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 エリーナが目を覚ますと自室のベッドの上だった。
 
 
 ぼんやりと見慣れた白い天井に目をやり、自分の犯した失態に死にたいほど恥ずかしくなる。
 
 
(ああ、もう、私ったらなんて大胆なことをっ……!!)
 
 
 がばっと勢いよく布団をかぶりもぐりこんだ。
 
 
 いくらめまいがしたからって男の人に抱え込まれるなんて。
 
 
 もともとあった熱がさらに上がったようだ。全身が火照り羞恥心が強まっていく。
 
 
 やっぱりもともと無理な話だったのだ。
 
 
 引きこもりで身体も弱くて、男の人に縁のない自分がいきなりあんな美貌公爵と縁談するなんてー。
 
 
 あんなに美しい男の人がこの世にいるなんて、信じられなかった。
 
 
 だからますますおかしい。
 
 
 いくら世の中を知らないエリーナでも分かる。権力がありあれだけの容貌をした公爵を貴族令嬢がほっておくはずがない。
 
 
 年は確か三二歳だとカフラが言っていた。エリーナよりも一三歳も年上の男性だ。
 
 
 年齢よりもずいぶんと若くみえたけれどー。
 
 
 ずっと布団をかぶって悶々と悩んでいたら顔が熱くなり、ぱっと布団をはがした。
 
 
 ドレスはいつの間にかネグリジェに着替えられている。きっとあれで公爵との縁談は終わりだろう。
 
 
 エリーナはもう公爵と会うつもりはなかった。
 
 
 きっとエリーナが縁談を断らなくても、向こうから断りを入れてくるに違いない。
 
 
 両親には少し後ろめたい気持ちもあるけれど、体調が悪かったのは本当で嘘をついたわけじゃない。
 
 
 そう自分に言い聞かせて深いため息をついていると。
 
 
「面白いお嬢さんだな」


「っ……!!」


 急に降ってわいた声にエリーナは大声をあげそうになった。
 
 
 くっ、と含み笑いを零し、椅子に腰かけ長い足を組んでエリーナを見下ろしているのは、フォード公爵だった。
 
 
「フ、フォード公爵様っ……!? え、ど、どうして、こ、ここにっ」


 ここはエリーナの自室だ。今までずっと一人でいると思っていたのに、いつからそこにいたのだろう。
 
 
 驚きのあまり、今の自分の姿がネグリジェだということを思い出し、慌てて布団をかぶって隠した。
 
 
 またもはしたない姿をみられてしまい、穴があったら入りたい気分になった。
 
 
「倒れた君をここまで運んだのは私だよ。目が覚めるまでそばにいさせてほしいってカフラ男爵に頼んだんだ」


 エリーナは自室までフォード公爵にお姫様抱っこをされながら運ばれたらしい。
 
 
 その姿を想像しただけで顔から火がでそうなほど恥ずかしくなる。
 
 
「も、申し訳ありません、か、重ね重ね、みっともない、姿をっ……」


 耐えようがない羞恥が襲い涙がでてきた。
 
 
 これはきっと神様が与えた罰だ。
 
 
 今まで身体が弱いのを理由に、舞踏会を避けて屋敷に引きこもって男の人と縁を結ばなかった自分への罰。
 
 
「あ、あの、フォード公爵様……」


「なにかな?」


「し、失望しましたでしょう? お、落ち着きがないし、こ、こんなことくらいで倒れてしまう、私に……」


 男爵といえど貴族は貴族。淑女のたしなみは一通り習うのが貴族令嬢としての義務だ。
 
 
 礼儀作法も確かに習った。だけどそれを披露する機会がないまま、今まできてしまったのだ。
 
 
「いや、むしろ君に無理をさせたみたいでこちらこそ申し訳なかった。お母様に朝から体調が悪かったと聞いてね」


「ご、ごめんなさい。い、いつも大事な時に限って、熱をだしてしまうんです。その、昨夜から緊張して、眠れなくて……」


 耳に心地よく響く低音に後押しされるように、エリーナは思いを口にした。
 
 
「昨夜から私と会うことを想像して熱をだしてしまったのかい? それは嬉しいことだな」


 ふっ、とフォード公爵の口元がほくそ笑んだ。
 
 
 その秀麗な仕草にエリーナの心臓がどくんと跳ねる。
 
 
「君が男の人と免疫がないこともカフラ男爵から聞いている。少し病弱で男を知らない令嬢とはどんな方だろうと、興味をもってね」

 普通ならそれで興味がそがれるのではないかと思うけれど、フォード公爵は逆に興味を持った。
 
 
「今日、エリーナ嬢に出会ってますます君が欲しくなった」


「え」


 綺麗な青色の瞳が、まっすぐにエリーナを見詰める。
 
 
「君が熱をだした原因が私なら、責任をもって君が治るまでそばにいよう」


 ぎゅっとエリーナの手を握り締めて、優しくベッドに寝かせてくれる。
 
 
 そんなことをされて眠れるわけない、と思っていたけれど。
 
 
 汗で額にひっついた髪をそっと優しい手つきで払って、髪を優しく撫でてくれる。
 
 
 大きな手で撫でられることが心地よくて、エリーナはそのまま瞳を閉じたのだった。


  
 
        
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