潮騒心中

駒留紺子

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浄土の橋渡し

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 私が売られたのは品川宿の旗小屋。品川宿といえば公許の吉原に次ぐ施設と品格を持つ、栄えた岡場所である。東海道の宿場の一つで、江戸から近く人の往来が非常に多い。東海道の両側に建物が連なっているが、海側の旅籠屋からは海が望める。潮騒の音に抱かれて、私たちは春を売るのだ。
 私は売られるならどこに売られても大差ないと思っていたが、一つだけ心残りがあった。幼いころから末は傾城と言われていたので、一度くらい吉原のお職の花魁というものを拝んでみたかったのだ。もうかなわぬ願いだと思っていたが、朋輩から、姐さんは吉原から鞍替えでこの品川来たと聞いた。
 もちろん、鞍替えできたくらいだから、高級遊女ではなかったのだろうが、確かに他の朋輩たちに比べると姐さんは気品と華があった。私はそんな姐さんに酷く憧れたのだ。
 姐さんは吉原時代、大きなお店に勤めていて、それはもう花代をたんまりともらっていたらしい。しかし、生来の強情なところが災いして何度となく客ともめ、追い出されるような形でこの店に移ってきた。
 先ほども述べた通り、品川といえば、公許の吉原に次ぐ施設と品格を持つ栄えた岡場所だが、吉原から鞍替えで来る女郎は皆、品川を嫌がる。
 無理もない、吉原は天下の吉原なのだ。気位の高い姐さんは吉原遊女の威光を捨てきれず、いつもイライラしているように見えた。店や朋輩たちに当たり散らすこともしばしばあり、姐さんの我が儘を中心に店が運営されているような様子さえあった。

 私は品川にきて、実家にいたころより食事の量が増え、ずいぶん健康的になった。肉付がよくなり、血色と肌の張りが増し、美しさに磨きがかかった。すると私を指名する客が増えた。
 ちょうどそのころからだろうか、姐さんが私に意地悪をするようになったのは。
 日常的に足を引っかけて転ばされたり、蹴られたり叩かれたりするようになった。他にも私が姐さんの私物を隠したといちゃもんをつけたり、私の鏡を墨で塗りたくったり、着物を裂かれたこともあった。
 蹴られたところは痛いし、些細な嫌がらせを毎日のように受けていると精神的に参ったが、私に意地悪をする時の姐さんの顔は、それはそれは美しく、私はもっとひどい目にあっていいとさえ思った。
 姐さんは店の者にも容赦がないので、私が意地悪を受けていると、皆ご愁傷様といった具合に隠れて私たちのやり取りを見ているだけだった。

 うちみたいな小さな旗小屋は狭い廻し部屋に仕切りの屏風を立てて、商いをするのがもっぱらであるが、姐さんは我が儘を通し、鞍替えをしてすぐに自分の部屋をもらったようだ。
 姐さんは容姿の端麗さと、元吉原遊女という箔があってよく稼ぐので、店も姐さんの要求をのんだようだ。

 そんな売れっ子姐さんには、なじみの客がいた。
 私が姐さんと影見世で並んでいると、顔のきれいな禿げ頭が暖簾をくぐって入ってきた。姐さんは吸いかけの煙管を打ち捨て、その禿げ頭に駆け寄る。
 その禿げ頭は徳水と名乗っていた。羽織を着て腰に脇差をさして…一見医者の姿をしているが、朋輩によるとどこぞの坊さんで、大っぴらに女の売り買いをできない坊主は身分を隠すために、同じような坊主頭の多い医者に扮するらしい。
 品川のあたりは寺が多く、坊主の客も多い。私もほかの坊主をしょっちゅう相手にした。一見医者だが、交わるとすぐわかる。線香の匂いが、体に染みついているからだ。きっと浄土もこんな匂いがするのだと思うと、坊主を相手にするのは嫌ではなかった。
 徳水が店に来ると、姐さんは徳水に心底惚れていますといった具合で、べたべた引っ付きながら、二階に上がっていった。徳水が来た日は、他の客は取らないとはねつけるので、店の者たちはもちろん、姐さんが働かない分私たちの負担もうんと増えるので、誰もいい顔をしなかった。
 そんな姐さんの姿を見ていたせいか、男に入れあげるのが馬鹿らしくて、私は淡々と事に及んだ。
 そもそも私にとって男とまぐわうこの行為に意味はなく、色っぽく声を上げ、身を捩る演技の時間だった。
 どうすればこの、苦痛が早く終わるのか長い間、男に廻されていた私は、自然と手練手管を身に着けていた。
 だからと言って楽なわけではない、日に何本も何本も何本も出し入れするもんだから、行為をしていない時も私のモノはヒリヒリと痛んだ。時に型が合わない客との行為は膣が切れることもある。しかし、その傷が癒える前に、私はまた別のモノを出し入れしなければならないので、そう簡単には治らなかった。体も心も、満身創痍で休まる暇はなかった。
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