実結と恋と青春の謎

壱ノ瀬和実

文字の大きさ
上 下
12 / 35
アイスと謎はとけていく。

♯3

しおりを挟む
 アイスはカップにしておくべきだった。後悔しても遅い。緩い冷房に溶けていくアイスが、コーンを伝って机の上にぽたぽたと落ちていく。思い出す度に口へ運ぶけれど、間に合わない。


「麻衣ちゃんが彼氏さんを疑ったきっかけは、先月、七月二十九日の待ち合わせに二時間も遅れたことでした。それだけでなく、彼氏さんは本来はお休みではない筈の金曜日を、わざわざ有給休暇を用いてまで休んでいます。理由を訊いても、軽くあしらわれてしまいました。
 さらに、彼氏さんは今月の二十九日、つまり今日も、本来の休日ではないのにお休みにしていて、麻衣ちゃんがデートに誘ったにもかかわらず夕方からのデートを希望した。そして現状、一時間以上の遅刻。そうですね」
「そう……だね」

 きっかけ、と言われれば、その通りだった。

「そして六月、五月、四月、三月と、メールを溯ると、毎月二十九日には、普段とは違う彼氏さんの行動が見えて来た。そこから類推すると、まるでどなたかの予定に合わせて行動しているかのような、そのような印象になります」

 ワタシはそれを、『浮気相手に合わせているのだ』と考えて、彼を疑った。

 実結みゆいはそれを、最後まで否定する。

「ですが先程も言ったように、もしもその『どなたか』が浮気相手であったとしたなら、これ程分かり易いものはありません。麻衣ちゃんにバレてもいいと思っているのならば別かもしれませんが、もしそれだけの関係であるならば、二十九日だけの逢瀬で終わるとも思えません」
「だったら、どうして」
「離婚歴です」

 思わぬ言葉が飛び出した。

「り、離婚、歴?」
「はい。それが全ての答えに結び付くと、わたしは推測します」

 実結は、肩掛けバッグから手帳を取り出した。開いてワタシに見せる。それは、スケジュール帳だった。

「わたしが気になったのは、彼氏さんは毎月二十九日を特別なものと考えているかもしれないのに、どうして麻衣ちゃんと彼氏さんの会う時間はバラバラなのだろう、という点です」
「意味が分からないんだけど」

 手をアイスが伝う。冷たい。けれど、それどころではない。

「いいですか」実結がカレンダーの今日をシャープペンシルで差す。

 ワタシが覗きこむと、向かいに座る実結は、逆さのカレンダーに器用に文字を書いていく。

「彼氏さんは麻衣ちゃんと会う時間に関して、今日は『夕方なら良い』とのことでした。確か、先月も今日のような時間とのことでしたね」
「うん」

 八月の所には『夕方』。七月にも同じように書いた。

「六月。この日は水曜日なので本来通りお休み。麻衣ちゃんはデートに誘いますが、『疲れているから午前中だけ』と言われ、そこに不満を覚えた麻衣ちゃんはデートをしません。しかし夕方に麻衣ちゃんが家を訪ねると、彼氏さんは不在でした」

 六月二十九日には『午前』と書かれた。

 どうやら、ワタシと会った時間、もしくは会うことが出来たであろう時間を書きこんでいるらしい。

「五月もそうです。麻衣ちゃんが家を訪ねようとした際、『夜遅くならばいい』と彼氏さんは言っています。
 四月はお二人で会っていないようですが、ほとんどが彼氏さんから送られているおやすみメールがこの日は麻衣ちゃんから出され、とうとう返信がない。これは、夜に何かがあった、という想像が出来るでしょう」


 両ページの二十九日のスペースには『日中、恐らく仕事』と書き、『夜は?』と補足がついた。

「しかし三月になると、今度はお昼の間に連絡がついていないのです。彼氏さんから返信があったのは夕方。その時間にならないと、返信できる状態にはならなかった、とも考えられますので」

 そう言いながら、実結は三月二十九日に『夕方』と書いた。

 ここまでの話とカレンダーの文字を見ても、ワタシには皆目見当がつかない。疑問符だけが脳内を漂う。

「これを見ると、彼氏さんが『誰に予定を合わせたのか』が自ずと見えてきます」

 まるでここに答えの全てが詰まっていると言いたげだ。いや、直球でそう言っているのか。

「考え方はこうです。麻衣ちゃんに会うことが出来た時間というのは、彼氏さんが『どなたか』に会うことが出来なかった時間であり、すなわち、その時間は『どなたか』にとってどうしても外せない予定があった、と。そしてその予定は、三月、七月、八月についてはさほど考える必要がなく、彼氏さんは日中であっても『どなたか』に会いに行くことが出来た」

 実結の言葉がワタシの思考の先をいく。追いつけない。なんとか脳内をイジメながら、言葉を噛み砕いていく。

「どうしてその三つは、考えなくてもいいの?」
「ポイントは、その、三、七、八月の二十九日というのは、全て平日であるというところにあります」
「平日……そういえばそうだね」

 あっ、と思い出して、ワタシは溶けていくアイスを慌てて口にする。気付いた時には、実結の前のカップは空になっていた。あれだけ話していたのに、いつ食べる余裕があったのか。

「世の中には、決められた期間、土日だけがお休みで、三月、七月、八月はその限りではない、と断言出来る人達がいます」

 会社員、は、休日勤務もあるだろう。断言出来る業種というと、公務員だろうか。

 でもそれだと、三、七、八を例外とすることが出来ない。

「四月、五月、は祝日と日曜なので、ホテルで勤務なさっている彼氏さんがお休みを取れないですし、六月に関しては『どなたか』はほぼ確実に休みではありません。
 ですが、その『どなたか』は、平日祝日関係なく、夕方になら予定が空くんです。ですから彼氏さんは、四月は勤務後の夜に会い、五月もそうしています。六月は正規のお休みである筈なのに夕方から出掛けていますので、同様と言っていいでしょう」

「ごめん実結、分からない。結局何、浮気はしているってこと?」

「いいえ。答えは、こうです」

 実結は三月のページに新たな三文字を記入する。

『春休み』――と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪
ミステリー
 ――恋した少女は、呪われた人殺しの魔女。  ロシアからの帰国子女、上城春咲(かみじょうすざく)は謎めいた眠り姫に恋をした。真夏の学園の裏庭で。  金木犀咲き誇る秋、上城はあのときの少女、鈴代泉観(すずしろいずみ)と邂逅する。だが、彼女は眠り姫ではなく、クラスメイトたちに畏怖されている魔女だった。  ある放課後。上城は豊(ゆたか)という少女から、半年前に起きた転落事故の現場に鈴代が居合わせたことを知る。彼女は人殺しだから関わるなと憎らしげに言われ、上城は余計に鈴代のことが気になってしまう。  そして、鈴代の目の前で、父親の殺人未遂事件が起こる……  ――呪いを解くのと、謎を解くのは似ている?  初々しく危うい恋人たちによる謎解きの物語、ここに開幕――!

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

イコとちず

ふしきの
ミステリー
家族とはなにか愛とはなにか血縁関係も肉体関係もないです。たぶん今後もないな。 当時の一話が見当たりませんので載せていませんが何となくの感覚で読めます。

10年後の君へ

ざこぴぃ。
ミステリー
 2020年8月。千家春彦はある事がきっかけで、2010年8月にタイムリープする。  そこで自殺したはずの同級生、南小夜子から連絡が入る。それは春彦の人生を狂わせていく事になる……。 ……… …… …  ――無邪気に笑う真弓を見て、なぜか懐かしさを感じる。僕の元いた世界は2020年。今から10年後だ。でももうほとんど覚えていない。今いるこの世界に元から産まれ育った感覚さえある。  車椅子を握る手に力が入る。この世界でも真弓と2人で歩んで行きたい……。 「あっ!いたいた!おぉい!真弓!春彦!」 「美緒!遅い!どこまでトイレ行ってたの!もう!」 「ごめんごめん!あまりに混んでたから道路向かいのコンビニまで行ってた!」 「おかげで私達はめでたく結婚しましたぁ!」 「え!?ちょっと!何その指輪!!春彦!もうプロポーズしたの!早くない?」 「してないしてない。それはくじ引きの景品だ」 「あぁ、そうなんだ。はいはい良かったでちゅねぇ、真弓ちゃん。よちよち」 「春彦君!何でバラすの!もう!」 「えぇぇぇ……」 「ぷっ!あははは!」  こんなに笑う真弓を見るのはいつぶりだろう。胸の奥で熱くなるものがある。 ……… …… … 「手を!!手を伸ばせ!!もう少し!」 「もう駄目……私の事はもういいから……春彦君だけでも……お願い――」 「うるさい!!もう少し――!!」 「うぅ……!!」  彼女はもう助からない。そんな気はした。それでも僕は必死で手を伸ばしている。  それは罪滅ぼしなのか、自己満足なのか……?  ――そして彼女は最後に笑って言った。 「ありがとう……」 と。 「いやだ……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  いつか夢で見た風景がデジャブとなり目の前で起きている。「夢なら覚めてくれ!」そう願うがそんな奇跡も起こることは……無かった。 ◆◇◆◇◆ 執筆2023.11.17〜12.25 公開2023.12.31 本編 『10年後の君へ』 著・雑魚ぴぃ 番外編 『10年前のあなたへ』 著・桜井明日香 挿入歌 『Akaneiro』『光が見えるとき』 著・桜井明日香

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

処理中です...