が変わるわけ……う、うまい!」

 兄貴と呼ばれた人物は塩を舐めた後、思わずといった感じで賛辞の言葉を口にした。

「ほ、本当ですか、兄貴」

 そう言って取り巻き達も兄貴の手にある塩を舐め始める。

「に、苦くねえ……」
「この塩と比べるとドルドランド産の塩は粗悪品だ」

 取り巻き達も月の雫商会の塩に感嘆の声をあげ、腰を抜かしている。

「い、いったいどうやってこんなものを……」

 兄貴と呼ばれた奴は、台車にある塩を睨みつける。

「だが失くなってしまえば問題ない!」

 兄貴と呼ばれた奴は、背中に差した大剣を天高く構え、台車に向かって振り下ろす。

「ダメぇぇ!」

 ルナさんは声をあげ、塩の小瓶を守るように手を広げた。

「塩もろとも死にさらせ!」

 奴はルナさんがいても大剣を止めず、塩と一緒に叩き斬るつもりだ。

「させるか!」

 俺は咄嗟に剣を抜いてルナさんの前に立ち、大剣を受け止めた。

「くっ!」
「リックさん!」

 なんとか大剣からルナさんを守ることができたが、男の力の強さにうめく。

「ハッハ! 兄貴の剣を受け止めるなんてバカな奴だ!」
「兄貴は元々のパワーに加え、力強化のスキルも持ってるんだぜ!」

 取り巻き達がご丁寧に説明してくれたが、俺はその能力が本当かどうか、鑑定スキルを使ってステータスを確認してみた。


 名前:ゴンザ
 性別:男
 種族:人間
 レベル:16/28
 称号:ならず者・力自慢
 力:199
 素早さ:65
 防御力:89
 魔力:15
 HP:182
 MP:56
 スキル:力強化C・大剣技D・強撃


 脳内にゴンザの情報が入ってくる。
 確かに力の数値が飛び抜けており、力強化のスキルも持っているようだ。

「余計なことをしやがって! 大人しく塩とルナを斬らせればいいものを」
「人を殺そうとするなんて、これはもう犯罪だぞ!」

 目撃者もたくさんいる。正気の沙汰とは思えない。

「そんなものはウェールズ様がなんとかしてくれるわ! 現に俺は何人も人を殺しているが、こうして街を歩くことができている」

 そういえば、ウェールズは衛兵とも繋がっているんだ。
 それならこいつを無罪にすることも可能だろう。
 こんな奴を野放しにしているなんて、絶対ウェールズを選挙で勝たせるわけにはいかない!
 だが俺はジリジリとゴンザの大剣に押され、片膝をついてしまう。

「もうお前はこの大剣から逃げることはできないだろう。このまま無惨な結末を迎えるがいい!」

 自画自賛するだけのことはあり、ゴンザの力は少なくとも今の俺より上のようだ。
 以前自分のステータスを鑑定で確認した時は、確かこうだった。


 名前:リック
 性別:男
 種族:人間
 レベル:20/500
 称号:元子爵家次男・勇者パーティーから追放されし者・女神の祝福を受けし者・異世界転生者・???
 力:180
 素早さ:121
 防御力:182
 魔力:2342
 HP:235
 MP:871
 スキル:力強化E・スピード強化E・魔力強化D・剣技C・弓技D・鑑定・探知・暗視・聴覚強化
 魔法:補助魔法クラス4・創聖魔法クラス4


 ステータス上では俺はゴンザに負けている。
 ちなみにスキルでアルファベットが振られているものは、Sが最も能力が高く、Eが最も低い。
 レベルは分子が今のレベルで、分母はレベルの限界値だ。
 そして、アルファベットでランク付けされた強化の補正値はこうなる。


 E=10%
 D=30%
 C=50%
 B=75%
 A=100%
 S=200%


 ゴンザは力199で、力強化スキルがCランクなので、合計が299になる。
 対する俺は力180に力強化スキルがEランクなので、合計が198になり、単純な力比べではゴンザに勝てない。
 こうなったら剛力クラフト創聖魔法ジェネシスを唱えて……

「今までも魔法で強化した奴が、俺に勝ったことはあった。だが純粋な力比べなら一度も負けたことはないぜ! どこぞの勇者パーティーの荷物持ちよりは、確実に上だ」

 ゴンザが突然そんなことを言い出した。
 もしかしたら俺が元勇者パーティーの補助魔法使いだと知っていて、挑発しているのかもしれない。

「まあ魔法がなきゃ女も守れない雑魚だから仕方ないか。この筋肉の前にひれ伏すがいい」

 正直ゴンザの筋肉はどうでもいい。
 まずは俺の背後にいるルナさんを安全な場所に移動させないと。

「ル、ルナさんは今のうちに逃げてください」
「嫌です! もしリックさんが怪我をするなら私のせいです。ですからリックさんを置いて私だけ逃げることなどできません!」

 ルナさんは俺と心中するつもりか!
 こうしている間にも俺は大剣に押され、ついには剣が肩に触れそうになっていた。

「くっくっく……俺のこの筋肉パワーに押し潰されて死んじまいな!」

 なんだこいつは。前世の世界にいたら筋肉は裏切らないとでも言いそうだな。
 だがどれだけ筋肉がすごかろうが、俺はゴンザに負けるわけにはいかない。
 八百屋に対する嫌がらせ、塩を破壊しようとしたこと、そして何よりルナさんを殺そうとしていることが許せない。こういう奴は徹底的にプライドをへし折って、敗北を味わわせてやる!
 まずは創聖魔法を使って、スキル力強化Aを作製する。触媒として元々スキル力強化Eがあるのでいけるはずだ。

「クラス4・創造クリエイト創聖魔法ジェネシス! スキル自体を強化すれば……!」

 約700程のMPを消費したが、どうにかクラス4の創聖魔法でなんとかなったようだ。俺の体内で力強化のスキルがD、C、B……そしてAへと変換されていくのがわかる。

「スキル自体の強化だ!? そんなことできるはずがない! ハッタリだ!」
「どうかな? お前は力に自信を持っているんだろ? だったらその力の勝負で敗北するがいい!」

 俺はゴンザの大剣を少しずつ押し返す。

「バ、バカな! ありえん! 何故俺の筋肉がその細腕に押されるのだ!」
「それは単純に俺の力の方が強いからじゃないか?」

 ゴンザは焦って額に汗をかいている。

「さっきまで俺に負けていたのは、演技だったというのか! それとも本当にスキルが強化されて……」

 今度は先程とは逆に、ゴンザに向かってジリジリと剣が迫る。

「自慢の筋肉もたいしたことないな」
「ふざけるな! そんなことはありえない!」
「お前はルナさんに剣を向けるという大罪を犯した。その報いを受けるがいい」

 剛力クラフト創聖魔法ジェネシスを使えば勝負はあっという間についただろう。
 だがゴンザに、自慢の力勝負で負けたという屈辱感を味わわせるため、あえて魔法ではなくスキルにこだわった。
 結果として、ゴンザは目の前に迫る剣を見て絶望感をただよわせている。

「これで! 終わりだ!」
「や、やめろぉぉぉ!」

 俺は力を込めゴンザの大剣をはじくと、隙だらけになった顔面目掛けて回し蹴りを放つ。
 するとゴンザは蹴りをまともにくらい吹っ飛ぶと、ゴミ箱に頭を突っ込み、ピクリとも動かなくなった。
 前世ならともかく、ここでは残念ながら筋肉が全てじゃないんだよ。

「あ、兄貴!」
「信じられねえ……兄貴が負けるなんて」

 取り巻き二人が慌ててゴンザに駆け寄るが、ゴンザは既に気絶していて起き上がる気配はない。

「ちくしょう! ウェールズ様に報告だ!」
「覚えてやがれ!」

 そう捨てゼリフを残し、取り巻き二人はゴンザを連れて逃げていった。
 すると周りにいた、月の雫商会の協力者達から歓声があがる。

「ざまあ見ろ!」
「二度と来るんじゃないよ!」

 ふう……なんとかなった。
 ルナさんは大丈夫かな?
 背後に視線を向けると、ルナさんは地面に座り込んでいた。
 俺はルナさんに手を差し伸べ引っ張り上げる。

「リックさん……」
「ルナさん、大丈夫?」
「はい……けれどまた、リックさんの手をわずらわせることになってしまいました」
「そんなことないよ。ルナさんが後ろにいるから力が発揮できたんだ」

 本当は危険だからすぐに逃げてほしかったけど、今言葉にするのは野暮やぼだから止めておく。
 そして二人で見つめ合っていると……

「私もあんなふうに守ってもらいたいわ」
「まるで英雄物語サーガを見ているようだったね」

 「くそ! あんなところを見せられたら認めるしかねえ!」

「悔しいが、俺はルナさんが攻撃された時一歩も動けなかった。ルナさんの隣はあんたが相応しいよ」

 ご婦人達はゴンザとの戦いを見てき立ち、男達は血の涙を流して俺達を祝福してくれた。



 第八章 決戦! ルナV‌Sウェールズ


「バカ者!」

 ウェールズ商会の執務室にて、肥満体型の男の声が部屋に木霊こだまする。

「申しわけありません。ですがリックとかいう奴のパワーが突然上がって……」

 ゴンザは叱責した男、ウェールズに必死に頭を下げ、リックに負けた言いわけをしている。

「だからお前はバカなんだ! リックとやらと戦っている時に、人を殺したと吹聴したらしいな!」
「は、はい。ウェールズ様のお力があれば、一人や二人殺したところで……」
「お前は人を殺したと宣言している商会に投票するのか! まったく余計なことをしおって!」

 ゴンザは力は強いが頭はよくない。ウェールズに指摘されて初めてとんでもないことをしてしまったと気づき、肩を落とす。

「それに塩だ! あの小娘はどこで極上の塩を手に入れた!」
「月の雫商会が、午前中はドルドランド産の塩を売っていたのは間違いありません。ですが午後になって急に新しい塩を……」

 ウェールズの護衛をつとめているノイズが、調べた内容を報告する。

「くそ! 明日は投票日だというのに、予想外のことが二つも起きるとは!」

 ウェールズは苛立ち、目の前にある机を蹴り飛ばし破壊した。

「調査の結果、今のところウェールズ様とルナの投票率は互角だと見ています」
「互角? 午前中までは、私が優勢だと言っていただろうが!」
「それだけゴンザの失態と月の雫商会の塩はこちらにとって致命的なものでした。ですが、ゴンザが人を殺害しているという情報が、明日一日だけで街全体に広がることはないでしょう。そして月の雫商会の武器は塩しかないため、完全にこちらが不利になったとは考えられません。ウェールズ商会には今まで街に食材、家具、雑貨など様々な商品を提供してきた功績があります。まだ負けたわけではありません」
「私が欲しいのは確実な勝利だ!」
「その件に関しまして、ナバルさんにはウェールズ様が絶対に勝つ策があるとのことです」
「ほう……どんな策だ」

 ノイズとしては、ナバルの策はリスクもあるため使いたくはなかった。だが選挙の情勢から使わざるをえないと判断し、今日ナバルに聞いた策をウェールズに伝える。

「なるほど……確かにそれは確実に勝てる策だな。だが万一の時に備え、もし私が負けるようなことになれば……」
「承知しました。念のため準備しておきます」

 ノイズは主人であるウェールズの心をみ、ルナを殺害する手筈てはずを整えるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 昨日はゴンザを倒した後、ご婦人達が完全に俺とルナさんを恋人だと思い込んでしまったので、その誤解を解くのにかなりの時間を費やした。母さんもそうだけど、どうして女性は恋愛の話が好きなんだろう。これは地球でもエールドラドでも変わらないということか。
 今日は選挙の投票日。
 ズーリエに来たばかりの俺と母さんには投票の権利はない。だが、一昨日ナバルとノイズの密会で聞いた絶対に勝てる方法というのが気になるので、投票会場に行くつもりだ。

「おじいちゃんとおばあちゃんも投票に行くの?」
「ええ……ルナさんに入れるつもりよ」

 俺の問いにおばあちゃんが答えてくれて、おじいちゃんは相変わらずそっぽを向いている。
 やっぱり俺はおじいちゃんに嫌われてるよ。少しでも仲よくなるために、今度おじいちゃんの肩たたきでもしてみようかな。
 俺はそんなことを考えながら、投票と結果の集計が行われる衛兵の待機所へ向かう。
 念のため、探知スキルでルナさんの様子を確認したが、普段通り月の雫商会で働いている姿が視えた。選挙結果がわかる日だからといって、特別なことをしているわけではなさそうだ。
 それに比べてウェールズは、選挙に勝った時用の垂れ幕を用意したり、祝勝会をするための会場準備の指示を出したりしていた。
 これで負けたらバカ丸出しだな。
 とりあえず今のところ、ウェールズ本人におかしな動きはなさそうだ。そうなるとやはりナバルとノイズの動向が気になる。
 俺は目的地である衛兵の待機所に到着すると、すぐさま二人を探す。するとナバルは不審な奴らがいないか警備をしていて、ノイズは投票箱の近くで人を観察しているのが見えた。
 あれ? 投票する場所に着いたけど人が全然いないな。いるのは街の入口で出会った、若い二人の衛兵と中年の男性一人だけだ。
 投票時間は十時から十七時。今は十一時だからあと六時間ある。
 だけどいくらあと六時間あるからといって、人が少なくないか?
 もしかしたらこの世界も有権者は政治に絶望していて、投票率が20%くらいしかないのかと考え始めた時、背後から声をかけられた。

「あら? ルナちゃんの彼氏じゃない。今日は一人なの?」

 昨日塩の販売をお願いしに行った時、精がつくものと言ってウナギを渡してきた女将さんだ。
 ちょうどいいからこの状況について聞いてみるか。

「ルナさんの恋人じゃないです。それより選挙の投票率はいつもどれくらいなのか教えていただけないでしょうか?」
「つれないわね。確か九割くらいはあったと思うけど」

 90%! 日本の投票率とは全然違うな。

「それにしては人が少ない気が……」

 この街の規模なら、投票者は五千人くらいはいそうだけど。

「投票所は全部で五つあるからね。最終的にここの待機所に票を集めて集計するのよ」
「そうですか。どうりで投票者が少ないと思いました」

 確かに、街の中央に位置する衛兵の待機所まで来るのは面倒くさそうだ。
 それが理由で投票率が落ちたら元も子もない。

「それじゃあ私も投票に行ってくるよ」
「はい……引き留めてしまいすみませんでした」
「別にいいのよ。それより昨日はうちのウナギを食べて精力ついたかい? 今度は客として来ておくれよ」

 魚屋の女将さんは笑いながら、投票所の中へ入っていった。
 いくら自分の部屋があるとはいえ、昨日は祖父母の家でウナギを食べたことで、大変な目にあったぞ。
 相手がいるならいいけど、正直今の俺は生殺し状態です。
 しばらく投票所に来た人を眺めながら、探知スキルでナバルとノイズを視ていると動きがあった。
 ナバルが待機所の奥へ行き、一番装飾品が豪華ごうかそうな部屋で、初老の男性と話し始める。
 この人って……ナバルに似ているよな。
 ということは、ルナさんが言っていた選挙を統括しているナバルの父親か?
 そして部屋の中を注視していると、初老の男性がナバルに投票箱を渡した。
 投票箱は既に設置されているのに、もう一つあるなんて怪しいな。
 何か中に入っているのだろうか?
 俺は気になって、探知スキルで投票箱の中を確認してみた。
 ……なるほどね。ホントベタなやり方をしてくれるよ。
 選挙を管理している者が不正をしていたら、ルナさんが勝つ確率は限りなくゼロに近くなる。
 あの投票箱の中のもので、ナバルと父親が完全に黒だとわかった。
 後は不正を正すタイミングだが、なるべく人が見ている時がいい。
 俺はナバル達が行おうとしている不正を今すぐには告発せず、このまま投票時間が終わるのを待つことにした。


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