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関所を越える方法などいくらでもある

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 俺は従業員からシャンプーをもらい部屋に戻る。そしてリズにシャンプーを手渡した。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございました」

 だが先程の出来事が頭に思い浮かび、リズを真っ直ぐに見ることが出来ない。
 リズもどこか態度がよそよそしい感じだ。
 そして三十分程経ち、リズとノアが風呂から出てきた。

「お、俺も風呂に入ってくるよ。明日は朝早いから早く寝た方がいいよ」
「わかりました」

 俺は逃げるように風呂場へと行き、シャワーを浴びる。いつもなら熱いお湯で洗うところだが、今日は少し身体が火照っていたこともあり、冷たいシャワーを浴びる。
 そして部屋に戻ると既にリズはノアと共に寝ていた。
 良かった。さすがにちょっと気まずかったからな。一日経てば少しは気恥ずかしさもなくなるだろう。それに明日は朝から忙しい。
 本来ならまだ寝る時間ではないが、明日は朝早くからやらなければならないことがあるので、俺もベッドで横になるのであった。

 そして朝になった。

 しかし朝になったと言っても周囲は暗く、言葉で表すと未明くらいの時間だ。
 何故俺達がこのような時間に起きているかというと、もちろん国境を越えるためだ。
 国境付近には高い壁があり、関所である入口を通らないとムーンガーデン王国には行けない。いや、厳密には森を通って大きく迂回すれば、ムーンガーデン王国に行くことは可能だ。だがリズの話では、森には魔物が多くいることもあり、尚且つ今の俺達は逸早くムーンガーデン王国に向かいたいので、最短で関所を越える方法を取ることに決めた。そのため、人が少ないこの時間を狙って関所に向かっているのだ。

「う~ん⋯⋯もうお腹いっぱいです~⋯⋯これ以上食べられませんよ~」
「骨付き肉がたくさん⋯⋯ここは天国ですか⋯⋯」

 マシロとノアは朝早く起きることが出来なかったので、俺とリズが抱っこして運んでいた。
 どうやら二人共幸せな夢を見ているようだ。

「可愛いですね」
「でも二人共食べ物の夢ってなんだかなあ」
「そこが可愛くないですか」

 リズは昨日褒めたことを忘れているかのように話している。そのお蔭か、俺も普通に話すことが出来た。

「まあマシロも寝ている時は可愛いけど、起きていると辛辣な言葉を浴びせて来るからなあ」
「そうですね。でも私は本当に恵まれています。もしユート様に出会わなかったら、一人で落ち込んでいたし、ムーンガーデン王国に帰ることも出来なかったと思います」

 国を追われたのに恵まれているなんてセリフが出てくるなんてすごいな。このメンタルの強さは王族だからなのか? それとも本人の生まれもった資質なのかもしれない。

「まだムーンガーデン王国に着いた訳じゃないから、油断は禁物だ。そろそろ外套で顔を隠そうか」
「わかりました」

 警戒されるからリズの存在は隠した方がいいだろう。
 国境を越えればリズの顔を知る人も多くなる。なるべくなら余計な手間は増やしたくない。

「関所が見えてきたぞ」

 サルトリアの東に向かうと高い壁が見えてきた。
 どうやらあれがムーンガーデン王国と帝国を分ける壁のようだ。
 壁の高さは七、八メートルくらいはあるな。
 だがまだ周囲は薄暗いため、兵士の姿は見えない。
 しかしそれはこちら側⋯⋯帝国側にいないだけで、ムーンガーデン王国側にはいるかもしれない。
 俺は兵士の存在を完璧に把握するため、気持ち良さそうに寝ているマシロとノアを起こす。

「マシロ、ノア起きてくれ」
「う~ん⋯⋯なんですか。今ユートを私の前に跪かせて足の裏を舐めさせている所なんです」
「なおさら起きてくれ」

 マシロはなんて夢を見ているんだ。夢の中の俺に同情してしまうぞ。

「はっ! ここは⋯⋯す、すみません! 僕朝起きれなくて⋯⋯」
「いつもと寝る時間も起きる時間も違ったから仕方ないさ。それより周囲に、特に壁の向こうに人がいないか確認してくれないか?」
「わ、わかりました」
「仕方ないですね」

 マシロとノアは目を閉じて周囲の様子を確認し始める。

「風は人の気配はないと言っています。人がいるのはあの建物の中だけですね」
「僕もマシロさんと同じ答えです」
「二人共ありがとう。これなら簡単に国境を越えられそうだな」
「えっ? そういえばどのようにして国境を越えるか伺っていませんでした」

 確かにリズには何も言ってなかったな。
 強引に関所を突破することも出来るけど、さっきも言ったようにリズの存在はなるべく隠しておきたい。それならこうするしかないだろう。

「仕方ないですね。私が見本を見せてあげましょう」

 マシロは自信満々の表情で国境を分ける壁から距離を取る。
 そして勢いをつけて猛スピードで走ると、空高く飛び上がった。

「にゃっ!」

 だがジャンプ力が足りなかったのか、僅かに壁のてっぺんを越えることが出来ず、焦ったのか声を出していた。
 しかしさすがは猫と言うべきか、壁に爪を立ててしがみついた。そしてそのまま昇り始め、頂上にたどり着くのであった。

「ど、どうですか? 私の華麗なジャンプは」

 全然華麗じゃなかったけどな。
 けどマシロは壁を越えることに成功した。

「では次は僕が」

 ノアもマシロのように勢いをつけて飛び上がる。
 そしてマシロとは違って、ノアは見事に壁を越えて向こう側へと降り立った。

「それじゃあ俺達も行こうか」

 俺はリズに問いかける。だがリズは時間が止まったかのように動かなくなってしまった。

「リズ?」

 俺はもう一度問いかけると、ようやくリズの時が動き出したが、何故かこちらに詰めよってきた。

「むむむ、無理ですよ! 普通の人にはあのような七、八メートルもある壁を越えることは出来ません!」 

 リズが今まで見た中で一番といえる程、狼狽え始める。

「大丈夫だよ。リズも越えられるよ」
「絶対に無理です。もし越えることが出来たら、ユート様の願いを何でも聞いて差し上げます」

 何でも!
 そう言われると男として燃えてくるものがある。

「わかった。ちょっと失礼するよ」
「きゃっ!」

 俺はリズの脇と膝裏に手を置き、お姫様抱っこで持ち上げる。
 するとリズから可愛らしい声が聞こえてきた。

「ユ、ユート様⋯⋯いったい何をなさるつもりですか」
「そのまま俺にしっかり捕まってて」
「わ、わかりました」

 俺は体内の魔力を左手に集め魔法を唱える。

神聖身体強化魔法セイクリッドブースト

 すると俺の力が強化されるのを感じた。

「それじゃあ行くよ」
「えっ? どちらに行かれるのですか?」
「もちろん壁の向こうに」

 俺はリズを抱き上げたまま、助走をつける。
 そして足に力をいれて、一気に飛び上がるのであった。
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