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9話
しおりを挟む午前の授業が終わり、寮で持たされるランチを手に教室を出ようとしたサッシャは、何故か王子たち一行と、昨日も訪れた中庭の東屋でテーブルを囲んでいた。
(なんで!?)
王子とその側近である三人は、サッシャに対して穏やかに接してくれた。それがまた不穏に感じる。
(僕、なんかやらかした?)
いつだってひとり隠れて昼食を取った後、王子たちのいる場所を探したり、図書館で勉強したりしていたが、今日はそれは出来ない。
「サッシャ君とは一度落ち着いて話してみたいと思ってたんだ」
(サッシャ君……?)
昨日までの王子は、サッシャのことを個別に認識はしていなかった。ただ近寄ってくるその他大勢のひとり、と思っているようだった。それなのに今日は名前を呼んで親しげに話しかけている。一体何があった。
「サッシャ君?」
「え、あ……その、光栄ですぅ!」
だが、これはチャンスだ。その他大勢から個人で認識して貰える。僕は引き攣った顔を必死ににこやかにしながら、王子に話しかけようとした。
「おう……」
「サッシャ、その昼食は寮で持たされているものか?」
「そーだけど……、じゃなかった。はい、左様でございます、キンケイド侯爵令息様」
うっかり昨日みたいに話そうとして、今は周囲に人がいると思い出す。手に持った紙袋には、寮で配られている昼食が入っていた。促されて椅子に座り、テーブルにそれを置くと王子の方を見ながらにこやかに話す。
「この学院は三食きちんと食べられて、勉強も出来て、隙間風なんてない温かい部屋で寝られて凄く嬉しいですぅ」
国の施策が良いから孤児の僕も学園に通えるのだ。王子に感謝していることを伝えない手はない。これは本当に感謝しているから嘘ではないし、孤児である自分がここにいるのは本当にありがたいことだった。
「そうか。サッシャ君はとても優秀だと聞いている。これからも勉学に励んでくれ」
「はい!」
(ふへへ、優秀だって。勉強は楽しいから、褒められると嬉しいなあ! これはもう文官への道が開かれたと言っても過言ではないのでは?)
優秀だと褒められ、僕は嬉しくて作り笑いじゃない笑顔を浮かべてしまった。まずい、僕はヒロイン(♂)なのだから、それなりの可愛く見える笑顔にしないと、と慌ててしまらない顔を整える。
僕はウキウキしながらテーブルに置いた紙袋を開こうとして手を伸ばしたが、直前でそれは目の前から消えた。
何すんだ! とルーファスを睨もうとして、ハッとする。これは昨日話していた王子と会話をさせないようにする行動では! と思いつき、神妙な顔をする。
「……」
ルーファスはサッシャの昼食である紙袋を開き中に入っていたのサンドウィッチをひとつ摘むと、口をつけた。その途端、眉間のシワが三ミリほど深くなったのをサッシャは見てしまった。
(え? なんか不味いもんでも入ってた?)
毎日食べているサンドウィッチだが、特に不味いと思ったことはない。孤児院でよく出ていたものと遜色ない、少し乾燥している硬いパンに具の少ないサンドウィッチだった。前世で食べた病院食の方が少しマシという程度だったから、気にしたことがない。
とりあえず王子が見ているので、いきなりの暴挙に震えるだけしか出来ない平民……じゃなかった、ヒロイン(♂)のふりをする。
(そーそー、BLゲームの悪役令息はこうでなくっちゃ!)
内心ウキウキしながらルーファスの行動を見ていれば、ルーファスはあろうことか王子に問題のサンドウィッチを渡した。その後、幼なじみの三人もそれぞれサンドウィッチに手を出し、同じように厳しい表情を浮かべる。
(え? 何? 何があったの? もしかして毒?)
けれどそれならいくらルーファスが先に食べて毒味を済ませているとはいえ、全員で食べる必要など無いはずだ。
「あの……」
「これは由々しき問題ですね」
「ルーファスの勘は当たったね」
「早急に対処する。すまなかったね、サッシャ君」
「へ? あ、えっと……?」
何がどうなって王子に謝られたのかわからないでいると、王子は侍従に指示を出す。
「サッシャ君にも同じ物を」
「すぐにご用意いたします」
控えていた侍従が礼をすると、サッシャの前にも王子たちと同じ料理が並べられる。王子たちは一時期学園内の食堂で食べていたが、王子がいるとやはり周囲はざわつき落ち着かない為、雨の日以外はここで昼食を取っているのだ。
目の前に豪華な昼食を並べられ、僕はどうしていいのかわからない。ヒロイン(♂)は虐めがあってこそ光り輝くのではないのか。
(なんなんだ? えっとこーゆー時は……)
「平民の食事なんて見窄らしいですよね……」
悲しい顔をしてそう言った後、僕は気づいてしまう。いや待て? さっきのサンドウィッチは寮で持たされた昼食だ。今のセリフではそれを貶していることにならないか?
「えっと、でも僕、食べられるだけで満足というか、味はそれほど気にしないというか。寮の厨房の人は良くしてくれてます! あ、クッキー! クッキーの材料くれて、料理人の聖域である厨房だって使わせてくれました!」
一週間皿洗いした後、クッキーの材料をくれて、厨房を使わせてくれたのは、見習いの料理人だった。サッシャが可愛らしく頼んだら、少し渋りながらも夕食の片付けと皿洗いをすればちゃんと材料を分けてくれた。また次も手伝えば材料は分けてくれると言ってくれたとても親切な人だ。少し、サッシャを見る目が怖かったが、クッキーの材料をくれたのだから、悪い人ではないだろう。
「サッシャ君、昨日のクッキーはとても美味しかったよ。それであのクッキーはサッシャ君の手作りなんだよね。寮の厨房を借りて作ったって昨日ルーファスに聞いたんだけど、本当かな?」
「え、ええ。そうですけど……あ、バイトってダメでした?」
特待生は勉学に集中する為、衣食住を国が負担している。バイトなどして勉学が疎かになるのではないかと王子は危惧しているのか。不安そうな表情を作って問えば、王子はにこやかに答えてくれた。
「ダメではないよ。ただ、厨房からバイトを雇った届出ときみに金銭が支払われていないことが問題かな」
「そーなんですね。あの、でも、僕は……」
厨房で少し皿洗いのバイトをするだけで、届けが必要なんで知らなかった。お金も欲しかったが、それよりあの時はクッキーを作りたかっただけなので、また皿洗いをしようと思っていたのだ。
「特待生がバイトなどしている暇があるのか? そんな暇があるなら本一冊でも読んだ方が自分の為になる」
「ルーファス、確かにその通りだけど、もっと他に言い方があるだろ?」
「キンケイド侯爵令息様……」
王子がルーファスに注意するが、僕はムッとするどころか内心踊り出しそうに喜んでいた。悲しげに見えるよう、瞼を少し閉じて視線を下に向けた。
(キタキタキタキタキタ――! これぞ、悪役令息じゃん! ルーファス、わかってるぅ!)
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