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タルパと夜に泣く。
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お腹が痛い。
気分が落ちる。
子供なんて要らないのに。
毎月飽きもせず月経を引き起こす己の身体が憎たらしい。
月経困難症で服薬治療を始めてからは大分ましにはなったけれど、腹痛、頭痛、倦怠感に襲われ、毎月この時は酷く憂鬱だ。
生理が来る度に私は女なんだと思い知らされる。
「手毬は男を必要としない強い女だから。」
母は私の事なんて見ていなかった。
「手毬は強い」なんてのは事実ではなく母の願望だ。
私が実際に強いかどうかなんて母には関係なかったのだ。
そう唱え続けて私にそう振る舞うよう仕向けただけ。
もう大人なのだからこの呪縛からは自分の力で抜け出さなければならないんだって。
そんな事は分かっている。
分かっているけど叫び出したくなる。
お母さん、お願いします。
もう私の中から出ていって下さい。
私は母の望み通り弱い「女」にはならなかったけれど。
母の望みとは違いただの「弱い人間」になってしまった。
嫌いじゃないと言われて以来、上手く出来れば町田手毬としても清太郎と仲良くなれるかもしれないと私は思っていて。
だけどその途端に怖くもなった。
アナではなく、町田手毬を清太郎が女として扱ったとしたなら。
私は私を保てるだろうか。
こんな事ばかり考えてもきっと杞憂に終わる。
たった一言「嫌いじゃない」と言われただけだ。
女として見られる不安なんて飛躍し過ぎだろう。
そう自分に言い聞かせてこの思考を終了させた。
一滴の雫が額に落ちてきた。
私は上に覆い被さっている清太郎の目を微動だにせず見詰めている。
息もできない。
それは清太郎も同じでグッと喉を鳴らしたきり動かなくなった。
物理的にも精神的にも身動きがとれなくて。
清太郎の身体から滴る水滴達と雨戸を叩く雨の音だけが『静と動』の『動』だった。
私は手にした回覧板をギュッと胸で抱き締める。
日が落ちてから降り出した雨は予報通り激しくなり、私は避難勧告が出た時の為に清太郎に避難所の案内をしに来た。
その際、玄関先で急な横風に煽られ二人してずぶ濡れになってしまい慌てた清太郎が上がるように促してくれたのだけれど。
タオルを借りる為にお風呂場へ向かって廊下を走る途中、私は放置されていた雨水たっぷりのポリバケツに躓き盛大にひっくり返してしまった。
そのまま勢い余って床に倒れ込む。
右足がジーンと痛い。
バケツは大量の水をぶち撒けながらすぐ近くに転がっている。
そして眼前には私を庇って一緒に倒れた清太郎。
後頭部と床の間に手を添えて守ってくれていた。
高鳴る心臓。
頼りない頼りないと思っていたけれど意外な事に力強く庇ってくれたりするんだという驚きも戸惑いを増幅させた。
「悪い。…今退くからちょっと待って。」
「あ、はい…。」
清太郎が私の頭を支えたままゆっくりと身を起こしていく。
私も床に手をついてそれに倣った。
手から離れた回覧板がバサリと床に滑り落ちる。
「あ、避難所…。避難勧告が出ると役場から放送が入るんです。そしたら避難しないとなんですけど、その場所とか安全なルートとか知らせたくて…。」
びしょ濡れで床にへたりこんだままファイルを差し出す私。
それを受け取りながら清太郎は「ああ、どうも…。」とぶっきらぼうに呟いた。
だけど顔が赤くて。
口調とは裏腹にこちらを意識してくれている事が伝わってくる。
この時間をむず痒く思っていると。
「ふっ…。それにしてもこんな時に来なくても…。」
突然、思い出したように清太郎が笑いだした。
それは町田手毬としては初めて見る笑顔で。
胸の奥がホワッと湧き上がる。
だけどこっちは真剣なのに。
笑われた事が悔しくて私は言い訳を始めた。
「だって連絡先も知らないですし。勧告はまだ出てないですけど、夜中の避難に不安な人や備蓄のない人は念の為もう避難所に集まっているので早めに知らせようかなって…。」
「連絡先?固定電話は爺さん死んでからもそのままあるけど。」
「清太郎さん電話鳴らしたらそれ出てくれます?」
「あー…。」
視線を天井に向け少し考えた後、パッと私の顔を見てまた笑う。
「確かに出ないな。うん。絶対居留守使うわ。」
「ほらー!だから直接来たんです!」
「はは、悪い…。とりあえず俺がタオル取って来るから。ここに居て。」
廊下に広がる水溜まり。
その中心に座り込んで清太郎の背中を見送る。
さっきからずっと心臓が煩い。
私はきっと…。
アナとして夜の清太郎と過ごす時間を知らなかったとしても…。
町田手毬としてしか清太郎と出会わなかったとしてもこういう顔を見せられたら好きになっただろう。
一人になりたいと全てを拒絶するくせに、目の前の人間を咄嗟に庇ってしまうなんていう普段無理やり隠しているみたいな優しさ。
アナの時は一方的に与えるつもりで接していたけれど、今の私は図々しくもその優しさを欲しいと思ってしまった。
清太郎が町田手毬にくれる温もりを。
それをもっと確実に、そして沢山。
私だけの物にしたいなんて…。
仮面を被らないと男に甘える事も出来ないくせに。
もう私は何者になってどうするべきなのかが全く分からなくなってしまった。
気分が落ちる。
子供なんて要らないのに。
毎月飽きもせず月経を引き起こす己の身体が憎たらしい。
月経困難症で服薬治療を始めてからは大分ましにはなったけれど、腹痛、頭痛、倦怠感に襲われ、毎月この時は酷く憂鬱だ。
生理が来る度に私は女なんだと思い知らされる。
「手毬は男を必要としない強い女だから。」
母は私の事なんて見ていなかった。
「手毬は強い」なんてのは事実ではなく母の願望だ。
私が実際に強いかどうかなんて母には関係なかったのだ。
そう唱え続けて私にそう振る舞うよう仕向けただけ。
もう大人なのだからこの呪縛からは自分の力で抜け出さなければならないんだって。
そんな事は分かっている。
分かっているけど叫び出したくなる。
お母さん、お願いします。
もう私の中から出ていって下さい。
私は母の望み通り弱い「女」にはならなかったけれど。
母の望みとは違いただの「弱い人間」になってしまった。
嫌いじゃないと言われて以来、上手く出来れば町田手毬としても清太郎と仲良くなれるかもしれないと私は思っていて。
だけどその途端に怖くもなった。
アナではなく、町田手毬を清太郎が女として扱ったとしたなら。
私は私を保てるだろうか。
こんな事ばかり考えてもきっと杞憂に終わる。
たった一言「嫌いじゃない」と言われただけだ。
女として見られる不安なんて飛躍し過ぎだろう。
そう自分に言い聞かせてこの思考を終了させた。
一滴の雫が額に落ちてきた。
私は上に覆い被さっている清太郎の目を微動だにせず見詰めている。
息もできない。
それは清太郎も同じでグッと喉を鳴らしたきり動かなくなった。
物理的にも精神的にも身動きがとれなくて。
清太郎の身体から滴る水滴達と雨戸を叩く雨の音だけが『静と動』の『動』だった。
私は手にした回覧板をギュッと胸で抱き締める。
日が落ちてから降り出した雨は予報通り激しくなり、私は避難勧告が出た時の為に清太郎に避難所の案内をしに来た。
その際、玄関先で急な横風に煽られ二人してずぶ濡れになってしまい慌てた清太郎が上がるように促してくれたのだけれど。
タオルを借りる為にお風呂場へ向かって廊下を走る途中、私は放置されていた雨水たっぷりのポリバケツに躓き盛大にひっくり返してしまった。
そのまま勢い余って床に倒れ込む。
右足がジーンと痛い。
バケツは大量の水をぶち撒けながらすぐ近くに転がっている。
そして眼前には私を庇って一緒に倒れた清太郎。
後頭部と床の間に手を添えて守ってくれていた。
高鳴る心臓。
頼りない頼りないと思っていたけれど意外な事に力強く庇ってくれたりするんだという驚きも戸惑いを増幅させた。
「悪い。…今退くからちょっと待って。」
「あ、はい…。」
清太郎が私の頭を支えたままゆっくりと身を起こしていく。
私も床に手をついてそれに倣った。
手から離れた回覧板がバサリと床に滑り落ちる。
「あ、避難所…。避難勧告が出ると役場から放送が入るんです。そしたら避難しないとなんですけど、その場所とか安全なルートとか知らせたくて…。」
びしょ濡れで床にへたりこんだままファイルを差し出す私。
それを受け取りながら清太郎は「ああ、どうも…。」とぶっきらぼうに呟いた。
だけど顔が赤くて。
口調とは裏腹にこちらを意識してくれている事が伝わってくる。
この時間をむず痒く思っていると。
「ふっ…。それにしてもこんな時に来なくても…。」
突然、思い出したように清太郎が笑いだした。
それは町田手毬としては初めて見る笑顔で。
胸の奥がホワッと湧き上がる。
だけどこっちは真剣なのに。
笑われた事が悔しくて私は言い訳を始めた。
「だって連絡先も知らないですし。勧告はまだ出てないですけど、夜中の避難に不安な人や備蓄のない人は念の為もう避難所に集まっているので早めに知らせようかなって…。」
「連絡先?固定電話は爺さん死んでからもそのままあるけど。」
「清太郎さん電話鳴らしたらそれ出てくれます?」
「あー…。」
視線を天井に向け少し考えた後、パッと私の顔を見てまた笑う。
「確かに出ないな。うん。絶対居留守使うわ。」
「ほらー!だから直接来たんです!」
「はは、悪い…。とりあえず俺がタオル取って来るから。ここに居て。」
廊下に広がる水溜まり。
その中心に座り込んで清太郎の背中を見送る。
さっきからずっと心臓が煩い。
私はきっと…。
アナとして夜の清太郎と過ごす時間を知らなかったとしても…。
町田手毬としてしか清太郎と出会わなかったとしてもこういう顔を見せられたら好きになっただろう。
一人になりたいと全てを拒絶するくせに、目の前の人間を咄嗟に庇ってしまうなんていう普段無理やり隠しているみたいな優しさ。
アナの時は一方的に与えるつもりで接していたけれど、今の私は図々しくもその優しさを欲しいと思ってしまった。
清太郎が町田手毬にくれる温もりを。
それをもっと確実に、そして沢山。
私だけの物にしたいなんて…。
仮面を被らないと男に甘える事も出来ないくせに。
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