【完結】この悪役令息は、僕が育てました!

きたさわ暁

文字の大きさ
上 下
26 / 66

19話

しおりを挟む




 ニーラサ王立学園の学生寮の朝食の席に高位貴族令息であるルーファス・キンケイドがいる。それだけで寮の食堂は水を打ったように静かだ。大きく取られた窓からそそぐ陽光に照らされて、ルーファスの美貌は光り輝いているように眩しく見える。

「サッシャ、このフレンチトーストは料理人のオススメらしい」
「う、うん、うまいよ、ルーファスも食べなよ……じゃなかった。……ええ、とても美味ですね。キンケイド侯爵令息様、お座りになってお召し上がりになっては如何ですか?」

 いつものよう食堂の端っこに座っている僕の傍にルーファスは来て、あれこれ世話を焼いている。その姿を見て、寮生たちはざわめいていた。しかし、ルーファスがちらりと視線を向けると、何事も無かったかのように静まり返るのだ。

 居た堪れない。

 平民で孤児の僕に傅く侯爵令息とかありえないだろ! と叫びたいがここは寮生の目がある。外面を装備して対応すれば、ルーファスは不満気な眼差しを向けてきた。

「キンケイド侯爵令息?」

  ルーファスの視線は、それは誰のことだ? と聞いていたので、僕はすぐさまもう一度その名を呼んでやる。

「キンケイド侯爵令息様」
「名前……」
「キンケイド侯爵令息様、座って、朝食を、召し上がりください」

 一言ずつ区切って伝えれば、ルーファスも僕が以前人前ではこの呼び方をすると思い出したのか、素直に隣の席に着く。この食堂では、学園と同じように生徒が並んで、好きなものを頼んでいくスタイルだ。ルーファスもすでに朝食を選んで、テーブルに置いていた。

「スープ冷めちゃったんじゃない? ……じゃなくて、スープが冷めてしまいましたね。僕が入れ替えて来ましょうか」
「……いや、これで構わない」

 ルーファスは美しい所作でスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
 いつもはざわめいている食堂で、寮生たちはルーファスの食事をする姿を凝視している。

(……早く食べないと遅刻するのにな)

 かなりの量の食事を黙々と口に運ぶルーファスから、目が離せない気持ちはわかる。普通ならこんな高位貴族の令息が、一緒に食卓を囲むことなど有り得ないから、見慣れないのだ。

「サッシャ、人参は嫌いか?」
「……」
「サッシャ?」

 無視したのにルーファスはもう一度声をかけてきた。僕は、人参が嫌いだ。好き嫌いをしてはいけないという孤児院の教えをもってしても、それは克服出来なかった。
 シチューの中に少し入っているくらいなら我慢して食べるが、サラダの主賓みたいに存在を主張している生の人参には全面的に降参するしかない。

「もう大きくならなくても良いので」

 孤児院で人参を残すとよく、大きくなれませんよ、と言われた。なので、僕はこう返すのだ。本当はもう少し身長が欲しいと思ってるが、それを諦めても人参は食べたくない。孤児院を出て、うるさく言われることがなくなったと思ったのに、とため息が出そうになる。

「……」

 ルーファスは皿の端に避けていた人参をフォークで器用にすくうと、自分の口に入れた。

「サッシャの代わりに、俺が大きくなる」
「……何言ってんの、ルーファス……じゃなかった。何を仰っているのかわかりません」

 僕たちが食事をしている周囲のテーブルには寮生は座っていないので、ふたりが小声で話せば誰にも聞こえない。それでも僕は用心のために敬語で話し続けた。でも唇が笑みの形になるのは、抑えられなかった。ルーファスにからかわれて、そして甘やかされているような気がする。

「……ルーファス、人参食べられるの?」

 僕が体を寄せるとルーファスも体を傾けてくれた。耳元に口を近づけさらに小声で問えば、もちろんと頷かれた。

「これから出る人参は全部食べてくれる?」
「サッシャが望むなら」

 甘えた声を出せば、嬉しそうな返事が返ってきたので、僕は厳しくダメ出しする。

「ダメじゃん。悪役令息なら、ヒロイン(♂)に人参も食べられないなんて、王子に全く相応しくないって罵るレベルだよ」
「……今はやらなくて良いだろう」

 王子のいない寮内で悪役令息をやる必要はないだろうと、ルーファスは拗ねたような物言いをする。公平明大、清廉潔白な侯爵令息のルーファスがまるで自分に甘えているようで、僕はなんだか楽しい気分になる。

「まあね。でも、昨日練習したみたいに、今日は王子の前で悪役令息をやってね」
「わかった」

 ルーファスは自分のメインの皿に置いていたハムをフォークで刺して、僕の口元に運んできた。
 僕はそれを綺麗に無視して、自分の前に置いている皿から卵料理をすくって口に入れる。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

ただの悪役令息の従者です

白鳩 唯斗
BL
BLゲームの推し悪役令息の従者に転生した主人公のお話。 ※たまに少しグロい描写があるかもしれません。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

処理中です...