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「王子、ちょっと、キンケイド侯爵令息様を、借りても、良いですか?」

 ここでルーファス相手に怒鳴っては、今まで王子の前で可愛い子ぶりっこしていた演技がぶち壊しになる。けれど思わず区切って喋ってしまう程、怒りが込み上げていた。

(僕なんて相手にならないって思ってるわけ!?)

 僕の剣幕に押されたのか、王子はチラリとルーファスを見てから許可するように頷く。

「どうぞ?」

「ありがとうございます。さ、キンケイド侯爵令息様一緒に来てくださいますね?」

 嫌なんて言わせない勢いで腕を引けば、ルーファスは素直に僕の後を着いてくる。
 それがまた僕の怒りに火を注ぐ。

(僕なんて相手にならないと思ってる!?)

 唇を引き結び、東屋を出て校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の側にあり、周囲から見えない場所にルーファスを連れ込んだ。

 密集している木立のひとつに背中を押しつけて、キッと睨みつけてやるが全く気にされていなかった。それどころか名前をフルネームで呼ばれ、話しかけられる。

「サッシャ・ガードナー、先程の質問だが……」

 ルーファスが何か言う前に、僕はルーファスの胸に指を突きつけて怒鳴ってやる。

「あんたさあ、一体どーゆーつもり! 僕が王子奪っちゃってもいいの!?」

「奪う?」

 なんのことかわからないというように首を傾げる姿も様になる相手に、僕の怒りのボルテージもますます上がってしまう。

「そーだよ! 僕が王子の婚約者に成り代わってやるって言ってんの!」

「成り代わる……?」

 王子の婚約者はこの目の前の悪役令息、ルーファス・キンケイドだ。この国では余計な後継者争いをしないため、第三王子以降は男性と結婚することになっている。

 僕と同学年の王子は第三王子で前世でやったゲームの中での僕の推しだった。その記憶によると他にも攻略対象者はいるが、どうせなら前世の推しである王子と恋仲……、自分を好きになって欲しいと思っている。

 だからこそ、前世を思い出した後、必死で勉強してこの学園に通えるよう頑張ったのだ。
 入学が決まった後、王子と出会い、始まるはずの学園生活と恋愛に僕は胸膨らませていた。

 入学式からが勝負だと、僕はシナリオ通りに遅刻しそうになって王子の前を走り抜けた。
 単純な方法だが、周りにいないタイプの人間を演じれば「おもしれー女」括りで気にして貰える。何度もそれを繰り返し、その他大勢から個人を認識して貰えるようにするのだ。

 その間、ルーファスが何をしていたかと言うと、何もせずぼんやりと僕を見つめているだけだった。悪役令息がヒロイン(♂)に虐めをすると、王子やその幼なじみたちが庇ってくれて、仲が進展するのがこのBLゲームの醍醐味だ。

 先程王子にぶつかりそうになって止められたのが、初めての妨害らしい妨害だ。

 それなのにルーファスは僕の言葉を繰り返すばかりで、焦燥感なんて微塵も感じない。僕なんて相手にならないと言わんばかりだ。

「うかうかしてると、僕があんたの代わりに王子の婚約者になってやるからな! それなのに、あんたは僕を排除もせずただぼーっと見てるだけなんて、あんた真面目に悪役令息やる気あんの!?」

 思わず興奮してまい、余計なことも言っているが止まらなかった。

「悪役令息……とは?」

 また言葉を繰り返され、地団駄を踏んでしまう。

「だーかーらー! あんたは悪役令息なんだから、僕が婚約者の王子に近づくのを止めさせるために教科書破いて近づくなって警告したり、ボディータッチしようとした僕を怪我しないように助けたり、明日には触れられるように防御魔術の許可申請するんじゃなくて、俺の婚約者に触れるなって頬叩いたり、気安く話しかけるのを見たら下賎な口を開くなって遮ったり、……それから権力を使って暴漢に僕を襲わせたり、その、色々やることあるだろ!……いたっ」

 興奮に振り回した手を、側に立っている木の幹にぶつけてしまい痛みに思わず呻く。

「それは器物破損や、暴行、倫理観の劣る行為だな。権力とは上の者が弱者を虐げる為に使うものではない。大丈夫か?」

 ルーファスはそう言いながら、僕の打ちつけた手を取って問題がないか見ていた。赤くなった手を痛ましげに見ると、痛まないようにそっと撫でてくれる。

「く、……正論すぎて何も言い返せない。それから手、離してよ!」

 敵であるべきルーファスに、こんな風に触れられるとなんだかよくわからない感情が浮かぶ。それを振り払うように手を取り戻す。

「みだりに触れて、すまない」

 素直に謝るルーファスに何か言い返さなければと思うが何も思い浮かばないでいると、ルーファスは話を続けた。

「それから先程の話だが、サッシャ・ガードナーは勉強が好きだろう。もう卒業された先輩に譲ってもらった教科書を大事に使用しているのを知っている。そんな大切な物を破ることなど、出来るはずがない。確か孤児院で育ったと聞いたが知識欲があり、わからないことがあれば教員に質問に行くことも。ボディータッチというが、王子の側を飛んでいた虫を払って服の端に触れてしまったことも見ていたからわかっている。ローラントに話しかけるななど、将来臣籍降下される王子が困らないように、民の生活についてわかりやすく説明していたのを、俺は知っている」

「待って! 本当に待って! な、なんで……っ」

 そんな事を知っているのだろうか。
 ルーファスは僕に興味がないと思っていたのに、物凄く詳しい。よく観察していたみたいに僕のこれまでの行動をスラスラと説明されて恥ずかしくなる。どうして? と思っているとその理由がすぐにわかる。

「ローラントは王族だ。これまでもローラントの側近くに寄ってこようとする者は大勢いたから、その相手は詳細に調査機関が調べる」

「そ、そーなんだ」

 僕のことも詳細に調べあげられている、ということだ。



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