13 / 34
9話
しおりを挟む午前の授業が終わり、寮で持たされるランチを手に教室を出ようとしたサッシャは、何故か王子たち一行と、昨日も訪れた中庭の東屋でテーブルを囲んでいた。
(なんで!?)
王子とその側近である三人は、サッシャに対して穏やかに接してくれた。それがまた不穏に感じる。
(僕、なんかやらかした?)
いつだって隠れて昼食を取った後、王子たちのいる場所を探したり、図書館で勉強したりしていたが、今日はそれは出来ない。
「サッシャ君とは一度落ち着いて話してみたいと思ってたんだ」
(サッシャ君……?)
昨日までの王子は、サッシャのことを個別に認識はしていなかった。ただ近寄ってくるその他大勢のひとり、と思っているようだった。それなのに今日は名前を呼んで親しげに話しかけている。一体何があった!?
「サッシャ君?」
「え、あ……その、光栄ですぅ!」
だが、これはチャンスだ。その他大勢から個人で認識して貰える。僕は引き攣った顔を必死ににこやかにしながら、王子に話しかけようとした。
「おう……」
「サッシャ、その昼食は寮で持たされているものか?」
「そーだけど……、じゃなかった。はい、そうです、ルーファス様」
うっかり昨日みたいに話そうとして、今は周囲に人がいると思い出す。手に持った紙袋には、寮で配られている昼食が入っていた。促されて椅子に座り、テーブルにそれを置くと王子の方を見ながらにこやかに話す。
「この学院は三食きちんと食べられて、勉強も出来て、隙間風なんて全然ない温かい部屋で寝られて凄く嬉しいですぅ」
国の施策が良いから孤児の僕も学園に通えるのだ。王子に感謝していることを伝えない手はない。これは本当に感謝しているから嘘ではないし、孤児である自分がここにいるのは本当にありがたいことだった。
「そうか。サッシャ君はとても優秀だと聞いている。これからも勉学に励んでくれ」
「はい!」
(ふへへ、優秀だって。勉強は楽しいから、褒められると嬉しいなあ! これはもう文官への道が開かれたと言っても過言ではないのでは?)
優秀だと褒められ、僕は嬉しくて作り笑いじゃない笑顔を浮かべてしまった。まずい、僕はヒロイン(♂)なのだから、それなりの可愛く見える笑顔にしないと、と慌ててしまらない顔を整える。
僕はウキウキしながらテーブルに置いた紙袋を開こうとして手を伸ばしたが、直前でそれは目の前から消えた。
何すんだ! とルーファスを睨もうとして、ハッとする。これは昨日話していた王子と会話をさせないようにする行動では! と思いつき、神妙な顔をする。
「……」
ルーファスはサッシャの昼食である紙袋を開き中に入っていたのサンドウィッチをひとつ摘むと、口をつけた。その途端、眉間のシワが三ミリほど深くなったのをサッシャは見てしまった。
(え? なんか不味いもんでも入ってた?)
毎日食べているサンドウィッチだが、特に不味いと思ったことはない。孤児院でよく出ていたものと遜色ない、少し乾燥している硬いパンに具の少ないサンドウィッチだった。前世で食べた病院食の方が少しマシという程度だったから、気にしたことがない。
とりあえず王子が見ているので、いきなりの暴挙に震えるだけしか出来ない平民……じゃなかった、ヒロイン(♂)のふりをする。
(そーそー、BLゲームの悪役令息はこうでなくっちゃ!)
内心ウキウキしながらルーファスの行動を見ていれば、ルーファスはあろうことか王子に問題のサンドウィッチを渡した。その後、幼なじみの三人もそれぞれサンドウィッチに手を出し、同じように厳しい表情を浮かべる。
(え? 何? 何があったの? もしかして毒?)
けれどそれならいくらルーファスが先に食べて毒味を済ませているとはいえ、全員で食べる必要など無いはずだ。
「あの……」
「これは由々しき問題ですね」
「ルーファスの勘は当たったね」
「早急に対処する。すまなかったね、サッシャ君」
「へ? あ、えっと……?」
何がどうなって王子に謝られたのかわからないでいると、王子は侍従に指示を出す。
「サッシャ君にも同じ物を」
「すぐにご用意いたします」
控えていた侍従が礼をすると、サッシャの前にも王子たちと同じ料理が並べられる。王子たちは一時期学園内の食堂で食べていたが、王子がいるとやはり周囲はざわつき落ち着かない為、雨の日以外はここで昼食を取っているのだ。
目の前に豪華な昼食を並べられ、僕はどうしていいのかわからない。ヒロイン(♂)は虐めがあってこそ光り輝くのではないのか。
(なんなんだ? えっとこーゆー時は……)
「平民の食事なんて見窄らしいですよね……」
悲しい顔をしてそう言った後、僕は気づいてしまう。いや待て? さっきのサンドウィッチは寮で持たされた昼食だ。今のセリフではそれを貶していることにならないか?
「えっと、でも僕、食べられるだけで満足というか、味はそれほど気にしないというか。寮の厨房の人は良くしてくれてます! あ、クッキー! クッキーの材料くれて、料理人の聖域である厨房だって使わせてくれました!」
一週間皿洗いした後、クッキーの材料をくれて、厨房を使わせてくれたのは、見習いの料理人だった。サッシャが可愛らしく頼んだら、少し渋りながらも夕食の片付けと皿洗いをすればちゃんと材料を分けてくれた。また次も手伝えば材料は分けてくれると言ってくれたとても親切な人だ。少し、サッシャを見る目が怖かったが、クッキーの材料をくれたのだから、悪い人ではないだろう。
「サッシャ君、昨日のクッキーはとても美味しかったよ。それであのクッキーはサッシャ君の手作りなんだよね。寮の厨房を借りて作ったって昨日ルーファスに聞いたんだけど、本当かな?」
「え、ええ。そうですけど……あ、バイトってダメでした?」
特待生は勉学に集中する為、衣食住を国が負担している。バイトなどして勉学が疎かになるのではないかと王子は危惧しているのか。不安そうな表情を作って問えば、王子はにこやかに答えてくれた。
「ダメではないよ。ただ、厨房からバイトを雇った届出ときみに金銭が支払われていないことが問題かな」
「そーなんですね。あの、でも、僕は」
厨房で少し皿洗いのバイトをするだけで、届けが必要なんで知らなかった。お金も欲しかったが、それより今はクッキーを作りたかっただけなので、また皿洗いをしようと思っていたのだ。
「特待生がバイトなどしている暇があるのか? そんな暇があるなら本一冊でも読んだ方が自分の為になる」
「ルーファス、確かにその通りだけど、もっと他に言い方があるだろ?」
「ルーファス様……」
王子がルーファスに注意するが、僕はムッとするどころか内心踊り出しそうに喜んでいた。悲しげに見えるよう、瞼を少し閉じて視線を下に向けた。
(キタキタキタキタキタ――! これぞ、悪役令息じゃん! ルーファス、わかってるぅ!)
37
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
【完結】TL小説の悪役令息は死にたくないので不憫系当て馬の義兄を今日もヨイショします
七夜かなた
BL
前世はブラック企業に過労死するまで働かされていた一宮沙織は、読んでいたTL小説「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」の悪役令息ギャレット=モヒナートに転生してしまった。
よりによってヒロインでもなく、ヒロインを虐め、彼女に惚れているギャレットの義兄ジュストに殺されてしまう悪役令息に転生するなんて。
お金持ちの息子に生まれ変わったのはいいけど、モブでもいいから長生きしたい
最後にはギャレットを殺した罪に問われ、牢獄で死んでしまう。
小説の中では当て馬で不憫だったジュスト。
当て馬はどうしようもなくても、不憫さは何とか出来ないか。
小説を読んでいて、ハッピーエンドの主人公たちの影で不幸になった彼のことが気になっていた。
それならヒロインを虐めず、義兄を褒め称え、悪意がないことを証明すればいいのでは?
そして義兄を慕う義弟を演じるうちに、彼の自分に向ける視線が何だか熱っぽくなってきた。
ゆるっとした世界観です。
身体的接触はありますが、濡れ場は濃厚にはならない筈…
タイトルもしかしたら途中で変更するかも
イラストは紺田様に有償で依頼しました。
嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。
ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎
騎士団長×悪役令息
処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。
泣かないで、悪魔の子
はなげ
BL
悪魔の子と厭われ婚約破棄までされた俺が、久しぶりに再会した元婚約者(皇太子殿下)に何故か執着されています!?
みたいな話です。
雪のように白い肌、血のように紅い目。
悪魔と同じ特徴を持つファーシルは、家族から「悪魔の子」と呼ばれ厭われていた。
婚約者であるアルヴァだけが普通に接してくれていたが、アルヴァと距離を詰めていく少女マリッサに嫉妬し、ファーシルは嫌がらせをするように。
ある日、マリッサが聖女だと判明すると、とある事件をきっかけにアルヴァと婚約破棄することになり――。
第1章はBL要素とても薄いです。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました
犬派だんぜん
BL
【完結】
私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。
話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。
そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。
元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)
他サイトにも掲載。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる