中学生の時に火葬場で見初めてきた人外イケメンが、三年後に現れて私を地獄に連れて行くそうなのですが、家事育児が忙しいのでお断りします。【完結】

今田ナイ

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エピローグ

深緋色の風

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 梅は咲いたが桃は半ば、桜に至っては影も形も無いという、まだ春遠い二月の下旬。敷地内の落葉樹が落とした葉が寒風に浚われる、放課後の校舎裏でのこと。

「ゴメンなさい。家事と育児が忙しくて――」

 澄雨の言葉をみなまで聞かず、男子生徒は全力で走り去った。
 入れ替わりで、いつもの丁寧な巻き髪の美緒がコート姿の帰り支度で顔を出す。

「告白タイム終った? 一緒に帰ろ……あー、今の男子、泣いてたんじゃない? 先輩、同級生、よりどりみどりで、今年に入って八人目だっけ。恋多き週間悪女だなぁ、澄雨ちんはっ」
「地獄に落ちそうなほど、酷いかな?」

 伸び掛けの髪が僅かに掛かるコートの肩を竦め、澄雨は一緒に正門へ向かって歩き出した。髪を切ろうか切るまいか、肩につくとはね始めるので考えどころだ。あの男ならなんと言うだろう。短かろうが長かろうが、いずれにせよ褒めてくれるような気がしなくもない。澄雨の心が、何故だかほんのり温かくなった。

「悪女志望ってんなら、告ってくる男共全員と付き合って、いろいろと骨の髄まで絞り尽くさなきゃ!」
「なんか面倒臭さそうだし、止めとくわ」

 徐々に日が延びつつある夕焼けの通学路を、美緒と並んでゆっくり歩く。

「長期休暇を終えて雰囲気ガラッと変わる女子っているけど……澄雨ちん、なんかあったでしょ? 誰にも言わないから、もったいぶらないで教えてよ」

 年明けの始業式、極めて普通に登校してきた澄雨だったが、なぜか急にモテ期が到来していたのだ。姿形や性格に変化はないが、美緒が集めてきた情報によると陰のある美少女という設定になっていて、二人で大笑いした。美緒に何度問われても、納得して貰えそうな真実を出せない澄雨は曖昧に肩を竦めるしかない。

「ずっと家にいたし何にもないよ。せいぜい近所でエレベーターが落ちただけで」
「あー、巻き込まれなくて本当に良かったよねー。事故で亡くなった人もいなかったんでしょ?」

 当初、落下したエレベーターに誰かが乗っていたという複数の目撃証言があったが、日を追うごとに証言者達の記憶が怪しくなり、証言したこと自体を忘れてしまっているらしい。隣近所でそんな噂話があったが、今はもう誰もしていない。

「そういえば、幹也君のお迎え、急がなくていいの?」
「うん、今日は五時まで延長保育にしたんだ。告白が長引いたら困ると思って」
「ふーん。やっぱ澄雨ちん、なんか変わった気がするなぁ。家事育児に肩肘張ってないっていうか、谷川先生にも喧嘩売らなくなったし?」
「あは。美緒にもいろいろ、お世話になったよねぇ」
「私の占いは勝手にやってるだけだし……やっぱり、死神ってエレベーター事故のことだったのかなぁ? でもそれなら塔のカードの方が適切だしー」

 私、質問の時期が占える小アルカナのカードが何枚か欠けちゃってるから、大アルカナで大雑把なことしか占えないのよねぇと、美緒はあっけらかんとしてしゃべり続けている。ちなみに、今年に入ってから澄雨について占うと、死神のカードが逆位置で出るようになったそうだ。どうやら自分は新展開で再スタートらしい。
 本当は、あなたは事故を退けた最高の女子高生占い師だと功績を讃えたいところだけれど、それが出来ないので、澄雨はいつも申し訳ない気持ちで一杯だった。


* * *


 保育園の手前で美緒と別れた。
 外は真っ暗なのに、幹也はまだ友達と外で遊んでいた。

 あの事故で言葉を発して以来、幹也の口から日常会話が溢れるようになったのだ。けれど、保育園で誰と遊んだとか給食が美味しくないという話はしても、赤猫のことを喋ったことはなかった。もう忘れてしまったのかもしれない。

 また、卒業する時期なのか、お手ふりへの執着も薄れつつあった。
 お手ふりしない日もあるが、今日のところは真剣な顔でスロープの金網にしがみ付き、以前と変わらず電車が来るのを待っている。澄雨は踏切の警報音を聞いても以前ほど動揺しなくなったが、習慣でわらべ歌を口ずさむ。
 

 この間、化粧の剥げた疲れた顔で帰宅した母親が、澄雨に背中を向けて呟いた。

「最近また、お父さんが夢に出るのよ」
「――血の池地獄の夢は、もう見てないんでしょ?」
「そうだったんだけど、若い時の恰好良いお父さんが、笑いながら血の池に沈んで行くの。親指を立てて」

 あいるびーばっくだ。昔のSF映画で似たシーンを見たことがあるけれど、戻ってくるのは無理だろう。人生は一度きり、過去に戻ってやり直すことは、できない。

「本当に、顔だけの人だったわ。最後まで大丈夫だからって……バカなんだから」

 母親は鼻を啜った。父親が亡くなってから、母親のそんな姿を見たことはなかった。気丈で弱音ひとつ吐かない母親の肩を、澄雨は黙って叩いたり揉んだりした。


 地響きさせてホームに進入してきた電車が、スロープにいる澄雨達に寒風を浴びせ掛け――いや、伸び掛けの澄雨の髪をなびかせるのは、暖かな深緋色の風だった。
 それは温泉の素のような香りがしたが、辺りを見回すが誰もおらず、澄雨の胸に甘い痛みだけを残した。

「だっこしておんぶして、また明日……」

 ――私もそのうち、忘れちゃうのかな。
 書き残しておいても、読んだ時には夢物語としか思えなくなるのだろうか。

 たとえそうだとしても、いまはまだ。

 踏切の警報が途絶えても、このスロープで聴いた心を惑わす優しげな声音や猛火に包まれた車輪の軋む音が、澄雨の耳の奥でかすかに響いていた。
 それは黒い泡沫の漂う澄雨の心に、不思議な穏やかさをもたらすのだ。

「あー、車掌さんに手を振り返して貰えたんだ? 良かったねー、みーたん」
「もう、みーたんって呼ばないでよぅ」

 澄雨は恥ずかしがる幹也の手を強引に握り、営業再開している駅前ビルのスーパーに向かって緩やかに伸びる歩道を下って行った。

                       ――了――
 
 
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