タルパと夜に泣く。

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タルパと夜に泣く。

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店舗奥の和室。
窓から差し込む日差しが今日は優しく、段々と秋めいてきたと感じられた。
陽向にいるとふんわりと暖かさに包まれ、お昼からずっとぼんやり取り留めのない事を思考してしまう。
清太郎は私を庇ってくれていた。
自分から距離を置かせて欲しいと申し出た責任を感じていただけかもしれないけれど。
私がアナだと確信する直前までは、ご近所さん達の全てのお節介から私を守ってくれていたのだ。
明らかに私と清太郎の関係性が変わっている事に周囲が口を出してこないのを可笑しいとは薄々感じていた。
それでも私が何も言わないで今まで通り振舞っている事を皆尊重して見守ってくれているのかと解釈していたけれど。
まさか清太郎のお陰だったなんて。
「てま…、…だ…」
「あー、…うん。」
「…しよ…。」
「あー、うん。」

「おい!!」

向かい合って座っている大志。
突然グイッと肩を掴まれ強制的に顔を合わせられた。
「え?わっ、な、何?」
「おんまえ、マッジでいい加減にしろよ!」
窓から射し込む西日を背に影を纏ったシルエット。
ちゃぶ台を挟んだ向こう側から膝立ちになり、私の肩を掴んだまま見下ろしている。
赤い光に視界が眩んでいても、苛立ち見開かれた眼光だけは強く飛び込んできた。
「お前、今俺が何て言って、そんでお前が何て返したのか分かってんのか?」
「え?あ、あ、ごめん。あの、ちゃんと聞いてなかった…。」
「はーっ…、っとに、お前はさあー…。」
大きな溜め息。
大志は私の肩から手を離し呆れたように目線を逸らした後、ドカッと畳の上に座り直した。
「今、俺は『手毬、好きだ』って言ったんだよ。そしたらお前が『うん』って言って、そんで『結婚しよう』って言ったらまたお前が『うん』って言ったんだ。」
「え?!」
「『え?』じゃねえよ。お前マジで。」
直前の自身の態度を思い返し慌てる。
そんな言葉に対していい加減に生返事をしてしまっていたなんて。
急いで否定しようとするも、それも酷く失礼な気がして私は口篭ってしまう。
「あの、ホント…聞いてなくて…」
「わぁってるよ。」
ふーっともう一度大きく息を吐く大志。
そして少し優しい声で今まで触れないようにしていた筈の話題を口にした。
「居なくなったんだろ?清太郎って人。」
「え?なん…」
「近所のオバサンに言われたんだよ。俺が邪魔したから清太郎って人が居なくなったって。」
「えー?」
誰が一体そんな事を?と思うも心当たりが多すぎてその中の誰なのか分からない。
ここの人達は本当にお節介だから。
普段はそれ程排他的な場所では無いけれど、やはり問題を持ち込むように見える余所者には冷たい。
清太郎が居なくなったのは大志のせいではないけれど、事情の知らないご近所さんからすればきっと大志や清太郎の元カノが私達の邪魔をしたように感じるのだ。
「ご近所さん誤解してるんだね。ちゃんと言っておくから。大志は気にしないで。ごめんね。」
「いや、俺のせいだよ。」
「大志?」
ゆっくりとした動作で胡座を組み直し背筋を伸ばす大志。
一瞬だけ深く目を閉じるとキッとこちらを真っ直ぐに見た。
そして「俺のせいなんだよ。ごめんな。」と念を押すようにもう一度口にする。
大志のせい?
「清太郎さんと…何かあったの?」
「…うん。手毬の見てない所で何度か俺が牽制した。付き合いの長さでマウント取ったりもしたし。…身体のどこにホクロがあるとか煽るような事言ったり…。」
「へ?」
「だからきっと俺と手毬に身体の関係があるって誤解してただろうし、俺が手毬に気持ち伝える前からあの人は俺の手毬への気持ち分かってたんだ。」
「あー…。」
成程。
それではいくら『大志も私もお互いにそんな感情はない』と言ったところで信用されない筈だ。
弁解すれば弁解する程困った表情をしていた清太郎の姿が今鮮明に思い出される。
ほくろの話だってそうだ。
きっと大志に言われ身体に見えるほくろを意識する内に目印にする事を思いついたのだろう。
だとしてもだ。
結局清太郎が居なくなった一番の理由は私がアナであると欺き続けていたからで。
大志の発言はせいぜい距離を置く一因にはなったくらいだろう。
それだって何より一番問題だったのは自分が傷付く事よりも相手を傷付ける選択をしてしまう私達だ。
大志が気に病む問題ではない。
「それでも…清太郎さんが居なくなったのは大志のせいじゃないよ。」
これ以上心配を掛けたくないのに、少し不貞腐れた言い方に聞こえたかもしれない。
余計気にさせてしまってやないかと不安になり大志の目を見ると、案の定心配気に眉尻を下げてこちらを窺っていた。
「お前…あの人とちゃんと向き合えたか?」
向き合う?
私は大志に清太郎との事をちゃんとしろと言われてからの自分を振り返る。
チャンスは沢山あったはずなのに、ただの一度だって清太郎と向き合わなかった。
「ごめん。折角大志が『ちゃんとしろ』って言ってくれたのに…。私逃げちゃってさ。…清太郎さん居なくなっちゃった。」
「そうか…。」
そこから暫くの間お互いに黙ってしまう。
大志に清太郎との事をどこまで話せば良いのか。
そして大志の気持ちを受け入れる気がない事をどう話すべきなのか。
何一つ答えが出ないまま、それでも何か言わなければと焦りだけが募っていく。
「手毬さ…。」
大志からの呼び掛けに応じ顔を上げると、いつになく神妙な顔と目が合った。
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