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17話

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気まずい。

 とんでもなく気まずい気分で、僕はちらりとルーファスに視線を向ける。

 すぐに気がつかれ、なんだ? というように視線を返されたから、愛想笑いを浮かべた。僕の手には先ほど返したはずのハンカチが握られている。涙と鼻水に濡れているので、また洗ってアイロンをかけなければならない。

(……まずい、こんなんじゃ、ヒロイン(♂)たる僕の沽券にかかわる)

 優しく気弱なヒロイン(♂)とは違い、僕は天真爛漫で物怖じしないきゃるるんヒロイン(♂)だ。ゲームではその明るさに、王子や幼なじみたちも惹かれている。
 ちょっと見習い料理人に触られたくらいで、悪役令息のルーファスに抱きついて、わんわん泣くとは何事か。気合を入れる為に、僕は泣いて赤くなった頬を両手で叩く。

「……あれ?」

 ぎゅっと目を閉じて力一杯叩いたはずなのに、両手は顔の表面に浮かんでいるだけで、頬に触れてもいない。そおっと目を開けると、ルーファスの手が僕の手首を掴んでいた。

「サッシャ、何をするつもりだ?」
「え? 喝を入れようと、思って……」

 ルーファスの雰囲気が今までと全く違い、怖く感じる。

「昨日も言ったが、何かを殴りたくなったら、自分の顔ではなく俺の顔を殴れ」
「……昨日も言ったと思うけど、その顔を殴るとか正気? 世界の宝が損失するって言っただろーが!」
「サッシャが、自分の顔を殴るなら、俺も俺の顔を殴る」
「!」

 そんな脅しある? とハンカチを握りしめながら目を見開いていると、ルーファスは身を屈めて静かに顔を近づけてくる。至近距離で見るルーファスの整った容貌は、破壊力抜群だ。目が潰れるなんてものじゃない。魂すら昇華してしまいそうなくらい美しい。語彙力のない僕には無理だが、吟遊詩人がまだ幼いルーファスを見て、詩を誦んじたという噂は本当なんじゃないかと思う。

「サッシャ」

 耳に響く声は、甘く蕩けてしまいそうなほどの優しさが込められているように感じ、僕は勘違いしないようにごくんと唾を飲み込む。何か言葉を発しようと思うが、何も思い浮かばず、ただルーファスの美しい顔を見つめるだけだ。

(ま、まさか……)

「少し赤くなってるな。冷やした方が良いだろうが……」
「そっちか~~ッ、いやわかってた。そーだよな! そうに決まってる!」

 まさかルーファスが僕にキスしようしていると誤解するなんて、僕はなんてバカなんだ。思わず立ち上がって叫んでしまった。

「サッシャ?」
「うん。もう大丈夫。本当に大丈夫だから!」
「……ああ」
「ルーファス、このハンカチ、また貸してくれない? 洗って返すから。それからクッキーを包んでいた僕のハンカチどうなったか知らない? 流石の僕でも王子に直接は聞けなくてさあ。あ、捨てたんなら、それはそれでいいんだけど……」

 クッキーを包むためのハンカチは食べ物を包むために念入りに洗ってアイロンをかけ、殺菌したつもりだ。そしてあのハンカチは手持ちのハンカチの中で、一番見栄えが良く新しいものだった。
 無くなってしまったのなら仕方ないが、ハンカチはあれを含めて三枚しか持ってなかったので、これからは一日ごとに交互に使うことになるが仕方ない。

「……ハンカチは、なくしてしまった。それでこれを……」

 ルーファスはボケットから、真っ白なハンカチを取り出して僕に差し出す。

「え? 受け取れないよ」

 あのハンカチはクッキーを包んでいた。物を包む包装紙と同じだ。人にあげた物なのだから、無くしたからと言ってルーファスからハンカチを貰うのはちょっと違う。ルーファスは受け取らない僕を見て、ハンカチを見て、そして口を開いた。

「キンケイド家では、人の物を無くしたら、同等かそれ以上の物を贈るという、家訓があって、俺がサッシャのハンカチを無くしたので、サッシャがこのハンカチを受け取ってくれないと、とても困ったことになる」

「困ったことって?」
「……」



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