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一話
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バイト終わりにこの公園に寄るのが柊の日課であった。多くの木々が植えられ歩道が整備されたここは日中こそ賑わうものの、日が落ちればがらんとしている。ベンチに腰掛けている柊は街路灯のぼんやりした明かりを頼りにレジ袋を漁った。中には廃棄の肉まんとチャーシューまんが入っている。一つ取り出してかぶりつく。まだほのかに温かかった。
柊は二十二時までバイトをしているのは単純に家へ帰りたくないからである。バイト終わりにこうして公園で飯を食うのも、やはり家に帰りたくないからである。とはいえ高校生の身で家から飛び出す行動力はなく、毎晩きちんと帰宅していた。風呂に入ってさっさと眠り、目が覚めたらさっさと家を出る。健全とは言い難いが指導されるほどでもない。柊はそうやって教師からも親からも逃げていた。
ベンチの斜め前に設置された背の高い時計は丸くぼんやり光を放っている。針は十時三十二分を指していた。食べ終わった中華まんのゴミをレジ袋へ突っ込んで柊は立ち上がる。ゆっくりと両肩を回してから柊はパーカーのポケットへ両手を入れて歩きだした。春とはいえ四月の夜はまだ寒い。柊は身震いをして足を早めた。均等に配置された街路灯は灰色の石畳と、その隙間から顔を出す丈の短い草を照らしている。それらをスニーカー越しに踏みしめて柊は進んだ。聞こえるのは自分の足音と風が枝を揺らす音、そして名も知らぬ鳥の鳴き声だけであった。柊は人気のなさを不気味に思わない。むしろ心地よく感じていた。
公園と道路の間に作られた小さな門が視界に入るころ、柊はふと足を止めた。周囲を見回しながら耳を欹てる。それは人の声であった。小さくて、優しくて、どこか聞き覚えのある声であった。柊は音を立てないようすり足で声のするほうへ近づいていく。舗装された道から少し脇へ入った、いくつも植わっている木の一つに凭れかかっている人がいる。柊は一瞬面食らったが、すぐに口元がをにやりと歪めた。百八十センチを超える長身に、後ろに向かって撫で付けられた金髪、そして柊が毎日着ているものと全く同じデザインのブレザー。柊は彼を知っていた。むしろうちの高校に通っていて彼を知らない人などいないだろう。同じ高校に通っていようが柊と彼は違う。問題児スレスレの位置にいる柊が夜中近くに公園にいるのと、優等生の代名詞とも言える存在である彼がここに居るのとでは意味合いが大きく変わってくるのだ。恨むのであれば己の特徴的な容姿を恨むべきだろう。愛瀬か非行か、別にどちらでも構わない。舗道から外れたそこは街路灯の光があまり届かない。空に輝く月や星々の光も枝葉が遮ってしまっている。柊は息を潜めて近づいていく。優等生の弱みを握れるかもしれないという期待と、人の裏側が見えるかもしれないという好奇心が柊を前に押し進めた。彼の声はもうはっきりと聞こえてくる。
「ええ、分かります。ただ、それをどう伝えるかが問題だな」
柊は必死に目を凝らした。しかし腕を組んで話す彼の前には誰の姿もない。彼はただ一人、誰も居ない空間でしきりに相槌を打ちながら会話を続けていた。なぜ姿が見えないのか、柊は眉をひそめつつ更に一歩近づいた。やはりそこには誰もおらず、彼はただ不気味に一人で喋っていた。気持ちが悪い。そう思って柊は身を引いた瞬間、己の横でがさりとレジ袋が音を立てる。同時に彼の会話が途切れた。柊は咄嗟に身を翻して駆け出した。静かな公園に自分のスニーカーが地面を打つ音と、ビニールがガサガサと喧しく擦れる音だけが響く。門を抜けてもやはり人気はない。ところどころ明かりのついた住宅と街路樹の間を走り抜け、柊はやっと大通りへ出た。振り返った先には誰もいない。立ち止まって息を整える柊の横を、ヘッドライトをつけた車が通り過ぎていった。右手に提げたままのレジ袋を中のゴミごとくしゃくしゃに丸めてパーカーのポケットへ突っ込む。見なかったことにしよう。そう思いながら柊はゆっくりと家へ向かって歩き出した。
姫ヶ谷・アレクサンダー・太は我が校の有名人である。高校受験を経て入学してきた彼はたちまち噂になった。百九十センチ近い長身に骨格からして分厚い体躯、そして金色の髪をかき上げて後ろへ撫でつけているその容姿から連想するものはみな同じであった。
「なんかスーパーマンみたいなやつが来た」
どんなだよと容姿を確認しに来たやつらは一目見て笑いながら自分の教室へ帰っていく。
「あいつ名前なんて言うの?」
「ひめがやアレクサンダーふとしだって」
「どんなだよ」
エスカレーター式で上がってきた中受組は口々に彼の噂を口にしながら高校生活を始めることとなった。一年前の話である。特進クラスの姫ヶ谷と普通科の柊は交流する機会などあるはずもなく、しかし噂だけは嫌でも耳に入ってくる。だから一方的に認知しているだけであり、特に関わることもなく三年間が過ぎていくものだと柊は思っていた。
昼休みの中庭は騒がしい。四月ともなれば尚更である。浮かれた顔をした一年生たちは昼食が入った色とりどりの保冷バッグを片手にこぞって連れ立だっている。彼らを避けながら柊は早足で校舎裏へと向かっていた。テラス席もベンチもないそこへ向かう者など柊以外にいない。それでも柊はいつも校舎裏で昼食をとっていた。中庭にはない素晴らしいものがそこにあるからだ。
大きな校舎を挟んでいるにもかかわらず中庭の喧騒がここまで届く。柊は到着するなり校舎のそばへ腰を下ろした。紺色のミニバッグから小さな缶を取り出すと、それをカツカツとアスファルトへ打ち付けながら周囲を見回す。すると茂みから一匹、真っ黒な猫がこちらに向かって歩いてくる。柊はほんの少しだけ口元を緩めながらプルタブに手をかけた。金属音のあとに猫餌独特の、魚のような匂いが広がる。地面においてやると猫はためらいなくそこへ顔を突っ込んだ。柊はまたミニバッグへ手を入れる。登校途中にコンビニで購入した焼きそばパンを取り出して袋を開ける。それをかじりながら柊はひたすら猫を眺めていた。サイズからして成猫で間違いないだろう。柊がこの猫と出会ったのは半年ほど前のことだ。人目を避けて校舎裏でもそもそとパンを齧っていた柊に、よこせと言わんばかりにニャーニャーと鳴いてきたのがこの猫であった。それ以来柊は自分の昼食と一緒に猫缶を買うようになった。首輪をしていないから野良なのだろう。本当は連れて帰りたいが今の柊には難しい。だからこうして一緒に昼飯を食べるだけにとどまっている。
さっさと食べ終えた猫は柊の横で寝転んでいる。そろそろ撫でられるのではないだろうか、と思いつつ逃げられるのが嫌で柊はいつも眺めるだけに留めていた。しかし今日こそ、と手を伸ばした瞬間、猫はパッと顔を上げて柊の横から走り去ってしまった。行き場のない手を宙にとどめたまま柊は目線で猫を追う。とっくに姿が見えなくなった猫と入れ替わるように柊へ大きな影が落ちた。顔を上げた柊は思わず「げ」と声が出る。そこに居たのは姫ヶ谷であった。
「探したぞ。まさかこんなところに居るとはな」
姫ヶ谷は平然と隣へ腰を下ろしてくる。手持ちの鞄から大きな弁当箱を取り出した。まさかここで食べる気なのだろうか。柊は今すぐ逃げ出したかった。
「なんの用だよ」
「昨日、公園に居たのは君だろう」
柊は舌打ちしそうになった。顔を見られる前に逃げたつもりだったがどうやらバレていたようだ。
「あそこで何をしていたんだ?」
「別になにも。バイト帰りにちょっと寄っただけだ」
そうか、と言いながら姫ヶ谷は卵焼きを口に運んでいる。あんな時間に一人で公園に居たのは姫ヶ谷も同じであり、どう考えたってそちらのほうが不自然なのだ。なのになぜ自分が質問される側なのか、柊は非常に納得がいかなかった。そもそもなぜ姫ヶ谷はあの場に居たのが同じ高校の同級生である自分だと気がついたのだろうか。制服は着ていなかったし、今まで一切の関わりがなかったのだ。ちらりと見ただけで明確に当てられるとは到底思えなかった。姫ヶ谷はそれ以上なにも言わずに黙々と弁当を食べている。
「お前さ、なんで俺だって分かったの。ていうかなんで俺のこと知ってんの」
「同級生の顔と名前くらい当然覚えている。普通科の柊だろう?」
なにが当然なのだろうか。柊は半分も覚えていない。面倒なやつに見つかったな、と柊は舌打ちしそうになったが、その発想をすぐに思い直した。自分が姫ヶ谷に見つかったのではない。姫ヶ谷が自分に見つかったというのが正しいだろう。なのに姫ヶ谷はひたすら隣でバクバクと飯を食っている。柊はとにかく現状が気に食わなかった。
「で? 用はそれだけか? 済んだならよそで食えよ」
「むしろ君は聞いてこないのか。はっきりと見ただろう昨日の俺を」
「見たけど。聞いたら教えてくれるのかよ」
「どう思った?」
は? と柊は聞き返す。だから、昨日の俺を見てどう思った? と姫ヶ谷は再度尋ねてきた。
「まあ、普通に気持ち悪いなって」
「だろうな」
わははと大口を開けて姫ヶ谷は笑った。不審者の自覚はあるらしい。しかし問題はそこではない。なぜそんなことをしていたのか、だ。
「はっきり言う割には聞いてこないんだな」
「聞いたら答えるのかよ」
「昨晩からずっと考えていた。知らないまま変な噂を流されるくらいなら自分からはっきり言ってしまったほうがいいと思ってな。だから君を探してここに来たんだ。ただ……」
言いよどむ姫ヶ谷の横顔をじっと見つめながら柊は次の言葉を待つ。昨晩から考えているのは柊も同じであった。しかし微塵も思いつかなかったのだ。誰も居ないところへ向かって話しかけるなど、電話以外に思い浮かばない。しかし昨日の彼はスマホなど手にしていなかった。いったい誰とどうやって話をしていたのか。昨晩からの謎が今、本人の口から解明されようとしていた。
「君は幽霊を信じるか?」
「微塵も信じない」
「そうか」
それは残念だ、と姫ヶ谷は弁当箱へ蓋をした。あまりにも単純でくだらない。柊は空の猫缶を拾って立ち上がった。
「もう教室へ帰るのか」
「うるさい。お前には関係ないだろ」
柊は彼を置き去りにしてその場を離れた。中庭の喧騒は鳴り止むことを知らず、浮かれた生徒たちの声がいまだ柊の耳へ届いてた。
もはや癖になっているのだろう。柊の苛立ちは終業後も収まることはなく、おそらく今日のバイト中は過去最高に愛想がなかったに違いない。別に普段から愛想など皆無だが、買い物に来た女子中学生の集団がレジへ来た途端に目に見えて怯えていたときは流石に柊もまずいと思った。クレームにならなければいいが、と心配すると同時に、なぜ知らないやつのくだらない話が原因で自分がクレームの心配をしなければならないのかと柊は余計に苛立った。交代で来た夜勤の従業員への挨拶もそこそこに柊はコンビニを後にした。心を落ち着かせようと無心で歩いて行き着いた先はいつもの公園であった。今日は寄らないつもりだったのに、と思ったときにはもう遅い。毎日嫌というほど見ているブレザーを身にまとった人物が門の前で仁王立ちしていた。姫ヶ谷である。
「結局気になってるじゃないか」
上機嫌な声が死ぬほど腹立たしい。柊は無言で踵を返した。しかしあっさりと後ろから手首を掴まれてしまう。柊は逃れようと腕を振った。しかし微塵も解けない。
「離せ。別に気になって来たわけじゃない」
「じゃあなんだ。嫌ならわざわざ来ないだろう」
「俺はここで晩飯を食うのが日課なんだよ。お前のことは関係ない」
「じゃあ食べながら一緒に来ればいい」
姫ヶ谷は手首を掴んだままズンズンと公園内へ向かって歩いていく。柊は必死で抵抗するも引きずられるように進まざるを得なかった。見た目通りの馬鹿力である。
「ところでなぜ君は幽霊を信じていないんだ? 怖いからか?」
「は?」
「恐ろしい存在ではないぞ。ただ少しやり残したことがあるだけだ。見た目だって普通の人と変わらない」
「別に怖くない! 見えないし聞こえないものをどうやって信じろっていうんだよ!」
「俺が見たまま聞いたままを教えてやる。つまり君は俺を信じればいい」
「お前じつは馬鹿だろ!」
柊を引きずっていた姫ヶ谷はふと足を止めた。そのまま体を反転させてこちらを向く。その顔を街路灯が照らした。その表情が喜びを必死に抑えているようにしか見えず、柊はふと体の力が抜けてしまった。
「ずっと誰にも言えなかったんだ。君は信じていないと言っているが、でもこうして来てくれた」
食べながら横に居てくれればいい。そう言って姫ヶ谷はまた足を進める。いつの間にか手は離されていた。柊はその後ろを、ゆっくりと自分の足でついていった。月明かりに照らされた舗道を静かに二人で進む。いつもと違ってバラバラに鳴る二人分の足音がなんだか落ち着かなかった。
昨日ちょうど柊が覗いていた場所から、姫ヶ谷が脇へ入っていく。木の陰を覗き込んで、姫ヶ谷は「こんばんは」と手を振った。やはりそこには誰もいない。
「高校の友人が一緒に来てくれたんだ。まあ、彼はあなたが見えないんですけど」
そう空虚に向かって自分を紹介する様子に、柊は困惑した。しかしなにもせず突っ立っているのは気が引けるので姫ヶ谷が見ている方向へ当たりをつけて会釈した。そして聞き捨てならない単語が聞こえたのできっちり否定することにした。
「べつに友人ではないだろ」
「友達だろ。昼間に一緒に飯食っただろう?」
「……じゃあ一緒に給食たべてた小学校のクラスメイトどもは全員友達か?」
姫ヶ谷は小首をかしげて「当たり前だろう?」と言った。柊からしてみれば「そんなわけがない」のだが、姫ヶ谷からすれば「当然」なのだろう。柊は反論したかったがおそらく彼には通じないので黙ることにした。そして学校一の有名人兼優等生に自分が友人認定されたことがなんだかシンプルに嫌だった。
そのまま姫ヶ谷は『幽霊』とやらと会話を始める。当然柊には相手の声が聞こえないので、姫ヶ谷を観察することにした。
まず、多少砕けるときもあるが基本的に姫ヶ谷は敬語で話している。そして向けている視線が低い。柊と会話するときよりさらに下を向いている。だから相手は背の低い年上の女性、もしくは背の曲がった老人ではないだろうか、と柊は推測した。同じことを大きな声で言い返す様子はないので耳は遠くないのだろう。しかし柊は幽霊というものがいまいち分からない。生前耳が遠かったら死後もそのままなのか、それとも治るものなのか。後者だとしたら背が曲がっているのも治るのでは? などと少ない判断材料を脳みそでこねくり回していた。
それにしても随分優しげに話すな、と柊は再度姫ヶ谷を見た。この幽霊と会うのが何回目なのか柊には分からないがすでに親しいようだ。柊は数時間前の、初めて姫ヶ谷と会話をした昼休みを思い出していた。あのときはガタイの良さもあって随分な威圧感を感じていたが、今なら分かる。あのときの姫ヶ谷は緊張していたに違いない。柊はしばらく姫ヶ谷を観察していたがやがて飽きて夕食を食べることにした。提げていたレジ袋からツナマヨのおにぎりを取り出して包装を剥く。姫ヶ谷は急にガサガサと音を立てる柊を気にすることなく会話を続けていた。それを適当に聞き流しながら、柊は黙々とおにぎりを頬張った。
「ではまた来ます。はい。分かってますよ」
それでは失礼します、と姫ヶ谷は頭を下げた。ちょうど柊が二つ目のおにぎりを食べ終わったころであった。話し終わったのか、と柊が尋ねると小さくうなずく。
「もう遅いからまっすぐ家に帰れ、だそうだ」
公園の出口へ向かっていく姫ヶ谷に続こうとしたが、柊は一応振り返って頭を下げた。別に信じた訳ではない。姫ヶ谷があまりに自然と会話をしていたから念のためにやっただけである。帰るぞ、と後ろから声をかけられて柊は小走りで姫ヶ谷に駆け寄った。
先程と反対方向へ舗道を進む。どんなやつなんだ? と柊が尋ねると姫ヶ谷は「うーん」と唸った。
「どんな、と言われてもな。別に普通の人だぞ」
「普通ってなんだよ。とりあえず年齢と性別は?」
「ああ、そこからか」
「当たり前だろ。見えないんだから」
「……というか信じてないんじゃなかったのか?」
「別に信じたわけじゃない。つき合わせたのはお前なんだから説明くらいしろって意味で言ってるんだ」
「はいはい。年配の女性だよ。見た目からして八十歳前後じゃないか?」
はいはいってなんだよ、と柊はその言い方に腹が立ったが聞き流すことにした。
「すぐ裏手に市民病院があるだろう? そこで亡くなったらしい」
「医療ミスか?」
「いや、癌らしい」
「治療方針で家族と揉めたとか」
「なぜ君は物騒な話にしたがるんだ」
「だって幽霊だろ? 成仏してないってことはなんか未練があるんじゃないのか」
「それはそうだが、別に皆がそんな大層な理由ではないぞ」と姫ヶ谷は頷きながらつづけた。
「病室の窓からいつもこの公園を眺めていたらしいんだがな、ここで毎日熱心にバットの素振りをしている青年がいたらしいんだ」
バット、ということは野球であろう。柊は一瞬息を呑んだ。癖のように両手をポケットへ突っ込む。
「で、彼が試合をしている姿が見てみたいそうだ」
「なんだそれ、しょーもな」
別に孫とかじゃないんだろ、と柊は足元の小石を蹴った。地面を跳ねる音は随分と小さいのに、人気がないせいでよく響く。
「君なら心当たりがあると思ったんだが」
「ねーよ」
帰るわ、と柊は彼に背を向ける。柊は昼間に彼が言った言葉を思い出していた。なにが「同級生の顔と名前くらい当然覚えている」だ。その時点で疑うべきだったのだ。中学受験組で自分を知らないやつがいないことは理解していた。しかし高校から入学してきた連中にまで知られていることも考えておくべきだったのだ。とくに姫ヶ谷のような交友関係の広そうなやつは尚更だ。
さっさと門を抜けて柊は公道へ出る。その後ろから柊の名を呼ぶ大きな声と走る音が聞こえてきた。
なんだよ、と振り返ると姫ヶ谷がスマホを手にしていた。
「連絡先を聞くのを忘れていた」
絶対嫌だどうやって断ろう、と柊は瞬時に思った。しかし柊が口を開くより先に姫ヶ谷が動き出す。
「ほらスマホ出せ。どこだ?」
平然と人のポケットへ手を突っ込んでくるので柊は「やめろやめろ! 出すから!」と必死で払い除けた。しぶしぶスマホを取り出して連絡先を交換する。これでいつでも二人は連絡を取れるようになった。これで本当に友人扱いされるのだろう。柊はなんだかシンプルに嫌だった。
猫ならとっくに逃げ去った。
「で、昨日の続きなんだが」
なぜこいつは当たり前のような顔をして自分の隣で昼飯を食べているのか。昨晩の帰り際に結構な塩対応をしたつもりだったが、どうやら姫ヶ谷には通用しなかったらしい。校舎裏の様子は昨日となにも変わらない。姫ヶ谷のやたらとデカい弁当箱には山盛りの唐揚げと茹でたブロッコリー、きれいに巻かれた卵焼きが入っており、それらの隣に詰められた米の上にはたんまりとシャケフレークがかかっている。運動部でもないくせによく食うな、と柊はそれを横目で眺めながら二つ目のパンを開封した。
「体躯的に子供ではないらしいんだ。だから高校生ではないかと俺は思ってるんだが」
「高校球児は毎日公園で素振りしないだろ」
「そうなのか?」と姫ヶ谷は箸をとめる。当たり前だろ、と柊は続けた。
「病室から見てたってことは日が落ちる前だろ? 朝も午後も部活があるだろ。そんな時間に一人で公園へ行って素振りなんてするわけがない」
「あの公園は街路灯が沢山あるだろう。照らされて見えないか?」
「だとしてもわざわざ素振りのために夜の公園に行くか? あいつら朝早いし疲れてるんだから家で振ってさっさと寝るだろ」
草野球やってる定年後のジジイとかじゃねーの、と柊は焼きそばパンの残りひとかけらを口に運んだ。具の焼きそばは食べ尽くしており、ほぼパンであった。姫ヶ谷は無言のまま俯いている。柊の意見を聞いて他の可能性を考えているのだろう。具のないパンを咀嚼しながら柊は彼の弁当箱に手を伸ばした。唐揚げを拝借して一口で頬張る。しっかりと下味がついていて米の進みそうな味だった。
「卵焼きも食うか?」
「いらね」
姫ヶ谷は自分で卵焼きを食べながら、やはりまだ考えているようだった。右の唐揚げを取られたら左の卵焼きも差し出しなさい。こいつは本当に男子高校生なのだろうか。柊は勝手に彼の正体について疑問を抱いていた。
「そもそも幽霊になってからはずっと公園にいるのか? なら素振りしてるやつの顔とか年齢とかはっきり見てるだろ」
「それが亡くなってからは一回も見かけてないらしいんだ」
「あのさ、姫ヶ谷」
「なんだ?」
「情報を後出ししてくるのやめろ」
柊は猫缶を拾い上げて立ち上がった。まだ食事中の彼は箸を持ったまま見上げてくる。その上に柊の影が深く落ちていた。
「相談したいなら分かってる情報全部紙に書いてまとめてこい。それが嫌なら一人で考えろ」
柊が踵を返して立ち去ろうとした瞬間、姫ヶ谷が手を伸ばして足首を掴んでくる。危うく転倒しそうなところを既で踏ん張った。
「あぶねーなふざけんなよお前!」
「書いておくから今日も十時過ぎに公園の前に集合でいいか?」
「いいわけないだろ行かねーよ。せめて明日の昼に持って来い」
柊は必死に片足を振った。手を離した姫ヶ谷は露骨にむくれた顔をしていて非常に腹が立つ。それを無視して校舎裏から立ち去った。予鈴までまだ二十分以上の時間が残っている。教室に戻る気にもなれないが特に行く宛もない。静かなところで昼寝がしたい。未だ騒がしい中庭を足早に抜けながら柊は行き先を考えた。図書室が無難だろうか。校舎へ戻りひたすら階段をのぼる。三階へたどり着き左へ曲がったところで後ろから声をかけられてしまった。
「柊、ちょっといいか」
声ですぐに誰か分かる。それでも無視するわけにはいかないので柊は振り返った。短い髪によく日に焼けた肌。紺色のジャージは袖がまくられており、右手には黒いバインダーを持っている。担任の横溝は困ったように眉を下げていた。
「進路希望のことなんだがなあ。お前、本当に就職でいいのか?」
「はい」
「……お前全然勉強してないだろ? それでも授業にはついてきてるんだから、今からでも真面目にやればそこそこの大学には入れると思うんだ」
「興味ないです。やりたいこともないので」
「親御さんにはいってあるのか? せっかく中学受験させてここに入れたのに高卒で就職じゃ納得してないだろ」
「親は関係ないです」
失礼しますと頭を下げてさっさと柊は立ち去った。横溝は追いかけてはこなかった。そのまま廊下を真っ直ぐ進み引き戸を開ける。図書室は案の定静かであった。カウンターの正面には長い机が三つ伸びており、見知らぬ生徒が三人ほどそれぞれ干渉しない位置に座って本を読んだりノートに何か書き付けたりしている。柊はやはり誰からも遠い位置にある窓際の椅子の引いた。座る前にふと気になって柊は窓の外、下側を覗き込むように見た。そこではまだ姫ヶ谷が一人で黙々と弁当を食べていた。
嫌というほど聞いた音に反応して「いらっしゃいませ」と挨拶をする。自分でも面白いほど感情が籠もっていない。レジにはベテランの大学生バイトが入っている。柊は客へ視線を向けることもなくパンの補充を続けることにした。すでに置いてある商品の賞味期限を確認して手前に寄せ、その奥へ新しいものを並べていく。コンビニの仕事の中では品出しが一番好きだった。黙々と手を動かせば完了していく。反対に柊が苦手なのは接客であった。バイトを始めたばかりのころは「もうちょっと愛想よくできないかな……?」と教育係の店長から三度ほど言われたものだった。十ヶ月ほど前のことだ。何度言っても良くならないことに気がついた店長は早々と諦めてくれたらしい。妥協と言ってもいいのかもしれない。愛想よくすることはできない反面、物覚えは悪くないし土日や大型連休でも休み希望を出すことはなかった。雇い主の理想通りの人間など存在するはずもなく、使い勝手の良さから欠点も許容してもらえたのだろうと柊は勝手に推測していた。柊本人からしてみても特別向いていると思っているわけではない。しかし大きな不満も抱いていなかった。家の外にやるべきことを求めただけであり、またそのついでに金がもらえるなら柊はそれでよかった。
全てのパンを棚へ収めた柊は青い折りたたみコンテナを持ち上げてバックヤードへと向かう。カウンター横を通り抜けようとしたときレジに入っていたバイトの大学生が声をかけてきた。
「柊くん、あと十分だよね。なんか揚げようか?」
「……じゃあ唐揚げ棒で」
はいよー、と気の抜けた返事をしながら彼はフライヤーの準備を始めた。柊よりもずっと前から彼はこのコンビニでバイトをしている。平日の夜は一緒に働くことが多く、柊がバイト終わりにいつも夕食を買っていくことを彼は知っていた。柊は折りコンを片付けながら回収した賞味期限間近のパンを眺めた。焼きそばパンが二つとクリームパンが一つ。どちらも今の気分ではない。廃棄を貰わずなにか買おうと考えながら店内へ戻る。唐揚げ棒を揚げる音と匂いがすぐに店内へ充満した。そういえば昼に食べた姫ヶ谷家の唐揚げは美味しかったな、などと振り返る。とっさに唐揚げ棒と口に出たのはそのせいかもしれない。せっかくだから米が食べたいな、などとぼんやり考えながら、慣れた手つきで揚げ物をする先輩を眺めていた。数秒もすると電子音とともに自動ドアが開く。もはや癖のように「いらっしゃいませ」と柊は言った。入ってきたのは百八十センチを超える長身と後ろに向かって撫で付けられた金髪、そして柊が毎日身に着けているものと全く同じデザインのブレザー。どう見ても姫ヶ谷である。なぜここに彼が現れるのか。偶然だろうか。しかし姫ヶ谷がこのコンビニを利用しているところなど柊は見たことがない。
「迎えに来たぞ。十時までだろう?」
今日こそは公園に寄らず家に帰る。そうすれば平穏なまま一日を終えることができる。ほんの数秒前まで柊はそう信じていた。
「なんで知ってるんだよ」
「高校生なのだから十時までしか働けないだろ」
「そうじゃなくてなんで俺のバイト先をお前が知ってるんだよ」
「……聞きたいか?」
その顔があまりにも得意げだったので、柊はとっさに「いい。喋るな」と制した。どうせこいつはカースト上位の陽キャなのだ。情報網などいくらでもあるのだろう。多少学校から離れた場所とはいえ同校の生徒が全く利用しないわけではないのだ。しかし柊の制止なぞロクに聞かず姫ヶ谷は得意げに語りだした。
「昨日の君の様子から推測したんだ。学校の制服とは別の黒いパンツを履いて、上に羽織ったパーカーのジッパーを首元まで上げている。わざわざ着替えた割には格好が地味だ。そして十時を過ぎた時間にあの公園に居たわけだろう? だからバイト帰りに制服を隠す服装をしているのではないかと思ったんだ。持っていたレジ袋のロゴでどこのチェーンなのかはすぐに分かった。公園から一番近い店舗がここだ。つまりバイト帰りにここで買っているだろうから十時より前から張っておけば捕まえられる、と思って来たら君がレジに立っていたわけだ」
予想に反して人脈ではなく頭脳のほうで突き止めてきたらしい。しかしこの際どちらでも関係ない。バイト先がバレたということは学校外でも姫ヶ谷から接触してくることが容易になったと同意義である。柊は頭を掻きむしった。
「どうせ今日も外で夕食を食べるのだろう?」
姫ヶ谷に会わないよう自室で食べる予定だったが彼がそんなことを知るはずもない。無視して帰ることもできるがその場合は家までついてこられる可能性がある。それだけは絶対に避けたい。無言で頭を抱える柊のとなりから、随分とのんきな声が聞こえてきた。
「お友達も食べるかい?」
先輩が突き出した唐揚げ棒を見て、姫ヶ谷が「頂こう」とうなずく。友達じゃない、と柊は否定したかった。
「なんか話すの? 外は危ないからイートインスペース使いなよ」
「ありがとうございます」
柊の気も知らずほのぼのと話す二人を無視して時計を見る。すでに十時を数分ほど過ぎていた。とりあえず上がります、と声をかけて柊はバックヤードへまた戻った。ロッカーを開けて、外した名札を放り込む。パーカーを雑に羽織ってジッパーを上げた。そのまま鞄を持って店内へ戻る。おにぎりの棚から適当に二つ掴んで先輩の前へ置いた。
「唐揚げ棒は俺のおごりね」
「……ありがとうございます」
「はい、一本ずつ」と紙のパッケージへ入れて渡してくれる。柊はおにぎり代だけ支払って店の奥にあるイートインスペースへ向かった。カウンター風の長机と椅子がガラス張りの壁に向かって置かれているが今の時間は誰も利用していない。その更に奥のスペースに小さなテーブルが二つ並んでいる。それぞれに椅子が二つずつ向かい合うように設置されていた。そのうちの一つに姫ヶ谷が座って待ち構えている。その前には一冊のノートが置かれていた。柊は無言で近づいて買ったばかりの夕食を机の上に置いた。
「君はもう少しちゃんとした食事を摂ったほうがいいぞ」
「うるせ」
姫ヶ谷の向かいの椅子を引く。安っぽいそれは床と擦れてガタガタと大きな音をたてた。思えば柊がこのスペースを利用するのは初めてであった。利用する客は何度も見てきたがその度に、コンビニの中で落ち着けるのかと疑問をいだいていた。しかし実際に座ってみると存外悪くない。二人がけのここは奥まっているぶん買い物客がうろつくスペースからは視界が遮られている。柊は唐揚げ棒をひとつ姫ヶ谷に差し出しだ。彼が右手でそれを受け取ったので、柊はベリベリとおにぎりを一つ剥き出す。
「放課後にまた会ってきた。ちょうど人気がないときを狙って話してきたぞ。お前が協力してくれることを伝えたら、新しい情報もたくさん教えてくれたんだ。だからそれも含めて書いてきたぞ!」
ほら、と姫ヶ谷は片手で唐揚げ棒を持ったまま、反対の手でノートをこちらの前へ押し出してくる。協力するなんて言った覚えは微塵もないのだが、まあ見るだけならと柊はおにぎりにかぶりつきながら片手でノートの表紙をめくった。そこには堅苦しい筆跡が箇条書きでずらりと並んでいる。
・四月十九日に初遭遇
・接触は昨日で三回目
・公園の裏手にある病院で亡くなった
・死因は癌
・死亡日時は不明だが、桜はまだ咲いていなかったらしい
・公園で毎日素振りをしていた野球青年の試合を見たがっている
・素振りをしているのは午前十時半前後
そこまで読んだ柊は続きを読むよりも先に姫ヶ谷を指さした。
「お前、十時半って。なんでそれで高校生とか言ったんだよ」
「それはさっき聞いたんだ。俺も驚いた」
「やっぱ定年後のジジイだろこれ!」
「だとしたらなんで今は公園に来ないんだ?」
「死んだんだろ。ジジイだし」
露骨に渋い顔をしている姫ヶ谷を無視して、柊は一つ目のおにぎりを咀嚼し終えた。間髪入れずに二つ目を開封する。
「野球できるほど元気な人がそんな急に死なないだろう」
「死ぬだろ、普通に」
真っ黒な三角形の頂点をめがけて柊はがぶりとかぶりつく。乾いた海苔はべったりと上顎に張り付いた。それが不愉快で柊はつい顔をしかめた。
「……もし亡くなっていたら、誰なのかを突き止めたうえで過去の映像を入手しなければいけなくなる。なにより彼女が悲しむだろう。ひとまずは希望のある方向で考えてくれないか」
剥がれた海苔を米ごと咀嚼して飲み込む。さすがに乱暴すぎる物言いだったかもしれない。柊は少しばかり反省しつつもずっと持っていた疑問を口にした。
「そもそもなんで成仏させたいんだ? 別に見ず知らずの他人なんだよな?」
「人が困っていたら助けるのは当然だろう」
「それにしたって限度があるだろ。道案内じゃないんだから。何日もかけてお前が解決してやる義理はないだろ」
姫ヶ谷が言い淀んだので、柊は左手を唐揚げ棒へ伸ばす。持っただけで香ばしい匂いが漂ってくるそれを口に含んだ。まだ温かく衣がカリカリとしていて、噛んだ瞬間に肉汁が口内に広がる。昼間に奪った唐揚げも美味しかったが、やはり揚げたてが一番だな、と柊は堪能しつつおにぎりと交互に食していった。
「成仏していない、ということはこの世に未練があるということだ」
「うん」
「そしてずっと留まっているということは、自力で解決できないからだろう」
「うん」
「なのに大半の人には存在すら認識されない。ずっとそこに一人で留まるほかないんだ」
そんなのあまりにも辛いだろう、と姫ヶ谷はぽつりと呟いた。柊は目を瞑った。誰も居ない自宅の部屋で、皆が机に向かう教室の隅で、活気ある声が飛び交うグラウンドで、誰にも気づかれることなくぽつんと佇んでいる姿を想像してしまう。柊は再度ノートを見た。年配の現国教師みたいな字を何度も読み返す。何か取っ掛かりを、と思い視線を何度も往復させる。しかしそんな時間帯に素振りをしている人物像をどうにも思い浮かべることができない。その代わりに別のことに気がついた。ノートの裏、つまり次のページに何かが書かれているのだ。何行も跨ぐように大きく線が引かれており、黒一色で書かれたこのページと違い赤や青が透けて見える。少なくとも文字列ではなさそうだ。
「これ裏にもなんか書いてあるよな?」
「ああ、絵も描いてきた。君は彼女を見られないだろう? だから彼女の姿と、あとヒアリングした内容から俺が想像した探し人の姿だ」
柊はページを一枚めくった。そしてすぐ表紙ごと閉じた。見間違いかもしれない。想像もしていない絵がそこには描かれていた。
「なぜ閉じる?」
「いや、ちょっと。思ってたのと違ったから」
もう一回ちゃんと見るわ、と柊はまたノートを開いた。やはり幻覚ではなかったらしい。先程見たものと同様のものがそこにある。
「ど下手くそにも程があるだろ」
幼稚園児でももうちょっと上手いぞ、と柊は続けて言う。左右のページに一人ずつ、かろうじて人だと分かるものが描かれている。左のページは約二頭身。頭の部分がグレーで塗られており、体はピンク色だ。足元の緑はおそらく芝であろう。反対の右側は約三等親で、頭に謎の出っ張りがある。頭部と体は黒色で、手らしきものから茶色い棒が伸びていた。
「左がばあさんで右が野球だよな?」
「見れば分かるだろう」
「分かんねーから聞いてんだよ」
なぜ字は上手いのに絵はこんなにも下手なのか。そしてなぜこの未就学児クオリティの絵を恥ずかしげもなく人に見せられるのか。優等生の脳みそはさっぱり理解できないが、柊に残されている手がかりはもはやこれしかなった。目についたことを質問して情報を引き出すほかないのだ。ひとまず幽霊の見た目はあまり関係がないだろう。柊は右ページの絵を見ながら姫ヶ谷へ質問していくことにした。
「まずこの頭の出っ張りはなんだ?」
「帽子だが」
「この茶色い棒は……」
「バットに決まってるだろう。他に何がある」
「じゃあなんでバットの真ん中が白く抉れてるんだ?」
「いや普通にボールだが」
出来の悪い生徒を前にした教師の如く冷たい様子で姫ヶ谷は淡々と返事をしてくる。理解できない柊がおかしいと言わんばかりの目に異を唱えたくて仕方がないが、柊はぐっと我慢をして質問を続けた。
「なんで素振りでボールを書くんだよ」
「打ってたらしいぞ」
「……は?」
「だからこう、自分で投げてコツンとやっていたらしいぞ」
姫ヶ谷は片手で下からボールを投げる仕草をしたあと、手を揃えて横で振った。
「トイレの壁に向かって打って、拾ってまた打って、と繰り返していたらしい」
「それ素振りって言わないんだよ……」
姫ヶ谷がしてみせた動きはどう見ても素振りではなくノックであった。つまり「公園で素振りをする男性」という前提条件からすでに間違っていたのだ。野球に詳しくないにしてもそのくらいの区別はついてほしかった。柊は文句を言おうとしたが、そこにまた別の疑問を解決する糸口を見つけた。
「お前、野球なんにも分からないんだろ」
「ああ」
「だから俺に声をかけてきたな?」
姫ヶ谷は小さくうなずいた。柊はこらえきれず舌打ちをした。それでも収まらず手元にあったおにぎりの包装紙をぐしゃぐしゃと握りしめて机の上に放り投げる。あの日、柊に見つかったことを知った彼はいったいどんな心境であったのだろうか。結局は最初から柊の過去を利用するつもりで近づいてきていたのだ。姫ヶ谷は柊の名を知っていた。であれば柊篤司と野球の関係を知らないはずがない。だから今回の件で協力を頼めばそれで柊が嫌な気になることだって分かるはずなのだ。それを承知で声をかけてきた事実がまた輪をかけて腹立たしい。
「すまん」
「謝るくらいなら最初からやるなよ」
いるかも分からない人のために古傷を穿られる身にもなってほしい。しかしすでにカサブタを剥がされたも同然であった。であればもう与えてしまおう。柊を傷つけてでも得ようとしたのは姫ヶ谷自身なのだから。
ノックの練習をしていたのであれば十中八九指導者側だ。わざわざ練習をしているのだから指導歴は長くない。練習をしていた時間帯的に教師はありえないから、急に部活を任されて練習をしていた、という線は外していい。そうなればほぼ少年野球のコーチ一択だろう。しかしあれは大半がボランティアだ。だから日中は働いている者ばかりなのだが、世の中にはそれを休んでいる者だっているはずだ。柊が導き出したシナリオは下記の通りであった。
「休職、ないし休学中の若者が人に誘われて少年野球のコーチになった。で、四月から社会復帰したからもう公園には来ていない。……この線が無難じゃないか?」
「……探せるか?」
探せるだけの人脈は当然ある。しかしその中で柊が自ら声をかけたい人など片手ほども居なかった。
「いいよ。二、三日まってろ。見つかったらこっちから連絡する」
姫ヶ谷の返事を意図的に聞かぬまま、それどころか意図的に顔さえ見ないようにしながら柊は席を立った。椅子の脚が床と擦れて大きな音をたてる。机の上のゴミをかき集めてさっさと出口へと向かう。自動ドア横のゴミ箱にそれを突っ込んでから外へ出た。店舗の明かりを背に、一台も止まっていない駐車場を足早に抜ける。時刻は二十三時を過ぎようとしていた。
昼の校舎裏はいつもと変わらない。例年通りの心地よい日差しの下、今日こそはと柊は意気込んで隣の様子を伺っていた。数分前に置いた猫缶はとっくに空になっており、その横で黒猫が一匹丸くなっている。柊は右の手のひらを開いて地面スレスレまで下げた。怖がらせないよう少しずつ右手を近づけていく。そうして距離を詰めて、耳と首のちょうど中間あたりの毛に指先がほんの少しだけ触れた。黒猫は素早く顔を上げた。それと同時に柊も硬直する。しかし黒猫は逃げ出すことなくまた頭を前足の上へ戻して目を閉じた。柊は息を呑んでさらに手を伸ばす。中指の腹で耳の裏をこするも猫はそこでじっとしていた。柊は柔らかな毛と皮の感触を楽しみながら喜びを噛み締める。この黒猫と昼食を共にするようになって数ヶ月が経っていた。手のひら全体を使って頭を撫でる。やはり抵抗されなかった。柊は自分の口元が緩んでいることに気がついていたが、いつもと変わらず校舎裏には誰もいないのでそれを良しとした。
コンビニで話をしてから三日後、柊は以前交換させられたメッセージアプリで一つの動画を姫ヶ谷に送った。とある少年野球チームの試合の映像で、ベンチには二十代半ばほどの黒い帽子を被った男が映っている。男子小学生たちに声をかけながら応援をしている。そして一人の少年が打ったホームランで大層喜んでいる様子が録画されていた。姫ヶ谷からは「ありがとう」とすぐに返事が来た。それからは何も言われていないし、姫ヶ谷から会いに来ることもなかった。だからこの校舎裏はまた静かになり、こうして柊は一人で猫と戯れている。
しかしその時間も終わりを告げた。急に猫は跳ね起きて走り去ってしまう。柊は名残惜しげに猫が向かった先を見たが、すでに姿はなかった。仕方なく振り返る。そこには先日と同じ保冷バッグと、もう一つ紙袋を提げた姫ヶ谷がこちらに向かって歩いて来ていた。彼にしては珍しく、何も言わないまま静かに柊の隣へ座ってくる。柊は左手に持ったままのパンを一口齧った。姫ヶ谷はやはり無言で保冷バッグの口を開けて弁当箱を取り出している。そのまま二人は食事を続けた。ときおり中庭の喧騒が届くだけで、校舎裏には風が葉を揺らす音だけがあった。
先に食べ終えた柊はパンの袋をくしゃくしゃと握りしめた。まだ隣で咀嚼している姫ヶ谷に、しかたなく言葉を投げかける。
「どうだったんだよ」
姫ヶ谷は箸を止めた。左手に持っていた弁当箱を膝の上に置く。いつもはこちらが背けたくなるくらい目を合わせて話してくるくせに、今日は下を向いたままだった。
「合っていたらしい。成仏したよ」
「そっか」
「君のおかげだ。ありがとう」
ならば目を見て嬉しそうに言えばいいのだ。姫ヶ谷は左手で弁当箱と箸を抑えながら、自身の隣に置いてあった紙袋を手に取る。
「タダで手伝ってもらうのも申し訳ないと思ってな」
大したものではないが、と姫ヶ谷は紙袋を差し出してくる。クリーム色のそれは有名な洋菓子店のものであり、柊は受け取るのを一瞬ためらった。甘いものは好きではなかった。なんと伝えるべきか迷って顔をあげるとやっと姫ヶ谷と視線があう。その目があまりにも寂しそうだったので、柊は無言で受け取ることにした。中には当然小綺麗な箱が入っている、という柊の予想は外れた。入っていたのは小さなヤカンのようなものと、掌サイズの謎の金属製物質、そして丸っこくて黒い缶であった。
「なんだこれ」
「シングルバーナーとケトルだ。俺の父が使ってたんだが、新調したらしいので貰い受けてきた」
ふーん、と姫ヶ谷は角度を変えながらバーナーを眺めた。しかしなぜこれを自分に寄越そうと思ったのか分からない。
「それがあればお湯が沸かせる」
「ほう」
「つまり校舎裏でも公園でもカップ麺が食える。たまには温かいものも食べたいだろう」
なるほど悪くない。柊は早速取り出してガスカートリッチをバーナーの下部へセットする。地面に置いてレバーを回すと、シューっとガスが出る音がした。
「どうやって火つけるんだ?」
「こっちが点火レバーだ」
姫ヶ谷に教えてもらいながらもう一つのレバーを押すとしっかり火がついた。そのまま姫ヶ谷に使うときの注意事項や消火の仕方を教えてもらう。「まあ、ありがたく貰っとくわ」と柊が何気なく言うと、やっと姫ヶ谷の表情が緩んだ。
「悪かったな。巻き込んだ上に嫌なことまでさせてしまった」
確かに動画入手のためとはいえ旧友に連絡をするのはためらったし、いい気分では決してなかった。しかし柊にとって誰かと一緒に、誰かに求められて何かをしたのは久々でもあった。その過程で最後に嫌な役回りがあっただけのことであり、コンビニで話した直後こそ腹立たしく思っていたもののそれを理由に今回手伝ったことを後悔したり、巻き込んだ姫ヶ谷の印象が悪くなったりはしていないのだ。なによりこうしてバカでも分かるほど姫ヶ谷が申し訳なさそうにしてお礼の品まで持ってきている。
「別にいいよ。怒ってねえし」
そうか、なら……と続ける姫ヶ谷の言葉を小さな声が遮った。にゃあと鳴きながらそいつはトコトコ歩いてこちらに向かってくる。それを見るなり表情を凍らせた姫ヶ谷は弁当を手に座ったまま後ずさった。可愛い子の帰還に柊は喜んで手を差し出す。しかし猫はそれを無視して姫ヶ谷へ寄っていった。姫ヶ谷は今度こそ立ち上がってさらに距離を取った。
「なんで逃げるんだよ」
「猫は苦手なんだ」
悪いが追い払ってくれないか、と柊に懇願するので「やだ」と一蹴した。でかい図体のやつが猫に怯えてる姿はなかなか面白いな、と柊は座ったまま静観することにした。
柊は二十二時までバイトをしているのは単純に家へ帰りたくないからである。バイト終わりにこうして公園で飯を食うのも、やはり家に帰りたくないからである。とはいえ高校生の身で家から飛び出す行動力はなく、毎晩きちんと帰宅していた。風呂に入ってさっさと眠り、目が覚めたらさっさと家を出る。健全とは言い難いが指導されるほどでもない。柊はそうやって教師からも親からも逃げていた。
ベンチの斜め前に設置された背の高い時計は丸くぼんやり光を放っている。針は十時三十二分を指していた。食べ終わった中華まんのゴミをレジ袋へ突っ込んで柊は立ち上がる。ゆっくりと両肩を回してから柊はパーカーのポケットへ両手を入れて歩きだした。春とはいえ四月の夜はまだ寒い。柊は身震いをして足を早めた。均等に配置された街路灯は灰色の石畳と、その隙間から顔を出す丈の短い草を照らしている。それらをスニーカー越しに踏みしめて柊は進んだ。聞こえるのは自分の足音と風が枝を揺らす音、そして名も知らぬ鳥の鳴き声だけであった。柊は人気のなさを不気味に思わない。むしろ心地よく感じていた。
公園と道路の間に作られた小さな門が視界に入るころ、柊はふと足を止めた。周囲を見回しながら耳を欹てる。それは人の声であった。小さくて、優しくて、どこか聞き覚えのある声であった。柊は音を立てないようすり足で声のするほうへ近づいていく。舗装された道から少し脇へ入った、いくつも植わっている木の一つに凭れかかっている人がいる。柊は一瞬面食らったが、すぐに口元がをにやりと歪めた。百八十センチを超える長身に、後ろに向かって撫で付けられた金髪、そして柊が毎日着ているものと全く同じデザインのブレザー。柊は彼を知っていた。むしろうちの高校に通っていて彼を知らない人などいないだろう。同じ高校に通っていようが柊と彼は違う。問題児スレスレの位置にいる柊が夜中近くに公園にいるのと、優等生の代名詞とも言える存在である彼がここに居るのとでは意味合いが大きく変わってくるのだ。恨むのであれば己の特徴的な容姿を恨むべきだろう。愛瀬か非行か、別にどちらでも構わない。舗道から外れたそこは街路灯の光があまり届かない。空に輝く月や星々の光も枝葉が遮ってしまっている。柊は息を潜めて近づいていく。優等生の弱みを握れるかもしれないという期待と、人の裏側が見えるかもしれないという好奇心が柊を前に押し進めた。彼の声はもうはっきりと聞こえてくる。
「ええ、分かります。ただ、それをどう伝えるかが問題だな」
柊は必死に目を凝らした。しかし腕を組んで話す彼の前には誰の姿もない。彼はただ一人、誰も居ない空間でしきりに相槌を打ちながら会話を続けていた。なぜ姿が見えないのか、柊は眉をひそめつつ更に一歩近づいた。やはりそこには誰もおらず、彼はただ不気味に一人で喋っていた。気持ちが悪い。そう思って柊は身を引いた瞬間、己の横でがさりとレジ袋が音を立てる。同時に彼の会話が途切れた。柊は咄嗟に身を翻して駆け出した。静かな公園に自分のスニーカーが地面を打つ音と、ビニールがガサガサと喧しく擦れる音だけが響く。門を抜けてもやはり人気はない。ところどころ明かりのついた住宅と街路樹の間を走り抜け、柊はやっと大通りへ出た。振り返った先には誰もいない。立ち止まって息を整える柊の横を、ヘッドライトをつけた車が通り過ぎていった。右手に提げたままのレジ袋を中のゴミごとくしゃくしゃに丸めてパーカーのポケットへ突っ込む。見なかったことにしよう。そう思いながら柊はゆっくりと家へ向かって歩き出した。
姫ヶ谷・アレクサンダー・太は我が校の有名人である。高校受験を経て入学してきた彼はたちまち噂になった。百九十センチ近い長身に骨格からして分厚い体躯、そして金色の髪をかき上げて後ろへ撫でつけているその容姿から連想するものはみな同じであった。
「なんかスーパーマンみたいなやつが来た」
どんなだよと容姿を確認しに来たやつらは一目見て笑いながら自分の教室へ帰っていく。
「あいつ名前なんて言うの?」
「ひめがやアレクサンダーふとしだって」
「どんなだよ」
エスカレーター式で上がってきた中受組は口々に彼の噂を口にしながら高校生活を始めることとなった。一年前の話である。特進クラスの姫ヶ谷と普通科の柊は交流する機会などあるはずもなく、しかし噂だけは嫌でも耳に入ってくる。だから一方的に認知しているだけであり、特に関わることもなく三年間が過ぎていくものだと柊は思っていた。
昼休みの中庭は騒がしい。四月ともなれば尚更である。浮かれた顔をした一年生たちは昼食が入った色とりどりの保冷バッグを片手にこぞって連れ立だっている。彼らを避けながら柊は早足で校舎裏へと向かっていた。テラス席もベンチもないそこへ向かう者など柊以外にいない。それでも柊はいつも校舎裏で昼食をとっていた。中庭にはない素晴らしいものがそこにあるからだ。
大きな校舎を挟んでいるにもかかわらず中庭の喧騒がここまで届く。柊は到着するなり校舎のそばへ腰を下ろした。紺色のミニバッグから小さな缶を取り出すと、それをカツカツとアスファルトへ打ち付けながら周囲を見回す。すると茂みから一匹、真っ黒な猫がこちらに向かって歩いてくる。柊はほんの少しだけ口元を緩めながらプルタブに手をかけた。金属音のあとに猫餌独特の、魚のような匂いが広がる。地面においてやると猫はためらいなくそこへ顔を突っ込んだ。柊はまたミニバッグへ手を入れる。登校途中にコンビニで購入した焼きそばパンを取り出して袋を開ける。それをかじりながら柊はひたすら猫を眺めていた。サイズからして成猫で間違いないだろう。柊がこの猫と出会ったのは半年ほど前のことだ。人目を避けて校舎裏でもそもそとパンを齧っていた柊に、よこせと言わんばかりにニャーニャーと鳴いてきたのがこの猫であった。それ以来柊は自分の昼食と一緒に猫缶を買うようになった。首輪をしていないから野良なのだろう。本当は連れて帰りたいが今の柊には難しい。だからこうして一緒に昼飯を食べるだけにとどまっている。
さっさと食べ終えた猫は柊の横で寝転んでいる。そろそろ撫でられるのではないだろうか、と思いつつ逃げられるのが嫌で柊はいつも眺めるだけに留めていた。しかし今日こそ、と手を伸ばした瞬間、猫はパッと顔を上げて柊の横から走り去ってしまった。行き場のない手を宙にとどめたまま柊は目線で猫を追う。とっくに姿が見えなくなった猫と入れ替わるように柊へ大きな影が落ちた。顔を上げた柊は思わず「げ」と声が出る。そこに居たのは姫ヶ谷であった。
「探したぞ。まさかこんなところに居るとはな」
姫ヶ谷は平然と隣へ腰を下ろしてくる。手持ちの鞄から大きな弁当箱を取り出した。まさかここで食べる気なのだろうか。柊は今すぐ逃げ出したかった。
「なんの用だよ」
「昨日、公園に居たのは君だろう」
柊は舌打ちしそうになった。顔を見られる前に逃げたつもりだったがどうやらバレていたようだ。
「あそこで何をしていたんだ?」
「別になにも。バイト帰りにちょっと寄っただけだ」
そうか、と言いながら姫ヶ谷は卵焼きを口に運んでいる。あんな時間に一人で公園に居たのは姫ヶ谷も同じであり、どう考えたってそちらのほうが不自然なのだ。なのになぜ自分が質問される側なのか、柊は非常に納得がいかなかった。そもそもなぜ姫ヶ谷はあの場に居たのが同じ高校の同級生である自分だと気がついたのだろうか。制服は着ていなかったし、今まで一切の関わりがなかったのだ。ちらりと見ただけで明確に当てられるとは到底思えなかった。姫ヶ谷はそれ以上なにも言わずに黙々と弁当を食べている。
「お前さ、なんで俺だって分かったの。ていうかなんで俺のこと知ってんの」
「同級生の顔と名前くらい当然覚えている。普通科の柊だろう?」
なにが当然なのだろうか。柊は半分も覚えていない。面倒なやつに見つかったな、と柊は舌打ちしそうになったが、その発想をすぐに思い直した。自分が姫ヶ谷に見つかったのではない。姫ヶ谷が自分に見つかったというのが正しいだろう。なのに姫ヶ谷はひたすら隣でバクバクと飯を食っている。柊はとにかく現状が気に食わなかった。
「で? 用はそれだけか? 済んだならよそで食えよ」
「むしろ君は聞いてこないのか。はっきりと見ただろう昨日の俺を」
「見たけど。聞いたら教えてくれるのかよ」
「どう思った?」
は? と柊は聞き返す。だから、昨日の俺を見てどう思った? と姫ヶ谷は再度尋ねてきた。
「まあ、普通に気持ち悪いなって」
「だろうな」
わははと大口を開けて姫ヶ谷は笑った。不審者の自覚はあるらしい。しかし問題はそこではない。なぜそんなことをしていたのか、だ。
「はっきり言う割には聞いてこないんだな」
「聞いたら答えるのかよ」
「昨晩からずっと考えていた。知らないまま変な噂を流されるくらいなら自分からはっきり言ってしまったほうがいいと思ってな。だから君を探してここに来たんだ。ただ……」
言いよどむ姫ヶ谷の横顔をじっと見つめながら柊は次の言葉を待つ。昨晩から考えているのは柊も同じであった。しかし微塵も思いつかなかったのだ。誰も居ないところへ向かって話しかけるなど、電話以外に思い浮かばない。しかし昨日の彼はスマホなど手にしていなかった。いったい誰とどうやって話をしていたのか。昨晩からの謎が今、本人の口から解明されようとしていた。
「君は幽霊を信じるか?」
「微塵も信じない」
「そうか」
それは残念だ、と姫ヶ谷は弁当箱へ蓋をした。あまりにも単純でくだらない。柊は空の猫缶を拾って立ち上がった。
「もう教室へ帰るのか」
「うるさい。お前には関係ないだろ」
柊は彼を置き去りにしてその場を離れた。中庭の喧騒は鳴り止むことを知らず、浮かれた生徒たちの声がいまだ柊の耳へ届いてた。
もはや癖になっているのだろう。柊の苛立ちは終業後も収まることはなく、おそらく今日のバイト中は過去最高に愛想がなかったに違いない。別に普段から愛想など皆無だが、買い物に来た女子中学生の集団がレジへ来た途端に目に見えて怯えていたときは流石に柊もまずいと思った。クレームにならなければいいが、と心配すると同時に、なぜ知らないやつのくだらない話が原因で自分がクレームの心配をしなければならないのかと柊は余計に苛立った。交代で来た夜勤の従業員への挨拶もそこそこに柊はコンビニを後にした。心を落ち着かせようと無心で歩いて行き着いた先はいつもの公園であった。今日は寄らないつもりだったのに、と思ったときにはもう遅い。毎日嫌というほど見ているブレザーを身にまとった人物が門の前で仁王立ちしていた。姫ヶ谷である。
「結局気になってるじゃないか」
上機嫌な声が死ぬほど腹立たしい。柊は無言で踵を返した。しかしあっさりと後ろから手首を掴まれてしまう。柊は逃れようと腕を振った。しかし微塵も解けない。
「離せ。別に気になって来たわけじゃない」
「じゃあなんだ。嫌ならわざわざ来ないだろう」
「俺はここで晩飯を食うのが日課なんだよ。お前のことは関係ない」
「じゃあ食べながら一緒に来ればいい」
姫ヶ谷は手首を掴んだままズンズンと公園内へ向かって歩いていく。柊は必死で抵抗するも引きずられるように進まざるを得なかった。見た目通りの馬鹿力である。
「ところでなぜ君は幽霊を信じていないんだ? 怖いからか?」
「は?」
「恐ろしい存在ではないぞ。ただ少しやり残したことがあるだけだ。見た目だって普通の人と変わらない」
「別に怖くない! 見えないし聞こえないものをどうやって信じろっていうんだよ!」
「俺が見たまま聞いたままを教えてやる。つまり君は俺を信じればいい」
「お前じつは馬鹿だろ!」
柊を引きずっていた姫ヶ谷はふと足を止めた。そのまま体を反転させてこちらを向く。その顔を街路灯が照らした。その表情が喜びを必死に抑えているようにしか見えず、柊はふと体の力が抜けてしまった。
「ずっと誰にも言えなかったんだ。君は信じていないと言っているが、でもこうして来てくれた」
食べながら横に居てくれればいい。そう言って姫ヶ谷はまた足を進める。いつの間にか手は離されていた。柊はその後ろを、ゆっくりと自分の足でついていった。月明かりに照らされた舗道を静かに二人で進む。いつもと違ってバラバラに鳴る二人分の足音がなんだか落ち着かなかった。
昨日ちょうど柊が覗いていた場所から、姫ヶ谷が脇へ入っていく。木の陰を覗き込んで、姫ヶ谷は「こんばんは」と手を振った。やはりそこには誰もいない。
「高校の友人が一緒に来てくれたんだ。まあ、彼はあなたが見えないんですけど」
そう空虚に向かって自分を紹介する様子に、柊は困惑した。しかしなにもせず突っ立っているのは気が引けるので姫ヶ谷が見ている方向へ当たりをつけて会釈した。そして聞き捨てならない単語が聞こえたのできっちり否定することにした。
「べつに友人ではないだろ」
「友達だろ。昼間に一緒に飯食っただろう?」
「……じゃあ一緒に給食たべてた小学校のクラスメイトどもは全員友達か?」
姫ヶ谷は小首をかしげて「当たり前だろう?」と言った。柊からしてみれば「そんなわけがない」のだが、姫ヶ谷からすれば「当然」なのだろう。柊は反論したかったがおそらく彼には通じないので黙ることにした。そして学校一の有名人兼優等生に自分が友人認定されたことがなんだかシンプルに嫌だった。
そのまま姫ヶ谷は『幽霊』とやらと会話を始める。当然柊には相手の声が聞こえないので、姫ヶ谷を観察することにした。
まず、多少砕けるときもあるが基本的に姫ヶ谷は敬語で話している。そして向けている視線が低い。柊と会話するときよりさらに下を向いている。だから相手は背の低い年上の女性、もしくは背の曲がった老人ではないだろうか、と柊は推測した。同じことを大きな声で言い返す様子はないので耳は遠くないのだろう。しかし柊は幽霊というものがいまいち分からない。生前耳が遠かったら死後もそのままなのか、それとも治るものなのか。後者だとしたら背が曲がっているのも治るのでは? などと少ない判断材料を脳みそでこねくり回していた。
それにしても随分優しげに話すな、と柊は再度姫ヶ谷を見た。この幽霊と会うのが何回目なのか柊には分からないがすでに親しいようだ。柊は数時間前の、初めて姫ヶ谷と会話をした昼休みを思い出していた。あのときはガタイの良さもあって随分な威圧感を感じていたが、今なら分かる。あのときの姫ヶ谷は緊張していたに違いない。柊はしばらく姫ヶ谷を観察していたがやがて飽きて夕食を食べることにした。提げていたレジ袋からツナマヨのおにぎりを取り出して包装を剥く。姫ヶ谷は急にガサガサと音を立てる柊を気にすることなく会話を続けていた。それを適当に聞き流しながら、柊は黙々とおにぎりを頬張った。
「ではまた来ます。はい。分かってますよ」
それでは失礼します、と姫ヶ谷は頭を下げた。ちょうど柊が二つ目のおにぎりを食べ終わったころであった。話し終わったのか、と柊が尋ねると小さくうなずく。
「もう遅いからまっすぐ家に帰れ、だそうだ」
公園の出口へ向かっていく姫ヶ谷に続こうとしたが、柊は一応振り返って頭を下げた。別に信じた訳ではない。姫ヶ谷があまりに自然と会話をしていたから念のためにやっただけである。帰るぞ、と後ろから声をかけられて柊は小走りで姫ヶ谷に駆け寄った。
先程と反対方向へ舗道を進む。どんなやつなんだ? と柊が尋ねると姫ヶ谷は「うーん」と唸った。
「どんな、と言われてもな。別に普通の人だぞ」
「普通ってなんだよ。とりあえず年齢と性別は?」
「ああ、そこからか」
「当たり前だろ。見えないんだから」
「……というか信じてないんじゃなかったのか?」
「別に信じたわけじゃない。つき合わせたのはお前なんだから説明くらいしろって意味で言ってるんだ」
「はいはい。年配の女性だよ。見た目からして八十歳前後じゃないか?」
はいはいってなんだよ、と柊はその言い方に腹が立ったが聞き流すことにした。
「すぐ裏手に市民病院があるだろう? そこで亡くなったらしい」
「医療ミスか?」
「いや、癌らしい」
「治療方針で家族と揉めたとか」
「なぜ君は物騒な話にしたがるんだ」
「だって幽霊だろ? 成仏してないってことはなんか未練があるんじゃないのか」
「それはそうだが、別に皆がそんな大層な理由ではないぞ」と姫ヶ谷は頷きながらつづけた。
「病室の窓からいつもこの公園を眺めていたらしいんだがな、ここで毎日熱心にバットの素振りをしている青年がいたらしいんだ」
バット、ということは野球であろう。柊は一瞬息を呑んだ。癖のように両手をポケットへ突っ込む。
「で、彼が試合をしている姿が見てみたいそうだ」
「なんだそれ、しょーもな」
別に孫とかじゃないんだろ、と柊は足元の小石を蹴った。地面を跳ねる音は随分と小さいのに、人気がないせいでよく響く。
「君なら心当たりがあると思ったんだが」
「ねーよ」
帰るわ、と柊は彼に背を向ける。柊は昼間に彼が言った言葉を思い出していた。なにが「同級生の顔と名前くらい当然覚えている」だ。その時点で疑うべきだったのだ。中学受験組で自分を知らないやつがいないことは理解していた。しかし高校から入学してきた連中にまで知られていることも考えておくべきだったのだ。とくに姫ヶ谷のような交友関係の広そうなやつは尚更だ。
さっさと門を抜けて柊は公道へ出る。その後ろから柊の名を呼ぶ大きな声と走る音が聞こえてきた。
なんだよ、と振り返ると姫ヶ谷がスマホを手にしていた。
「連絡先を聞くのを忘れていた」
絶対嫌だどうやって断ろう、と柊は瞬時に思った。しかし柊が口を開くより先に姫ヶ谷が動き出す。
「ほらスマホ出せ。どこだ?」
平然と人のポケットへ手を突っ込んでくるので柊は「やめろやめろ! 出すから!」と必死で払い除けた。しぶしぶスマホを取り出して連絡先を交換する。これでいつでも二人は連絡を取れるようになった。これで本当に友人扱いされるのだろう。柊はなんだかシンプルに嫌だった。
猫ならとっくに逃げ去った。
「で、昨日の続きなんだが」
なぜこいつは当たり前のような顔をして自分の隣で昼飯を食べているのか。昨晩の帰り際に結構な塩対応をしたつもりだったが、どうやら姫ヶ谷には通用しなかったらしい。校舎裏の様子は昨日となにも変わらない。姫ヶ谷のやたらとデカい弁当箱には山盛りの唐揚げと茹でたブロッコリー、きれいに巻かれた卵焼きが入っており、それらの隣に詰められた米の上にはたんまりとシャケフレークがかかっている。運動部でもないくせによく食うな、と柊はそれを横目で眺めながら二つ目のパンを開封した。
「体躯的に子供ではないらしいんだ。だから高校生ではないかと俺は思ってるんだが」
「高校球児は毎日公園で素振りしないだろ」
「そうなのか?」と姫ヶ谷は箸をとめる。当たり前だろ、と柊は続けた。
「病室から見てたってことは日が落ちる前だろ? 朝も午後も部活があるだろ。そんな時間に一人で公園へ行って素振りなんてするわけがない」
「あの公園は街路灯が沢山あるだろう。照らされて見えないか?」
「だとしてもわざわざ素振りのために夜の公園に行くか? あいつら朝早いし疲れてるんだから家で振ってさっさと寝るだろ」
草野球やってる定年後のジジイとかじゃねーの、と柊は焼きそばパンの残りひとかけらを口に運んだ。具の焼きそばは食べ尽くしており、ほぼパンであった。姫ヶ谷は無言のまま俯いている。柊の意見を聞いて他の可能性を考えているのだろう。具のないパンを咀嚼しながら柊は彼の弁当箱に手を伸ばした。唐揚げを拝借して一口で頬張る。しっかりと下味がついていて米の進みそうな味だった。
「卵焼きも食うか?」
「いらね」
姫ヶ谷は自分で卵焼きを食べながら、やはりまだ考えているようだった。右の唐揚げを取られたら左の卵焼きも差し出しなさい。こいつは本当に男子高校生なのだろうか。柊は勝手に彼の正体について疑問を抱いていた。
「そもそも幽霊になってからはずっと公園にいるのか? なら素振りしてるやつの顔とか年齢とかはっきり見てるだろ」
「それが亡くなってからは一回も見かけてないらしいんだ」
「あのさ、姫ヶ谷」
「なんだ?」
「情報を後出ししてくるのやめろ」
柊は猫缶を拾い上げて立ち上がった。まだ食事中の彼は箸を持ったまま見上げてくる。その上に柊の影が深く落ちていた。
「相談したいなら分かってる情報全部紙に書いてまとめてこい。それが嫌なら一人で考えろ」
柊が踵を返して立ち去ろうとした瞬間、姫ヶ谷が手を伸ばして足首を掴んでくる。危うく転倒しそうなところを既で踏ん張った。
「あぶねーなふざけんなよお前!」
「書いておくから今日も十時過ぎに公園の前に集合でいいか?」
「いいわけないだろ行かねーよ。せめて明日の昼に持って来い」
柊は必死に片足を振った。手を離した姫ヶ谷は露骨にむくれた顔をしていて非常に腹が立つ。それを無視して校舎裏から立ち去った。予鈴までまだ二十分以上の時間が残っている。教室に戻る気にもなれないが特に行く宛もない。静かなところで昼寝がしたい。未だ騒がしい中庭を足早に抜けながら柊は行き先を考えた。図書室が無難だろうか。校舎へ戻りひたすら階段をのぼる。三階へたどり着き左へ曲がったところで後ろから声をかけられてしまった。
「柊、ちょっといいか」
声ですぐに誰か分かる。それでも無視するわけにはいかないので柊は振り返った。短い髪によく日に焼けた肌。紺色のジャージは袖がまくられており、右手には黒いバインダーを持っている。担任の横溝は困ったように眉を下げていた。
「進路希望のことなんだがなあ。お前、本当に就職でいいのか?」
「はい」
「……お前全然勉強してないだろ? それでも授業にはついてきてるんだから、今からでも真面目にやればそこそこの大学には入れると思うんだ」
「興味ないです。やりたいこともないので」
「親御さんにはいってあるのか? せっかく中学受験させてここに入れたのに高卒で就職じゃ納得してないだろ」
「親は関係ないです」
失礼しますと頭を下げてさっさと柊は立ち去った。横溝は追いかけてはこなかった。そのまま廊下を真っ直ぐ進み引き戸を開ける。図書室は案の定静かであった。カウンターの正面には長い机が三つ伸びており、見知らぬ生徒が三人ほどそれぞれ干渉しない位置に座って本を読んだりノートに何か書き付けたりしている。柊はやはり誰からも遠い位置にある窓際の椅子の引いた。座る前にふと気になって柊は窓の外、下側を覗き込むように見た。そこではまだ姫ヶ谷が一人で黙々と弁当を食べていた。
嫌というほど聞いた音に反応して「いらっしゃいませ」と挨拶をする。自分でも面白いほど感情が籠もっていない。レジにはベテランの大学生バイトが入っている。柊は客へ視線を向けることもなくパンの補充を続けることにした。すでに置いてある商品の賞味期限を確認して手前に寄せ、その奥へ新しいものを並べていく。コンビニの仕事の中では品出しが一番好きだった。黙々と手を動かせば完了していく。反対に柊が苦手なのは接客であった。バイトを始めたばかりのころは「もうちょっと愛想よくできないかな……?」と教育係の店長から三度ほど言われたものだった。十ヶ月ほど前のことだ。何度言っても良くならないことに気がついた店長は早々と諦めてくれたらしい。妥協と言ってもいいのかもしれない。愛想よくすることはできない反面、物覚えは悪くないし土日や大型連休でも休み希望を出すことはなかった。雇い主の理想通りの人間など存在するはずもなく、使い勝手の良さから欠点も許容してもらえたのだろうと柊は勝手に推測していた。柊本人からしてみても特別向いていると思っているわけではない。しかし大きな不満も抱いていなかった。家の外にやるべきことを求めただけであり、またそのついでに金がもらえるなら柊はそれでよかった。
全てのパンを棚へ収めた柊は青い折りたたみコンテナを持ち上げてバックヤードへと向かう。カウンター横を通り抜けようとしたときレジに入っていたバイトの大学生が声をかけてきた。
「柊くん、あと十分だよね。なんか揚げようか?」
「……じゃあ唐揚げ棒で」
はいよー、と気の抜けた返事をしながら彼はフライヤーの準備を始めた。柊よりもずっと前から彼はこのコンビニでバイトをしている。平日の夜は一緒に働くことが多く、柊がバイト終わりにいつも夕食を買っていくことを彼は知っていた。柊は折りコンを片付けながら回収した賞味期限間近のパンを眺めた。焼きそばパンが二つとクリームパンが一つ。どちらも今の気分ではない。廃棄を貰わずなにか買おうと考えながら店内へ戻る。唐揚げ棒を揚げる音と匂いがすぐに店内へ充満した。そういえば昼に食べた姫ヶ谷家の唐揚げは美味しかったな、などと振り返る。とっさに唐揚げ棒と口に出たのはそのせいかもしれない。せっかくだから米が食べたいな、などとぼんやり考えながら、慣れた手つきで揚げ物をする先輩を眺めていた。数秒もすると電子音とともに自動ドアが開く。もはや癖のように「いらっしゃいませ」と柊は言った。入ってきたのは百八十センチを超える長身と後ろに向かって撫で付けられた金髪、そして柊が毎日身に着けているものと全く同じデザインのブレザー。どう見ても姫ヶ谷である。なぜここに彼が現れるのか。偶然だろうか。しかし姫ヶ谷がこのコンビニを利用しているところなど柊は見たことがない。
「迎えに来たぞ。十時までだろう?」
今日こそは公園に寄らず家に帰る。そうすれば平穏なまま一日を終えることができる。ほんの数秒前まで柊はそう信じていた。
「なんで知ってるんだよ」
「高校生なのだから十時までしか働けないだろ」
「そうじゃなくてなんで俺のバイト先をお前が知ってるんだよ」
「……聞きたいか?」
その顔があまりにも得意げだったので、柊はとっさに「いい。喋るな」と制した。どうせこいつはカースト上位の陽キャなのだ。情報網などいくらでもあるのだろう。多少学校から離れた場所とはいえ同校の生徒が全く利用しないわけではないのだ。しかし柊の制止なぞロクに聞かず姫ヶ谷は得意げに語りだした。
「昨日の君の様子から推測したんだ。学校の制服とは別の黒いパンツを履いて、上に羽織ったパーカーのジッパーを首元まで上げている。わざわざ着替えた割には格好が地味だ。そして十時を過ぎた時間にあの公園に居たわけだろう? だからバイト帰りに制服を隠す服装をしているのではないかと思ったんだ。持っていたレジ袋のロゴでどこのチェーンなのかはすぐに分かった。公園から一番近い店舗がここだ。つまりバイト帰りにここで買っているだろうから十時より前から張っておけば捕まえられる、と思って来たら君がレジに立っていたわけだ」
予想に反して人脈ではなく頭脳のほうで突き止めてきたらしい。しかしこの際どちらでも関係ない。バイト先がバレたということは学校外でも姫ヶ谷から接触してくることが容易になったと同意義である。柊は頭を掻きむしった。
「どうせ今日も外で夕食を食べるのだろう?」
姫ヶ谷に会わないよう自室で食べる予定だったが彼がそんなことを知るはずもない。無視して帰ることもできるがその場合は家までついてこられる可能性がある。それだけは絶対に避けたい。無言で頭を抱える柊のとなりから、随分とのんきな声が聞こえてきた。
「お友達も食べるかい?」
先輩が突き出した唐揚げ棒を見て、姫ヶ谷が「頂こう」とうなずく。友達じゃない、と柊は否定したかった。
「なんか話すの? 外は危ないからイートインスペース使いなよ」
「ありがとうございます」
柊の気も知らずほのぼのと話す二人を無視して時計を見る。すでに十時を数分ほど過ぎていた。とりあえず上がります、と声をかけて柊はバックヤードへまた戻った。ロッカーを開けて、外した名札を放り込む。パーカーを雑に羽織ってジッパーを上げた。そのまま鞄を持って店内へ戻る。おにぎりの棚から適当に二つ掴んで先輩の前へ置いた。
「唐揚げ棒は俺のおごりね」
「……ありがとうございます」
「はい、一本ずつ」と紙のパッケージへ入れて渡してくれる。柊はおにぎり代だけ支払って店の奥にあるイートインスペースへ向かった。カウンター風の長机と椅子がガラス張りの壁に向かって置かれているが今の時間は誰も利用していない。その更に奥のスペースに小さなテーブルが二つ並んでいる。それぞれに椅子が二つずつ向かい合うように設置されていた。そのうちの一つに姫ヶ谷が座って待ち構えている。その前には一冊のノートが置かれていた。柊は無言で近づいて買ったばかりの夕食を机の上に置いた。
「君はもう少しちゃんとした食事を摂ったほうがいいぞ」
「うるせ」
姫ヶ谷の向かいの椅子を引く。安っぽいそれは床と擦れてガタガタと大きな音をたてた。思えば柊がこのスペースを利用するのは初めてであった。利用する客は何度も見てきたがその度に、コンビニの中で落ち着けるのかと疑問をいだいていた。しかし実際に座ってみると存外悪くない。二人がけのここは奥まっているぶん買い物客がうろつくスペースからは視界が遮られている。柊は唐揚げ棒をひとつ姫ヶ谷に差し出しだ。彼が右手でそれを受け取ったので、柊はベリベリとおにぎりを一つ剥き出す。
「放課後にまた会ってきた。ちょうど人気がないときを狙って話してきたぞ。お前が協力してくれることを伝えたら、新しい情報もたくさん教えてくれたんだ。だからそれも含めて書いてきたぞ!」
ほら、と姫ヶ谷は片手で唐揚げ棒を持ったまま、反対の手でノートをこちらの前へ押し出してくる。協力するなんて言った覚えは微塵もないのだが、まあ見るだけならと柊はおにぎりにかぶりつきながら片手でノートの表紙をめくった。そこには堅苦しい筆跡が箇条書きでずらりと並んでいる。
・四月十九日に初遭遇
・接触は昨日で三回目
・公園の裏手にある病院で亡くなった
・死因は癌
・死亡日時は不明だが、桜はまだ咲いていなかったらしい
・公園で毎日素振りをしていた野球青年の試合を見たがっている
・素振りをしているのは午前十時半前後
そこまで読んだ柊は続きを読むよりも先に姫ヶ谷を指さした。
「お前、十時半って。なんでそれで高校生とか言ったんだよ」
「それはさっき聞いたんだ。俺も驚いた」
「やっぱ定年後のジジイだろこれ!」
「だとしたらなんで今は公園に来ないんだ?」
「死んだんだろ。ジジイだし」
露骨に渋い顔をしている姫ヶ谷を無視して、柊は一つ目のおにぎりを咀嚼し終えた。間髪入れずに二つ目を開封する。
「野球できるほど元気な人がそんな急に死なないだろう」
「死ぬだろ、普通に」
真っ黒な三角形の頂点をめがけて柊はがぶりとかぶりつく。乾いた海苔はべったりと上顎に張り付いた。それが不愉快で柊はつい顔をしかめた。
「……もし亡くなっていたら、誰なのかを突き止めたうえで過去の映像を入手しなければいけなくなる。なにより彼女が悲しむだろう。ひとまずは希望のある方向で考えてくれないか」
剥がれた海苔を米ごと咀嚼して飲み込む。さすがに乱暴すぎる物言いだったかもしれない。柊は少しばかり反省しつつもずっと持っていた疑問を口にした。
「そもそもなんで成仏させたいんだ? 別に見ず知らずの他人なんだよな?」
「人が困っていたら助けるのは当然だろう」
「それにしたって限度があるだろ。道案内じゃないんだから。何日もかけてお前が解決してやる義理はないだろ」
姫ヶ谷が言い淀んだので、柊は左手を唐揚げ棒へ伸ばす。持っただけで香ばしい匂いが漂ってくるそれを口に含んだ。まだ温かく衣がカリカリとしていて、噛んだ瞬間に肉汁が口内に広がる。昼間に奪った唐揚げも美味しかったが、やはり揚げたてが一番だな、と柊は堪能しつつおにぎりと交互に食していった。
「成仏していない、ということはこの世に未練があるということだ」
「うん」
「そしてずっと留まっているということは、自力で解決できないからだろう」
「うん」
「なのに大半の人には存在すら認識されない。ずっとそこに一人で留まるほかないんだ」
そんなのあまりにも辛いだろう、と姫ヶ谷はぽつりと呟いた。柊は目を瞑った。誰も居ない自宅の部屋で、皆が机に向かう教室の隅で、活気ある声が飛び交うグラウンドで、誰にも気づかれることなくぽつんと佇んでいる姿を想像してしまう。柊は再度ノートを見た。年配の現国教師みたいな字を何度も読み返す。何か取っ掛かりを、と思い視線を何度も往復させる。しかしそんな時間帯に素振りをしている人物像をどうにも思い浮かべることができない。その代わりに別のことに気がついた。ノートの裏、つまり次のページに何かが書かれているのだ。何行も跨ぐように大きく線が引かれており、黒一色で書かれたこのページと違い赤や青が透けて見える。少なくとも文字列ではなさそうだ。
「これ裏にもなんか書いてあるよな?」
「ああ、絵も描いてきた。君は彼女を見られないだろう? だから彼女の姿と、あとヒアリングした内容から俺が想像した探し人の姿だ」
柊はページを一枚めくった。そしてすぐ表紙ごと閉じた。見間違いかもしれない。想像もしていない絵がそこには描かれていた。
「なぜ閉じる?」
「いや、ちょっと。思ってたのと違ったから」
もう一回ちゃんと見るわ、と柊はまたノートを開いた。やはり幻覚ではなかったらしい。先程見たものと同様のものがそこにある。
「ど下手くそにも程があるだろ」
幼稚園児でももうちょっと上手いぞ、と柊は続けて言う。左右のページに一人ずつ、かろうじて人だと分かるものが描かれている。左のページは約二頭身。頭の部分がグレーで塗られており、体はピンク色だ。足元の緑はおそらく芝であろう。反対の右側は約三等親で、頭に謎の出っ張りがある。頭部と体は黒色で、手らしきものから茶色い棒が伸びていた。
「左がばあさんで右が野球だよな?」
「見れば分かるだろう」
「分かんねーから聞いてんだよ」
なぜ字は上手いのに絵はこんなにも下手なのか。そしてなぜこの未就学児クオリティの絵を恥ずかしげもなく人に見せられるのか。優等生の脳みそはさっぱり理解できないが、柊に残されている手がかりはもはやこれしかなった。目についたことを質問して情報を引き出すほかないのだ。ひとまず幽霊の見た目はあまり関係がないだろう。柊は右ページの絵を見ながら姫ヶ谷へ質問していくことにした。
「まずこの頭の出っ張りはなんだ?」
「帽子だが」
「この茶色い棒は……」
「バットに決まってるだろう。他に何がある」
「じゃあなんでバットの真ん中が白く抉れてるんだ?」
「いや普通にボールだが」
出来の悪い生徒を前にした教師の如く冷たい様子で姫ヶ谷は淡々と返事をしてくる。理解できない柊がおかしいと言わんばかりの目に異を唱えたくて仕方がないが、柊はぐっと我慢をして質問を続けた。
「なんで素振りでボールを書くんだよ」
「打ってたらしいぞ」
「……は?」
「だからこう、自分で投げてコツンとやっていたらしいぞ」
姫ヶ谷は片手で下からボールを投げる仕草をしたあと、手を揃えて横で振った。
「トイレの壁に向かって打って、拾ってまた打って、と繰り返していたらしい」
「それ素振りって言わないんだよ……」
姫ヶ谷がしてみせた動きはどう見ても素振りではなくノックであった。つまり「公園で素振りをする男性」という前提条件からすでに間違っていたのだ。野球に詳しくないにしてもそのくらいの区別はついてほしかった。柊は文句を言おうとしたが、そこにまた別の疑問を解決する糸口を見つけた。
「お前、野球なんにも分からないんだろ」
「ああ」
「だから俺に声をかけてきたな?」
姫ヶ谷は小さくうなずいた。柊はこらえきれず舌打ちをした。それでも収まらず手元にあったおにぎりの包装紙をぐしゃぐしゃと握りしめて机の上に放り投げる。あの日、柊に見つかったことを知った彼はいったいどんな心境であったのだろうか。結局は最初から柊の過去を利用するつもりで近づいてきていたのだ。姫ヶ谷は柊の名を知っていた。であれば柊篤司と野球の関係を知らないはずがない。だから今回の件で協力を頼めばそれで柊が嫌な気になることだって分かるはずなのだ。それを承知で声をかけてきた事実がまた輪をかけて腹立たしい。
「すまん」
「謝るくらいなら最初からやるなよ」
いるかも分からない人のために古傷を穿られる身にもなってほしい。しかしすでにカサブタを剥がされたも同然であった。であればもう与えてしまおう。柊を傷つけてでも得ようとしたのは姫ヶ谷自身なのだから。
ノックの練習をしていたのであれば十中八九指導者側だ。わざわざ練習をしているのだから指導歴は長くない。練習をしていた時間帯的に教師はありえないから、急に部活を任されて練習をしていた、という線は外していい。そうなればほぼ少年野球のコーチ一択だろう。しかしあれは大半がボランティアだ。だから日中は働いている者ばかりなのだが、世の中にはそれを休んでいる者だっているはずだ。柊が導き出したシナリオは下記の通りであった。
「休職、ないし休学中の若者が人に誘われて少年野球のコーチになった。で、四月から社会復帰したからもう公園には来ていない。……この線が無難じゃないか?」
「……探せるか?」
探せるだけの人脈は当然ある。しかしその中で柊が自ら声をかけたい人など片手ほども居なかった。
「いいよ。二、三日まってろ。見つかったらこっちから連絡する」
姫ヶ谷の返事を意図的に聞かぬまま、それどころか意図的に顔さえ見ないようにしながら柊は席を立った。椅子の脚が床と擦れて大きな音をたてる。机の上のゴミをかき集めてさっさと出口へと向かう。自動ドア横のゴミ箱にそれを突っ込んでから外へ出た。店舗の明かりを背に、一台も止まっていない駐車場を足早に抜ける。時刻は二十三時を過ぎようとしていた。
昼の校舎裏はいつもと変わらない。例年通りの心地よい日差しの下、今日こそはと柊は意気込んで隣の様子を伺っていた。数分前に置いた猫缶はとっくに空になっており、その横で黒猫が一匹丸くなっている。柊は右の手のひらを開いて地面スレスレまで下げた。怖がらせないよう少しずつ右手を近づけていく。そうして距離を詰めて、耳と首のちょうど中間あたりの毛に指先がほんの少しだけ触れた。黒猫は素早く顔を上げた。それと同時に柊も硬直する。しかし黒猫は逃げ出すことなくまた頭を前足の上へ戻して目を閉じた。柊は息を呑んでさらに手を伸ばす。中指の腹で耳の裏をこするも猫はそこでじっとしていた。柊は柔らかな毛と皮の感触を楽しみながら喜びを噛み締める。この黒猫と昼食を共にするようになって数ヶ月が経っていた。手のひら全体を使って頭を撫でる。やはり抵抗されなかった。柊は自分の口元が緩んでいることに気がついていたが、いつもと変わらず校舎裏には誰もいないのでそれを良しとした。
コンビニで話をしてから三日後、柊は以前交換させられたメッセージアプリで一つの動画を姫ヶ谷に送った。とある少年野球チームの試合の映像で、ベンチには二十代半ばほどの黒い帽子を被った男が映っている。男子小学生たちに声をかけながら応援をしている。そして一人の少年が打ったホームランで大層喜んでいる様子が録画されていた。姫ヶ谷からは「ありがとう」とすぐに返事が来た。それからは何も言われていないし、姫ヶ谷から会いに来ることもなかった。だからこの校舎裏はまた静かになり、こうして柊は一人で猫と戯れている。
しかしその時間も終わりを告げた。急に猫は跳ね起きて走り去ってしまう。柊は名残惜しげに猫が向かった先を見たが、すでに姿はなかった。仕方なく振り返る。そこには先日と同じ保冷バッグと、もう一つ紙袋を提げた姫ヶ谷がこちらに向かって歩いて来ていた。彼にしては珍しく、何も言わないまま静かに柊の隣へ座ってくる。柊は左手に持ったままのパンを一口齧った。姫ヶ谷はやはり無言で保冷バッグの口を開けて弁当箱を取り出している。そのまま二人は食事を続けた。ときおり中庭の喧騒が届くだけで、校舎裏には風が葉を揺らす音だけがあった。
先に食べ終えた柊はパンの袋をくしゃくしゃと握りしめた。まだ隣で咀嚼している姫ヶ谷に、しかたなく言葉を投げかける。
「どうだったんだよ」
姫ヶ谷は箸を止めた。左手に持っていた弁当箱を膝の上に置く。いつもはこちらが背けたくなるくらい目を合わせて話してくるくせに、今日は下を向いたままだった。
「合っていたらしい。成仏したよ」
「そっか」
「君のおかげだ。ありがとう」
ならば目を見て嬉しそうに言えばいいのだ。姫ヶ谷は左手で弁当箱と箸を抑えながら、自身の隣に置いてあった紙袋を手に取る。
「タダで手伝ってもらうのも申し訳ないと思ってな」
大したものではないが、と姫ヶ谷は紙袋を差し出してくる。クリーム色のそれは有名な洋菓子店のものであり、柊は受け取るのを一瞬ためらった。甘いものは好きではなかった。なんと伝えるべきか迷って顔をあげるとやっと姫ヶ谷と視線があう。その目があまりにも寂しそうだったので、柊は無言で受け取ることにした。中には当然小綺麗な箱が入っている、という柊の予想は外れた。入っていたのは小さなヤカンのようなものと、掌サイズの謎の金属製物質、そして丸っこくて黒い缶であった。
「なんだこれ」
「シングルバーナーとケトルだ。俺の父が使ってたんだが、新調したらしいので貰い受けてきた」
ふーん、と姫ヶ谷は角度を変えながらバーナーを眺めた。しかしなぜこれを自分に寄越そうと思ったのか分からない。
「それがあればお湯が沸かせる」
「ほう」
「つまり校舎裏でも公園でもカップ麺が食える。たまには温かいものも食べたいだろう」
なるほど悪くない。柊は早速取り出してガスカートリッチをバーナーの下部へセットする。地面に置いてレバーを回すと、シューっとガスが出る音がした。
「どうやって火つけるんだ?」
「こっちが点火レバーだ」
姫ヶ谷に教えてもらいながらもう一つのレバーを押すとしっかり火がついた。そのまま姫ヶ谷に使うときの注意事項や消火の仕方を教えてもらう。「まあ、ありがたく貰っとくわ」と柊が何気なく言うと、やっと姫ヶ谷の表情が緩んだ。
「悪かったな。巻き込んだ上に嫌なことまでさせてしまった」
確かに動画入手のためとはいえ旧友に連絡をするのはためらったし、いい気分では決してなかった。しかし柊にとって誰かと一緒に、誰かに求められて何かをしたのは久々でもあった。その過程で最後に嫌な役回りがあっただけのことであり、コンビニで話した直後こそ腹立たしく思っていたもののそれを理由に今回手伝ったことを後悔したり、巻き込んだ姫ヶ谷の印象が悪くなったりはしていないのだ。なによりこうしてバカでも分かるほど姫ヶ谷が申し訳なさそうにしてお礼の品まで持ってきている。
「別にいいよ。怒ってねえし」
そうか、なら……と続ける姫ヶ谷の言葉を小さな声が遮った。にゃあと鳴きながらそいつはトコトコ歩いてこちらに向かってくる。それを見るなり表情を凍らせた姫ヶ谷は弁当を手に座ったまま後ずさった。可愛い子の帰還に柊は喜んで手を差し出す。しかし猫はそれを無視して姫ヶ谷へ寄っていった。姫ヶ谷は今度こそ立ち上がってさらに距離を取った。
「なんで逃げるんだよ」
「猫は苦手なんだ」
悪いが追い払ってくれないか、と柊に懇願するので「やだ」と一蹴した。でかい図体のやつが猫に怯えてる姿はなかなか面白いな、と柊は座ったまま静観することにした。
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