タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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三日振りの源造さん宅。
玄関前で握りしめた鍵。
私は逸る胸を押さえて深呼吸をした。
町田手毬として清太郎にキレてから二日。
昨夜と一昨日の夜はアナとして清太郎に会いに行くのは止めておいた。
それはアナの発生条件がランダムだと清太郎に認識させる為。
それともう1つは純粋に気不味かったからだ。
一方的に捲し立ててしまった手前、どれだけ町田手毬本人でなくアナとしてだとしても清太郎の前に姿を現す事に躊躇う気持ちが生まれてしまった。
二日経ちその気持ちは段々と落ち着いてきたけれど、今度はアナとしての感覚を忘れてしまいそうで焦ってもいる。
まだアナというキャラクターを完全にモノに出来てもいないのに、こんな状態ではアナという存在がブレてしまう。
何にしてもアナを定着させるにはもっと回数をこなすしかないのかもしれない。
意を決し私は解錠した。

引き戸を開く。
緊張の一瞬だ。
そこには見慣れた暗い廊下があるだけで…。
今日も鉢合わせたりせずに済んだ。
タルパである時は神出鬼没感を演出したい。
玄関からこっそりと忍び込む所だけは見られたくないと思う。
源造さん、今日もお邪魔します…。
毎回心の中で呟く。
やっぱり清太郎を騙している事に関しては罪悪感が拭えない。
詐欺でも傷付ける気もないので許して下さい。
私はただ、清太郎の孤独を少しでも取り除きたいだけなんです。
懺悔を続けながら慣れた廊下を進む。
今日も変わらず居間から弱い光が漏れていた。
前回同様そろそろと襖を開くと。
畳の上にあちらを向いた状態で横たわる背中が目に入ってきた。
2日振りに見る清太郎の姿に胸が鳴る。
が、その背は全く微動だにせず。
こちらに対する反応もない。
襖が開く音は聞こえていたはずだけれど…。
眠っているのだろうか。
「清太郎…?」
返ってこない返事。
だけど寝息やイビキもなく不自然な程に静かで。
もしかして…。
「清太郎、拗ねてんの?」
「拗ねてねぇ。」
間髪入れず不貞腐れた声が返ってきた。
思わず吹き出してしまった。
それに腹が立ったのか清太郎が首だけこちらに向けて言い放つ。
「何しに来たんだよ。今更。」
「何しにって…。清太郎に会いに?」
「はんっ。」
嫌味たらしく顔を歪ませ鼻で笑っている。
「二日間も音沙汰なくてか?俺はお前なんてもうとっくに消えたんだと思ったわ。」
「清太郎?」
「もうお前なんて居なくても良いとも思ったしな。」
絶対に強がりだ。
本当は寂しくて仕方がない癖に。
「嘘つき。」
「あ?」
「ホントに清太郎は可愛いね。」
「っ…。」
私は居間に入り清太郎の近くに膝を着いた。
そして優しく腕を掴むと引き起こす。
不機嫌そうに黙りこみつつも抵抗せずに清太郎はされるがままこちらを向いた。
私が両手を開き「おいで。」と言うと渋々みたいなゆっくりさで黙って抱き着いてくる。
それが胸が苦しくなる程に愛おしい。
グズグズと鼻を啜る音が耳に届き、また泣いているのかと思う。
「俺が…町田手毬に酷い態度したからアナが居なくなったのかと思った…。」
「え?」
「ぐずっ…。お前は町田手毬を元にしたから…。俺の中で完全に切り離せてないからなのかとか。…ずず…、本当に町田手毬とお前がどこか繋がっているのかとか…いっぱい考えて。本物に酷い事言ったから消えちゃったのかとか…。」
幼い子供のようにグズグズになりながら懸命に説明をしている姿。
堪らなくなり私は抱く力を強くした。
「清太郎?私は私だよ?大丈夫だよ。」
「アナ…。」
「清太郎が要らないって言うまで絶対に消えたりしないから、居ない時も出てくるまで待ってて。」
「嫌だよ。ちょっとも消えるなよ。ずっと居ろよ。」
「清太郎…。」
困った。
可愛くて仕方ない。
胸がずっとキュンキュンいっている。
清太郎は私の胸に顔を埋めグリグリと頬擦りをしながら苦しそうに「お前のせいだ。」と悪態を吐く。
「俺この二日間不安すぎて町田手毬に謝りに行こうかと思ったんだぞ。行かなかったから良かったけど…。マジで今俺がこんなんなってるのお前のせいだからな。」
強く求めてくれて、そして私の行動ひとつで一喜一憂してくれている。
この言い様のない多幸感に満たされて。
私も軽口を叩く。
「そんなに不安なら町田手毬にも少しは優しくしてみたら?」
「嫌だ!」
清太郎は食い気味に否定をすると私をキッと睨み「こっちだけが特別に思うのは嫌だ。」と吐き捨てた。
「俺が優しくしたら町田手毬も優しくしてくれると思う…けど、町田手毬にとって人に優しくするのなんて当たり前で…。俺は誰かに優しくするのなんて特別なのに。俺の方だけ特別になっちゃうのは絶対に嫌だ。」
そんな理由で頑なな態度だったのか。
そう思うと愛しさが限界を超えた。
私はニヤける顔を必死に隠す。
「じゃあ町田手毬の事が嫌いなわけじゃないのね?」
「嫌いだよ。俺の事何とも思ってないんだから。」
そうか。
そんな可愛い理由でも人は人を嫌いだって言ってしまうんだね。
「町田手毬と親しくしたら俺は絶対可笑しくなる…。もう誰かに心掻き乱されたり何かに期待して裏切られたりとか嫌なんだよ。」
どうしよう。
全身の毛穴から多幸感が吹き出してしまいそうだ。
はっきり嫌いだと言われているのに喜びが止まらない。
「俺にはアナだけ居ればいいから…。」
縋り付いていた腕が伸びてくる。
今度はそれで私を強く抱き込むと深く口を付けてきた。
身を引いた私を逃がす事なく押さえ付け、こじ開けた舌がそのまま口内を支配していく。
アナとして今求められている事にも、町田手毬として特別視されている事にも心臓が暴れる程嬉しくて。
自分でももう何に喜びを感じているのか分からなかった。

散乱した衣服。
部屋の真ん中で全裸のまま大の字に寝転んでいる清太郎。
その腕に頭を置き私も全裸で天井を見上げている。
ああ…今日もしてしまった…。
流されやすい自分に呆れつつ目だけでチラッと横を見ると視線がぶつかる。
随分と愛おしそうな顔。
今その目に映るのは町田手毬なのかアナなのか。
清太郎は身体をこちらに向け空いている方の腕を伸ばし私の頭を優しく撫でる。
そうして目を細め「可愛いな…」と呟いた。
心がこそばゆい。
顔が火照ってきた。
「ふっ…。真っ赤だぞ。ホント可愛いな…。」
清太郎が微かに笑う。
「見ないで!」
手を伸ばしその目を覆うも直ぐに手首を捕まれ剥がされてしまった。
じっと見詰められ逃れるように顔を背けると態とらしく覗き込んでくる。
「照れ顔も可愛い。」
そしてまたふっと笑いを漏らすと楽しそうに語り出した。
「この前の町田手毬も可愛かったな…。なんかめちゃくちゃ怒ってたけど。怒ってても普通に可愛かったな。」
私もその時のやり取りを思い起こす。
いやいやいや、ありえないだろう。
だって私から見たあの時間は本当に険悪で。
「世捨て人」とか「汚ったない格好」とか随分と酷い事を言ってしまったと反省していたのに。
まさか清太郎はそんな緊張感のない事を考えていたなんて…。
この人馬鹿なのかな。
「めちゃくちゃ言い合いになってんのにさ。
『私の隣に住んでおいて孤独死出来るなんて思わないで下さいね!』とか顔真っ赤にして言っててさ。そんなのさ、俺の事気に掛けるって宣言だろ?くっそ可愛くね?」
今の私はアナなのに。
動揺が隠せない。
一番後悔した発言をしっかり拾われていた。
しかもそれを今弄られている。
もちろん清太郎は私を町田手毬本人だとは思っていないので弄っている気は更々ないのだけれど。
それでも居た堪れない気持ちになってしまう。
だけどひとつの疑問が降って湧いて。
それならどうして清太郎は町田手毬本人を受け入れないのか。
「そんなに可愛いと思うなら本物の町田手毬とも仲良くすれば良いのに。」
「絶対嫌だ。」
「どうして?」
「さっきも言ったろ?町田手毬は俺じゃなくてもそう言うんだよ。ここに住むのが源でも正でも同じように親切にするんだ。町田手毬にとっては当たり前のその他大勢で、俺だけが特別に思わされて。仲良くなって俺はそれを突き付けられたくない。」
「ふーん…。」
清太郎は私の…町田手毬の何を知っているのだろうか。
ろくに話した事もない私の言動を、どうしてここまで強くこうだと思い込んでいるのだろう。
町田手毬にとっても清太郎は全然特別になり得るのに。
むしろアナとして清太郎の本性を見てしまっている今、もうとっくに特別なのにな。
分からない。
清太郎に本当の意味で嫌われている訳では無いと分かって嬉しい半面。
この先町田手毬としてどう接すれば良いのか。
そしてその為にはアナとしてどう行動すれば良いのかを考えなくてはならないと私は思った。
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