タルパと夜に泣く。

seitennosei

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大志と優美。

大志と優美。3

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「外れた馬券後生大事にとっておくなんて馬鹿の極みじゃん。それいつか当たりますか?って話なのよ。」
これでもかというくらい分かり易く優美は俺の滑稽さを思い知らせてくる。
もう笑うしかない。
「は、ははは…」
「わ、また笑いだしたよ。泣いたり笑ったりお疲れ様です。」
「お前ホント…。終わった性格してんな。」
「何とでも言って。」
さっきまでの少し思い遣りを覗かせた表情は完全になりを潜め、口角を釣り上げ歪んだ笑顔の優美。
「型落ち国産車で安スーツの泣きべそ君にどう思われても痛くも痒くもないわ。」
「お前なー。」
今度は俺が呆れる立場だ。
今まで言われた分言い返してやる。
「お前こそ負け馬券握りしめてんじゃねえか。査定する賭けに負けたんだろ?査定止めろ。」

「止めないよ!」 

終始余裕顔の優美が見せた唯一の焦り。
俺は目を見張る。
ただそれは一瞬の事で、直ぐに落ち着きを取り戻したようにふと力を抜いて俺から視線を逸らし前を向いてシートに身を預けた。
「清太郎を失ったやり方なんだから。今更止めらんない。私は何度この賭けに負ける事になっても、絶対いつか査定して選んだ男と幸せになる。消極的に適当に賭けて負け続けてきた大志と一緒にしないで。」
「あー、そうかよ。悪かったな。」
図星を突かれぶっきらぼうに返してしまった。
けれどその口調とは裏腹に俺は優美をリスペクトし始めてもいる。
優美の掛け方は例えるなら『どんな馬でもどんなレースでも関係なく毎回10番に単勝で全財産ぶっ込む』くらいの無謀な賭け方であり、滑稽の極みにも見える。
だけどそれが彼女の決めたやり方であり、貫くと言うのなら格好良くすら見えてくるから不思議だ。
俺のように『そこそこ人気の安全牌に少額だけ複勝に』なんてダサい賭け方しといて完敗していたのとは全く違う。
確かに同列に語ったら失礼だな。
「優美。」
「…なに?」
「俺達、友達になろうぜ。」
「は?」
ポカンと間抜けな表情で固まった優美。
どうせこの後「嫌だ」とか「キモい」だとかの罵倒が返ってくるんだ。
だからこいつが正気に戻る前に畳み掛けてしまおうと思う。
「俺さ。今まで女って『手毬』か『その他』しか居なかったんだよな。」
「…はぁ。」
「でもお前は今俺の中で『その他』じゃなくて『優美』になったから。」
「え…は?」
途端にボッと音が聞こえるかと思った程に優美の顔が赤くなった。
予想外の反応で俺も一瞬は狼狽えたが、そんなの比じゃないくらいにあわあわと落ち着かなくなる優美を見て少し冷静にもなる。
「いや、意味分かんないけど。大志おかしいんじゃない?わ、私と友達なりたいなんて男今までいなかったし?」
「今までの男なんか知るかよ。俺だって手毬とは全然違うのにその他になんなかった女なんて初めてだし。今までと違うからおかしいってんならお前もおかしいだろ。」
「いやいやいや、…その、友達って…?友達ってなに?」
ここにきて友達の定義を聞かれるとは思わなかったけれど。
言われてみれば俺もよく分かっていない。
「分かんね。俺女友達居た事ねぇわ。」
「わ、私も。…男なんて付き合うか、キープするか利用するか…嫌われるか。」
「だろうな。俺もさっきまでお前嫌いだったわ。」
「はあ?じゃあ何で…」
「お前がさ!」
自分でも驚く程大きな声が出てしまった。
優美はピクっと身を跳ねた後、俺の言葉を待って黙っている。
これで少しは落ち着いて話せるかもしれない。
俺は声のトーンを戻して話始める。
「お前さ。俺を査定して『ねぇな』ってなったからそんな感じなんだろ?気に入られようとか全然してない。それが本当のお前なんだろ?」
口ではボロクソ言いつつも向けてくれた笑顔。
煽るような態度をとりながらもくれた励まし。
言葉も態度も良くねぇが、取り繕わないでも出てくる優しさとか、それが本来の優美なんだろうな。
「ちょっとの間だけど今楽しかったんだよ。ホントのお前はすげえ楽しいよ。」
「…それは…どーも。」
「俺さ。もう無理って分かってるけどな…。手毬の事もう少しだけ頑張ってみようと思ってんだよ。だからさ。」
優美の顔を真っ直ぐに見る。
優美もおずおずしながらも目を合わせてきた。
「この先俺がコテンパンにふられて同仕様もなくなったら優美に話聞いて欲しい。」
「…えー。嫌だよ。めんどいよ。一人で泣いてなよ。」
「ふっ…。そうそう、そういうとこだよ。」
「きもっ。ドMかよ。」
不意にどちらともなく笑い始める。
そして暫く二人で肩を揺らして笑い合った。
今まで寄ってきた女とは違う。
勿論手毬とも違う。
野郎の友達と同じで馬鹿みたいに楽しいのに、同性にはプライドが邪魔してとても見せられない情けない姿まで晒せる。
これってもう親友なのでは?と思えてきた。
「はー…ねぇ、ちょっと。」
笑い疲れたように自分の頬を揉みながら優美が問い掛けてくる。
「男女の友達ってこれで合ってんの?」
「知らねぇよ。いた事ねんだから。」
「あんたから言い出したんだからちゃんとリードしてよ!」
また少し笑う。
お前だって俺みたいに本性晒せる友達居た方がいいだろ?
査定なんて関係ない、ただただ笑い合える友達がさ。
俺と居れば楽しいだろ?
なんて必死にプレゼンするのも癪だしな。
それは言わないでおいた。
視線を逸らし右側の窓を見る。
日が落ち始め暗くなったそこに、くたびれた俺の顔が反射して映っていた。
でも口角は緩く上がっていて。
ついさっきまで人生で一番落ちていたようには見えない。
何でも言い合える友達がいるっていいな。
こんなに心強いんだな。


伏せていた瞼を開くとガラス越しのネオンが目に刺さる。
反射しているのは相変わらず情けない顔で。
だけどあの時と同じ、少し口角が緩み楽しそうな表情だ。
ふと気付く。
優美と居る時ずっと笑ってんな、俺。
何となく優美を見ると優美も笑っていた。
そういや、こいつもいつも笑ってんな、俺と居る時。
そう思ったのも束の間、テーブルの上のスマホが震え出し優美は眉間に皺を寄せる。
「なんだよ?また彼ピッピか?」
「うん。」
「なんだって?」
「早く帰れって。」
「ふーん。」
優美はマジで切り替えが早い。
俺は手毬にふられて以来、彼女どころか女の子とデートする気にもならないっつーのに、優美はこの半年程の間にかれこれ3人彼氏ができていた。
現在は束縛の激しい年下の彼氏と同棲中。
俺なんて会った事もないのに唯一の男友達ってだけで影でボロクソに言われているらしい。
「今日、なんて言ってあんだよ?俺と飲んでるって正直に言ったんかよ?」
「言うわけない!」
そのままないない言いながら両手をブンブン振り回して笑っている優美。
こいつふざけすぎだろと思う。
「それ大丈夫なんかよ?後でバレたりして痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免だぞ。」
「はは、大丈夫大丈夫。」
「お前なぁ…そのうち『俺か大志どっちか選べ!』とかダルい事言われんぞ?」
「はは、何それ。」
くだらないといった風に鼻で笑う優美。
そして次の時にはスッと真顔に戻りハッキリと言い切った。

「そんなん大志選ぶに決まってんじゃん。」

「え?」
開いたまま口が閉じなくなった。
おいおい、そこで俺を選ぶか、普通。
それとも世の異性友達ってこういうもんなんか?
まともに女友達がいた事がないから分からない。
ポカンとしている俺の顔を見て優美は愉快そうに笑う。
「あはは、口開いてるー。」
そのまま俺の口目掛けて枝豆をプチプチと飛ばしてきた。
何粒か入ってきた所でモグモグ咀嚼すると「食うんかい。」と言って更にケラケラと笑っている。
俺はつられて笑いそうになるのを堪え、少し真面目な顔を作って諭す事にした。
「いや、それは流石に彼ピが可哀想過ぎるだろ?お前の事好きで付き合ってんだぞ?友達よりも彼ピを優先してやれよ。」
「えー、だってさぁ。彼氏なんていくらでも出来るじゃん?」
「あー、まあ、お前なら出来るだろうな。選り好みしなきゃだけど。」
「つまり替えが効くって事じゃん?」
「まあ、実際取っかえ引っ変えしてるしな、お前。」
「でもさ、大志はこの世に一人しかいないじゃん?」
「…まあこんな奴沢山いてもしょうがねぇしな。」
「だから大志の方が大事じゃん。」
「うーん…、ん??」
納得しかけたが、果たしてその理屈は正しいのだろうか?
正直なとこ俺を選んでくれるって言うことに関して悪い気はしてないが。
いつか査定した男と幸せになる!と息巻いていたくせに。
その未来に俺みたいな存在は足枷になりやしないだろうか?
そう考えている俺の目の前で優美は「追加のビール♪」なんて歌いながら注文用のタブレットをタップしている。
呑気なもんだ。
良いよな、お前はマイペースでさ。
だから俺も気兼ねなくマイペースに出来るんだけどな。
不意に優美が顔を上げ俺を見た。
「なんかさー、私ん中でも『大志』は『大志』になっちゃったんだよね。」
瞬間、胸がホワッと温まる。
なんなんだろうな、ホント。
同じ温度、同じ形で想い合えるってこんなに幸せを感じる事なんだなと実感してしまう。
思えば今まで誰と居ても気持ちの温度差が気になっていた。
一方的に片想いしていた手毬は勿論、本命が心の中に在りながら付き合ってきた元カノ達なんて熱量がチグハグなのは当たり前で。
それどころか家族だろうが友人だろうが、何か何処かで結局は違う所を向いている事がブレーキをかけてきて。
こんなに晒け出せて且つ相手にも晒け出させられる人物なんて今まで居なかった。
このバランスが安心感に繋がるのか…?
俺は照れ隠し気味に応える。
「へーそれは…。光栄でございます。」
「そうだぞ。頭が高いぞ。」
「いや、あんま調子こくな。」
結局すぐこうやってふざけた空気になるんだけどな。
でもそれが最高に楽しくて。
俺だって優美を唯一無二だと思っている。
それでも優美に彼氏が出来ようが誰と何処に居ようが嫌な感じが芽生えないから恋ではないのだろう。
ただいつも俺と居る時みたいに誰と居ても笑っていれば良いなとは思うよ。
後、泣かされて欲しくねぇなとかは思うけど、大体優美の方が相手泣かして終わるからそこはあんま心配してなくて。
それよりも、優美がきちんと一人の相手と永く続くのかとか、最後に一人ぼっちなんじゃねぇかとか俺はそっちの方が心配でさ…。
「宅建とろうかなぁ。」
「たっけん?…タクシーチケット?」
「ちげーわ。不動産の資格。」
「ふーん…。それとると何かあんの?」
「まあ…出来る事が増えるからな。とりあえずペーペーの営業ではなくなるな。給料も上がっかなぁ?上がるといいなぁ。」
「へー…。」
それまで興味なさげだったくせに、優美は急に目をキラキラさせて俺を見てきた。
「なになに?何か欲しい物でも出来た??」
欲しい物…とは違うな。
「いや、別にねぇけど…。」
「なんだよ、つまんない奴。」
口にする程明確ではないんだ。
今はまだ。
「なんつーか、この先のために備えようかなって。多分全然足んねぇけど…。まあ、とりあえずのステップアップで。」
「ふーん。いい心掛けじゃん。」
「だからお前も、査定する選び方やめんなよ。」
「なに急に?言われなくてもやめないけど。」
ブーッと激しい音をたて、また優美のスマホが鳴りだした。
ミュートにして画面側を伏せる優美。
別に悪ぃ事してねぇのにな。
俺と居る事こそこそ隠して。
まあ、今はそれでもいいか。
俺自身よく分かってねぇのに、この関係を他人に理解させるのは難しい。
誰を裏切ってるわけでもなし、別に良いだろう。
その代わり優美の事は安全にきちんと彼氏の待つ家に帰しますよ。
「よし!じゃあ今日はお開きにすっか。」
「えー!まだ飲み足りないけど!!」
「スマホがうるさくて酒が美味くねんだよ!はよ彼ピのところに帰ってやれ。」
「えー!帰るのめんどくさい!」
「駄々こねんな。おら、立て。」
「はー…。」
長い溜息。
そんなに帰りたくねぇのかよ。
流石に彼氏が気の毒だ。
会計を済ませ、エレベーターが来るのを待っていると優美が呟いた。
「家に帰って大志が居ればいいのに…。」
俺は聞こえないふりをして何も言わなかった。
そこから駅まで歩く間も、彼氏にバレないよう最寄りのコンビニまで送って別れるまでの間も、俺達はいつも通りふざけていて。
さっきの発言を掘り返す事はなかった。
また電車に乗って一人の家に帰る。
自宅の扉を開いた時。
静かで真っ暗な玄関を見ても寂しいとは思わなかった。
優美は今頃彼氏のご機嫌でもとってイチャイチャしてんだろうなとか考えても別に胸も痛まねぇ。
だけど一つだけ思った事は。
家に帰って来た時に優美が居たとしても悪くねぇなだった。
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