タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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相変わらず心許無いロウソクの光。
いつもの薄暗い居間。
だけどいつもと違うのは私がアナでは無い事だ。
借りたタオルで髪を拭きながら呟く。
「この部屋だけ停電してるみたい。」
「うるせぇな…。越して来たらここの電球だけ切れてたんだよ。」
そんな事は当然知っている訳だけれども…。
町田手毬としてこの居間に清太郎と二人で居るなんて。
ザワついて落ち着かない心を無視するように、自分でも白々しいとは思いつつ、知らないふりをしたまま会話を続ける。
「引っ越してきてから暫く経ちますよね?電気屋さん行って下さい。すぐそこに田村さんっていう電気屋さんありますから。」
「へーへー。」
あからさまな態度。
まるで口煩い母親と思春期の子供みたいなやり取りだ。
「ふふっ…。」
「な、なんだよ。」
「いや…、そんなに面倒臭い態度隠さないで出してくれると私も遠慮無くお節介焼けるなって…」
「焼くなよ。」
乱暴な口調。
だけど少しだけ罰が悪そうに「俺はアンタに何も返せないんだから…。」と続けて呟いていた。
その顔を見ていたら、なんとなく今なら聞いてもらえる気がして私は少し真面目に言葉を紡ぎ出す。
「私も施されるのは苦手ですよ。相手はお互い様とか出来る事をしてるだけだからって言ってくれるけど。どうしたって同じだけ返せないモノを貰ってしまうと居心地が悪いですしね。永遠に返せない借りを作ってしまった?みたいな。親切にされる度に居心地が悪くなって…、受け入れてもらって優しさを貰っている筈なのに何故か居場所が無くなっていくんですよね。」
「…あ、ああ。」
「でもね。ここの人達は人と繋がれるだけで嬉しいんですよ。だから親切にしている側にも得る物があるみたいなんです。それに気付いてからは私もここの人達に倣って敢えて甘えたりお節介するようにしていますけどね。それでも清太郎さんの戸惑いも居心地の悪さも経験があるので分かっています。」
「…。」
「藤間のおっちゃんは『郷に入っては郷に従え』なんて言っていましたけど、無理に合わせて居心地が悪くなるくらいなら今のスタンスを崩さないで良いですからね?私のお節介も突っぱねてくれても良いんです。私はここが清太郎さんの居場所になれば良いなって思います。だからここの人達の親切を『借り』だと感じてしまう内は無理に受け取らないで下さい。居心地の悪さに追い出されないで下さい。」
清太郎は暫く驚いた顔で私を見ていた。
けれど、急に下を向くとそのまま動かなくなってしまう。
長々と語ったのが気に触ったのだろうか。
流石に説教臭かったかもしれない。
それとも散々仲良くなりたいと距離を詰めておきながら「受け取らなくて良い」なんて言ったから急に突き放したように受け取られたのだろうか。
私は慌てて言葉を付け足す。
「あの、でも、勿論自然と皆と仲良くしたいって思えたならそれに超した事は無いですよ。あの、清太郎さんがしたいようにしてくれるのが私としても望んでる事なので。清太郎さんの望む距離を保ちますってだけで壁を作るつもりもなければ頑なにその距離を延々と守るって意味でもなくて…」
「町田先生の書いていた通りだな。」
「…へ?」
清太郎が顔を上げた。
その表情は思いの外穏やかで、今度は私が戸惑ってしまう。
「町田先生の本…。読んだ事あるだろ?孫なんだから。」
真っ直ぐな目に見捕らえられ私はフルフルと首を横に振った。
薄情に思われるかもしれないけれど、私は祖父の作品は殆ど読んだ事がない。
というよりも読めなかった。
読もうとしてもページが先に進まなくて。
「モデルが…。祖父の作品は登場人物のモデルが母な事が多いから…。どれも綺麗な話で、大体ハッピーエンドだけど…、なんか…そのどれも実際の母の人生とは乖離していて。受け入れられないんです。だから最後まで読んだ作品は一冊もなくて…。」
黙って聞いていた清太郎は一呼吸置くとまたゆっくりと口を開く。
「家族や配偶者をモデルにする作家は少なくないし、そのモデルになった人物や近しい人間がその作家の作品を読まないってのもよくある話だよ。ただ…アンタは本屋さんやってるから。うちの爺さんから聞いていた話とかで町田先生とアンタとの仲も円滑そうに思えたし。だから勝手に読んでるもんだと思い込んで話を進めた。悪かった。」
「いえ…。私も本は好きだし、折角なら祖父の本読みたかったですけどね…。」
「そうだよな。家族だと色んな感情があるよな…。フラットに読めなくて当然だよな。」
私はただ黙って頷く。
響く雨の音。
気不味い沈黙が訪れた。
だけど何故か居心地の悪さはなくて。
それは今の清太郎から醸し出されている空気が優しいからだと思う。
「町田先生の初期の作品はさ…。うちの爺さんとか町田先生の奥さんとかがモデルだったし、中期はアンタのお母さんが確かに多かったよ?だけど…晩年はずっとアンタの話を書いていたよ。」
「私…?」
「うん。」
全然知らなかった。
知ろうともしていなかったから当然ではある。
だけどどうして?
「ちょっと失礼。」
混乱し状況を上手く理解出来ていない私を残し清太郎は部屋を出て行ってしまった。
開け放たれた襖。
その奥の清太郎が消えていった廊下を見詰めて一人考える。
祖父が私の話を…?
一体どんな?
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