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4話
しおりを挟む(あーこれはダメかぁ。王子と恋をするのは諦めた方が良いのか……)
孤児だということは、ガードナーという家名を使っていることですぐにわかってしまう。
それは国が主導になっている孤児院の子どもは全て所属している孤児院の名前を名乗るようになっている為だ。
ガードナー孤児院の、サッシャという風に。
(孤児なこと、恥じた事なんてねーけど、でも、やっぱり……)
僕が孤児になったのは、育てられもしないのに僕を作った男女の所為だ。責任は全てその二人が負うべきであり、僕は胸を張って堂々と生きていくんだと思っていた。
(……僕はルーファスにだって、全然相手にされてない)
頑張って王子に近づき、恋をしようとしていたがルーファスが僕の相手なんてしてくれないから、これまでのイベントはほとんどこなせていない。
ほんの少し可愛いだけの自分と、貴族の血筋であり、高等な教育を受け、誰もが振り向く容姿に、全ての才能を持つルーファスではライバルなんてなりようがないと考えて、そこでムッとする。
ゲーム通りにストーリーが進まないのは、目の前にいる人物、ルーファスの所為だ。
「それもこれも、あんたが悪役令息をちゃんとやらないからだ!」
平民の孤児が王子に近づくことを不服として、ルーファスが僕に意地悪な態度を取らないから、王子だって僕を守ってくれない。
悪役令息の魔の手から守られてこそ、ヒロイン(♂)だろうが! と不甲斐ない毎日に鬱屈していた感情を持って、ルーファスを睨む。
このままでは王子と恋をするなんて夢のまた夢だ。せっかく頑張ってこの学園に入り、王子と恋をしようと思ったのに僕の薔薇色の未来が灰色になってしまいそうだ。
「なんで、悪役令息しないんだよぉ……。あんたがやんないから、王子との仲が全然進展しねーじゃん。勉強も教えて貰ってねーし、クッキーだって一緒に食べれなかった。あんたが無理やり奪って、それを見た王子がその行動を叱責して、クッキーを取り戻してくれて、一緒に勉強しながら二人で食べるってのが今日のイベントだったのに……」
でも王族が平民の、それも孤児の作ったものをそのまま食べられるはずがない事くらい僕だって理解出来る。それに意地悪でそう言ったわけではなく、毒味が終われば渡してくれるとも言っていた。
でもそんなことわかっていても納得はできない。これまでストーリー通りに進んでいなくて、王子との恋なんて一ミリも進んでいない。
頑張って行動してきたことが全て無駄になりそうで、不安になり目の奥がチクチクしてきた。ルーファスの前でなんて泣きたくないのに感情が昂って止められない。瞳に水の膜が張り、みるみる膨らんで頬に溢れた。
「……!」
ルーファスはそんな僕を見て、初めて表情を変えていたがもう知った事ではない。ライバルの前で泣くなんてみっともないが、我慢出来なかった。
「ううっ……。なんであんたが悪役令息なんだよ! 悪役令息ってのはあんたみたいに公平じゃないし、優しくもない! もっと意地悪で人を見下してて、人を脅したり、権力使って悪いこといっぱいして……僕と王子の仲を引き裂こうとして、それで……っあんたとゲームの悪役令息の同じとこなんて、無口で無表情で綺麗な顔してるとこだけだ!」
初めてルーファス出会った時、こんな綺麗な人が自分を虐めるのだと、驚いたことを覚えている。
それくらいルーファスは美しかったのだ。
僕は嗚咽を我慢出来ずに、うわーんと泣き始めてしまった。
そんな僕を見て、普段の優雅な動きがどこかへいったように、ルーファスはぎくしゃくしながらポケットを探ってハンカチを取り出すと差し出してきた。
敵から貰うものなんて何もない! とそっぽを向けば、ルーファスは一歩踏み出して僕の頬に流れた涙をハンカチでそっと拭ってくれた。
どうして悪役令息なのに、こんなに優しくしてくれるのだろう。
僕だったら恋心を持って婚約者に近づく輩になんて、ハンカチどころか落書きしたメモ紙一枚だって渡さない。
ますます情けなくなって涙が溢れた。
「……俺がその悪役令息をやらないから泣いているのか?」
「……ぐずっ……は?」
「悪役令息をやれば、泣き止むか?」
「へ? いや、まあ、その……」
ルーファスの言葉になんと答えたら良いのか考えていると、涙も引っ込んでいく。
「泣き止んだな。ほら、鼻水が垂れてる。ちゃんと拭け」
丁寧な所作で涙と鼻水を拭いたハンカチを、ルーファスは僕に握らせてくれた。無表情だがその視線はもう泣かないか? と心配しているように見えた。
ぐすっと鼻を啜り上げ、手の中のハンカチで鼻を隠した。誰かに心配されるなんて、今までなかったからくすぐったく思える。
「悪役令息をやってやるから、俺に教えてくれ」
「⋯⋯いいの?」
僕はこの学園で恋をしたいと思っていた。ゲームと同じように行動したら、きっとあんなふうに素敵な恋が出来ると思っていた。だからゲーム通りに悪役令息らしく行動しないルーファスに一方的な憤りを感じていたのだ。
「ああ」
悪役令息は僕の邪魔をしてくるというのが、本来のストーリーだったはずだ。決して、ヒロイン(♂)に悪役令息とはどんなものかなど教えを乞う存在ではない。
でも目の前にいる清廉潔白で公平明大なルーファスは悪役令息らしい行動なんて、とても出来そうもない。
「じゃあ僕が、あんたを立派な悪役令息に育ててやる!」
こうして僕はルーファスを、立派な悪役令息に育てることになったのだった。
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