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23話

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 昨日と同じように午前の授業が終わると、僕は王子やルーファスに促され、中庭の東屋に来ていた。どこか居心地の悪さを感じていても、これはイベントが進んだ証拠ではと考える。王子の隣をキープして席に座ると、反対の隣にはルーファスが腰掛ける。

 出来れば王子を挟んで座るのがベストだと思うが、まあここでも良いだろうと無理やり納得する。
 それに今日は新しい料理人が作った、楽しみなお弁当がある。丸いテーブルの上に恭しくそれを置くと、途端にルーファスにそれを取られた。

「ちょ……っ!?」
「これが新しい料理人が作ったものか?」
「ああ。夕食も朝食も問題はなかった。臨時予算が降りたら、もう少しマシになるだろう」

 ルーファスは王子から問い掛けられ、弁当の包みを開けながら答える。お弁当サイズの籐籠には色とりどりのサンドウィッチが入っていた。香ばしいパンの香りと新鮮な野菜、それにあれは多分ローストビーフだ。

「あのぅ、僕のお弁当ですが、何かありましたかぁ?」

 美味しそうなお弁当を勝手に開けられ、サンドウィッチは王子とルーファス、そして幼なじみたちの口に消えていた。

(あああああ……っ)

 僕のお昼がパンのカスを残して消えていくのを、黙って見ているしかない屈辱をわかって貰えるだろうか。食べ物の恨み怖いんだぞ! と口に出せないが、考えてしまう。空になった弁当箱を悲しく思いながら、ため息をつくのを我慢していると王子に話しかけられた。

「サッシャ君には重要な仕事を任せたい」
「はい! 僕に何なりとお任せくださいっ!」

 王子に何かを頼まれるなんてイエス、か、はい、か、喜んで! しかない。
「しばらくの間、寮で出されるお弁当を持ってきて欲しい」
「イエッサー……じゃなかった。喜んでお持ちいたしますぅ。数は五人分でよろしいでしょうか?」

 寮のお弁当の美味しさに食べたくなったのなら、人数分用意すれば僕の口にも入るだろう。しかし、王子の答えは違った。

「きみの分をリースが味見することになる。まあ、新しい料理人はルーファスが手配したから心配はしていないが、前例があるからしばらくは監視を入れないとね」

 捕縛された料理人たちは不正をしていたと聞いたし、料理の質も悪かったのだろう。新しい料理人はそのとばっちりに監視を受けることになるのかと少しかわいそうに思うが、僕には王子の頼みを断ることが出来ないので仕方ない。

「僕の分ですね。承知いたしましたぁ!」

 王子に媚びた声で承諾を伝えながら、さて、僕のお昼はどうやって工面しようかと考えていると、目の前にスープの皿が出された。

「?」

 顔を上げて見れば、いつの間にか王子の侍従がテーブルに昼食を並べていた。

「あのぅ、僕は……」
「サッシャの昼は俺たちと一緒だ」
「そうそう。寮の弁当は品質を調べるために俺が食うし」
「本来は生徒会の仕事なんだから、お弁当を運んでくるサッシャ君がここで食べるのは当たり前だよー」
「学園運営の為に努力するのが生徒会だし、その手伝いをするんだから、ここで一緒に食べましょうね。」

 ここでサッシャが食事をするのは当たり前だと、ルーファスと幼なじみたちが色々説明してくれる。

「……そうだ。わたしたちは食事より会話を楽しむのだが、それでも良いだろうか?」
「はい。僕もお喋りは好きですぅ」

 昨日王子に毎日昼食を一緒にと言われたが、本当だったのかと驚く。そして会話を楽しむと言ったか? 僕は孤児院とここしか知らない言わば箱入り孤児だ。貴族令息が楽しめる会話なんて出来るだろうかと不安になる。

「本日は魚料理となっております。お好きでしょうか?」
「好きです!」
「それはようございました」

 壮年の侍従がにっこりと微笑み、さあ冷めないうちにお召し上がりくださいと声を掛けてくれる。

 ルーファスの悪役令息としての行動はまだまだだが、僕は王子との恋に一歩近づいたような気がして嬉しくなる。ここで一緒に食事をと言われて、納得したようなわけがわからないような気がしたが、サッシャは前向きに考えることにした。

(僕のヒロイン(♂)はイベントをこなしてる!)

 多分きっとそうだ、と思いながら、僕は美味しいスープを口に運んだのだった。




 天気の話から始まって僕の好きな食べ物や色、とくに思いつかないが趣味や苦手な食べ物、身長体重足のサイズまで話して、昼食は終わった。

 一体あの尋問じみた会話はなんだったのだろう。王子のことは何ひとつわかっていないのに、僕の個人情報はひとつ残らず吐き出してしまった。

 授業開始まであと少しというところで、東屋を出て教室に戻ることになり東屋を出るために立ち上がる。

 その時、ルーファスが僕を見ていることに気づき、ゆっくりと瞬きして合図する。僕は一気に興奮したが、それを表には出さずそっと王子に近づく。

「あ……っ」

 緊張していたからかもしれない。僕は天性の運の悪さを発揮して、東屋に何故か転がっていた石を踏んでしまい、よろけてしまった。

「サッシャ君っ!?」

 王子が手を差し伸べてくれる。その拍子に服の端に触れてしまった。王子の服をしっかりと掴む前にルーファスが動いて、僕の手を弾いた。
 パチンと音をさせたその衝撃より、王子の方が驚いているようだ。

「止めてください、キンケイド侯爵令息様っ!」


 さあ、ルーファスの悪役令息開始の時間だ。



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