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タルパと夜に泣く。
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遠くの田んぼからカエルの鳴き声が響いてくる。
昨日は全く気にならず静かな夜だと思っていたが、今日はやけに周囲の物音が耳につき鬱陶しくて仕方がない。
緊張と焦りで気が立っているのだろうか。
清太郎が心配な一心で今日もここまで来た。
だけどもし、実は私が感じた程清太郎がアナを必要としていなかったとしたら?
酒に浮かされていただけで何も覚えていなかったとしたら?
もしそうなら今日こそ本当にただの不法侵入者になってしまう。
都合の悪い事態が次から次へと思い浮かび手の平が汗で濡れてきた。
それでも昨夜縋り付いてきた凍える手の感触を思い出すと、今もこの中で清太郎が一人で泣いている様に思え勝手に身体が前に向く。
結局私はまた鍵を使って中に入った。
源造さん、ごめんなさい。
暗い廊下を静かに進みながら心の中で懺悔する。
任されていた「家を守る」という使命から今の行為は明らかに逸脱している。
お孫さんを騙し続ける為に鍵を使う今の私を見たとしたら源造さんはどう思うのだろう。
鍵を託した事を後悔するだろうか。
源造さんと祖父の龍善は幼馴染で、私にとって源造さんはもう一人の祖父の様な存在だった。
地元を出ることなく作家になった祖父。
対照的に大学から都心に出て弁護士になった源造さん。
それでも二人は絶えず親交し続け、定年後に源造さんが奥様と一緒に地元に戻ってきた後、毎日の様に顔を合わせては飽きもせず話し込んでいた。
5年前に奥様が、3年前に祖父が亡くなると、私と源造さんは寂しさを埋める様に家族ごっこをどちらとも無くし始めた。
食事を一緒に摂ったり並んで散歩をしたり。
生きる為に支え合った。
だから思い出の深いこの家を私も守りたかった。
だけどもう一つ心の底にある自分勝手過ぎて目を背けた醜い本音。
それは引き継ぐ孫なんて永遠に来なければ良いという想いだ。
源造さん亡き今この家を守るという使命だけを糧に私は生きていたから。
清太郎が来た事によりその役目は終わりを迎えようとしている。
そうして孤独を拗らせた私は新しく生きる糧として清太郎のタルパになったのかもしれない。
清太郎が心配だなんて建前でしかないんだ。
鍵を返せないのも今日また清太郎に触れに来たのも全て私のエゴなのだ。
居間の前で立ち止まる。
今日は襖が完全に閉じていて中の様子を目視する事は出来ない。
それでも襖の縁沿いに淡い光が漏れていて、微かに人の気配も感じ取れる。
途端に胸がギュッと痛んだ。
どうか今日も一人で泣いていて欲しい。
私の存在を必要としていて欲しい。
なんて自分勝手な願いなのだろう。
意を決してサーッと軽い音をたて襖を開くとロウソクの淡い光が優しく広がる。
その中で清太郎は背中を丸めて酒を飲んでいた。
そしてゆっくりとこちらに振り向き、私を目視する。
瞬間、顔を歪ませ飛びついてきた。
「アナ!」
余りに強く抱き竦めるものだから、膝が折れそのまま二人で廊下に倒れ込む。
「お前、…なん…、どこ行ってたんだよ。」
冷たい床の上で尚も抱き締められ身動きが出来ない。
ロウソクの光でユラユラと木目が動く天井を見上げ、私はこの人また電気屋さんに行かなかったなと関係ないことを思った。
手を回し頭と背中を撫でてやる。
清太郎は少し身を起こし私の顔をジッと見詰め、「もう会えないかと思った…。」と泣き出した。
ギュッと閉じられた目からボタボタと涙が滴り、私の頬を濡らしていく。
子供の様に泣きじゃくる姿。
愛おしい。
「清太郎。」
私は微笑んだ。
「アナ…。」
清太郎はまた私の骨が軋む程抱き締めてきた。
凍えている清太郎にこちらの熱を分け与えている筈なのに、何故か私までポカポカと暖かくなる。
鼻を啜りながら清太郎が言う。
「アナ、話そう。」
身体を起こし手を差し伸べてきた。
その手を取り私も身体を起こす。
「お前、俺が作ったのに何にも思い通りにならないんだもんな。」
清太郎は手を引きこちらを見たまま後ろ歩きで居間に入っていく。
そして昨日と同様、自分が先に畳に腰を下ろすと私を引き寄せ隣に座らせた。
「だから話してくれよ。お前が何なのか。」
声には出さず頷いて見せる。
大丈夫。
タルパの事は調べてきた。
清太郎がどんな言葉を望んでいるのかに囚われる必要はない。
素直に感じた事を口にしても問題なさそうだった。
清太郎からの質問に答えながら少しづつこちらに都合の良い方向にアナの設定を持っていけば良い。
そう自分に言い聞かせていると、清太郎が私のウエストに腕を回し抱き寄せてきた。
「なぁ、どうしたらお前を完全に俺のモノに出来るの?」
耳元で囁く声が震えている。
ゾクゾクと身体が疼きギュッと喉が詰まった。
何故この人はこうも的確に私の性癖を刺激してくるのだろう。
可愛くて愛しくてどうしようもなくなる。
「…照れてる?」
火照らせている私の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑う。
思わず顔を背ける私の顔は「逃げんな。」と苛立った清太郎の手によって向き直され、また強制的に見つめ合った。
「はーっ、そんな反応もすんのか…。これって俺が潜在的に望んでるって事?だからこんな可愛く感じるのか?」
こちらが恥ずかしくなる程明け透けな言葉。
頭の中の葛藤を全部晒す様に清太郎は話し続ける。
「匂いも感触もリアル過ぎだろ…。」
そして顔に添えていた手を動かし、ひんやりとした指でスーッと耳の輪郭をなぞり出した。
反射的にピクッと肩が上がる。
その反応に気を良くしたのか今度は首筋に指を柔らかく滑らせてきた。
ウエストに置かれていた手も厭らしく動き出す。
指の動きに翻弄され身を捩りながら吐息を洩らす私。
それを見て清太郎は「はは…。えっろ…。」と、興奮気味に笑っている。
話そうと言った癖に真面目に会話する態度は全くなく、調子に乗っている言動に少し腹が立った。
私は首元とウエストにある手を掴んで動きを封じキッと睨みつける。
驚いた表情で一旦動きを止めた清太郎。
「マジ?抵抗とかすんの?」
しかしそれは一瞬の事で直ぐに笑顔に戻ると私を押し倒し覆い被さった。
負けじと下から睨み続ける。
「アナ、怒ってんのか?目うるうるで顔赤くしてて、誘ってきてる様にしか見えねぇけど…。」
自身の唇を舐めながら何か企んだ目をしている。
正体を明かせない以上は強く抵抗出来ない。
だけどこのまま受け入れて良いのだろうか。
本当に戻れない所まで行ってしまう気がして怖い。
あからさまに拒否出来ない状態で控え目に身を捩ると、太腿が擦り合わさり気付いてしまった。
濡れている。
先に欲していたのは私の方だ。
清太郎の顔が近付いてきた。
私は抗うのを止めて目を閉じた。
昨日は全く気にならず静かな夜だと思っていたが、今日はやけに周囲の物音が耳につき鬱陶しくて仕方がない。
緊張と焦りで気が立っているのだろうか。
清太郎が心配な一心で今日もここまで来た。
だけどもし、実は私が感じた程清太郎がアナを必要としていなかったとしたら?
酒に浮かされていただけで何も覚えていなかったとしたら?
もしそうなら今日こそ本当にただの不法侵入者になってしまう。
都合の悪い事態が次から次へと思い浮かび手の平が汗で濡れてきた。
それでも昨夜縋り付いてきた凍える手の感触を思い出すと、今もこの中で清太郎が一人で泣いている様に思え勝手に身体が前に向く。
結局私はまた鍵を使って中に入った。
源造さん、ごめんなさい。
暗い廊下を静かに進みながら心の中で懺悔する。
任されていた「家を守る」という使命から今の行為は明らかに逸脱している。
お孫さんを騙し続ける為に鍵を使う今の私を見たとしたら源造さんはどう思うのだろう。
鍵を託した事を後悔するだろうか。
源造さんと祖父の龍善は幼馴染で、私にとって源造さんはもう一人の祖父の様な存在だった。
地元を出ることなく作家になった祖父。
対照的に大学から都心に出て弁護士になった源造さん。
それでも二人は絶えず親交し続け、定年後に源造さんが奥様と一緒に地元に戻ってきた後、毎日の様に顔を合わせては飽きもせず話し込んでいた。
5年前に奥様が、3年前に祖父が亡くなると、私と源造さんは寂しさを埋める様に家族ごっこをどちらとも無くし始めた。
食事を一緒に摂ったり並んで散歩をしたり。
生きる為に支え合った。
だから思い出の深いこの家を私も守りたかった。
だけどもう一つ心の底にある自分勝手過ぎて目を背けた醜い本音。
それは引き継ぐ孫なんて永遠に来なければ良いという想いだ。
源造さん亡き今この家を守るという使命だけを糧に私は生きていたから。
清太郎が来た事によりその役目は終わりを迎えようとしている。
そうして孤独を拗らせた私は新しく生きる糧として清太郎のタルパになったのかもしれない。
清太郎が心配だなんて建前でしかないんだ。
鍵を返せないのも今日また清太郎に触れに来たのも全て私のエゴなのだ。
居間の前で立ち止まる。
今日は襖が完全に閉じていて中の様子を目視する事は出来ない。
それでも襖の縁沿いに淡い光が漏れていて、微かに人の気配も感じ取れる。
途端に胸がギュッと痛んだ。
どうか今日も一人で泣いていて欲しい。
私の存在を必要としていて欲しい。
なんて自分勝手な願いなのだろう。
意を決してサーッと軽い音をたて襖を開くとロウソクの淡い光が優しく広がる。
その中で清太郎は背中を丸めて酒を飲んでいた。
そしてゆっくりとこちらに振り向き、私を目視する。
瞬間、顔を歪ませ飛びついてきた。
「アナ!」
余りに強く抱き竦めるものだから、膝が折れそのまま二人で廊下に倒れ込む。
「お前、…なん…、どこ行ってたんだよ。」
冷たい床の上で尚も抱き締められ身動きが出来ない。
ロウソクの光でユラユラと木目が動く天井を見上げ、私はこの人また電気屋さんに行かなかったなと関係ないことを思った。
手を回し頭と背中を撫でてやる。
清太郎は少し身を起こし私の顔をジッと見詰め、「もう会えないかと思った…。」と泣き出した。
ギュッと閉じられた目からボタボタと涙が滴り、私の頬を濡らしていく。
子供の様に泣きじゃくる姿。
愛おしい。
「清太郎。」
私は微笑んだ。
「アナ…。」
清太郎はまた私の骨が軋む程抱き締めてきた。
凍えている清太郎にこちらの熱を分け与えている筈なのに、何故か私までポカポカと暖かくなる。
鼻を啜りながら清太郎が言う。
「アナ、話そう。」
身体を起こし手を差し伸べてきた。
その手を取り私も身体を起こす。
「お前、俺が作ったのに何にも思い通りにならないんだもんな。」
清太郎は手を引きこちらを見たまま後ろ歩きで居間に入っていく。
そして昨日と同様、自分が先に畳に腰を下ろすと私を引き寄せ隣に座らせた。
「だから話してくれよ。お前が何なのか。」
声には出さず頷いて見せる。
大丈夫。
タルパの事は調べてきた。
清太郎がどんな言葉を望んでいるのかに囚われる必要はない。
素直に感じた事を口にしても問題なさそうだった。
清太郎からの質問に答えながら少しづつこちらに都合の良い方向にアナの設定を持っていけば良い。
そう自分に言い聞かせていると、清太郎が私のウエストに腕を回し抱き寄せてきた。
「なぁ、どうしたらお前を完全に俺のモノに出来るの?」
耳元で囁く声が震えている。
ゾクゾクと身体が疼きギュッと喉が詰まった。
何故この人はこうも的確に私の性癖を刺激してくるのだろう。
可愛くて愛しくてどうしようもなくなる。
「…照れてる?」
火照らせている私の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑う。
思わず顔を背ける私の顔は「逃げんな。」と苛立った清太郎の手によって向き直され、また強制的に見つめ合った。
「はーっ、そんな反応もすんのか…。これって俺が潜在的に望んでるって事?だからこんな可愛く感じるのか?」
こちらが恥ずかしくなる程明け透けな言葉。
頭の中の葛藤を全部晒す様に清太郎は話し続ける。
「匂いも感触もリアル過ぎだろ…。」
そして顔に添えていた手を動かし、ひんやりとした指でスーッと耳の輪郭をなぞり出した。
反射的にピクッと肩が上がる。
その反応に気を良くしたのか今度は首筋に指を柔らかく滑らせてきた。
ウエストに置かれていた手も厭らしく動き出す。
指の動きに翻弄され身を捩りながら吐息を洩らす私。
それを見て清太郎は「はは…。えっろ…。」と、興奮気味に笑っている。
話そうと言った癖に真面目に会話する態度は全くなく、調子に乗っている言動に少し腹が立った。
私は首元とウエストにある手を掴んで動きを封じキッと睨みつける。
驚いた表情で一旦動きを止めた清太郎。
「マジ?抵抗とかすんの?」
しかしそれは一瞬の事で直ぐに笑顔に戻ると私を押し倒し覆い被さった。
負けじと下から睨み続ける。
「アナ、怒ってんのか?目うるうるで顔赤くしてて、誘ってきてる様にしか見えねぇけど…。」
自身の唇を舐めながら何か企んだ目をしている。
正体を明かせない以上は強く抵抗出来ない。
だけどこのまま受け入れて良いのだろうか。
本当に戻れない所まで行ってしまう気がして怖い。
あからさまに拒否出来ない状態で控え目に身を捩ると、太腿が擦り合わさり気付いてしまった。
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