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終章

媚薬

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 じりじりと炙る熾火のような熱がリリアルーラを浸している。身体がじっとりと重い。
(熱い……熱い……ああ、私、熱を……)
 夢と現の狭間、おぼろな意識でリリアルーラは思う。ああ、きっとそうだ。だから全身がこうもぬらぬらとぬるついているのだ。汗にしては粘度が高いというか、肌の表面に一枚膜が張っているような感じもするが、あまりの熱が錯覚を起こさせるのだろう。ああだが、何故腹の奥がこうもむずむずと疼くのか。そう、まるで、サジャミールに愛撫されている時のように――。
(いやだわ、私、はしたない……)
 羞恥を覚えるリリアルーラに、それは仕方のないことだと溶けた理性が囁く。だって、サジャミールに触れられる愉悦と幸福は、他には比べられない。それに、あの時は恐ろしいほど身体が熱くなってしまう。高熱に浮かされた今よりも、ずっと。
 サジャミールを思い、より蕩け始めたリリアルーラの意識が急速に覚醒した。足先に、鮮烈な快美が走ったのだ。左足だと認識した途端、親指が生温くも湿った柔らかさに包まれる。……誰かに、足の指をしゃぶられている!
 リリアルーラは重たい瞼を必死でこじ開けた。だが、眼前に広がる光景に快美さえ忘れ息を呑み、更なる困惑に包まれる。深い夜のような紺地の真ん中、枝を伸ばす一本の巨大な木に生い茂る葉と色とりどりの花。翼を広げる白い小鳥。
「え……?」
 自分がどこにいるのかわからなくなる。これは、賊に襲われるまで過ごした部屋に据えられていた天蓋の模様だ。何故、これが? リリアルーラは確か……砂漠でサジャミールに迎えられて、そして。――そして?
「おはよう、リリアルーラ」
 足元から聞こえた声に、リリアルーラは反射的に安堵する。雄々しくも優しい笑顔に覗き込まれ、思考のすべてが飛ぶ。
「気分はどうです? 吐き気や痛みは?」
「さじゃ……る、さま……」
 リリアルーラの眉間に皺が寄る。舌がもつれてうまく動かないのだ。そうして身体も動かない。そう言えば瞼を開けるのにも苦労した。ああ、そうだ、熱があるのだ。
「だ、め………ちかよっちゃ……」
 サジャミールの片眉が上がった。拒絶の言葉とは裏腹に、彼女の顔に嫌悪はない。
「何故?」
 膝立ちになったサジャミールは、リリアルーラの胴を跨ぎ、顔の両脇に手を付いた。寝台がぎしりと軋む。ハアハアと荒い息を零す小鳥は唇をわななかせ必死で言葉を紡ぐ。
「ねつ、が……からだ、も、おもい、びょ、う、き……うつしちゃ……」
「ああ」
 くすくすとサジャミールは笑い、ゆっくりと身体を落とした。唇と唇が触れ合うギリギリで動きを止め、たとえようもなく魅力的な笑みを浮かべる。
「それは病気ではありませんよ。身体が重いのは香の影響でしょう」
 香? と訝しんだリリアルーラの顎先に唇が触れた。軽く歯を立てられ、ビクンッと身体が跳ねる。相手がサジャミールと認識しただけで、足指を舐められた時よりも強烈な快美に撃ち抜かれてしまった。
「眠るあなたがあまりに気持ちよさそうなので、このまま王宮まで寝かせてしまおうと……馬車に安息の香を焚きしめました。湯浴みをしても目覚めないから、不安も覚えましたね。ここまで効くと思わなかった」
 リリアルーラの意識は既にはっきりしていて、サジャミールの言葉もすべて理解できる。眠っている間に湯浴みなど赤子のようでいたたまれないが、香が焚かれたにしても高熱だからこそ眠りこけたのではないだろうか。
「でも、ねつ……」
「ああ、それは、はい、これです」
 サジャミールは素肌に羽織ったガウンをまさぐり、煌びやかな意匠の瓶を取り出した。きゅぽっと蓋を開け、甘やかな香りのする香油をリリアルーラの鎖骨に垂らす。
「少し、お仕置きが必要かと思いまして」
 お仕置き? と竦んだリリアルーラの両目が大きく見開かれた。長い指先がぬるぬると香油を塗りつける度に、曰く言い難い熱が立ち上る。
「あ、あ、あああっ」
 重たく塞がっていたはずの喉から声が迸る。恐ろしいほど甘ったるい、愉悦に囚われた声が。サジャミールはひどく満足そうに目を眇めた。
「ああ、起きているとはっきり反応できるんですね。よかった。これは砂漠に伝わる媚薬を調合した香油なんです。誰であろうと発情させる、と言われています」
 触れられている乳房から目も眩むような快美が襲ってくる。いや、乳房だけではない。ぬるぬるとぬらつく全身に発火したような熱が渦巻く。
「ヒァッ、あ、ああっあ」
 乳房をぐにぐにと捏ねられ、リリアルーラははしたなくも甲高く啼き叫んだ。既に知っているはずの快美が、雷撃のような強烈さで全身を貫く。思考が瞬時に沸騰する。
「悪事を働けば、罰が与えられるでしょう? 逃げようとしたあなたにも罰が必要です。ですが、可愛いあなたに焼きごてや鞭をくれるなど許されない。だから、あなたはその愛らしい身体と声で私を楽しませてください。勿論あなたも楽しんで、リリー。うんと気持ち良くなればいい。リリアルーラ、それがあなたへの罰です」
 酩酊したような意識では、サジャミールの言葉の半分も理解できない。これが罰だと、気持ち良くなれと言われても、どうしてそれが罰になるのかわからない。だがそんな疑問は、尖りきった乳嘴をピンと弾かれた途端に思考ごと弾け飛ぶ。
「二度と私から離れられなくなるよう、身体に教え込みましょう」
 もう、サジャミールが何を言ったのかもわからない。執拗に乳房をいたぶられ、膨れ上がった乳頭を指先で扱き抓まれ、悦楽の火花がバチバチと爆ぜる。瞬く視界で豪奢な天蓋の模様が滲み歪み、どろりと蕩けた思考をかき混ぜる。圧倒的な愉悦に沈められ、小鳥は囀ることもできずにただ声を上げる。
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