休憩室の真ん中

seitennosei

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麺を茹でる匂いが充満している店内。
券売機の電子音。
誰も見ていないテレビに映るアイドルのわざとらしい笑顔。
少しヌメる床。
いつもなら気にも止まらない些細な情報が目に付く。
俺は今緊張してる。
ソワソワとカウンター席でラーメンを待ちながら、隣に座る園田を気にする。
勿体ぶっても仕方ねぇ。
先に来たネギ飯を頬張る奴に対し、手持ち無沙汰な俺は単刀直入に言う。
「俺、汐ちゃんのこと好きだわ。」
言った。
俺はとうとう言ったぞ。
宣言された方の園田は、一瞬だけキョトンとした後、「ふぉぉー、だから言ったじゃないっすかー!」と、口からネギ飯を撒き散らしながら叫んだ。
そして散らばる飯粒を拾い上げながら「煩くしてすんません。」と周囲に頭を下げている。
カウンターの中でラーメンを茹でているオッサンが俺達に向かって「青春だな。」と笑いかけてきた。
「そんなんじゃな…」
「そうなんす。この人青春真っ只中なんす。」
気恥ずかしくて否定した俺に被せて園田は肯定する。
俺が想定していたより随分と楽しそうな反応しやがって。
あれでけ指摘されていたのに、「違う。」とか「そんなんじゃない。」とかグズグズと否定していた俺が、結局はその指摘通りになったんだ。
いつも明るい園田でも流石に嫌な反応を見せるのではないかと話す直前まで不安で仕方がなかった。
それが杞憂に終わりホッとする。
まぁ、全てはコイツの気遣いの元に成り立っているのだが…。
飯粒を拾い終わった園田は、それをティッシュに包みながら何やらニヤついている。
「んで?付き合うんすか?」
「いや、そう簡単にいかねぇって。」
対照的にこちらの顔は曇る。
俺は手に持ったコップの水を眺めてボヤいた。
実際もうはっきりと拒絶されてるしな。
あの時、何がいけなかったのだろう。
2回抱きしめて、2回とも応えてくれていたのに。
順序がめちゃくちゃだし、男性問題で疲れている女の子に対して性急過ぎたという点は心から反省している。
それらの行動によって嫌われてしまったのならば、もう挽回するのは難しいだろう。
だけど、何度あの日のことを思い出しても、汐ちゃんが俺の何を拒絶したのかが、どれだけ考えても判然としない。
最初に嫌われていた時のことを思い出す。
あの時は思い切って行動に出たら誤解が解け、後に距離を縮めることができたんだ。
この先だって、諦めずに汐ちゃんと向き合い続けよう。
それを無理強いでなく、汐ちゃんにも納得してもらって向き合っていくには、どうするべきなのか。
園田といることも忘れ、一人ぼんやりと考える。
「もう、高橋さん!何難しい顔してんすか!ガンガン行っちゃって下さいよ!俺に遠慮せずに!」
「ふはっ。何だよそれ。」
事情を知らない園田が唐突に的外れなことを言うので、思わず吹き出してしまった。
「お前に遠慮なんかしてねぇわ。」
冗談ぽくなったが、本当に遠慮なんかしていない。
こんな真っ直ぐで常に全力な人間に対して、遠慮するなんて失礼だ。
もともと手を抜く気なんてないけど、コイツに宣言した以上はこの先全力でいく。

「それにしても高橋さんってホント律儀っすねー。今日のこれだって付き合う前に言っておかなきゃフェアじゃないとか思ってでしょう?もー、そういうところが憎めないんすよー。」
ネギ飯を食べる手を止めて園田が語り出した。
「全く。見た目も中身もイケメンなんですからー。勝ち目ないっすよ。」
「違ぇよ。」
文句がましく褒めてくるから反応に困る。
俺はそんな良いもんじゃない。
勝ち目がないのはこっちの方だ。
厨房からの熱気と、園田の素直さにあてられ、俺も正直になる。
「お前がいたから気付けたことが沢山あったんだよ。恋敵じゃなくてもお前には報告してたし、可愛い後輩なんだから話聞いてもらう時はラーメンくらい奢るもんだろ。」
少々照れくさいが言えて良かった。
「園田、ありがとな。」
「高橋さん…。」
キラキラした目で見詰められる。
お前こそ真っ直ぐだし、正直だし、本当に良い男だよ。
「まぁ、ネギ飯まで奢らされるとは思わなかったけどな。」
「テヘッ。ごちっす。」
コイツ実際に口でテヘッて言いやがった。
ちょっと前まで緊張していたことも忘れ、自然と顔が綻んでしまった。
「はい、お待ち。」
目の前に待ちわびたラーメンが置かれる。
器に目線を落とすと、頼んだ覚えのない煮卵が入っていた。
「青春してる兄ちゃん達にオッチャンからのサービス。」
頭にタオルを巻いた色黒のオッサンが白い歯を見せながら笑っている。
「ひゃっほう!生きてて良かった!いただきまっす!」
園田は大袈裟に喜んで直ぐにラーメンをすすり出した。
「ありがとうございます。」
俺も礼を言って手を付ける。
俺一人だったら受けられないサービスだ。
周囲を思わず笑わせてしまう園田のキャラクターがオッサンに響いた結果だ。

今までの俺は自分を大きく見せることに一生懸命だった。
実際に大きな人間になる努力じゃなく、大きく見せるだけ。
その為に周囲を低く見せようと上から意見して押さえ付けていた。
しかもそれが無意識だったから質が悪い。
そんな生き方が格好悪いと最初に教えてくれたのは海だった。
俺より勝るものなんて何一つないだろうと見下していた海に、俺は何一つ勝てないことを思い知らされた。
今となっては海に対抗する気も、その必要もないのだが、今でも何一つ敵わないと感じ尊敬している。
そして、次に俺の意識を変えたのは園田だった。
自然体で自分を一切偽らない。
格好付けな自分が本当に恥ずかしくなった。
今の俺の周りにはお手本になる男が2人もいる。
俺は幸せ者だとしみじみ思う。
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