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Ⅳ:十二月第四週:君は僕のもの

乙女の怒り

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 遠く、生徒のざわめきが聞こえる。
 シャッシャッと何かを切るような音で澄雨が目覚めると、視界は薄汚れた白っぽい何か――保健室の天井で埋まっていた。ベッドの周囲はぐるりとカーテンで覆われている。天井の染みを眺めながら、澄雨は段々思い出す。休み時間に教室で倒れ……いや、倒れる前に自力で保健室までやってきたのだ。

 澄雨はこの三日三晩、駅前のビルが炎に包まれ爆発したり崩れ落ちる悪夢を見させられていた。おかげで思考力低下で生あくび連発、目の下真っ黒にお肌ぼろぼろのダウン寸前なのである。悪夢を強制終了させるために夜中に何度も起き、そんな夢を見るのが嫌で起きていると朝になってしまうのだ。

「……あの男、今度会ったらタダじゃ」

 思わず不穏な呟きが漏れ、それを押し留めるように澄雨は自分の唇に触れる。
 本当にあんな行為が必要だったのか。まだ高校生なのに――初めてだったのに――手加減抜きでされたという憤りと身のうちにこもる不可思議な熱が、澄雨の心を責め苛んだ。とはいえ、寝苦しさにうなされ飛び起きると、現実では母親の腕や幹也の足が身体に乗っていたりするのだが。
 そうだ、あんな男はどうでもいい。問題はあの幻視の内容だ。事故の予知をまともに受け取るべきか、スルーするべきか――。

「澄雨ちん、起きたの? もうすぐ昼休みだから、それまで寝ていればいいよ」

 声がして、澄雨はカーテンを開ける。隣のベッドにはなぜか、自慢のゆるふわ巻き髪を振り乱してタロットカードを捲っている美緒がいた。

「なにやってんの? ってか授業は?」
「それどころじゃないでしょ、澄雨ちんの一大事だっていうのにっ!」
「……そ、そう。私って大変なんだ?」

 美緒は何も知らない。けれど、占いと澄雨のやつれようだけで確かに何かを感じとっているらしい。この一件、美緒なら信じてくれそうだけれど、巻き込みたくはなかった。ふいに美緒が捲ろうとしていたカードが飛んで、リノリウムの床に落ちる。

「自分で取るから拾わないでっ!」

 そう言われると余計に気になる。澄雨は立ち眩みを堪え、ベッドから降りてカードを拾い上げた。表に返すと案の定、鎌を持った骸骨――死神のカードとご対面だ。

「見ない方がいいって言ったのにー」
「美緒ってば、そんなに頑張って占わなくていいよ。結果はいつも一緒なんでしょ?」
「だって、よくないことが起こるって占いで分かってるのに、私には何も出来なくて、もし澄雨ちんに何かあったらと思うと」

 瞳を潤ませる美緒に、澄雨は複雑な気持ちだった。自分だって、駅前ビルで大勢の死傷者が出るという幻を見て知っているのだ。
 幻視がでまかせならいいけれど、もし本当だとしたら自分に何が出来るのか。
 身を守るためにその場に居合わせないことは可能だが、偶然にでも事故が起きてしまったとしたら。正直、今後の人生で後悔しない自信がなかった。

 けれど、明日事故が起きますなどと匿名でスーパーに連絡でもしようものなら、爆破予告犯になってしまう。教えてあげた方が店側も用心するだろうが、事故が起きなかったら起きなかったで立派な愉快犯である。悶々と悩んでいるうちに明日は終業式、問題のクリスマス当日と迫っていた。
 心臓の音が、まるで『どうしよう、どうしよう』と言うように早まってくる。

「私は大丈夫だから。心配しないで」

 努めて冷静に、シーツに並べられた不思議な配列の空いた部分に死神のカードを嵌め込んだ。美緒はそれを見て小さく声を上げる。間違っていたらしい。

「え、ここじゃないの?」
「場所はいいけどカードの向きが反対。でも、本当に逆さまだったら良かったのに」

 美緒は呟き、逆さの骸骨を指で弾いた。

「カードの向きって大切なことなの?」
「うん。死神のカード本来の意味は……その、破滅や離散、死の予兆なんだけど――」

 美緒の説明を聞いているうちに、死んだ魚のようだった澄雨の目が爛々と輝き始める。まるで、家庭科教師谷川の裏を掻いてやろうと計画を練っている時のように。 
 四時限目終了のチャイムが鳴っても、二人はしばらく保健室から出てこなかった。
 
 
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