タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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4つの小さな手。
紅葉程の大きさしかなくて。
可愛らしいそれらが薄い押し花をそっと持ち上げ、開け放たれた窓から空に向かいかざしている。
「みて!ママ!これきれい!」
「こっちもみて!きれい!」
店舗奥の和室。
私の向かいに座っている女性、汐さんは柔らかく微笑むと窓辺で遊んでいる二人の子供の声に応えた。
「ホントに綺麗だね。海涼先生きっと喜んでくれるね。」
「みすず先生っておっしゃるんですか?今度産休に入る先生って。」
「そうなんですよ。とってもお世話になっている保育園の先生なんです。それで赤ちゃん産むためにお休みするって知ったらどうしても何かお祝いしたいって、この子達が。最近妹が出来て余計におめでたい事だって分かるようになったみたいで。」
「へー。本当に二人とも優しいお兄ちゃんですね。」
そう汐さんに言った後窓辺の子供達に向けて笑いかけると満面の笑みを返してくれた。
ああ、荒んだ心が浄化されていく。
本当に天使だ。
私はうずうずと湧き上がるやり場のない母性に思わず身悶える。
この天使達を産んだ汐さんは、清太郎の弟である源太郎さんの奥様だ。
子供は双子の男の子とまだ赤ちゃんの女の子の計3人で、名前は双子が太陽君と大地君、女の子は月子ちゃんと言う。
双子君の通っている保育園の先生が産休に入るのでそのお祝いに今日は私の所でプレゼントをハンドメイドする事になった。
これから押し花とレジンでシオリを作る。
「私は妊娠中絶対安静でトイレ以外寝たきりだった時期があったんですけど、その時結構本を読んでたんですよ。だからシオリって良いなと思って。」
月子ちゃんをあやしながらそう微笑む汐さん。
誰かにプレゼントをする時に経験者の意見は重要になってくる。
妊娠経験のない私だとついつい髪を纏めるシュシュや赤ちゃんが生まれた後に使うスタイくらいしか思いつかないけれど、そういう妊娠中に必要な小物でもきっと喜んで貰えるだろう。
それにシオリ用のシリコン型も家にはあるし、これなら簡単に作れる。
ただレジン液は幼い子供には扱いが難しいので、双子君達には今日は封入するお花を選んでもらって後日私が完成させる約束になった。
初めての場所で沢山ある押し花の中から大好きな先生の為に厳選するというイベントに二人は大盛り上がりで。
その姿に私は終始癒され、胸を暖かくしている。
「そう言えば、今源太郎さんは?」
「ああ、お義兄さんの所に居ますよ。もう少ししたらこちらに来ると思いますけど。」
という事は今源造さん宅に清太郎と源太郎さんが居るのか。
そう言えば清太郎の口から兄弟の話を聞いた事は殆どないけれど高橋三兄弟の仲はどんな感じなのだろう。
ふと今更な疑問が湧いてきた。
「あの…源太郎さんと清太郎さんって兄弟仲は良いんですか?」
「仲ですか?あー、うーん…。どうでしょう…?」
無遠慮に突っ込んだ私の問に汐さんの歯切れは悪い。
私は慌てて言葉を付け足す。
「ごめんなさい。不躾にすみませんでした。答えなくて良いですから忘れて下さい。」
「あ、いえいえ、言い難いとかじゃないです。何と言うか一言じゃ表せないだけで…。まあ、良くは…ないんですけど。うん。」
何となくそんな予感はしていた。
清太郎の性格を考えれば当然にも思える。
自己肯定感の低い清太郎にとって順風満帆な人生を歩んでいる弟の存在は仲が良いだとか悪いだとかの一言で簡単に言い表す事は出来ない者の筈だ。
それは次男の源太郎さんのみならず家族の誰に対しても言える事でもあって、そうでなければこんな所に一人で引っ越してきたりしないのだろう。
少し考えれば分かる事だったのに、ただの興味本意で下らない事を聞いてしまった。
気不味い雰囲気を察した汐さんが気を取り直したように付け加える。
「あ、ただ悪くもないんですよ?夫はお義兄さんの事本当は好きなんです。子供の時なんて何も適わなかったって、自慢の兄貴だったって言ってますし。」
「へー。自慢のお兄さんか。良いですね。」
「はい。それにお義兄さんもね…、あの、高橋の家のお義父さんってちょっと厳しい人なんですけど、その…お義父さんに私が至らなくて少し意見されていた時とかお義兄さんが庇ってくれたんですよ。咄嗟に熱くなって言い返そうとしていた夫に『源が言い返したら結局汐さんのせいにされるだろ。』って諌めてくれて。代わってお義父さんに意見してくれたんです。お義兄さんは夫だけじゃなくて私達の事も考えてくれる本当に優しい人なんです。」
私は驚いていた。
まさか家族の中で清太郎がしっかりとお兄さんをしていたなんて。
もっと本当に孤立していたのかと思っていたから…。
私の知らないところできちんとしたお家の長男をしていたんだ。
でもだからこそ今の状態なのかもしれないとも思う。
兄として弟家族を守って厳しい父と一人対峙する。
そうして弱味を見せる場所がなかったから一人でここに逃げて来たのかもしれない。
そのくせ孤独に耐えきれなくてタルパなんて作って。
なんていじらしいのだろう。
今まで知らなかった清太郎の経緯をほんの少し垣間見て胸の中に愛おしさが広がる。
出来る事なら、やっぱり私は清太郎を受け入れたい。
この胸に抱き締めて甘やかしたい。
「お義父さんとお義兄さんは元々上手くいっていなかったんですけど、それが切っ掛けでお義兄さんはここにきたのもあると思うんです。それ以外にもお仕事とか恋愛とか上手くいかない事が重なってたみたいなんですけど…。」
以前『本当は言い分があったのに全部黙ってここに逃げ出してきた。』と清太郎本人が言っていた。
家族にも仕事場にも恋人にも。
きっと全てに対して諦めて何も言わなかったのだろう。
汐さんの話を聞いて色々と合点がいく。
ああ、早くどうにかして町田手毬のまま男を受け入れられるようにならないと。
そうして清太郎を隣で支えたい。
決意が改になる中、それなのにこの後急に爆弾をぶっ込まれる事になる。
「それに未だに優美さん…元恋人がお義兄さんに連絡してくるみたいで。」
ん?
私の思考は完全に停止した。
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