タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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昨日は大変だった。
後片付けも清太郎の身支度も私が一人でした。
奴は行為の直後、重たく降りてくる瞼をどうする事も出来ない様子でうつらうつらとし始めた。
早々に眠ってくれる方がこちらとしても好都合ではある。
が、会って直ぐ会話もそこそこに行為に突入し、事後即寝落ちだなんて男としては本当にどうかと思う。
私は自分の性器にティッシュを添えるとその上からショーツを履く。
そして下半身を晒しながら畳の上で伸びている清太郎の身体を拭いてやる事にした。
「んー、アナー。…後で良いから…。抱っこ。」
甲斐甲斐しく陰部の汚れを拭っている私の腕を掴み、自分の方へ引き寄せ甘える清太郎。
アラサーの男が抱っこって…。
私は清太郎の上に覆い被さると半ば呆れながらも抱き締めてやった。
「んー…。今日は…消えないで…ずっといてくれる?」
「…ごめん。わかんないや。」
「えー、やだ。」
また骨が軋む程の力で抱き締められる。
そのまま「やだやだ」と連呼しながら清太郎は首を左右に振って駄々を捏ね始めた。
私は「よしよし」と頭を撫で子供をあやす様な声色で話題を変える。
「ねぇ、清太郎。」
「…んー?」
「どうして清太郎は町田手毬が嫌いなの?」
「んー…。」
そうしてそれ切り暫く反応しなくなってしまった。
重たい瞼は開く事無く穏やかな呼吸に上下する胸。
寝落ちしたか。
話の先が聞けないのは残念だが立ち去るなら今だ。
そう思い起き上がろうとした瞬間、再度腕に力が込もりキツく拘束されてしまう。
耳元で響く声。
「うーん…町田手毬はさ…。俺に無いもの持ってて…、皆に好かれてるのに…。俺と同じ目してて…。寂しいのに誰も信じなくて、…ずっと一人でいる。…俺と違っていくらでも周りに人がいるのに…。そういうの…ムカつく…。俺の事、忘れてるのも…なんかムカ…つく…。」
そこまで言うと清太郎は本当に寝息をたて始めた。
その後は私が腕から抜け出そうがどれだけ揺すろうが応答は無く。
完全に眠ってしまったみたいだ。
清太郎にパンツを履かせ部屋の端っこに丸めてあったタオルケットを掛けてやり、私は静かに自宅へ帰った。

帰宅後。
布団に入ってもなかなか寝付けなかった。
清太郎が町田手毬を拒絶していた理由は嫉妬や羨みみたいなもので。
吐露するその口振りは愛情の裏返しの様にも聞こえ、何なら好意すら感じた。
それがこの上なく嬉しかった。
だけど結局清太郎が欲しているのはアナだという虚しさで今度は胸が痛くなる。
その矛盾する感情を行ったり来たりして何度も何度も意味の無い寝返りをうち、気付いたら空が白んでいた。

次の瞬間目を開けるともう完全に朝になっていた。
時計に目をやる。
「7時46分か…。」
最後に時計を確認したのが朝方の4時過ぎだったから…3時間程しか眠れていない。
8時にセットしていたスマホのアラームをキャンセルし、大きなアクビと溜息を交互に吐きながらダラダラと身支度と朝食を済ませる。
一通りルーティンをこなした後、食卓に無造作に投げてある薬のシートを手に取った。
1シートに28錠の薬が内包されている物。
それには左上から順に1~28までの番号が振ってある。
もう既に14までが空になっており、今日は15の薬を押し出し口に放り込む。
水で飲み下しながら考える。
ピル飲んでて良かったな…。
月経困難症の治療の為に服用しているピル。
まさか自分が避妊目的で安心する日が来るとは思わなかった。
昨日は31年生きてきて初めてスキンを使わずに行為に至った。
感染症やその他リスクを思えばよく知らない人物とスキン無しで行為に至るなんて事は本来ならば絶対にしない。
だけど、投げやりにでも自棄でもなく清太郎になら例え何かしらの病気を伝染されたとしても良いと理屈より先に心が思った。
そのくらい求められる事があの瞬間は幸せに思えたし、それだけ普段の生活が孤独なのだ。

「んーっ。そろそろ行くか…。」
大きく伸びをしながら立ち上がる。
今日も仕事だ。
生活しているこの平屋から数十メートル離れた大通り沿いにある店舗へ私は毎日出勤している。
玄関を施錠しながらフッと源造さんの家を見た。
相変わらず雨戸まで締め切っていて外からは中で誰がどんな生活をしているのか窺い知る事は出来ない。
昨日の今日だ。
きっと清太郎はまだ眠りこけているのだろう。
それともアナがいなくてまた泣いているのだろうか。
キュッと胸が締め付けられる。
今までも生活能力の無い男や、放っておけないタイプの人間をいくらでも見てきた。
その度私では面倒を見切れないと判断し深く関わらない様に距離を置いてきた。
人付き合いに関してはいつでも冷静でいられた。
なのにどうして清太郎だけは無視出来ないのだろう。
咄嗟に吐いた嘘に縋ってまでも関係を切れない様にしようとしている。
このままでは自分を見失ってしまうんじゃないかと恐怖する。
こんな事は初めてだ。

「手毬さーん!」
唐突に呼ばれ弾かれた様に声のした方を見る。
佐山急便の配達員が小走りにこちらに向かって来ながら手を振っていた。
「一条くん、おはよう。」
「おはようございます!店覗いたらまだ開いてなかったから…、こっち来ちゃいました。今からですか?」
「うん。もう集荷の時間か…。待たせてごめんね。直ぐに行くね。」
大道りへ向かう私に並び一条くんも来た道を戻る。
 「ちょっと早く来すぎたんで俺の方がすみません。手毬さんに会うの楽しみで、つい早く来ちゃうんですよねー。」
「また調子の良い事言って…。」
和やかに談笑している中。
ハッとして振り返った。
強い視線を感じた様な気がしたのだ。
しかし、当たり前に無人の自宅と雨戸の締め切られた源造さん宅があるだけだ。
「手毬さん?」
唐突に黙って立ち尽くす私に優しく声をかけてくる一条くん。
「どうかしました?」
「いや…何でもない。行こうか。」
私は笑顔で応えると店舗に向かって歩き出した。
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