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憎しみは簡単には消えない

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 クーソとアーホが斬ったもの⋯⋯それは舞台の袖にある銅像だった。
 銅像は二人の剣をくらうと脆くも崩れ去る。

「何をバカなことを⋯⋯銅像は斬れても私を斬ることは出来んぞ」

 リシャールの言うとおりだ。しかしこの後に及んで二人が意味のないことをするとは思えない。

「クックック⋯⋯無知は罪なり」
「どうやら王家には史実が伝わっていないようだな」
「やはり王家はただの名ばかりの一族のようだ」
「それ以上口を開くな! 貴様らは罪に問う前に私が殺してやる」

 リシャールは剣を抜き、接近を試みるがすぐに足を止める。

「な、なんだこれは⋯⋯」

 銅像から黒い霧が吹き上がり、周囲を埋め尽くしていく。
 そして霧は舞台だけには留まらず、観客席まで広がっていた。

「おい、やばくないかこれ」
「に、逃げるぞ!」

 観客達もこの異常事態に気づき、闘技場の出口へと走り出す。
 だが皆、我先にと出口を目指しているため、闘技場内はパニックになり、先に進めていない。

 逃げる時は落ち着いて行動しないと怪我をすると習わなかったのか。だがこの混乱状態の時に、俺のような一般人が何を言っても話を聞かないだろう。

「皆さん落ち着いて下さい! まずは子供とお年寄りから優先して逃がして下さい!」

 セインが大声で指示を出すと闘技場内のパニックが、少しづつ落ち着きを取り戻す。
 さすが選民思想が刷り込まれている世界だ。このような状態でも王族の言うことは聞くように調教されているな。
 そしてセインの側には、昨日の夜に力を解放したリアが待機している。

 リアには不測の事態が起きた時、セインに民を守る行動をさせるように指示していた。これでセインとリアは民を守る王族というイメージがつくことだろう。セインを王にするためには、少しでもプラスになる行動をしていくしかない。
 後はリシャールがこの事態を収束しないように動くだけだ。出来れば不様な姿を晒してくれると助かるのだが。

 とりあえず黒い霧で周囲の視界が悪くなっている内に、やることをしなければ。

「ど、どうぞ」

 俺は着ていた外套を燃やし、側に来たフローラから白い仮面を受けとる。
 アンノウンは弱者という設定にしてあるので、外套姿で暴れるのはまずい。
 どんな結果になろうとアーホにはオルタンシアを苦しめた罰として、子供に負けた恥ずべき剣士のままでいてもらう。

「ユ、ユウトさん⋯⋯この状況はどういうことでしょうか?」

 フローラは突然のバカダ家の乱心に怯えていた。
 まだ経験の足りないフローラは、予想外の出来事に狼狽えるのは仕方のないことだ。
 だが俺の仲間なら、これくらいの試練は乗り越えてもらわなくては困る。

「フローラ、クーソが持っている剣を奪え」
「倒せ⋯⋯じゃなくて奪え⋯⋯ですか? もしかしてこの黒い霧に何か意味が⋯⋯」
「中々鋭いじゃないか。この後面白い物が出てくるからな」

 そしてこの霧は一部の人間にはかかっていない。やはりこの霧にはある法則がありそうだ。

「それは何ですか? 何だかすごく嫌な予感がします」
「あの剣がないとこの状況を打開出来そうにない」
「ユウトさんが弱気な発言をするなんて珍しいです」
「今回はそれだけの相手だ」
「⋯⋯わかりました。でもアーホさんの剣はいいんですか?」
「それは別の者に頼むつもりだ」

 フローラの能力は決勝戦が始まる前に解放してある。だがそれでもアーホには敵わないだろう。

「俺の分析ではクーソはアーホ程剣の腕はない。だが油断するなよ」
「必ずユウトさんに剣を届けてみせます」
「頼んだぞ」

 フローラは剣を手にクーソの元へと向かう。
 そして俺とフローラが話している間にどうやら動きがあった。 
 舞台上にいるリシャールの周囲は特に黒い霧がすごく、こちらからでは全く姿が見えない程になっていた。

「くそっ! 何も見えないぞ!」

 とりあえずお前はそこでおとなしくしておいてくれ。
 今はそれより⋯⋯

 オルタンシアが、アーホに向かって剣を振り下ろす。
 だがアーホはその攻撃を軽々と剣で受け止めた。そしてがら空きになったオルタンシアの腹部目掛けて蹴りを放つ。

「きゃあ!」

 蹴りをまともに食らったオルタンシアは、勢いよく吹き飛ばされていく。

「まずいな」

 このままだとオルタンシアは壁に激突して、大ダメージを食らってしまう。

 俺は闘技場の壁際に移動し、吹き飛ばされたオルタンシアを受け止める。するとオルタンシアの周囲にあった

「だ、誰か存じませんが⋯⋯ありがとうございます」

 何とか壁に激突するのは避けられたが、オルタンシアは苦悶の表情を浮かべている。
 人が軽く吹き飛ぶ蹴りを食らったのだから無理もないな。

「手を貸すか?」
「その声はユウトさんですか?」
「ああ、知られたくないから仮面を被っているがな」
「そうですか⋯⋯ですがあの男は私一人でやります。母を苦しめようとしたこと、そして何より父はあの二人の策略によって殺された可能性が高いです。私の手で決着をつけてみせます」
「アーホが持っている剣は、身体能力を上げる効果あるぞ」
「やってみなければわかりません!」

 オルタンシアは俺の言葉に聞く耳を持たず、アーホへと突撃する。
 アーホを大義名分の元で始末できるため、気持ちはわからなくもないが。

「王族の方々を狙うなんて⋯⋯私があなたを成敗します」
「成敗だと? 返り討ちにしてくれるわ!」

 だがその意気込みとは裏腹に、オルタンシアは徐々に防戦一方になっていく。

「嘘! 何でこんな力が!」
「これが剣の力か⋯⋯やはり言っていたように、本来の持ち主である俺の手に馴染む。この力があれば八百長をけしかける必要はなかったな」
「私は負けるわけにはいかない!」
「父の無念を晴らすためにか? 俺達はお前の父親には感謝してるんだぜ」
「どういうことですか?」
「親父殺しの罪を被ってくれたからな。ヒャッハッハ!」
「やはりあなた達が父をっ!!」
「だがそれを知った所で意味がない。何故ならお前は無念を抱えたまま死んで行くのだから」
「ここで仇を取らせて頂きます!」

 オルタンシアは怒りを力に変えて、渾身の一撃を振り下ろす。

「はっ! その程度か!」

 しかしアーホは容易く受け止め、逆にオルタンシアに向かって横一閃に剣をなぎ払う。

「くっ! 剣が!」

 オルタンシアはアーホの一撃を剣で受け止める。しかし威力が強かったのか、受け止めた時に剣を手放してしまった。

「お前の命もここまでだ⋯⋯死ね!」

 そしてアーホの剣は、丸腰になったオルタンシアの頭部へと振り下ろされるのであった。

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