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11話
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「え?」
昼食はもう全部食べ終わったのでは? と思っていると、侍従が恭しく皿を運んでくる。その皿の上には綺麗なショートケーキが乗せられていた。
「ケーキ……」
「苦手か?」
「ううん。初めて食べる」
前世病院で一度だけクリスマスに出た事があるが、見つめているだけで食べた覚えはない。真っ白なクリームの上には、真っ赤に熟れた苺だ。じっと見つめていると侍従に微笑まれ、王子の次に皿を置かれた。食いしん坊だと思われたようだ。
銀色のティーポットから、琥珀色の紅茶が注がれる。真っ白な陶磁器のティーカップの中でそれはキラキラ輝いているように見えた。
「サッシャ君、どうぞ食べてみて」
促されて僕はフォークを持ち、ケーキを飾る苺を刺した。真っ白なクリームと苺を同時に口に入れると、クリームの甘さと苺の甘酸っぱさに唸ってしまう。
「お、美味しい~~」
たまらず声が漏れた。ほっぺが落ちそうなくらい美味しい。自作のクッキーも美味しいと思ったが、これは次元が違う。飾りのなくなったショートケーキは少し寂しく思えたが、クリームがかけられた中のスポンジにも苺が入っており、見た途端幸福度が上がった。昼食のデザートとして出ているケーキなのでそれほど大きくなく、三口もあれば食べ終えてしまった。はしたなくも皿についたクリームをフォークで削いでしまおうかと考えていると、その皿が引かれ新しい皿が置かれた。
「ルー、キンケイド侯爵令息……様?」
「ビンボウニンハコンナケーキナドショクシタコトガナイダロウ」
先ほど口元を拭いてくれた時に、昨日言ったこと……と口走ったので、悪役令息らしく振る舞うことを思い出してくれたのだろう。少し棒読みだが、ちゃんとヒロイン(♂)を蔑む言葉をかけてくれた。
ルーファスは無表情ながらも、これでいいか? と目線で問うてくる。僕は大きく頷きたいのを我慢して、目配せで大成功だと褒めてやる。
(後でちゃんと褒めてあげなきゃ! ルーファス、良くやった!)
チキンのあーんから始まって悪役令息をやる気あるのかと思っていたが、ちゃんとわかっていたようで安心する。しかもケーキを食べて良いと言ってくれてる。本当は断る方がいいのだろうが、もう二度と食べられないかと思うと、とても美味しい苺のケーキを断ることは出来なかった。
貧乏人と言われたことが悲しく見えるように、少し俯き加減に震え声を意識して礼を言う。
「え、っと、ありがとうございます、キンケイド侯爵令息様」
「ん? サッシャ君、ケーキ好きなのか? 俺のも……睨むなよ、ルーファス。わかったから!」
丸テーブルの向こうからリースが声をかけてくれたが、ルーファスに睨まれて言葉は途中で止まったようだ。なんだろうと思っていると、手の甲が温かいものに包まれる。ルーファスが僕のフォークを取り上げ、皿の上の苺を刺し口元に運んでくれる。「あーん」第二弾だ。でも僕はなんだかふわふわな思考で考えられず、口を開けてしまった。大きい苺に絡んでいたクリームが唇についてしまう。でも僕は口いっぱいに入っている苺と格闘していて、それを拭う暇もない。
モゴモゴと咀嚼していると、ルーファスの指が伸びてきて、口の端についたクリームを拭ってくれる。目を見開いてそれを見ていた僕の目の前で、ルーファスはあろうことかその指についたクリームをぺろりと、舐めたのだ。
前世は殆どを病院のベッドの上で過ごし、今世は孤児の僕にだってそれが普通ではないことくらいわかる。驚いているのは僕だけではなかった。王子たちも一瞬ざわつき、それからコソコソと何か話している。でも僕はそれを気にするだけの心の余裕がなかった。
ルーファスの行動を見た途端、顔に火がついたように熱くなる。
「ルーファス、あんたっ」
そこまで声を出した後、僕は周囲を見渡す。ニヤニヤしている幼なじみたちと驚いたような表情を浮かべている王子が見えた。
これは良くない。
絶対何か変な誤解をされている。僕はルーファスからフォークを取り戻し、皿に残っているケーキを一口で飲み込むと、少し冷めた紅茶を一気に煽り、無作法だとわかっていながら音を立ててソーサーにカップを戻し、無表情ながら驚いているルーファスの腕を掴む。
「キンケイド侯爵令息様、一緒に、来て、くれますね?」
「……わかった」
ナプキンをテーブルに置いたルーファスは、僕に促されるまま立ち上がる。僕は一歩歩いてから振り返り、王子に向かって礼を言う。
「王子、とても美味しい昼食をありがとうございました。中座する無礼をお許しください」
「構わないよ。あとで二人とも戻ってきてね」
「はい。えっと、はい?」
これは最初で最後の昼食会ではないのかと思っていると、王子の隣に座っていたアンドリューが爆弾発言する。
「これから毎日昼食は一緒に食べようね、サッシャ君」
「へ?」
「それから勉強は俺が教えてあげるからさ、デューダー先生の時間を……もがもがっ」
「なんでもないよ、サッシャ君。でも勉強ならわたしたちで教えてあげられるから、わからないことがあれば気軽に聞きにくればいい。わたしたちが教室にいなければ、ここか、生徒会室にいるからね」
「はあ……は?」
なんだその自分に都合の良い展開は? と驚いていればルーファスに反対の手を引かれた。
「俺が教える」
「は?」
「わからないこと、疑問に思うこと、知りたいこと、なんでも教える。俺がわからなければ一緒に調べていこう」
「ルー、キンケイド侯爵令息、様……」
なんだかわからないがすごいことを言われている気がする。そして頷いたら何かとても不味いのではないかと思う。でも僕は今ここから逃げ出して、ルーファスに話があるのだ。
「わっかりました――っ! じゃあ、僕はキンケイド侯爵令息様に少しお話があるので、失礼しまっす!」
大声で叫んでルーファスへの返事はうやむやにしつつ、僕はその場から逃げ出した。もうゲームとかシナリオとか考えている場合じゃない。今はここから逃げるのが先だ。ルーファスにはもっとちゃんと悪役令息たる行動言動について教えなければならない。
僕は真っ赤になった顔を自覚しながら、昨日も訪れた渡り廊下のそばにある木立にルーファスを引き連れて向かったのだった。
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