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 ローランドとの結婚式が明日に迫った夜。


 サーラはあのデート以来、ずっと部屋に引きこもっていた。


 二度とローランドに会いたくない。


 何かいい案はないかと必死に考えを巡らせていたけれど、何も浮かばなかった。


「サーラ。元気がないじゃないか。明日は大事な結婚式なのだぞ?」


「……」


「サーラ。あなたが公爵様のことを好いてないのはわかっているけれど、女はそれしか生きていく道がないの。諦めなさい」


 ね? と母がサーラの手に手を乗せて宥めているが、耳に入ってこない。


 ただ思い出すのはジルのことだけ。


(助けて、ジル様……)


 ジルのところへ行きたい。ジルがサーラのことなど何とも思っていないことは分かっているけれど、それでも願ってしまう。


 家族揃っての最後の晩餐なのに、サーラは何も喉を通らなかった。


「お待ちください、お嬢様にご確認をっ」


「ええい、うるさい! 早くあの女のところへ案内しろ!!」


 急に部屋の外が騒がしくなって、何事かと目を瞬かせる。聞こえてきたのは執事とローランドの声だった。


「まあ、ローランド公爵様? 一体何事かしら」


「サーラ!!」


 勢いよく扉が開かれ、怒り心頭といった顔つきでローランドが仁王立ちしていた。


「ロ、ローランド公爵様、どうされたのですか?」


 憤怒しているローランドに父が話を聞こうとするけれど、ローランドの視線はサーラにだけ向けられていた。


「この娘は私を騙していた! この間のあれも純情そうな素振りを演じていただけだったのか!?」


「何のことか分かりかねますがー」


 言っていることの意味が分からなくてサーラが首を傾げると、ローランドはとんでもないことを叫んだ。


「お前は今まで散々男と寝てきたそうじゃないか! それもお前から男を誘っていると……っ」


「ま、待ってください。娘はまだ子供です。男性とそのようなことは一度も」


「私は処女の娘を所望している。そんな淫乱な女を妻に迎える気は毛頭ない!!」


 事実無根でひどい言われようだった。一体どこからそんな信憑性のない噂が広まったのか不思議で仕方がない。


 突然のことに呆気に取られていたけれど、徐々に冷静を取り戻す。


 なぜローランドがそんな噂を信じ込んでいるのか分からないけれど、これはいいチャンスだ。


 サーラはニヤリと妖艶に笑って、怒り狂うローランドを上目遣いで見つめた。


「ええ。そうよ。あなたのおっしゃる通り私は男の人が大好きなの」


「サーラ! あなた何を言ってー」


 母が驚いてサーラを嗜める。


「何かの間違いですわ、ローランド公爵様。もう一度冷静になってください。このような幼い娘が男を誘惑できるなど到底思えませんわ」


「どうだかな。兄はあのグリードだ。あの男も相当女を手に取って遊んでいたという過去がある。その血を引く妹のお前もその素質は十分にあるのだろう」


 ローランドは完全にその話を信じ込んでいるようだった。もう何を言っても聞く耳を持たないだろう。


「そうよ。あなたの前では初心なふりをしていたの」


「っ、よくもこの私を騙したなっ!! 私のことを嘲笑っていたのだろう!!」


「そんなっ。私はあなたとの結婚生活に夢を抱いておりましたのに。あなた様とどのような夜を過ごせるかと思うと体が熱くなってしまい眠れませんでした」


 うっとりとした眼差しをローランドに見せて体を擦り寄せると、ローランドは勢いよくサーラを突き飛ばした。


「ええい! この私に触るなっ!淫乱女がっ!!」


「ローランド公爵様、どうか落ち着いてください。こ、この子は今お酒に酔っておりましてー」


 床に崩れ落ちメソメソと泣くサーラに、ローランドは啖呵を切った。


「この婚約はなかったことにさせてもらおう。婚約破棄だ! 二度と私の前に姿を見せるな!!」


「ローランド公爵様!!」


 ローランドは踵を返し、足早に部屋を出ていく。


 止めようと必死に縋る両親に目も暮れずに屋敷を出て行った。


「ああ、なんてこと……」


 床に崩れ落ちた母を宥めることに父は精一杯だった。


 一人リビングに取り残されたサーラは歓喜する。


「婚約破棄……嘘みたい」


 婚約破棄をされて喜ぶ令嬢など普通はどこにもいないだろう。


「私は母さんを寝かせてくる。話はまた後だ。いいな?」


 母は気力を無くしてぐったりとしていて、少し申し訳ないと思ったけれどサーラは喜びを隠して頷いた。


「一体、誰があんな噂をローランド様に垂れ流したのかしらー」


 全くもって不思議だった。もしかしたらあまりにも嫌がる妹を不憫に思ってグリードが手を回してくれたのだろうか。


「でもお兄様がそんなことするかしら」


 謎は残るけれどとりあえず婚約破棄されたことは間違いなくて、サーラは今まで喉を通らなかった食事を一人堪能した。



 後日、サーラは兄の屋敷を訪ねていた。


「どうぞ、紅茶よ」


「ありがとう。リアお姉様」


 相変わらずリアは可愛くてうっとりとしてしまう。

 
「サーラ。俺に何の用だ?」


 グリードが仕事を終えて客間に顔を出す。出ていこうとするリアを呼び止めて隣に座らせた。


「でも大事な話があるって。私がいたら邪魔でしょう?」


「俺のそばを離れるな」


 妹がいるというのにお構いなしにぴったりくっつく二人に、サーラは少し呆れる。


「ローランド公爵とのことは聞いた」


「そのことを聞きにきたの。あの噂のもとはお兄様が広げたの?」


 サーラの質問にグリードは首を振る。


「いや。俺は知らん。俺がそんな噂を広めて何の意味がある」


「お兄様じゃないの?」


 グリードばかりだと思い込んでいたから、否定をされて驚く。


「本当にひどい噂よね。そのことを簡単に信じて婚約破棄だなんてー」


 義妹のことを自分のことのように悲しむリアに、グリードは頭を優しく撫でた。


(慰める相手を間違えてないかしら)

 
   少しだけむすっとしたサーラにグリードはため息を吐く。


「まあ、噂を流したのはー推測だがジルだろう」


「ジル様がー?」


「お兄様が?」


 サーラとリアの声が重なった。


 驚きに目を見開く二人に、グリードは呆れ返る。


「サーラがあの男と結婚したくないということは知っていたからな。哀れに思って噂を流したのかもしれん」


「どうしてジル様がー」


「さあな。あとは本人に確かめろ」


 早くジルに気持ちを確かめたくてじっとしていられなかった。


「今夜はもう遅いからジルのところに行くのなら明日にしろ」

  
 今にも飛び出しそうな勢いのサーラをグリードが引き止めた。


「そうよ。こんな時間に行くのは危ないわ。明日の朝にして今夜は泊まっていって」


「え、ええ」


 二人に止められてサーラはようやく平静を保つ。

 
 ジルのことが気になって眠ることができなかった。



 
 

 
 


 

  





  


 


 





 





 





  






 


 
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