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19話
しおりを挟むニーラサ王立学園の学生寮の朝食の席に高位貴族令息であるルーファス・キンケイドがいる。それだけで寮の食堂は水を打ったように静かだ。大きく取られた窓からそそぐ陽光に照らされて、ルーファスの美貌は光り輝いているように眩しく見える。
「サッシャ、このフレンチトーストは料理人のオススメらしい」
「う、うん、うまいよ、ルーファスも食べなよ……じゃなかった。……ええ、とても美味ですね。キンケイド侯爵令息様、お座りになってお召し上がりになっては如何ですか?」
いつものよう食堂の端っこに座っている僕の傍にルーファスは来て、あれこれ世話を焼いている。その姿を見て、寮生たちはざわめいていた。しかし、ルーファスがちらりと視線を向けると、何事も無かったかのように静まり返るのだ。
居た堪れない。
平民で孤児の僕に傅く侯爵令息とかありえないだろ! と叫びたいがここは寮生の目がある。外面を装備して対応すれば、ルーファスは不満気な眼差しを向けてきた。
「キンケイド侯爵令息?」
ルーファスの視線は、それは誰のことだ? と聞いていたので、僕はすぐさまもう一度その名を呼んでやる。
「キンケイド侯爵令息様」
「名前……」
「キンケイド侯爵令息様、座って、朝食を、召し上がりください」
一言ずつ区切って伝えれば、ルーファスも僕が以前人前ではこの呼び方をすると思い出したのか、素直に隣の席に着く。この食堂では、学園と同じように生徒が並んで、好きなものを頼んでいくスタイルだ。ルーファスもすでに朝食を選んで、テーブルに置いていた。
「スープ冷めちゃったんじゃない? ……じゃなくて、スープが冷めてしまいましたね。僕が入れ替えて来ましょうか」
「……いや、これで構わない」
ルーファスは美しい所作でスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
いつもはざわめいている食堂で、寮生たちはルーファスの食事をする姿を凝視している。
(……早く食べないと遅刻するのにな)
かなりの量の食事を黙々と口に運ぶルーファスから、目が離せない気持ちはわかる。普通ならこんな高位貴族の令息が、一緒に食卓を囲むことなど有り得ないから、見慣れないのだ。
「サッシャ、人参は嫌いか?」
「……」
「サッシャ?」
無視したのにルーファスはもう一度声をかけてきた。僕は、人参が嫌いだ。好き嫌いをしてはいけないという孤児院の教えをもってしても、それは克服出来なかった。
シチューの中に少し入っているくらいなら我慢して食べるが、サラダの主賓みたいに存在を主張している生の人参には全面的に降参するしかない。
「もう大きくならなくても良いので」
孤児院で人参を残すとよく、大きくなれませんよ、と言われた。なので、僕はこう返すのだ。本当はもう少し身長が欲しいと思ってるが、それを諦めても人参は食べたくない。孤児院を出て、うるさく言われることがなくなったと思ったのに、とため息が出そうになる。
「……」
ルーファスは皿の端に避けていた人参をフォークで器用にすくうと、自分の口に入れた。
「サッシャの代わりに、俺が大きくなる」
「……何言ってんの、ルーファス……じゃなかった。何を仰っているのかわかりません」
僕たちが食事をしている周囲のテーブルには寮生は座っていないので、ふたりが小声で話せば誰にも聞こえない。それでも僕は用心のために敬語で話し続けた。でも唇が笑みの形になるのは、抑えられなかった。ルーファスにからかわれて、そして甘やかされているような気がする。
「……ルーファス、人参食べられるの?」
僕が体を寄せるとルーファスも体を傾けてくれた。耳元に口を近づけさらに小声で問えば、もちろんと頷かれた。
「これから出る人参は全部食べてくれる?」
「サッシャが望むなら」
甘えた声を出せば、嬉しそうな返事が返ってきたので、僕は厳しくダメ出しする。
「ダメじゃん。悪役令息なら、ヒロイン(♂)に人参も食べられないなんて、王子に全く相応しくないって罵るレベルだよ」
「……今はやらなくて良いだろう」
王子のいない寮内で悪役令息をやる必要はないだろうと、ルーファスは拗ねたような物言いをする。公平明大、清廉潔白な侯爵令息のルーファスがまるで自分に甘えているようで、僕はなんだか楽しい気分になる。
「まあね。でも、昨日練習したみたいに、今日は王子の前で悪役令息をやってね」
「わかった」
ルーファスは自分のメインの皿に置いていたハムをフォークで刺して、僕の口元に運んできた。
僕はそれを綺麗に無視して、自分の前に置いている皿から卵料理をすくって口に入れる。
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