上 下
39 / 66

しおりを挟む
 ほとんど夕食に手を付けることなく、食事の時間は終わった。


 しばらくは部屋で休んでいるように言われてベッドの上で過ごしていると、ふいに廊下が騒がしくなる。


「……ナっ!」


 また幻聴が聞こえた。


 先日も気を失う前にカールの声を聞いた気がした。


 もうカールのところに戻れない、あきらめなければーと思っているのに、声を聞きたいと顔を見たいと思ってしまう。


「エリーナっ!!」


「-うそ……」


 今度ははっきりと聞こえた。


 カールの声だ。


「カール様っ!!」


 エリーナはベッドから起き上がり、扉に駆け寄った。


「エリーナ! そこにいるのかい!?」


 ずっと聞きたかった声が、扉を隔てたすぐ先で聞こえる。


 ドアノブに手をかけ、扉を開こうとしてエリーナははっとした。


(……会えるわけ、ないじゃないー)


 どんな顔をしてカールに会えばいいのか、分からない。


「ごめん、なさい。カール様……」


「-エリーナ? どうした?」


 カールが心配そうに声を潜める。エリーナは何も言うことができずにただ謝った。


「ごめん、なさい……」


「話しは後でしっかり聞く。いいかい? とりあえずここを一緒に出よう」


 精神的に不安定なエリーナを落ち着かせようと、優しい声音で宥めてくれる。


 エリーナが何をされたのか知っても、同じ態度でいてくれるだろうかー。


「人の屋敷に無断で侵入して何やってるの?」


 冷え切った声が重い沈黙を遮った。この屋敷の主、ヴァレリー公爵だ。


「ヴァレリー公爵……」


「警備を気絶させただけじゃなく、メリサにまで手をかけるとは思いませんでしたよ」


「エリーナを奪い返すためなら私は手段を選ばない」


 表情は見えなくても憤怒していることは低い声音で分かる。


 今まで聞いたことのない声に、エリーナは不安になった。


 エリーナを助けるためだけに、カールが誰かを傷つけることなどあっていいわけがない。


「カール様っ!!」


 エリーナはいたたまれなくなって扉を勢いよく開いた。


 今にもヴァレリー公爵に殴りかかろうとしているカールの腕を、精一杯の力で掴む。


「いけませんっ! こんなことしてはっ……」


「っエリーナっ!!」


 エリーナは瞠目した。


 エリーナが掴んだ腕はあっさりと離され、逆にカールの体に抱きしめられる。


「っつー……」


 息が苦しくなるくらい強く抱きしめられ、心臓が早鐘を打つ。


 カールの大きな体はエリーナをすっぽりと包んだ。


 ヴァレリー公爵から隠すように。


「カ、カール様……?」


 小刻みに震え絞り出すような、切ない声が耳元でする。


「よかった、無事でー」


 エリーナのことを本当に心配してくれたのだと痛感し、同時に苦しくなった。


「カール、様ーはなして、ください」


「だめだ。離さない。離したらー君はどこかに行ってしまうだろう?」


 また強く抱きしめられる。


 カールはエリーナの辛い心情を悟っているのかもしれないと思った。


「-あのさ。俺の存在忘れて二人の世界作らないでくれる?」


 カールとエリーナは同時にびくっと身を竦ませた。


 ヴァレリー公爵は壁際にもたれながら腕を組み、呆れ顔で二人を見つめていた。


 


 


  


 

 


 








 


 


 


 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています

一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、 現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。 当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、 彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、 それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、 数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。 そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、 初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】囚われの姫巫女ですが、なぜか国王に寵愛されています

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 治癒の力をもつ姫巫女イレーナは母国であるイフラー国の神殿で、祈りを捧げていた。 だがある日、大国ザフラが進攻してきて神殿を破り祈りをしていたイレーナを国王・オーランがさらっていく。 イレーナは敵国の元で力を使うよう命じられるのと同時に、オーランの慰みものとして囲われ昼夜問わず身体を求められる。 敵国の王に凌辱される日々が続いたが、あることがきっかけでオーランと心を引き寄せ合い?

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。

水樹風
恋愛
 とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。  十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。  だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。  白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。 「エルシャ、いいかい?」 「はい、レイ様……」  それは堪らなく、甘い夜──。 * 世界観はあくまで創作です。 * 全12話

【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】

臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!? ※毎日更新予定です ※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください ※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています

清廉潔白な神官長様は、昼も夜もけだもの。

束原ミヤコ
恋愛
ルナリア・クリーチェは、没落に片足突っ込んだ伯爵家の長女である。 伯爵家の弟妹たちのために最後のチャンスで参加した、皇帝陛下の花嫁選びに失敗するも、 皇帝陛下直々に、結婚相手を選んで貰えることになった。 ルナリアの結婚相手はレーヴェ・フィオレイス神官長。 レーヴェを一目見て恋に落ちたルナリアだけれど、フィオレイス家にはある秘密があった。 優しくて麗しくて非の打ち所のない美丈夫だけれど、レーヴェは性欲が強く、立場上押さえ込まなければいけなかったそれを、ルナリアに全てぶつける必要があるのだという。 それから、興奮すると、血に混じっている九つの尻尾のある獣の神の力があふれだして、耳と尻尾がはえるのだという。 耳と尻尾がはえてくる変態にひたすら色んな意味で可愛がられるルナリアの話です。

処理中です...