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24話
しおりを挟む僕は目に涙をため、そう訴える。けれど、僕を見つめる相手の瞳は温度を無くしたように冷え切っていた。ルーファス・キンケイド侯爵令息は、高位貴族子息の誉れとも呼べるような所作で袖を払うと、冷たく言い放つ。
「下民が」
「!」
ルーファスの表情も声音も、そして顎の角度まで完璧な悪役令息だった。思わず見惚れてしまうほど、その姿は神々しく光り輝いている。
スタンディングオベーションして、叫びたいほどの感動をルーファスは僕に与えてくれた。反応出来ないでいると、王子が変わりに苦言を呈してくれた。
イベントだー! と脳内お祭り騒ぎだった僕は、そこで気合いを入れ直す。ぼんやりしていちゃダメだ。ここぞとやらねば、ヒロイン(♂)の名が廃る。
「ルーファス! いくらなんでもその言い方は……っ」
王子は手を払われた所為でよろけた僕を、支えるように肩を抱き寄せてくれた。そうそう、こーやってスチルでも抱き寄せてくれたシーンを見たな、となんだかわからない感動が浮かび上がる。気を抜くとにやにやした笑いが出そうで僕は頬の内側を噛んで我慢する。
少し俯いて悲しげに見えるようにして、僕はおずおずと口を開く。
「あの、僕、そそっかしくて、足元をよく見てなくて、石を踏んで転んだだけなんです。王子に何かしようなんて思ってなくて……っ」
「黙れ。ローラントから離れろ」
僕と王子の間に乱暴に入ってきたキンケイド侯爵令息は、左右に割るように腕で引き離す。王子から乱暴に引き離された僕は、その勢いのまま地面に尻餅をついて転んでしまった。
ルーファス! 最高のパフォーマンスだよ! と内心喝采をあげる僕とは裏腹に、王子は本当に驚いているようだ。
「ルーファス! 一体どうしたというんだっ! サッシャ君が転んでしまったぞ!」
ヒロイン(♂)に乱暴を働いて、王子に軽蔑される悪役令息がそこにいた。
僕は地面に尻もちをついたまま、そおっとキンケイド侯爵令息を見上げる。キンケイド侯爵令息……、ルーファスも僕を見ていた。そして(これでいいか? 間違ってないか? というか、転ばせてしまってごめん。今すぐ助けたい)という目をしていた。僕も今すぐ抱きしめて、頭を撫でて褒めてやりたい。
(サイッコーだよ、ルーファス! 百点満点な悪役令息の行動と言動だ! 褒めてつかわす! 後でクッキーも作ってあげちゃう!)
僕は目配せしてそれを伝えると、ルーファスはほっとしたように肩をおろした。
おい、気を抜くな。優しい目で僕を見るな。手を差し伸べたくてうずうずしてますって雰囲気を出すな。まだ悪役令息は終わりじゃない。ここからが、勝負なんだ。
「キンケイド侯爵令息様、すみません……僕、本当にわざとじゃないんです」
「そうだよ、ルーファス。一体どうしたというんだ? お前らしくもない」
「……ろーらんとカラ、ハナレロ」
「ルーファス?」
棒読みになっているし、いつもと違い様子のおかしいルーファスに、幼なじみたちも怪訝に思ったのか近づいてくる。いつまでも地面に座り込んでいることも出来ないと、僕は立ちあがろうとした。すっと差し出された手が見えて、僕は目的を達成した気になる。これは、きっと王子が僕に手を差し伸べてると顔を上げ、そこで違う顔を見つけ驚愕した。
(なんでっ?)
ここは王子に颯爽と手を差し出される場面ではないのか。差し出された手を唖然として見ていると、じれたように手が伸びてくる。そこにいたのは、ナイジェルだった。どうしようと迷ってると、さっと目の前にルーファスの体が立ち塞がる。
「どいてくれる?」
高位貴族の子息だとわかっているのに、ナイジェルはふてぶてしくそう言う。
「何故?」
「何故? 理由なんて簡単だろう? 転んでしまった可愛い小鳥を助けるためさ」
「俺がやる。貴様は引っ込んでいろ」
「転ばせた原因が?」
「わ――っ! 僕、自分で立ち上がれます。ナイジェル様、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。転んだのも自分の所為なので、気になさらないでくださいっ」
これはまずい、とってもまずい。せっかくの悪役令息が台無しになる予感をひしひしと感じる。
「自分で転んだ? 俺にはそこの侯爵令息に転ばされたように見えたけど」
確かにそうだ。それは事実だ。けれどこれはルーファスに悪役令息として行動して貰っただけであり、演技のようなものだ。転んだ僕のために怒っているのはわかっているが、困ってしまう。
「ち、違うんです。僕が不用意に王子に触れたので、婚約者であるキンケイド侯爵令息様は、その、気に障ったというか、ほら、婚約者ですよ。そんな相手に平民が近づいたら、良い気はしないっていうか、だから仕方ないんです。僕が悪いんです!」
「……婚約者だからといって、気に入らなければ他者に、それも身分低い者に暴力を振るうのが高位貴族子息のやり方とは、この国の質も知れる」
「わ――っ! 違うんです。この国の他の貴族の方がどうとかわからないんですが、キンケイド侯爵令息様はそんなことしませんっ! 本当に僕が悪いんですっ」
本当のルーファスはこんなことは決してしない。僕が王子に近づくためお願いして悪役令息をやって貰っているだけだ。それをナイジェルに話すことは出来ないので、もどかしい気持ちになる。
「……サッシャは本当に優しいな。だけど、怪我をしているかもしれない。保健室に行こう」
ナイジェルはそう言って、もう一度僕の手を取ろうとするが、ルーファスがそうさせないように防いでいる。二人は睨み合って、一歩も引かない構えだ。
「大丈夫です! 僕、丈夫なことだけが取り柄なので!」
転んだと言っても尻餅だ。地面に打ちつけた尻ももうそんなに痛くない。保健室なんて大量の血が出ない限り行きたくないと思ってる。前世、散々消毒液の匂いのする部屋にいたのだから、あの匂いはもう嗅ぎたくない。
「ルーファス、確かにサッシャ君が怪我をしていないか心配だ」
「保健室にはルーファスが責任持って連れて行くのがいいんじゃないか?」
「次の授業の先生には俺たちが伝えておくから、行って来なよ。それとも俺の媚薬使う? 痛みはなくなるけど、ちょっと大変なことになるけど……」
「ルーファス、サッシャ君の顔色も悪くなっている。運んであげなさい」
王子に言われたルーファスは、僕の膝裏に腕を回すと一気に抱え上げた。
「ひゃあっ」
「待て、転ばせた張本人に運ばせるなんて……っ」
「だ、大丈夫です。僕は平気ですから。ナイジェル様ももう教室に戻ってください。次の授業が始まります」
ここでナイジェルに居座られたり、助けられたりするとルーファスが悪役令息やった意味がない。僕は必死で大丈夫なこと、僕に構わず授業を受けて欲しいことを伝えた。ナイジェルは最後まで迷っているようだったが、王子がルーファスに任せて大丈夫だと請け負ったので引いてくれた。
良かった。僕の所為でナイジェル様が不敬罪とかにならなくて。人目のあるところでルーファスに悪役令息をさせるとこんなことが起こるのならば、僕はこれからの計画を改めなければならない。
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