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幼馴染みは便所スリッパと共に

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 午前中の授業が瞬く間に流れ去り給食も滞りなく腹に収まったところで、俺達三人は生徒指導室へと廊下を急いでいた。三人というのは秋山と石井と俺である。

 といっても、俺達の素行になんら問題があるわけではない。
 両隣の二人の性癖には若干の問題があれど、いまだ妄想の域を出ないいわゆる厨房であり、リアル中二病に過ぎないわけで……いや、秋山については俺も保障出来かねる。そんな心の中では饒舌な俺を挟んだ両隣は相も変わらず、

「長谷川さんは幼形成体、つまりネオテニィなんだ!」
「なんだよそのトンデモ設定。いったいどっから拾ってきたんだ」
きたるべきスペースハザードに対応するため、高度に進化した新人類なんだよっ!」
「おめー、文芸同好会でも立ち上げて、そのネタで一本書けよ。俺は読まねぇけど」

 と半ば呆れつつも、秋山はバカ話を止めるつもりはないようで、

「ってか、そんなに幼女とお近づきになりたかったら、両親に頼んで妹でも作って貰えばいいんじゃね? 大事に育てればお兄ちゃんって慕ってくれるぞ、きっと」
「血が繋がっててもしょうがないだろ? ってかそれって属性が違ってくるから。それじゃ単なる妹好きだよ。妹好きと幼女好きは似て非なるものだからっ!」
「なるなる、確かに血が繋がってると萎えるわな」

 や、だからそこは妹が生まれるとは限らないだろ、とかじゃないのかよと内心突っ込みつつ、俺は秋山の言葉に薄ら寒い何かを感じて背筋がぶるっと震えた。

 次の角を曲がれば生徒指導室だが、バカ話を続ける二人に天誅が下る。

「ぎゃ」
「うわっ」

 俺の両隣で悲鳴が上がり、振り返れば緑の便所スリッパを手にした女子生徒が目を吊り上げて立っている。乱れたセミロングや紅潮した頬も艶やかなこの美少女は、前出である俺の幼馴染みの遠藤こはるだ。所属は二年三組で鬼の風紀委員、またの名を便所スリッパのこはる、という。もちろん、そう呼ぶと叩かれる。

「公共の場でなにクダラナイことばっか言ってんのよ、アンタ達はっ!」

 坊主頭の地肌を直に叩かれた石井は涙目で頭を抱え、

「酷いよ、こはるちゃーん。手首のスナップ効いてるから、けっこう痛いんだよー」
「遠藤は二年になっても落ち着きがないなー。暴力女め…………がっ」

 女子に対して小中学生らしい悪態を返した秋山は、さらにもう一発叩かれた。
 ちなみにこの風紀委員必須アイテムの便所スリッパだが、別に履いているものを脱いだわけではない。常に携帯しているのだ。こはる自身は校則通りの上履きである。

 こはる達風紀委員は長期休暇明けや月曜の朝に正門や校門の前に立ち、服装や髪形の乱れを事細かにチェックしているのだ。こはるに例の得物でぺしっとやられたくて、わざと名札を忘れたり靴の踵を踏んで歩いていたりする野郎もいるらしい。世の中にはいろんな性癖があるものだ。俺は心の中で独り言ちた。
 校則通り膝下五センチのスカート丈を翻し、こはるはひとりでつかつか歩き出す。

「だいたい、なんでアンタ達が着いてくんのよっ、私は武君だけを呼んだのにっ」
「悪ぃ、こはる。なんかこいつらが、着いてきたいっていうもんだから」

 いつも性癖で言い争う石井と秋山だが、こんな時に限っては違うようで、

「だって大内君がこはるちゃんに喰われるといけないから」
「そうだな、頭っからバリバリっと、骨も残さず、な。完全犯罪の成立だ」
「「俺達ー、心配で心配でー」」

 最後は二人で声まで合わせたものだから、美貌の風紀委員は怒り心頭である。

「おっ、おっ、襲ったりなんかっ、すっ、するわけないで――――」

 その勢いで生徒指導室の引き戸に手を掛けたこはるだが、急に動きを止めた。

 すぐに戸の隙間に耳を押し当てる。それを見た俺達も、まるでよく訓練された特殊部隊の隊員みたいに素早く動いて、こはると同じように頭を引き戸に押し付けた。
 さすが全員、同じ中学から上がってきただけのことはある。統率が取れていた。

 部屋の中から漏れてきたのは、聞き覚えのある深い声で、



「すまない、先生はなんだ」

 というより内容が先に個人を特定しています、上田先生バンザイ。

「えっ、学校裏サイトに書いてあった誹謗中傷って、本当だったんですか? 始業式の時に、用務員の長谷川さんがあんまり可愛いからって鼻血拭いて倒れたとか?」
「ああ、

 何日も悩みに悩み、ついに意を決して片思いの教師に告白をしただろうか細い声の女子生徒に、上田先生は情け容赦なかった。
 その件については裏でも表でも広く知られていたが、鼻血と長谷川さんの関連性を頑なに信じない派というのもいて、彼女もそのひとりだったのだろう。

「そっ、そんな。私の気持ちはどうすれば……」

 そこは教師と生徒ではしょせん禁断の恋、とても許されるものではない。
 でも、どうしても君が先生を忘れられないなら、卒業してからもう一度会おう……とか何とか言ってやれよと俺は心の中で脚色したが、もちろん上田先生は気の利いたことなど口にするはずもなく、

「先生は本当に幼女が好きなんだ。幼女と言うのは大体就学に達するまでの女子の幼児のことで、君は中学生だから育ち過ぎというか、いや、一般的な男性は幼女よりも女子中学生の方がよほど好きだろうと思うが、先生は幼女の方が断然いいと――」

 上田先生の講釈は始まったばかりだったが、危険な気配を感じた俺達は慌てて引き戸から飛び退く。すると数瞬遅れで、くだんの女子生徒が引き戸を乱暴に開け放った。

 泣きながら駆けて行く女子生徒の後ろ姿を、俺達はあっけにとられて見送った。
 放心状態の俺達を尻目に、素早く立ち直って生活指導室に乗り込んだのは、緑の便所スリッパを歪むほどきつく握り締めた鬼の風紀委員、遠藤こはるだった。

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