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セリーナのことを聞いてからエリーナは不安に駆られていた。
カールに心配かけないようにと明るく振るまっているけれど、ふとしたことで不安になる。
「ん、カール様、もっと、抱いてくださいっ」
「エリーナっ」
少しでも忘れようとエリーナはカールに求めた。
いつになく積極的に求めるエリーナに、カールは複雑な表情を浮かべている。
意識を失うまで抱かれて、カールに包まれて眠れば安心できた。
カールが元気ないことを心配していたはずなのに、自分のことで精一杯で気遣うことができなかった。
エリーナの不安な気持ちを和らげようと、いつも以上にカールは優しくしてくれる。
今すぐにでも帰って、母の顔を見たい。それだけできっと安心できる。でも、そんなことは言えなかった。
エリーナは夜中、目が覚めてカールを起こさないようそっとベッドから起き上がった。
少し外の空気を吸おうと庭に出る。昼間はまだ暑いけれど夜はひんやりとしていて肌寒くて小さく身震いした。
特に目的もなく広い庭を散歩していると、ふと暗闇に人影がみえてビクッと身を竦ませる。
「だ、だれ……?」
こんな時間に、まさか庭師がいるはずもない。目が闇夜に慣れて人影がはっきりとする。
「メリサー?」
「っつ、エ、エリーナ夫人? ど、どうしてこんな時間にっ」
声をかけられたメリサは呆然としてエリーナを凝視した。
「お、驚かせてごめんなさい……。私は目が覚めて、外の風に当たろうと」
「……いえ。私こそ取り乱してごめんなさい」
ふとメリサの表情が暗いことに気づく。いつも明るい彼女にしては珍しくて気になった。
「メリサ、そこのベンチに座りましょ」
「え、で、でも。こんな時間に夫人がいなければ公爵様が大変なことになるのでは……?」
「大丈夫よ。ぐっすり眠っていたもの」
ここ最近、何をするにも一緒にいる二人をそばでみているメリサが心配するのは当然のことだろう。
ベンチに座りメリサが控えめに話した。
「すみません。勝手にこんな時間に屋敷の外に出て……」
「大丈夫よ。カール様には内緒にしておいてあげる。メリサも目が覚めたの?」
ニッコリと微笑みながら聞くエリーナに、メリサは顔を曇らせた。
「実は実家の母が先月亡くなってー」
「えっ……」
エリーナは驚きに目を見開く。メリサは震える声で話し始めた。
「もともと体調は悪かったんです。容態が急変して、その知らせを聞いたのが亡くなってからだいぶ後だったんです」
「そ、そんなっ。どうして帰らなかったの?」
「ー私は、母と喧嘩別れして実家を出たようなものなんです。好きでもない男と結婚させられそうになって、それが嫌で家出してー。勘当されたので父も連絡をしなかったんだと思います」
メリサが堪えきれずに涙を零した。
「意地を張らずに、会いに行けばよかったって、ずっと、後悔して、それで、眠れなくてー」
「メリサ……」
エリーナは今の自分が置かれている状況と照らし合わせた。
(もし、このままお母様がー)
胸が締め付けられて顔を強張らせるエリーナに、メリサが心配そうに聞いてきた。
「エリーナ夫人? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。ごめんなさい……」
メリサを慰めようとしていたのに、逆に心配かけてしまいエリーナは笑みを取り繕った。
「私も先日、母が体調を崩したって聞いて。不安で眠れないの」
「お母様が? 夫人、一度実家に帰るべきですよ。私みたいに取り返しのつかないことになる前にー」
「でも……」
メリサの説得にエリーナは戸惑った。メリサは会いたくても会えなかった。
エリーナもフォード公爵に嫁いだのだから、実家に易々と帰れる立場ではない。
(でも、カール様に話せば……)
エリーナが混乱した頭で思案していると、ふいに鋭い声がかかった。
「エリーナ。こんなところで何をしている?」
「っ、カ、カール様……」
鋭い眼光でメリサを一瞥し、口調に怒気が混じった声で聞かれて、エリーナは思わず身を竦ませた。
強引にエリーナの腕を掴み、立ち上がらせると足早に屋敷へと向かっていく。
「メリサ。君は今後エリーナの部屋に出入りすることを禁止とする」
「……」
メリサは反論するでもなくただ黙っていた。
「ま、待ってください。そんなの……」
エリーナの抗議を無視してカールはただ無言で歩く。
ぎゅっと繋がれた手はいつものように優しいものではなく、痛かったー。
カールに心配かけないようにと明るく振るまっているけれど、ふとしたことで不安になる。
「ん、カール様、もっと、抱いてくださいっ」
「エリーナっ」
少しでも忘れようとエリーナはカールに求めた。
いつになく積極的に求めるエリーナに、カールは複雑な表情を浮かべている。
意識を失うまで抱かれて、カールに包まれて眠れば安心できた。
カールが元気ないことを心配していたはずなのに、自分のことで精一杯で気遣うことができなかった。
エリーナの不安な気持ちを和らげようと、いつも以上にカールは優しくしてくれる。
今すぐにでも帰って、母の顔を見たい。それだけできっと安心できる。でも、そんなことは言えなかった。
エリーナは夜中、目が覚めてカールを起こさないようそっとベッドから起き上がった。
少し外の空気を吸おうと庭に出る。昼間はまだ暑いけれど夜はひんやりとしていて肌寒くて小さく身震いした。
特に目的もなく広い庭を散歩していると、ふと暗闇に人影がみえてビクッと身を竦ませる。
「だ、だれ……?」
こんな時間に、まさか庭師がいるはずもない。目が闇夜に慣れて人影がはっきりとする。
「メリサー?」
「っつ、エ、エリーナ夫人? ど、どうしてこんな時間にっ」
声をかけられたメリサは呆然としてエリーナを凝視した。
「お、驚かせてごめんなさい……。私は目が覚めて、外の風に当たろうと」
「……いえ。私こそ取り乱してごめんなさい」
ふとメリサの表情が暗いことに気づく。いつも明るい彼女にしては珍しくて気になった。
「メリサ、そこのベンチに座りましょ」
「え、で、でも。こんな時間に夫人がいなければ公爵様が大変なことになるのでは……?」
「大丈夫よ。ぐっすり眠っていたもの」
ここ最近、何をするにも一緒にいる二人をそばでみているメリサが心配するのは当然のことだろう。
ベンチに座りメリサが控えめに話した。
「すみません。勝手にこんな時間に屋敷の外に出て……」
「大丈夫よ。カール様には内緒にしておいてあげる。メリサも目が覚めたの?」
ニッコリと微笑みながら聞くエリーナに、メリサは顔を曇らせた。
「実は実家の母が先月亡くなってー」
「えっ……」
エリーナは驚きに目を見開く。メリサは震える声で話し始めた。
「もともと体調は悪かったんです。容態が急変して、その知らせを聞いたのが亡くなってからだいぶ後だったんです」
「そ、そんなっ。どうして帰らなかったの?」
「ー私は、母と喧嘩別れして実家を出たようなものなんです。好きでもない男と結婚させられそうになって、それが嫌で家出してー。勘当されたので父も連絡をしなかったんだと思います」
メリサが堪えきれずに涙を零した。
「意地を張らずに、会いに行けばよかったって、ずっと、後悔して、それで、眠れなくてー」
「メリサ……」
エリーナは今の自分が置かれている状況と照らし合わせた。
(もし、このままお母様がー)
胸が締め付けられて顔を強張らせるエリーナに、メリサが心配そうに聞いてきた。
「エリーナ夫人? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。ごめんなさい……」
メリサを慰めようとしていたのに、逆に心配かけてしまいエリーナは笑みを取り繕った。
「私も先日、母が体調を崩したって聞いて。不安で眠れないの」
「お母様が? 夫人、一度実家に帰るべきですよ。私みたいに取り返しのつかないことになる前にー」
「でも……」
メリサの説得にエリーナは戸惑った。メリサは会いたくても会えなかった。
エリーナもフォード公爵に嫁いだのだから、実家に易々と帰れる立場ではない。
(でも、カール様に話せば……)
エリーナが混乱した頭で思案していると、ふいに鋭い声がかかった。
「エリーナ。こんなところで何をしている?」
「っ、カ、カール様……」
鋭い眼光でメリサを一瞥し、口調に怒気が混じった声で聞かれて、エリーナは思わず身を竦ませた。
強引にエリーナの腕を掴み、立ち上がらせると足早に屋敷へと向かっていく。
「メリサ。君は今後エリーナの部屋に出入りすることを禁止とする」
「……」
メリサは反論するでもなくただ黙っていた。
「ま、待ってください。そんなの……」
エリーナの抗議を無視してカールはただ無言で歩く。
ぎゅっと繋がれた手はいつものように優しいものではなく、痛かったー。
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