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6章

涙、嫉妬、すれ違い

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 汲めども尽きぬ泉のように、リリアルーラは涙し続けた。さすがに夕方には止まったが、その頃には瞼と言わず顔全体がぱんぱんに腫れていた。イルマが必死で冷やしてくれても収まらなかった。
 リリアルーラは最終的に、泣くのを必死でこらえイルマに懇願した。
「こんな顔、サジャミール様に見られたくない。お願いイルマ、今夜だけはいらっしゃらないように止めて!」
 イルマは母親のように微笑み、頷いてくれた。
「きっと陛下は気になさらないかと思いますが、リリアルーラ様のお気持ちはよくわかります。……恋を、していらっしゃるのですね、リリアルーラ様」
 そうだ、自分は恋をしている。リリアルーラは泣きすぎて赤み走った頬をより赤らめた。
 リリアルーラは、砂漠の国で初めての恋に落ちた。恋の喜びや幸福より早く苦しさと切なさを知り、それでも想わずにいられない不可思議を知った。そうして、新しい自分を知った。
 サジャミールが運命でなければ、誰が運命だというのだろう?
「リリアルーラ様が陛下を想ってくださって、本当に嬉しく思います。陛下には、リリアルーラ様が大変お疲れのようだと伝えましょう。イルマが言えば、配慮していただけるはずです。でも、お美しい顔が腫れているのは事実ですから、早めにお休みくださいね」
 そして今、リリアルーラは昨日より更に早く眠りにつこうとしている。疲労のあまり、湯浴みの最中ですら船をこぎかけた。
 上掛けを剥ぎ、するりと身体を横たえる。たったそれだけですーっと意識が遠のいてしまう。
 バンッと騒がしく開けられた扉の音も、眠りの奥で聞いた。
「リリアルーラ、大丈夫ですか!」
 サジャミールの叫びを、夢うつつに感じる。何かひどく焦っているようだ。それにしても、どうしてサジャミールが現れたんだろう。イルマにお願いしたのに。……お願いしたんだから、きっとこれは夢のはずだ。だってこんなにも眠い。ああ、こんな顔じゃなければ本当は会いたかったから、夢に見ているのかもしれない。散漫な意識が安堵に包まれ、さらに夢の中へと沈み込んでいく。だが、寝台が軋む気配にかすかに浮上した。この香りと、気配。サジャミールだ。
「リリアルーラ、体調を崩したと聞きました。……眠っているのですか?」
 荒い息づかいを感じ、どくりと心臓が跳ねた。だが、リリアルーラはこのまま眠りにしがみつこうと決める。昨夜の彼は、リリアルーラを起こそうとしなかった。きっとこのままやり過ごせる――。
「……腫れているのか?」
 大きな掌が瞼に、頬に、触れた。慰撫するように、指が腫れた肌を撫でていく。
「リリアルーラ、起きてください。これは、どうしたんですか」
「……さじゃ、みーるさま」
 わざとではなく寝ぼけた声が出た。瞼も重い。身体は未だ眠りの中にある。だが、今日のサジャミールは諦めてはくれなかった。
「起きてください、リリアルーラ。顔をよく見せて」
 リリアルーラは物憂げに首を振った。絶対に見られたくないから、わざわざイルマにお願いしたのだ。
 ちっと舌打ちが聞こえた。サジャミールが舌打ちを? 驚く間もなく上掛けを剥がれ首の下に腕を突っ込まれ、腰をぐいと抱かれて起こされる。そのまま、寝台に腰掛けたサジャミールの膝にひょいと座らされてしまった。
 リリアルーラの顎に、節高い指がかかった。小さなランタンの灯りと熱を頬に感じ、リリアルーラの身体が本格的に目覚める。はっと顔を隠そうとしたら、サジャミールに腕を掴まれてしまった。
「見ないで、ください」
「見ないわけがないでしょう、リリアルーラ。何故こんなにも顔が腫れてるんですか。頬まで赤い」
 サジャミールに強い口調で問われているのに、リリアルーラは何故か再びの眠気に包まれている。サジャミールの腕の中は寝台に横たわっていた時と同じように心地良い。だが、眠ることなど許してはもらえないだろう。リリアルーラは胸中で深く嘆息し、諦めと共に口を開けた。
「泣いてしまいました。そうしたら止まらなくなって」
「何故です?」
「バイフーラが恋しくなりました」
 後宮があると思い込んで、傷ついたとは口にしなかった。寝起きの今は、順序立ててうまく話せる自信がない。ああそれにしても、サジャミールの身体はなんと逞しくもやさしく、リリアルーラにしっくりと添うのだろう。
「……どうして恋しくなったんですか。駄目ですよ、寝かせません」
 サジャミールの声はどこか官能的な響きを帯びている。それに呼応するように、リリアルーラの手を掴んでいた手が離れ、あたたかくやわらかな身体をまさぐり始めた。
「ひ、あっ、なにっ」
 突然の暴挙にリリアルーラは飛び上がった。だが、サジャミールは意に介さず寝間着の釦に指をかける。より楽に過ごせるようにと胸元が大きく寛げられた作りなのが徒になり、抵抗する間もなくリリアルーラの乳房が露わにされた。
「身体は、特に何もないようですね。誰かに何かされたのかと焦りました」
「誰が何をすると仰るのです、お止めください!」
 何かしようとしているのはサジャミールだ。リリアルーラは慌てて乳房を隠そうとしたが、逞しい肉体にがっしりと囚われ、もう、腕もうまく動かせない。
「バイフーラが恋しくなるほど辛い目に遭ったのでしょう?」
「それはっ、や、触らないでっ。そうではありません! き、キリア様のことが」
「ああ……あれか」
 サジャミールの掌がやわやわと乳房を揉みしだく。何故彼がこんなことをし始めたのか問おうとした唇を、肉厚の舌がべろりと舐めた。
「さ、サジャミール様、何を」
「今日はあなたに触れていないせいでしょうか、身体が勝手に動くのです」
「ひぁっ、やあ、ああっ」
 乳房の飾りをくにくにと弄ばれ、リリアルーラは身体を捩った。サジャミールを止めなければと思うが、制止する声は喘ぎに消えてしまう。
「キリアのことなど、あなたが気にする必要はありませんよ」
「だって、だってぇぇ、あの方がっ」
「んー?」
 もはやサジャミールは話を聞く気もないのか、甘やかな声で生返事をし、横抱きにしていたリリアルーラの身体を向かい合わせになるように抱き直した。リリアルーラの腕は自由になったが、大きな掌が両方の乳房を覆うのを阻むことはできない。だって、気持ちが良くて力が入らない。
「はい、これでいい。リリアルーラ、話して」
 きっとサジャミールは、何もかもお見通しなんだろう。穏やかな調子で問うてきたくせに、口づけの雨を降らせてくるのだから。
 ひくひくと全身をおののかせ、リリアルーラは彼を仰ぎ見る。
 ランタンの灯りを浴びた青の瞳は、その明るさに反して深い色に沈んでいた。滲み出る情欲にリリアルーラは息を呑む。
「話してください、リリアルーラ」
 しこり始めた胸の飾りをきゅうとつまんだかと思えば、片手を外しリリアルーラの唇をなぞる。口を開けるのが少し、怖い。
「あの、話が、し辛いのですが」
「ああ、そうですね。申し訳ない。すぐ外します」
 だがその言葉とは裏腹に、唇を割った人差し指が口腔に入り込んでくる。指は舌の表面をざらりと撫で、舌の裏側までも撫でた。
「これでは足りないな。舐めてください」
「んっぐっ」
 強く舌を押されると、自然と唾液が滲んだ。動転しながらも、リリアルーラはサジャミールに言われるがまま、彼の指にたっぷりと唾液をまぶした。……従わなければいつまでも続けられるだけと、わかっている。
「お上手ですよ。さて、キリアの何が、気になったのです?」
 じゅぷり、はしたない音と共に指が抜けていった。唇からこぼれた唾液が顎へと垂れ、それを拭おうとしたリリアルーラの身体が固まる。唾液に濡れた指が乳房に触れ、塗りつけるように尖りを弄くってくる。
「あぅ、あっ、そんな……」
「教えてください、リリアルーラ」
「う、ふぅ、きりあ、さまが、あなたの、寵愛を受けていッ」
「うん、そんなことだろうと思っていましたよ。ついでに、私が他にも寵姫を抱えていると思ったのでしょう?」
 あっさりと言い当てられ、リリアルーラの思考が止まった。ぴんと張り詰めた尖りを、ぬるぬると指が滑っていく。舌で舐られている時のような感触に、リリアルーラはたまらず高い声で啼いた。思考が愉悦に押し潰される。
「とても、嬉しいです。リリアルーラ。嫉妬してくださったんですね。あなた以外を求める私が、耐えられなかったんでしょう?」
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