15 / 57
タルパと夜に泣く。
15
しおりを挟む
相変わらず心許無いロウソクの光。
いつもの薄暗い居間。
だけどいつもと違うのは私がアナでは無い事だ。
借りたタオルで髪を拭きながら呟く。
「この部屋だけ停電してるみたい。」
「うるせぇな…。越して来たらここの電球だけ切れてたんだよ。」
そんな事は当然知っている訳だけれども…。
町田手毬としてこの居間に清太郎と二人で居るなんて。
ザワついて落ち着かない心を無視するように、自分でも白々しいとは思いつつ、知らないふりをしたまま会話を続ける。
「引っ越してきてから暫く経ちますよね?電気屋さん行って下さい。すぐそこに田村さんっていう電気屋さんありますから。」
「へーへー。」
あからさまな態度。
まるで口煩い母親と思春期の子供みたいなやり取りだ。
「ふふっ…。」
「な、なんだよ。」
「いや…、そんなに面倒臭い態度隠さないで出してくれると私も遠慮無くお節介焼けるなって…」
「焼くなよ。」
乱暴な口調。
だけど少しだけ罰が悪そうに「俺はアンタに何も返せないんだから…。」と続けて呟いていた。
その顔を見ていたら、なんとなく今なら聞いてもらえる気がして私は少し真面目に言葉を紡ぎ出す。
「私も施されるのは苦手ですよ。相手はお互い様とか出来る事をしてるだけだからって言ってくれるけど。どうしたって同じだけ返せないモノを貰ってしまうと居心地が悪いですしね。永遠に返せない借りを作ってしまった?みたいな。親切にされる度に居心地が悪くなって…、受け入れてもらって優しさを貰っている筈なのに何故か居場所が無くなっていくんですよね。」
「…あ、ああ。」
「でもね。ここの人達は人と繋がれるだけで嬉しいんですよ。だから親切にしている側にも得る物があるみたいなんです。それに気付いてからは私もここの人達に倣って敢えて甘えたりお節介するようにしていますけどね。それでも清太郎さんの戸惑いも居心地の悪さも経験があるので分かっています。」
「…。」
「藤間のおっちゃんは『郷に入っては郷に従え』なんて言っていましたけど、無理に合わせて居心地が悪くなるくらいなら今のスタンスを崩さないで良いですからね?私のお節介も突っぱねてくれても良いんです。私はここが清太郎さんの居場所になれば良いなって思います。だからここの人達の親切を『借り』だと感じてしまう内は無理に受け取らないで下さい。居心地の悪さに追い出されないで下さい。」
清太郎は暫く驚いた顔で私を見ていた。
けれど、急に下を向くとそのまま動かなくなってしまう。
長々と語ったのが気に触ったのだろうか。
流石に説教臭かったかもしれない。
それとも散々仲良くなりたいと距離を詰めておきながら「受け取らなくて良い」なんて言ったから急に突き放したように受け取られたのだろうか。
私は慌てて言葉を付け足す。
「あの、でも、勿論自然と皆と仲良くしたいって思えたならそれに超した事は無いですよ。あの、清太郎さんがしたいようにしてくれるのが私としても望んでる事なので。清太郎さんの望む距離を保ちますってだけで壁を作るつもりもなければ頑なにその距離を延々と守るって意味でもなくて…」
「町田先生の書いていた通りだな。」
「…へ?」
清太郎が顔を上げた。
その表情は思いの外穏やかで、今度は私が戸惑ってしまう。
「町田先生の本…。読んだ事あるだろ?孫なんだから。」
真っ直ぐな目に見捕らえられ私はフルフルと首を横に振った。
薄情に思われるかもしれないけれど、私は祖父の作品は殆ど読んだ事がない。
というよりも読めなかった。
読もうとしてもページが先に進まなくて。
「モデルが…。祖父の作品は登場人物のモデルが母な事が多いから…。どれも綺麗な話で、大体ハッピーエンドだけど…、なんか…そのどれも実際の母の人生とは乖離していて。受け入れられないんです。だから最後まで読んだ作品は一冊もなくて…。」
黙って聞いていた清太郎は一呼吸置くとまたゆっくりと口を開く。
「家族や配偶者をモデルにする作家は少なくないし、そのモデルになった人物や近しい人間がその作家の作品を読まないってのもよくある話だよ。ただ…アンタは本屋さんやってるから。うちの爺さんから聞いていた話とかで町田先生とアンタとの仲も円滑そうに思えたし。だから勝手に読んでるもんだと思い込んで話を進めた。悪かった。」
「いえ…。私も本は好きだし、折角なら祖父の本読みたかったですけどね…。」
「そうだよな。家族だと色んな感情があるよな…。フラットに読めなくて当然だよな。」
私はただ黙って頷く。
響く雨の音。
気不味い沈黙が訪れた。
だけど何故か居心地の悪さはなくて。
それは今の清太郎から醸し出されている空気が優しいからだと思う。
「町田先生の初期の作品はさ…。うちの爺さんとか町田先生の奥さんとかがモデルだったし、中期はアンタのお母さんが確かに多かったよ?だけど…晩年はずっとアンタの話を書いていたよ。」
「私…?」
「うん。」
全然知らなかった。
知ろうともしていなかったから当然ではある。
だけどどうして?
「ちょっと失礼。」
混乱し状況を上手く理解出来ていない私を残し清太郎は部屋を出て行ってしまった。
開け放たれた襖。
その奥の清太郎が消えていった廊下を見詰めて一人考える。
祖父が私の話を…?
一体どんな?
いつもの薄暗い居間。
だけどいつもと違うのは私がアナでは無い事だ。
借りたタオルで髪を拭きながら呟く。
「この部屋だけ停電してるみたい。」
「うるせぇな…。越して来たらここの電球だけ切れてたんだよ。」
そんな事は当然知っている訳だけれども…。
町田手毬としてこの居間に清太郎と二人で居るなんて。
ザワついて落ち着かない心を無視するように、自分でも白々しいとは思いつつ、知らないふりをしたまま会話を続ける。
「引っ越してきてから暫く経ちますよね?電気屋さん行って下さい。すぐそこに田村さんっていう電気屋さんありますから。」
「へーへー。」
あからさまな態度。
まるで口煩い母親と思春期の子供みたいなやり取りだ。
「ふふっ…。」
「な、なんだよ。」
「いや…、そんなに面倒臭い態度隠さないで出してくれると私も遠慮無くお節介焼けるなって…」
「焼くなよ。」
乱暴な口調。
だけど少しだけ罰が悪そうに「俺はアンタに何も返せないんだから…。」と続けて呟いていた。
その顔を見ていたら、なんとなく今なら聞いてもらえる気がして私は少し真面目に言葉を紡ぎ出す。
「私も施されるのは苦手ですよ。相手はお互い様とか出来る事をしてるだけだからって言ってくれるけど。どうしたって同じだけ返せないモノを貰ってしまうと居心地が悪いですしね。永遠に返せない借りを作ってしまった?みたいな。親切にされる度に居心地が悪くなって…、受け入れてもらって優しさを貰っている筈なのに何故か居場所が無くなっていくんですよね。」
「…あ、ああ。」
「でもね。ここの人達は人と繋がれるだけで嬉しいんですよ。だから親切にしている側にも得る物があるみたいなんです。それに気付いてからは私もここの人達に倣って敢えて甘えたりお節介するようにしていますけどね。それでも清太郎さんの戸惑いも居心地の悪さも経験があるので分かっています。」
「…。」
「藤間のおっちゃんは『郷に入っては郷に従え』なんて言っていましたけど、無理に合わせて居心地が悪くなるくらいなら今のスタンスを崩さないで良いですからね?私のお節介も突っぱねてくれても良いんです。私はここが清太郎さんの居場所になれば良いなって思います。だからここの人達の親切を『借り』だと感じてしまう内は無理に受け取らないで下さい。居心地の悪さに追い出されないで下さい。」
清太郎は暫く驚いた顔で私を見ていた。
けれど、急に下を向くとそのまま動かなくなってしまう。
長々と語ったのが気に触ったのだろうか。
流石に説教臭かったかもしれない。
それとも散々仲良くなりたいと距離を詰めておきながら「受け取らなくて良い」なんて言ったから急に突き放したように受け取られたのだろうか。
私は慌てて言葉を付け足す。
「あの、でも、勿論自然と皆と仲良くしたいって思えたならそれに超した事は無いですよ。あの、清太郎さんがしたいようにしてくれるのが私としても望んでる事なので。清太郎さんの望む距離を保ちますってだけで壁を作るつもりもなければ頑なにその距離を延々と守るって意味でもなくて…」
「町田先生の書いていた通りだな。」
「…へ?」
清太郎が顔を上げた。
その表情は思いの外穏やかで、今度は私が戸惑ってしまう。
「町田先生の本…。読んだ事あるだろ?孫なんだから。」
真っ直ぐな目に見捕らえられ私はフルフルと首を横に振った。
薄情に思われるかもしれないけれど、私は祖父の作品は殆ど読んだ事がない。
というよりも読めなかった。
読もうとしてもページが先に進まなくて。
「モデルが…。祖父の作品は登場人物のモデルが母な事が多いから…。どれも綺麗な話で、大体ハッピーエンドだけど…、なんか…そのどれも実際の母の人生とは乖離していて。受け入れられないんです。だから最後まで読んだ作品は一冊もなくて…。」
黙って聞いていた清太郎は一呼吸置くとまたゆっくりと口を開く。
「家族や配偶者をモデルにする作家は少なくないし、そのモデルになった人物や近しい人間がその作家の作品を読まないってのもよくある話だよ。ただ…アンタは本屋さんやってるから。うちの爺さんから聞いていた話とかで町田先生とアンタとの仲も円滑そうに思えたし。だから勝手に読んでるもんだと思い込んで話を進めた。悪かった。」
「いえ…。私も本は好きだし、折角なら祖父の本読みたかったですけどね…。」
「そうだよな。家族だと色んな感情があるよな…。フラットに読めなくて当然だよな。」
私はただ黙って頷く。
響く雨の音。
気不味い沈黙が訪れた。
だけど何故か居心地の悪さはなくて。
それは今の清太郎から醸し出されている空気が優しいからだと思う。
「町田先生の初期の作品はさ…。うちの爺さんとか町田先生の奥さんとかがモデルだったし、中期はアンタのお母さんが確かに多かったよ?だけど…晩年はずっとアンタの話を書いていたよ。」
「私…?」
「うん。」
全然知らなかった。
知ろうともしていなかったから当然ではある。
だけどどうして?
「ちょっと失礼。」
混乱し状況を上手く理解出来ていない私を残し清太郎は部屋を出て行ってしまった。
開け放たれた襖。
その奥の清太郎が消えていった廊下を見詰めて一人考える。
祖父が私の話を…?
一体どんな?
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる