タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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ゴトッと重い音を立てて床に置かれた工具。
「はいよ、これでとりあえずは大丈夫だ。」
浅黒い肌にヤニで黄ばんだ歯を覗かせて藤間のおっちゃんは笑った。
「おっちゃんありがとう。」
急なお願いに本当に直ぐ駆けつけてくれて有難い。
私も感謝を伝えながら自然と笑みになる。
「本当に助かったよ。ありがとう。」
「良いって良いって。まりまりの頼みなんだから。それにここは源造さんちだしな。」
「…助かりました。」
流石の清太郎も小さく呟きペコッと頭を下げた。
おっちゃんは嬉しそうに目を細め「良いって良いって。」と優しく笑いかける。
「お代はちゃんと貰ったし俺は仕事しただけだよ。礼ならまりまりに言え。」
「…はい。町田さん…ありがとうございました…。」
「い、いえいえ…。」
あれだけ頑なだった清太郎と、気作だけどちょっと強引なおっちゃん。
会わせる前は不安だったけれど何とか良い空気になったな。
と一安心したのも束の間。
「本っ当にまりまりには感謝しろよ?まりまりはお前さんの代わりに新入りにうるせぇご近所に挨拶周りしたり色々気に掛け…」
「ちょおっと、待った!」
慌てて遮る。
折角良い空気だったのに。
内緒でしていたお節介が他人の口からバラされるなんて。
しかもそんな恩着せがましい言い方。
非常に不味い。
「おっちゃん、あのー、この人はさ。ほら、都会から来て田舎の面倒臭いコミュニティーとか慣れてないの!それに誰でも色々事情があるでしょ?この人にも色々きっとあるんだよ。それを分からないのにご近所さんに誤解して欲しくないだけなの私は。完全なお節介だからおっちゃんもお礼とか強要しないで!」
恐る恐る清太郎の方を窺うと無表情で黙っている。
一気に不安感に襲われるも空気の読まないおっちゃんは私の気持ちなんてお構い無しに続けた。
「いやいや。郷に入っては郷に従えよ?俺は金さえ貰えりゃ仕事はちゃんとするけどまりまりの頼みじゃなきゃ予約の合間ぬってまで駆けつけなかったしな。ここには金を貰ったって気に入らなきゃ仕事しねぇ奴も沢山いる。だけどそいつらだって悪い奴じゃねえからよ。逆に言やぁ金なんて払わないでも気に入ってる人間には親切にしてくれんだ。」
おっちゃんは依然黙ったままでいる清太郎の肩に分厚い手を乗せる。
「お前さんが今日雨漏りの心配をしないで夜眠れるのは源造さんとまりまりがこの地で皆に好かれてたお陰なんだぞ。」
「…はい。」
「分かったか。たろたろ。」
「たろたろ…?」
時が止まった。
また私は慌てて二人の間に割って入る。
「あの!清太郎さん!藤間のおっちゃんはすぐ皆に変なあだ名つけるんです!だから気にしないで下さい!おっちゃんも、ちょっと距離の詰め方が雑なんだよ。」
「そうか?仲間なんだからこんなもんだろ?」
「いやいや、その仲間ってのもこっちが勝手に決める事じゃないから。ほら。おっちゃん次の現場あるでしょ?もう行きなよ。ほらほら。」
私はまだ何か言いたそうなおっちゃんの手に無理矢理工具箱を持たせ、玄関に向かい背中を押して行く。
そして見送るように後を追ってきた清太郎に向かい手で静止のポーズを見せるとサンダルを履いておっちゃんと二人だけで外に出た。
「何だよまりまり。俺はもっとたろたろと話したかったのに…。」
「人には人のペースがあるから。ここの人達からしたら一人の新入りって思って皆で興味津々になるのも分かるけど…。引っ越して来た側は一気に全部の環境が変わって大変なの。もう少し様子見ながらゆっくり距離を詰めて。ね。」
「そうは言ってもよぉ、まりまり。」
グイグイと背中を押していた私の手から逃げ振り向いたおっちゃん。
「たろたろが来て俺らみーんな喜んでんだぞ?まりまりに婿が来たって。」
「はー?!」
思いもよらない言葉に素っ頓狂な声が飛び出す。
「な、そ、そんな話に?!誰が?!何で?!」
「皆だよ。皆。龍善さんの孫と源造さんの孫でどっちも独身とか年寄り皆大盛り上がりだぞ。もうこの際くっ付いちまえば良いだろ?」
「おっちゃん!」
「これで子供でも出来れば龍善さんも源造さんもあの世で喜ぶだろ?」
「あのねぇ!!」
強い声で遮ると流石のおっちゃんも口を噤んだ。
私は畳み掛ける。
「あの人…清太郎さんは私の事嫌いなの。」
「あ?何言ってんだまりまり。そりゃねえだろ?まりまり嫌いな奴なんか居るか?」
「居るよ!いくらでも!今日清太郎さんは隣人として私のお節介に付き合ってくれただけなの。だから絶対に本人の前で私と付き合えとか言わないでね。他のジジババにもそこんとこ言っといて。分かった?」
目を見て訴える。
暫く二人でぐぬぬと目だけで会話しているとおっちゃんは渋々といった感じで呟いた。
「分かったよ。」
ただどうしても言い足りないようで。
立ち去り際に振り返り「でもよ。俺らは皆たろたろが来た事喜んでるんだからな?それにまりまりの幸せも願ってんだ。な?それはまりまりも分かってくれよ?」と寂しそうに付け足した。
私も少し悲しくなって弱く返す。
「うん。分かってる。でもごめん…。」
キツく言い過ぎた事への謝罪のつもりだったけど。
それはまるで幸せになれない事への罪悪感からの謝罪みたいになってしまって更に胸が傷んだ。
おっちゃんは益々寂しそうな表情で頷いたけれどそれも何に対してなのかはよく分からなくて。
トボトボと遠ざかって行く背中を見送った。
さて、私もそろそろお暇しよう。
そう思い玄関の方に振り返った時。
すぐ後ろに清太郎が立っていた。
「うわあ!ビックリした…」
「…い、あ、ごめん…」
「気配殺しすぎですよ!前世忍者ですか?もっと生命力持って生きて下さい…。」
余りの驚きにまた咄嗟に失礼な事を口走ってしまう私に、直前まで申し訳なさそうにしていた清太郎も流石にウンザリした顔で吐き捨てる。
「アンタは本当に。折角お礼言おうと思ってたのに…。口悪いし…頼んでもないのに近所の人にフォロー入れてたり…。」
「すみません…。」
「今日は本当に助かったけど、お節介はここまでにしてくれ。善くしてもらってもどうせ俺は何も返せない。」
「分かってますよ。だからお礼なんて良いです。お返しなんて望んでないし。それに藤間のおっちゃんだけじゃなく皆にも言っておきますから安心して好きなように生活して下さい。私も距離感考えますから…。」
「…じゃない…。」
言い合う最中、急に俯いて声が小さくなる清太郎。
「ん?何ですか?」
聞き取れず覗き込んだ瞬間バチッと目が合った。
「嫌いじゃない!」
急な大声。
戸惑い身構える私からすぐに顔を背け清太郎はまだボソボソと呟く。
「さっきの聞こえてた…。別に嫌いじゃない。アンタの事。」
さっきの?
おっちゃんと私の会話の事だろうか。
一瞬だけ意味が分からなかったけれど。
理解した途端、自分で顔が熱くなるのを感じ慌てふためく。
「あああ、あの、さっきの?おっちゃんが言ってた事は、きにっ気にしないで下さい!田舎ってそういう事言いがちなんです!すぐ結婚とかこここ子供とか!」
「あ、ああ…。」
「ああやって周りに言われたからってその気になって調子に乗って彼女面とかしないので安心して下さい!」
「分かってるよ。」
対照的に清太郎は落ち着いている。
泡食っている私を諭すようにゆっくりと優しい声を出す。
「アンタが誰にでも親切なのも分かってるし、その親切をする時だって空気読んで相手の望んでる以上の事には踏み込まないのも知ってる。俺は普通のコミニュケーションも拒絶してたから酷い事言って突っぱねたけど、アンタのお節介が行き過ぎてた訳じゃない。今まで悪かった。」
「あ、ああ…、はい。」
まさかこんなに素直に謝罪されるとは思わなかった。
私は上手く言葉が出てこなくてただコクコクと頷く。
「これからも俺はアンタの親切とか上手く受け取れないと思う。だけど嫌いとかじゃないから…。」
「わ…分かりました。」
暫しの沈黙。
何なんだ…。
全身を掻きむしりたい衝動に駆られ、気不味くて居心地が悪い。
それなのに何故か嫌じゃない不思議な空気。
沈黙を破ったのは清太郎で。
「じゃ、じゃあ、今日はありがとうございました!」
そう赤い顔で吐き捨てるとバシャンと派手な音をたて乱暴に扉は閉じられてしまった。
「あ、はい。」
そう答えたけれど、もうとっくに扉の向こうに気配はなくて清太郎に声が届いたかは分からなかった。
「嫌いじゃない。」
そうはっきり聞こえた。
アナの時に町田手毬の事を「嫌いだよ。」と断言したのを確実に聞いたけどな。
なんてツッコミたい気持ちもあるにはあるけれど私の胸中は喜びに満ちていた。
どうしたら良いのだろう。
これからもお節介して良いのかな?
町田手毬としても近付いても良いのかな?
そんな事をぼんやりと考えながら帰宅し、トイレに行くと生理になっていた。
ああ。
これから数日アナとして源造さん宅に行くことが出来なくなってしまった。
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