タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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呆然と思考していると再び清太郎が部屋に入ってくる。
その手には結構な量の本が。
それらをちゃぶ台に乗せ私の方へ差し出してきた。
「これ。シリーズになってて7冊出てるんだけど…。町田先生が亡くなる前の年に最終巻が出て完結したんだ。」
「これ…が私の話なんですか?7冊も…?それを清太郎さんは読んだんですか?」
「勿論。」
ただの白地に『神の後悔』とだけ書かれたシンプルな表紙。
「これ…内容は?」
「神様が主人公で物語は終始その神様の視点で進んでいく。その世界での神様の役目は人間を成長させて次の輪廻へ送る事なんだけど、地球上に人間が増え過ぎてしまって自分一人での管理に限界を感じてくる。だからお手伝いとして天使を何人も作った。その内の一人がアンタをモデルにしたキャラクターだった。」
無口でいつも難しい表情をしていた祖父。
まさかそんな天使なんかが出てくるフワフワなファンタジーを書いていたとは。
「天使達は皆個性的で。自分勝手にターゲットの人間を操作する奴や、優秀でも何処か事務的な奴とか困った子が沢山居て。修行の為に人間界に送った中で人間に寄り添って成長を促す事が出来る子なんて中々出てこない。だけど神様は思うんだ。皆可愛い自分の子供達で存在してくれているだけで尊いって。だから仕事が下手くそでも全員それぞれ愛おしいって。そんな中で奇跡みたいに一人だけ思い遣りを持って人間に寄り添う事が出来る子が現れる。それがアンタなんだよ。」
清太郎は一番年季が入っていてナンバリングのない一冊目を手に取ると愛おしそうに表面に手のひらを当てている。
その優しい表情がまるで自分に向けられているみたいでキュッと胸が締まる心地がした。
「神様は嬉しくなってアンタに沢山試練を与えるんだ。他の天使達のお手本になって欲しくて。ゆくゆくは自分を超える神様になって欲しくて。だからアンタがやり遂げる度に沢山褒めた。偉いね。良い子だねって。アンタもそれが嬉しくていっぱい頑張るんだ。2巻から6巻までは周囲の期待に応えようとアンタが頑張って色んな人間を幸せにしていく所を神様が見守っている話になってる。」
いつの間にかそのキャラクターを清太郎は完全に私の事みたいに話している。
私もそれに疑問も持たずに聞いていた。
その話はぼんやりとではあるけれど、実際の祖父と私の関係に重なったから。
「だけど話が進むにつれてアンタは無理が祟って怪我をしてしまう。羽が折れて飛べなくなるんだ。その影響で人間を幸せにする為の能力も衰退する。神様はアンタを不憫に思って自分の元へ帰ってくるように言うんだけどアンタはそれを拒否する。『能力の無くなった私に価値は無いから』って。神様はそこで初めて後悔した。今までこの子に居るだけで良いよって言ってあげた事があったかなって。」
蘇る幼少期の祖父とのやり取り。
大人になっても甘ったれな母と幼少期からしっかりとして見せていた私。
離婚した母と共にこの地へ出戻って来た時、私達を見て祖父が言った。
『手毬は大人の栞よりもしっかりしていて偉いな。』と。
その時の私は確かに喜んだ。
自分の頑張りを、能力を認められて。
だけど強い女にならなければという枷がまた一つ大きくなってしまったのも事実だった。
そんな私に伸し掛る重圧に祖父は気付いてくれていたのかもしれない。
「神様は出来ない子達にしたみたいに『居てくれるだけで良いよ』って、もう存在自体が愛しいって伝えれば良かったって深く後悔した。アンタに対して頑張った時にだけご褒美みたいに『良い子だね』って頭を撫でた記憶しかない。そんな自分を責めた。だからずっと見守ってた。帰らないって言って自分の元からアンタが去った後もずっと。」
喉の奥が詰まったみたいに苦しい。
実際は物語と違い、亡くなるその瞬間まで私は祖父の横に居たけれど、他所に温もりを求めたり、実の祖父以上に源造さんに懐いたり。
きっと祖父は分かっていたのだろう。
私が安らぎを実の家族には求める事が出来なかったと。
「その…、その子は最後どうなるんですか?」
「幸せになったよ。ちゃんと。」
清太郎は手にしていた一冊目をちゃぶ台に置くと、今度は背表紙に7とナンバリングされている最終巻を手に取った。
「神様の手を振り払った後、羽のないアンタが落ちた所は一人の老婆が暮らしている家だった。その老婆も孤独で。喜んでアンタを受け入れる。老婆もアンタもお互いの事情を詮索しない。どうしてお互いが孤独なのかも分からない。だけどただ存在を求め合って一緒に居る事にした。」
不意に源造さんとの生活が思い起こされる。
老婆と天使の寄り添いが源造さんと私に重なって。
それは祖父が死んだ後の事の筈なのに、まるで祖父は見てきたのかのように以前にこの話を書いたんだ。
「老婆はね、アンタがどんなに良い子にしていても絶対に『良い子だね』って言わないんだ。何か良い事をすれば『ありがとう』で。失敗しても『可愛いね』、一緒にいるだけで『大好きだよ』って言うんだ。老婆は愛おしいアンタに自分が一番好きな花からとって『手毬』って名付けるんだ。そして毎日優しく『手毬ちゃん』って呼びかける。この老婆からアンタは初めて存在しているだけで尊いっていう最上級の愛情を貰う。最後には幸せになる。そんな話。」
どう反応していいのか分からない。
ただただ弱々しい笑いが漏れた。
「…あ、あはっ。…そうですか…そんな話を祖父が…。」
きっと隠しきれていない動揺が伝わっていると思う。
だけど清太郎はそこには触れず落ち着いた声で問い掛けてくる。
「アンタはさっき俺に『ここの人達は人と繋がれるだけで嬉しい』って教えてくれた。極論だけどそれってこの老婆がくれた『存在しているだけで尊い』に通じる感覚だよな?」
「…はい。」
「それじゃあ、どうしてそれを分かっている筈のアンタがいまだに『良い子で居ないと価値がない』っていう価値観に囚われているような振る舞いを続けているんだ?」
ハッと息を飲み背筋が伸びた。
声も出せないまま清太郎を見る。
「俺には無償で居場所をくれるって言うくせにアンタは頑張らないと何処にも居させてもらえないみたいな態度だ。」
気付けば自然と首を横に振っていた。
清太郎の言う事を否定したいわけではない。
だけどあまりの事実を言い当てられその衝撃に思わず頭が揺れ続ける。
「物語の『手毬』みたいにアンタも早くそんな居場所を見つければ良い。町田先生もそれを願ってこれを書いたんだろうしな。」
「…ごめっ…さい。…ちょっと…すぐには…。」
頭が酷く混乱していた。
全くの無自覚ではなかったけれど、人から指摘されたのは初めてで。
言い当てられたみたいなこの状況が少し怖くなった。
「ははは。凄い反応だな。」
清太郎が唐突に笑い出す。
小馬鹿にした態度だけれどその目は引き続き優しい。
「『そんなのここでは助けてって言ってるのと同義です!』なんて、俺に対して見透かしたみたいに指摘してきたくせに、自分が指摘されるとそんなんなっちゃうのかよ。」
私は照れ隠しに反論する。
「ううううるさい!もう止めて下さい!そ、そぉそれに指摘って事は自分だってやっぱ『助けて』って意味だったって認めたって事ですよ!」
「ははは、…そうだよ。」
「なっ…」
「一人になりたかった筈なのに一人じゃ同仕様もなくて困ってた。だからアンタには感謝してる。ありがとう。」
「なっ…そっ…」
渾身の指摘があっさりと認められてしまった。
酷い肩透かしに言葉を失う。
パクパクと口を開いている私に清太郎は尚も笑う。
「はは。俺はアンタがもっとワガママでも、…もう少し性格が悪かったとしても嫌いにならない…っつーか、ここの人達全員そうだろ?皆アンタの事大好きじゃん。なあ?」
「…。」
「アンタも早く『借り』って思わなくなる日がくると良いな。」
向けられた笑顔。
清太郎に励まされるなんて。
こんな暖かい言葉達を貰えるとも思っていなかった。
どこか既視感のある清太郎の笑顔を眺めて確信する。
ああ、私はやっぱり清太郎が好きなんだ。
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