【完結】少年勇者の面倒を見ていたら何かが芽生えてしまったみたい。でも私は田舎の道具屋兼薬草師に過ぎませんが。~私の勇者さま、NPCの祈り~

今田ナイ

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5.前夜祭の長い夜Ⅱ

おめぇ、なんて格好してやがる!?

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  突然、姿を現した酒場の娘シシィに、ナイは榛色の大きな瞳を見開きパチクリさせた。各種丸薬の詰まった大きな革袋を押し付けられ、慌てて受け取る。
 一般流通している丸薬なので、自分が作ったものとは形や大きさや異なるものの、材料の薬草は同じなので匂いで種類は分かった。大丈夫、何とか使えそうだ。

 ちなみに辺境の寒村といえど、ナイも薬草師ギルドに加入している。丸薬の大きさや成分等の規約は知ってはいるが、村の中で作られ消費されるものについてはギルドも細かいことは言ってこないので、用途に合わせて変えていた。それも母親仕込みである。一般流通させる場合は、さすがに規約を守らなければならないが。
 
「あ、ありがとう、シシィ。でも、こんなにいっぱいの丸薬、どこにあったの!?」
「酒場に隠れて一杯やってた行商人達から、洗いざらい買い取ってきたのよ。あいつら、中々強欲なもんだから……あ、別に無理矢理奪ったわけじゃないのよ」

 ――この忙しい時に定価で売ろうとしてきたから、もう二度とうちの酒場の敷居は跨がせないって言ったら、半額にしてくれたわ。みんな、良いお客さんね。
 そう言って、シシィは形の良いお胸をふふんと反らし、銀色の引っ詰めを得意げに払った。が、篝火を反射して光り輝く。

「――っていうか、おめーなんだそりゃ、なんて格好してやがるっ!?」

 業物の長剣を駄目にしながら、いつもニヤけているはずの酒場の剣士マシューが離れた場所からとんでもない怒声を張り上げる。頭上のアンデッドキメラも驚くような大声で、隣で首を切り落としている最中の村人達が身の危険を感じた。

「えー。自分でも、すごい似合ってると思うけど。母さんの形見だし?」

 それもそのはず。いつもの流行のドレス姿でも大概な状況ではあったが、今のシシィの衣装は別格だった。

 立襟の半袖ワンピースで、身体に沿ったぴったりとした作りで遊びが一切無い。
 色味は深紅で、光沢のあるラメが入りの絹の布地がテラテラと光り輝く。
 スカート部分はくるぶしまで届くものの膨らみは一切無く、左右に開いた切れ目が奥深く太ももまで伸びているので、素敵なおみ足全体が丸見えだった。
 そこからの、真っ赤な繻子の靴である。ヒールがべらぼうに高い。
 
 少なくとも、村の女達には着こなせそうもない。ナイも無理だ。そもそも身長が足らずスカートを引き摺ってしまうし、あの細い腰に身体が入る気がしない。

 女性の服装は元来保守的で、流行では胸がはみ出すような衣装を着てはいても、下は夫以外には足首も見せてはいけないものなのだ。だから、スカートに裂け目が開いて太もも丸出しというのは――マシューの動揺が大げさなわけではなかった。

 つまるところ、娼婦も裸足で逃げ出す、時代の最先端(?)ということだった。

 とはいえ、冒険者などの日常的に魔物退治のような戦闘に明け暮れる職業の女性達は、身体の動きの邪魔にならないよう肌を覆う部分の少ない服を好む傾向にあった。シシィ母娘の名誉の為に、一言付け加えておく。

「下に何、履いてるの?」
「履いてない――と言いたいところだけど、装備一式に紐みたいな下着が付いてた」
「ひえー」
「ドロワーズとか、さすがに履けないでしょ。覚悟が中途半端で」
「勇者さまの普段着みたいな、短パンが良いんじゃない? 太もも丸出しだけど」
「考えておく」

「そういや、昔、ケアリーがあんなの着てたな。東方の民族衣装に似た戦闘服」

 手斧を振るう手を止め、ロブは懐かしげに目を細めている。
 ケアリーとはシシィの実母の名前で、ナイの母親と同じく五年前の流感で他界している。年を取るとすぐ思い出に浸ってしまう、ロブの悪い癖だった。

「……チャイ…ナ? 思い出せない。でも僕は、あの服を知っている気がする……」
 
 勇者は人知れず煩悶していた。誰とも分かち合うことが出来ない、異世界テンセイシャの苦悩であった。ただ、マシューだけが泣きそうな声で何事か叫んでいる。しかし首を切り落とす手は止まらない。さすが熟練の剣士だ。

「いくら、ご母堂の形見にしたってよぉ……ナイちゃんも、ぼんやりしてないで、何でもいいから窘めてくれっ!」
「え、別にぼんやりしているわけでは。薬を貰ってほっとしてはいますけど」

 ナイは丸薬の選別に夢中だった。とりあえず体力回復薬とそれ以外で分け、革袋に詰めておく。戦いはまだまだ長丁場になるだろう。

 そして、自警団や年寄り達――先ほどナイに声を掛けていった酒場常連客も含む――すでに十五名以上の男達が鼻血を吹いて倒れ、ひっそりと戦線離脱して運ばれていった。女達は果敢に鉈や包丁を振るいながら、溜め息を付きつつ首も振る。

「――ってかおめー、本当に何しに来たんだっ! 下にふくらはぎまで隠れるズロースでも何でも履いとけ! 勇者よぉ、お前の短パンとか脱いで貸してやれっ!」
「え、嫌ですよ。そんなことより、とうとう手が止まりましたよ、マシューさん」

 剣士マシューは錯乱している。ただし、状態異常攻撃によるものではない。
 症状の重い者に丸薬を配りながら、ナイはふと、シシィの形見の戦闘服をで覗いてみた。まったくの興味本位だったが、何故か情報は隠されていなかった。

「あ、この防具凄い。一点物で、状態異常を完璧にガードするって書いてある」
「なんでそんなもんが、こんな田舎にしれっとあるんだよっ!」
「ああ、亡くなった母さんが格闘家だったのよ。父さんが大事に仕舞っておいたのを、衣装箱から引っ張り出してきたってわけ」
「……おじさん、嫌がらなかった?」
「ううん、よく似合うって。魔力も入れてくれたから、魔術防壁とか? ガッツリ展開するって言ってた」
「なんだよもう、その無駄な高機能はっ!!」

 マシューの叫びも空しく、シシィは負傷した村人を見付けては、髪を掻き毟っている司祭のところまで引き摺っていく。攻撃力などは酒場の娘の域を出ないので、戦力外なのはナイにもわかる。ただ、戦闘服の防御機能がとんでもないだけだ。

 ちなみに、炎や氷や毒霧を吐くアンデットキメラの攻撃を、シシィは素でひょいひょい避けている。魔術防壁などという物騒なものが展開される機会はなかった。途中参加でまだ十二分に体力があるとはいえ、感嘆に値する身のこなしである。

「どうなってんだ、ただの酒場の娘じゃなかったのか?」
「いえ、ただの酒場の娘ですよ。もともとシシィは、身のこなしがキレキレなんですよ。多分、ケアリーおばさんの血筋かと。剣士さまはご存じなかったんですか?」
「……や、まだ付い合いが浅いから……」

 姉とも慕う幼友達を奪われた身としては、あたりが強くなってしまうのは仕方が無い。とはいえ、幼友達の方が襲った可能性も否定出来なかったけれど。いや、むしろそっちの方が高い? おぼこのナイにはよくわからなかった。

「シシィは酒場の客あしらいでも、絶対に自分の身体に触れさせないんですよ」
「ああ、ずっと見てた」
「シシィが触れることを許したのは、後にも先にも剣士さまだけです」
「…………」
「だから、シシィを大事にしないと、効き目は良いけどものすごく不味い丸薬、渡しちゃいますからね!」
「善処するから、ものすごく不味いのは勘弁してくれ」

 そんな二人の会話などつゆ知らず、呆然としている司祭の前に負傷者を並べたシシィは、司祭の肩をヒールの高い真っ赤な繻子の靴で蹴り付けた。非常事態とはいえ神をも恐れぬ所業である。どんな効果があったのか、司祭はにわかに正気を取り戻し、目の前の負傷者達に次々に女神の慈悲の力を与えて癒していく。まさに治癒ヒールであった。

 のちに司祭も酒場の常連客のひとりとなり、牛乳を一杯だけ頼んで何故自分がこんな田舎に送られなければならないのだと絡むようになるのは、また別の話である。



 そして、勇者が切り落とした最初の首一本を皮切りに、二本三本、五本十本と村人達によって次々と切り倒され、アンデッドキメラのが気付いた時には、すでに三分の二ぐらいまでに減っていた。

「クケーッ! フギャーっ! ブヒーッ!」

 ほかにも、さまざまな魔物の鳴き声が一斉に鳴き喚く。
 それまで統制の取れた行動をほとんど取らなかった頭達も、さすがに怒り心頭らしい。自分達の本体の傍で得物を振るっていた村人達を、得意の状態異常攻撃や炎や氷を吐いて次々に追い散らし始めたのだ。
 

 夜の闇は、白み始める気配もなかった。
 未明のとばりはより一層、暗く重くナイ達の頭上を覆ったままだ。
 
  
  
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