3 / 13
本編
セーラー服と白雪姫
しおりを挟む*****
雪子とはいつも一緒だった。
といっても幼馴染などではなく、雪子と初めて出会ったのは一年とちょっと前の、中学三年の五月のことだ。
誰が職員室で聴きつけてきたのか、受験も間近なこの時期に転入してくる女子生徒がたいそうな美少女だという噂で、司のクラスは持ち切りだった。
そういう口さがない噂話は大抵『それほどでもない』という、当人にとっては甚だ失礼な評価に落ち着くわけだが、雪子に関しては違った。
メタボリックな担任に連れられ教室に入ってきた雪子を一目見るなり、まるで教室中がひとつの生命体のように息を飲んだのを、司は今でもはっきり覚えている。
ゴールデンウィーク明けで日差しが強くなり誰しも日に焼け始めていたにも関わらず、冬服のセーラー服に身を包んだ雪子だけは、文字通り名前のような白く滑らかな頬をしていた。まるでメラニン色素を持たないような肌の白さで、黒く濡れたような瞳の睫毛はふっさりと長く、形の良い小さな唇は僅かにピンク色をしていた。
顔も手足も小作りで、プリーツスカートの下から華奢な膝頭を惜しげもなく晒している雪子を、まるで陶器でできた球体関節人形みたいだ、何十万円もするヤツ――となにやら性癖が露呈しそうな表現をした男子生徒がいるほどだった。
そんな転校初日に強烈なインパクトを与えた雪子だが、決して近付きがたい雰囲気を保ち続けたわけではない。むしろ、ごく普通にクラスの女子生徒達の中に溶け込んでいった。つまり、わが校の野暮ったい紺サージのセーラー服を、衣替え直前の暑くて敵わない時期に愛らしく着こなせるなんて、と衝撃を持って迎えられたのだ。
もっとも、教室の一番後ろ――なにせすでに身長百七十センチ――で大あくびをしていた浅黒い肌代表の司は、可憐な転校生に対してなんの感慨も持たなかった。
空いていた隣の席に件の転入生が座った偶然から、間に合わなかった教科書を見せてやったり、移動授業の時に特別室へ案内しただけのことである。
やっかむ男子生徒達に、じゃあ代わってくれよと言葉を返すと、内気な彼らはみな一様に目を泳がせて押し黙ってしまうのだった。
また、夢見がちな誰かが、まるで白雪姫みたいとも呟いたのが不思議と耳に残った。テニス部の練習を終えて家に帰ってもまだそのことを覚えていた司は、ベッドに寝っ転がって興味本位でググってみた。
ネットによると、白雪姫の母親である王妃は針仕事中に誤って針で指を刺した。その血が雪の上に三滴、滴ったのを見て美しいと思った王妃は、雪のように肌が白く血のように頬が赤く、黒檀のように黒い髪の子供が欲しいと願ったのだ。
望み通りの白雪姫を生んだ王妃は亡くなり、やがて意地悪な義母やってきて鏡よ鏡――となるのは、絵本やアニメ映画などの通りである。
白雪姫というには、少し頬の赤みが足りないんじゃないかと、その時は思った。
雪子が転校してきてから数日後、マンション敷地内ですでにロリータ趣味全開だった衣装の雪子とその母親に出会ってしまった。ご近所だったんですかと驚きをアピールしつつ、これがあの思いっきり指に針をぶっ刺した風変わりなセンスの白雪姫の母親なのかと、司は思い出し笑いを堪えるのに苦労したものだった。
たまたま席が一番後ろで、隣が空いていた。たまたま、近所に住んでいた。
そんな偶然から始まった二人の交流は、弁当を一緒に食べ、たわいのない雑談をし、忘れた宿題を見せて貰ったり、授業中寝ているところを起こされ――いつの間にか、学校で雪子と一緒にいるのが当たり前になっていたのだ。
あまりに仲が良すぎるように見えたのか、雪子とデキていると学校裏サイトの掲示板に書き込まれることさえあった。とはいえ、背が高くテニス部に所属しているせいか、司の周りは最初から女子生徒で満ち溢れていたので、それに雪子がひとり加わったところで、なんら抵抗を覚えることはなかった。
「雪子でも誰でも、テキトーなのを見繕って持って行きたまえよ、諸君」
昼休み、なまっちろい腕をした男子生徒らと腕相撲をしながら、司は発破を掛けてやる。逞しい二の腕を持つ司とは対照的に、汗だくの彼らはぐぬぬと呻いた。
「君達は、どいつもこいつも恥かしがり屋さんだな。そういうところは実に可愛いと思うけど、でも自分でアクション起こさないとね。はい、おしまい」
司が軽く捻るってやると、物静かな雪子も他の女生徒に交じって歓声を上げた。
クラスの男子生徒達の恋愛相談に乗ることもあったが、雪子に淡い想いを抱きつつもライン交換ひとつすることの出来ないウブな連中なので、恨み節と雪子賛美を聞かされる羽目になるところまでがいつものパターンだった。
0
第18回恋愛小説大賞にエントリーしておりますので、お気に召しましたら投票・お気に入り登録宜しくお願い致します。動乱によって故国を追われ、飛竜に乗って異界の双竜町へ逃れて来た幼い姫君の現代ファンタジー(逆異世界転移)です。異界に逃れて十数年、戦が終わったから戻ってこいとか今さら許嫁(王子)に言われても、もうお姫様じゃなくてただの女子高生なんですけど!?
田舎の道具屋兼薬草師の少女と駆け出し少年勇者のガール・ミーツ・ボーイ的じれもだ異世界恋愛ファンタジーです。(長編/R15)少年勇者の面倒を見ていたら何かが芽生えてしまったみたい。でも私はただの田舎の道具屋兼薬草師に過ぎないのですが。~私の勇者さま、NPCの祈り~
おさんどん女子高生とひとならざるものの、重めでちょっと切ない現代ファンタジー(異類婚姻譚もどき)です。(中編/R15)中学生の時に火葬場で見初めてきた人外イケメンが、三年後に現れて私を地獄に連れて行くそうなのですが、家事育児が忙しいのでお断りします。(旧題【さよならのタイミング】)
どうみても幼女にしか見えない用務員の長谷川さん♀を中心としたリアル中二病な男子中学生他が騒ぐだけの肩肘張らない青春ストーリーです。(短編/R15)ちっちゃな用務員の長谷川さんは、とにかくちっちゃ可愛い。※○○ではない(たぶん)(旧題【ちっちゃな用務員☆長谷川さん】)
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バベル病院の怪
中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。
大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。
最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。
そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。
その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める——
「次は、君の番だよ」
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


心霊都市の大学生
はるさめ☀️
ホラー
心霊現象が多発し、人々が恐れを抱く都市――うらめ市。
不吉な噂だらけのこの街にある大学に、受験に失敗した脳筋・銀崎誠二は晴れて入学することに。
銀崎は仲間たちと共にホラーなキャンパスライフを満喫する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる