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6話
しおりを挟む「こっち来て」
僕の歩みに合わせたルーファスは、拒むことなく素直に着いてくる。ちらりと後ろを見れば、目が潰れそうなくらいの美形がいて、驚いてまた前を向く。
(王子はこんな綺麗な人が婚約者なのに、本当に僕なんか好きになってくれんの?)
前世で読んだ異世界転生物では、ヒロインがゲームの強制力にあぐらをかいて悪役令息に反撃を喰らうことが良くあった。いわゆる逆ざまぁと呼ばれるものだ。
(もしかして、ゲームと違う行動してるルーファスは、僕と同じ前世を覚えてる設定とか?)
「サッシャ・ガードナー?」
じっと見つめていたことに気がつき、周りを見渡せばもう目的地である、男子寮の三階にある自室に到着していた。
「あ、えーっと、……どうぞ?」
僕は孤児だ。前世では病院が家みたいなものだったし、今世の孤児院では大人数で大部屋を使っていて、個別に私室なんてなかった。前世を含めて今まで自分の部屋なんて持ったことが無いので、この学園に入って始めて自室を持った。
(自分だけの部屋に他人を入れるの、初めてだ)
なんだか急に恥ずかしくなり、胸がドキドキしはじめる。
(シーツは今朝綺麗にベッドメイクしたし、床にゴミだって落ちてない。パジャマは畳んでクローゼットの中にある)
部屋を散らかしそうなものなんてない。僕にはろくな私物がないんだから、気にしなくても良いはずだ。
長年使われた部屋のドアを開けると、あまり生活感のない部屋が見えた。
(ちょっと殺風景、だよな……)
寮の前にある花壇の花でも飾った方が良いのかと考えていたが、それどころじゃなかったと思い出す。
「あー、その、キンケイド侯爵令息様、その辺に……えっと、椅子は一脚しかねーから、それに座って」
ここは貴族子息が入る部屋ではなく、平民が入る部屋だ。貴族子息向けの部屋はもっと広くて豪華だと聞いたことがある。けれど初めて自分だけの部屋を持てた僕にとって、ここは宝物のような場所だった。
それでも貴族令息の目に映れば、物置小屋みたいなものだろう。
けれどルーファスは何も言わず、示された椅子に座ってくれた。
「えーっと、クッキー食べる?」
王子に渡したものは比較的綺麗に焼けたもので、見栄えの悪いものは取り除いていた。でも一枚食べてみれば味は美味しかったので、勉強後のおやつにしようと部屋に置いていたのだ。貴重な甘味だが、前世読んだ漫画やアニメ、ドラマ等で客にはお茶と菓子を出すものだと僕はちゃんと学んでいた。
ルーファスの体を避け、備えつけられていた勉強机引き出しを開けると、そこからくしゃくしゃの油紙に包まれたクッキーを取り出す。
勉強机の上に広げれば、ふわりと甘い匂いが立ち上がる。
(後は、茶か……厨房に行けばあるだろうけど、依頼を出すためのお金がない)
孤児院でも客には茶を出していた。けれどその茶葉は子どもたちの口に入ることはない。学生生活や日々の食事、衣服については必要な時に現物が支給されるが、私物を買える金銭が僕にはなかった。
「……」
じっとクッキーを見つめていたルーファスは、視線を上げて僕を見つめた。
「お茶は出せない。……ごめん」
僕が今出せるものは、少し焦げたクッキーしかない。前世、病院に長期間入院している時も、決まったものしか食べていなかったし、孤児院でも食事が出るだけで幸せだと言い聞かされていた為、嗜好品を欲しいと思ったことがなかったからだ。
「このクッキーは、先程ローラント王子に渡したものと同じか?」
「そーだけど……、あ! そっか、毒味か……、なら、僕が食べたら毒味になるだろ! 本当に王族や高位貴族ってめんどくさいな、クッキー一枚で命の危険があるなんて!」
それでも毒味がいなければ何も食べれないほどの事があったのだと思えば、代わりに食べてやることくらい出来る。
一枚クッキーを手に取り、口に入れようとした時、その手を止められた。
「なに?」
「毒味は必要ない」
「だって、毒味しないと食べられないんじゃ……?」
「このクッキーには必要ない」
「まあ、僕が作って僕が出してるんだから犯人まるわかりだもんね。でも、不安じゃないの?」
ルーファスの体に何かあった場合、最初に疑われるのは紛れもなく僕だ。けれど、僕は毒なんて入れてないので、安心して食べられる。
「サッシャ・ガードナーが人に毒を盛るとは思ってない」
「……あ、そ。ならどーぞ」
きっぱり言い切るルーファスの言葉に、信用されているのがわかり少し面映ゆい。
「……」
でもルーファスは僕が差し出したクッキーを凝視していて、手を出そうとしなかった。きっともっと上等のクッキーを食べ慣れていて、毒が入ってないと思っていても僕が作ったクッキーなんて口に出来ないのだろう。
「あっそー! そんなに食べたくなけりゃ食べなくてけっこー。僕だって味見の一枚しか食べてないんだから、食べたくねーやつに食べさせるクッキーなんてねーんだよ!」
「……」
手を引っ込めようとした時、ルーファスの顔が動いて僕が摘んでいたクッキーを一口齧った。そんなに大きなクッキーではなく、一口で食べれそうなクッキーだ。指先で摘んでいる部分以外がルーファスの口の中に入る。オマケにその唇の柔らかな感触が、指先に伝わってくる。
「ヒェッ」
「……美味い」
「いや、いやいやいや、そこから食べるとかなくない!? 普通受け取ってから食べるんじゃない!? え、違うの!? 貴族のマナーなんて僕知らないよっ」
僕の対人スキルはそんなに高くない。前世は普段接していたのは医師と看護婦だけだったし、家族も見舞いに来ないと可哀想に思われていたのか甘やかされていた。
現世は孤児院で同じ年頃の子どもはおらず、下に十数人いたのでお世話することに慣れただけだ。
「……美味い」
同じ言葉を二度繰り返すということは、お世辞ではなく本気で美味しいということなのだろう。そう言われて嫌な気はしない。
「そ、そう?」
「今までクッキーを美味いと思ったことはなかった。だが、このクッキーは毎日でも食べれるくらい美味い」
ルーファスの言葉に嬉しくなり、先程指に触れた唇のことも忘れ、僕は指で摘んでいたクッキーの残りを口に放り込む。
「あ……」
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