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本編
離別に至る経緯②理由無き心的外傷*
しおりを挟む実際のところ、まったく大丈夫ではなかった。保健室に駆け込むなり、保険医が事務机から立ち上がるよりも先に洗面台で吐いていた。昼休みに食べたばかりの鶏胸肉やブロッコリーのなれの果てが出尽くしても、まだえずきが治まらない。
身体を裏返せるものなら裏返して、洗濯機に放り込んで丸洗いしたかった。
「なに、司ちゃんどうした――え、廊下でコケて頭打った? 吐くってアンタ、打ちどころが相当悪いってことじゃないのよ。今度意識失ったら、救急車呼ぶからねー」
保健室のベッドに寝かされても、後頭部の頭痛は当然のことながら動悸が長いこと治まらず、呼吸も浅くなってきて手足が痺れ始めた。完全に過呼吸である。
アラサーの保険医に背を擦られながら、呼吸を吸うより吐く方に集中するよう言われた。司は苦しさと情けなさのあまり、実に十数年振りに泣いた。
結局、司が午後の授業に出ることは叶わなかった。なぜなら、あまりに酷い司の状態から母親が呼ばれてしまい、そのままMRIの精密検査送りになったからである。
不幸中の幸いで、脳ミソ輪切りの検査結果になにも問題は見付からなかった。感謝なのかお詫びなのか、その日のうちに雪子親子が菓子折を持って家にやってきた。
「まぁまぁ、ご丁寧にすいません。うちの子は、ホントに身体だけは頑丈で」
司は対応を母親に任せ、ベッドの中で丸くなって震えていた。後ろ頭にタンコブを作っただけなのに、どうしても顔を見せに玄関へ出向くことができなかったのだ。
階段から落ちてきた雪子を無事に抱き留めた、どちらにもたいした怪我がなくて良かった。めでたしめでたしで、終わりのはずだ。
だが、その一件以来、司はなぜか雪子と眼を合わせることができなくなった。
あの甘いかすれ声で名を呼ばれただけで胃に鈍痛が走り、その人形のようにほっそりとした身体つきを後ろから見掛けただけで、反射的に走って逃げ出したくなるのだ。呼吸が自然と浅くなり、もはや過呼吸まっしぐらである。
廊下で頭を打ったことから雪子の拒絶へと至る、一連の因果関係も分からず。
さりとて誰にも相談することなど出来ず。もちろん、なぜ舐めたのかと当人に訊けるはずも無く。そもそも、雪子をまともに見ることすら叶わないのだ。
自分でもわけが分からないまま雪子と距離を取らざる負えなくなった司は、疎遠になっていた女子生徒達をとにかく呼び戻した。そして自身の変貌振りが目立たないよう、雪子との間に心理的・物理的障壁を作るしかなかった。
意味は違うが、まさに人は石垣ということをそのまま行ったのだ。
最初は怪訝そうな様子の雪子だったが、なにせ問い質そうと近付いただけで司の具合が悪くなるので、同じ高校に行くという約束以外は無理強いしてこなかった。
そして、階段で雪子の背を押した犯人は最後まで分からずじまいだった。
雪子を直視できなくとも身辺にそれとなく注意を払っていた司だったが、雪子の身が危うくなるような出来事は、ついぞ中学を卒業するまでなかったのである。
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