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幼なじみたち5

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「なあ、ローラント……あれ、触れる?」

 あれ、とはエッケザックスと呼ばれる、ニーラサ国の国宝である精霊の宿る剣のことだ。エッケザックスが幼いルーファスを選んだ時、四人ともとても怒られた。ルーファスがローラントの婚約者に選ばれた最大の理由とも言える。

「リースは昔、触ろうとして弾き飛ばされたこと、まだ覚えているだろう? わたしだって同じだ」
「捕まえた見習いと料理人たちは近衛が連れて行ってくれるから良いとしても、これ置きっぱなしで帰っちゃダメだよね」
「時間が経てば、ルーファスの元に還るだろう? なら、別にここに刺してても……」
「国宝だ」

 うーんと唸りながら四人はその場に座り込む。その時、控えめなノックの音が聞こえてきた。

「第三王子殿下、キンケイド侯爵令息様よりこちらに通すようにご指示されております、新しい料理人です」

 侍従が案内してきたのは、寮の新しい料理人たちだ。まだ年若く料理人になったばかりに見える。ルーファスが暴れたおかげで散らかり放題の厨房を見て、ぞっとしたように表情を堅くしていた。

「ああ、新しい料理人たちか。こちらを片付けて今夜の夕食の準備をしてくれないか」
「……あの、これは一体……?」
「ルーファスが悪いやつをやっつける為に暴れた結果だよー」
「ルーファス様が? そうなんですね。それでは私たちはこちらを片付けて仕事に入らせて貰います」

 ルーファスがやったと言ったのに、新しい料理人たちは、それなら! とやる気を出して安心して働き始める。
 他に人がいる所為で、四人はそこから動くことが出来ず、床に座り込んでいる。そんな四人が気になったのか、料理人の一人が落ちた鍋を片付けながら提案してくる。

「よろしければお茶をお入れいたしましょうか?」
「わー、いいの? ありがとう。よろしく!」

 アンドリューが嬉しそうに礼を言うと、ローラントはもう一つ頼む。

「バスケットにお茶と焼き菓子を入れてくれないか」
「ローラント、なんで……あ、そうか。サッシャ君に」
「ああ、ルーファスがついているから心配はしていないが、温かいお茶があれば少しは落ち着くんじゃないかと思ってね」
「あの、ルーファス様にお持ちするものでしょうか?」
「いや、ルーファスの……大切な人に、かな」
「それではとびきりのお茶を淹れましょう。ちょうど、茶葉を持ってきてますし、お茶菓子もご用意してます」

 この料理人たちは、キンケイド家……、いやルーファスに恩のある料理人で、学園の寮で料理人をして欲しいとルーファスに願われ、即座に了承してキンケイド家から寮へやってきた。
 この料理人たちはそろそろ独り立ちして、王都で店を持つか、領地の屋敷に向かうか考えている時だったが、大恩あるルーファスに願われたらそれを叶えるために行動するだけだ。

 そんなわけで新しい料理人たちは、ルーファスがここに通う間は、寮での料理人をする予定で、あとを任せる見習いも数人雇い入れる予定だった。

「ルーファス様の大切な方、どんな方なんですかねえ」

 新しい料理人が誰ともなしに呟いた言葉に、ローラントが答える。

「とんでもない、大物かもね」

 ローラントは先ほど、ルーファスを止めて欲しいと頼んだのに、全く正反対に「消しちゃって」とルーファスの行動を応援したサッシャを思い出し、小さく笑う。

「まさかあの時、サッシャ君がルーファスを止めないとは思わなかったな」
「確かに~~でも気持ちわかるな。あんなの許せないもんね」
「ルーファスが後でこっそり見習い料理人を始末しないように、一番重い刑罰を与えないと、またこれを出すのでは?」
「ちょんぎっちゃう?」
「おまっ恐ろしいことをさらっと言うな」

 幼なじみたちは眩く輝くエッケザックスを見ながら、呑気に話している。

「……まあ、考えておこう」

 確かにあの暴走ぶりでは、それくらいしないと秘密裏に存在ごと消してしまいそうだ。ルーファスは公平で私利私欲に走るような貴族令息ではなかった。けれど、サッシャと出会ってから、少しずつ変わっていってるような気がする。

「恋って大変なんだ……」

 王族として恋なんてもので将来が決められるものではない。自分の婚姻は国のために行われる。誰かに恋したとしても、それを封じて生きていくのが、王族に生まれた勤めでもある。
 だから自分との結婚に巻き込んでしまったルーファスに対して、ローラントは負い目があった。

 まだはっきりとした感情になっておらず、初めての感情に戸惑っているであろうルーファスの為になんでもしてあげたかった。

「ねえ、ローラント。きみはさ、ルーファスの恋を応援しているけど、恋と結婚は別なの?」

 二人は婚約者同士で、ローラントは卒業すれば公爵位を与えられ、ルーファスはその伴侶となる。アンドリューはいつものふわふわした雰囲気から、真剣な眼差しをローラントに向けていた。まるでその答えによっては、何かが壊れてしまうような危うさも含んでいるようだった。

「まさか。少し前に流行った断罪式でも派手にやって、ルーファスと婚約破棄してやるさ」
「そーなの? なら俺も協力する! ルーファスの恋が叶いますように!」
「いざとなったら、二人を隣国に逃して結婚させるってのはどう?」
「いいね。隣国は生粋の実力主義だ。ルーファスならどこでもやっていけるし、サッシャ君の学園での成績は素晴らしい。学ぶ姿勢も前向きで、どんどん知識を吸収していると先生方からも好評だった。二人揃っていたら、どこでだって大丈夫だろう。でもまあ、そんなことにならないよう、わたしたちが守ってやろう」

 ローラントの言葉に、幼なじみたちは力強く頷く。
 この後、お茶を侍従に運ばせ、エッケザックスが顕現をやめ、ルーファスの元に戻るとローラントと幼なじみたちも寮を出て帰っていった。

 この日からルーファスが寮に住んでいると、後で知ったローラントと幼なじみたちは、見習い料理人の刑罰を重くし、いち早く王都から追放したのだった。


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