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プロローグ:長谷川さんは見た目が○○

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 うちの中学校には、用務員さんが二人いる。

 ひとりは六十がらみで、田舎の爺ちゃんに似たゴマ塩頭の井上さんだ。
 兼業農家だけにがっしりした体格の井上さんは、今朝も鼠色の作業服上下を着込み、正門の陰にある水道メーターのチェックに余念がない。
 漏水を警戒しているのだろう、水道水も市民の血税も大切にしている。

 だけど、もうひとりは――。




 正門から校舎まで伸びる緩やかな上り坂の両側は、背の低いサツキとまだつぼみでどこか寒々しい四月のハナミズキの木立に挟まれている。
 その坂道を登り切ったところで俺、大内武おおうちたけしは履き古した運動靴の足を止めた。

「フンフフンフフ~ン」

 もうひとりの用務員である長谷川さんが、長柄の土間箒で職員玄関の塵をせっせと外に履き出していていた。

 俺はしみじみ思う、長谷川さんって本当にちっさいなぁ。

 長谷川さんは白地に小花を散らした袖付きエプロン姿で、腰のところをぎゅっと絞ってチュニック風に着こなしていた。
 紺のバルーンパンツから伸びた脚は白のハイソックスとパステルピンクの運動靴、細い首に巻かれた真っ赤なチョーカーには大きな鈴が付いていて、長谷川さんが動くたびにちりりと鳴るのだ、猫みたいに……や、人の趣味は問うまい。

 そしてセミロングの髪を二本に結んで肩に垂らした長谷川さんは、通り過ぎる詰襟やセーラー服姿の生徒達へ頬を真っ赤にして元気よく挨拶を返していた。

「長谷川さん、おはようございますー」
「おはようー、おはようですー」

 そんな清く正しい朝の登校風景の中、悲しいかな俺は気付かざるを得ない。
 ハナミズキの細い幹の陰に隠れ、眼鏡の奥から長谷川さんに熱い眼差しを注ぐ坊主頭の存在を。どうしても、スルーできなかったのだ。

「……おい、石井。いつまでやってんだよ、また遅れちまうぞ」

 通り過ぎる女子生徒達が向ける白い視線を感じつつ、俺は溜め息を付いた。肩掛けカバンを揺すり上げてから、坊主頭の石井の肩を小突く。
 毎朝毎朝、野球部の朝練を終えた石井は俺が声を掛けるまでこうやって長谷川さんをのだ。小学校からの友達だが、これではストーカー扱いされても庇い立てのしようがない。
 すこぶる怪しい俺達の存在に気付いた長谷川さんが箒を振るう手を止め、

「あ、大内君と石井君、おはよー。いつも仲良しだねー」

 小首を傾げて微笑んだ。
 俺は反射的に、長谷川さんの眩しい笑顔から目を逸らす。

「う……」

 隣を見れば、石井が俯いていた。サツキの密集した葉に滴る、数滴の赤黒い染み。俺は慣れた仕草でポケットテッシュを差し出す。
 コイツは鼻血癖があるのに、自分ではテッシュを持たない不精者なのだ。

 この間の――四月の始業式でも、体育館に真っ赤な海を作りだした男達のひとりとして、生徒達の記憶に長く留め置かれることになってしまった。
 学校の新しい怪談にネタ元になってしまったのは、ついこの間のことだ。

 さて、ここでひとつ問題がある。
 石井は自分の母親のような年齢のおばさんに恋心を抱いているのだろうか。
 それとも、高卒で務め始めたばかりの、綺麗なお姉さん用務員なのか?


 答えはどちらも否、だ。


 その証拠に、長谷川さんの袖付きエプロンはどうみても幼稚園児の着るようなスモックだし、バルーンパンツはまるで一昔前のアニメの魔法少女のように見えた。
 窄まった裾から伸びる脚は内股で棒足、ハイソックスなのに膝上まで伸びていてニーソ状態である。土間箒を握る両手は、まるで赤ちゃんみたいに小さいのだ。

 そして、学校のありふれた備品に過ぎない長柄の土間箒のはずが、実にという驚異――。

 俺達の煮え切らない様子を見かねたのだろうか、どう見ても首輪にしか見えないチョーカーの鈴を長谷川さんがちりちり鳴らしながら、

「早く行かないと遅刻しちゃうゾっ!」

 ちゃめっけたっぷりに土間箒を振り回し、俺達を履き出す真似をしてみせる。
 トドメとばかりに片足を跳ね上げポーズをとると、石井の鼻に突っ込んだテッシュが瞬く間に朱に染まった。俺は追加のテッシュを探してポケットをまさぐる。

「マジで大丈夫かよ、保健室寄るか?」


 そう。用務員の長谷川さんは、だったのである。
 
 
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