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寮から近所のカフェへと場所を移す。
一花さんと、寮の外で待っていた兄と、向かい合う形でテーブルに着く。
背が高く格好良い一花さん。
初めこそ健太の彼女やエミリさんと雰囲気が被り、警戒心剥き出しにしてしまったが、底抜けに優しい笑顔を向けられ、途端に絆されてしまった。
最初兄の彼女だと言われた時は、何の冗談かと思った。
しかし、その後に数ヶ月ぶりに会った兄は、垢抜け、明るく、雰囲気が柔らかくなっていて、これなら彼女がいても不思議ではないと思い直した。
私の知っている暗くて、頼りなくて、何を考えているのかわからない不気味な兄は姿を消しており、一花さんという人の影響力に感嘆した。
二人には、健太だということは伏せつつ、元カレの嫌がらせでバイト先を2回もクビになったことを話した。
健太は兄にとっても幼馴染なので、妹との色恋沙汰なんて知りたくないだろうと思うと、詳細が話せなかった。
それでも、母から情報が漏れているという経緯から、兄は人物が思い当たった様で、「実家に戻るより寮の方が安全か…。」と呟いていた。
2人に話して随分と気持ちが楽にはなったが、問題が解決した訳ではない。
今後どうしようか、それぞれが考えあぐねていると、一花さんが大胆な提案をしてきた。
「汐ちゃん。海くんと私と一緒に働かない?」
思いもよらない申し出に、咄嗟に言葉が出てこない。
そんな私を気にせず、一花さんは何でもないことのように軽く続ける。
「ここから徒歩圏内だからまたすぐに見つかっちゃうかもしれないし、職種は選べないのは申し訳ないけど。私達と一緒に働こう?」
そう言ってまた引く程優しい顔で微笑んでいる。
「ダメです。すぐ見つかります。…もう誰かに迷惑掛けたり、がっかりされるの嫌です…。」
涙で視界が歪む。
「こうして話を聞いてくれただけで十分です。これ以上はもう大丈夫ですから。」
誰にも依存せずに、働いて頑張ってみたい。
だけど、新しい場所でまた上手く出来ずに切り捨てられたら、今度こそ立ち直れない。
健太も怖い。
一花さんや兄にまで迷惑を掛ける前に断って、また一人の寮に戻らなくては。
そう思っていると、笑顔の消えた一花さんが再度口を開いた。
「汐ちゃん。厳しいことを言うね。」
まるで自分が厳しいことを言われたかのような苦しそうな表情に息を飲む。
「もうどれを選んでも、誰にも迷惑掛けないなんて無理なんだよ?」
真剣な表情の一花さんに、唐突に確信を突かれ、私は言葉を失った。
「でもそれは汐ちゃんがダメな人だからじゃなくて、一人で解決できない問題に直面している時は皆そうなんだよ?私は汐ちゃんが一人で強がって結果周りに掛けてしまう迷惑より、私達に頼って甘えて掛けてくれる迷惑の方が嬉しいけどな。」
瞬きも忘れ、慈しみに満ちた一花さんの顔を眺める。
どうしてこの人は初対面の私にここまでの優しさをくれるのだろう。
きっと、心底優しい人なのだろう。
だけどこれに甘えてしまった時、私はまたダメな人間にならないだろうか。
「あ、ちょっと強引過ぎだよね。ごめんね。勿論、バイトしたくなかったり他にやりたいことがあるなら無理強いしないからね。『迷惑掛けたくない』って以外の理由で断られたら、すぐ引き下がるから。」
この時、今まで私が依存してきた人達と一花さんは違うと感じた。
私が依存してきた人達は、皆決定事項を突き付けてきた。
それが悪い訳ではない。
だけど私のように際限なく甘えてしまう人間にそれは劇薬だった。
一花さんは行動力があり一見は強引だが、最終的な選択は私に委ね、尊重してくれている。
そして、底抜けに優しいが、甘やかしてくる訳ではない。
ここ最近、ずっと堂々巡りで腐っていた気持ちが、この短時間で急激に良い方へ動き始めた。
私は一花さんのいるお店で働きたいと自然と思えた。
一花さんがトイレに立っている隙に、今日再会してからずっと疑問だったことを兄に問いかける。
「お兄、どうやって一花さんみたいな素敵な人捕まえたの?」
妹でなければ許されない、かなり失礼な発言だが、兄は同意するように深く頷いて答えた。
「それが…。俺にもわからない。付き合い始めた時は、俺まだ暗くてキモいままだったからね。それでも好きになってくれてたって、俺本人が一番納得できてないよ。」
驚いた。
兄が一方的に思いを寄せ、一念発起して身なりを整え、必死にアプローチして彼氏の座を掴み取ったものだと決め付けていた。
遠慮のない兄妹間のやり取りで、発言の失礼度が加速する。
「一花さんて好みがちょっと変わってるのかな?」
「いや、元カレはイケメンらしい。」
「えー…。」
益々もって兄な理由がわからなくなってきた。
一花さんという人は、今日一日接しただけでも十分信用に足る人だと確信できる。
だけどどうして兄なんだろう。
そこだけが引っ掛かってしまう。
「何の話?」
トイレから戻り、着席した一花さんが可愛く小首を傾げている。
見た目も行動も格好良いのに、時々見せる笑顔や仕草が可愛らしい。
こんな素敵な人、もっといくらでも相手がいそうなのに。
「一花さんは兄のこと本当に好きですか?」
我慢できなくて思うままに疑問をぶつけてしまった。
途端に顔を真っ赤にして俯く一花さん。
あ、もう大丈夫です。
本当に兄が好きなんですね。
なんかすみませんでした。
釣られて隣の兄まで赤面している。
お前は照れてんじゃねぇよ。
どうして兄なのかはわからないままだが、兄を本当に好きなのかどうかは確認できた。
以前の兄は、暗くて考えていることもわからなくて、友人に紹介するのがはばかられるくらいキモかった。
だけど、昔から真面目だし、人に傷付けられることはあっても、絶対に自分からは傷付けたりしないし、控えめで伝わりにくいけど優しい奴だった。
そんな兄の常人にはわかりにくい良いところを見付け、好意を持ってくれた一花さん。
私も真面目に真っ直ぐに生きて、いつか依存ではないちゃんとしたお付き合いを、好きになった人としてみたい。
いまだ、赤面しながらモジモジしている二人を眺めてそう思った。
その3日後、私は面接を受ける為にはじめてお店に行った。
そして、採用決定後に挨拶がてら覗いた休憩室で、可愛い女の子に囲まれ、楽しそうにしている高橋さんと出会うことになる。
一花さんと、寮の外で待っていた兄と、向かい合う形でテーブルに着く。
背が高く格好良い一花さん。
初めこそ健太の彼女やエミリさんと雰囲気が被り、警戒心剥き出しにしてしまったが、底抜けに優しい笑顔を向けられ、途端に絆されてしまった。
最初兄の彼女だと言われた時は、何の冗談かと思った。
しかし、その後に数ヶ月ぶりに会った兄は、垢抜け、明るく、雰囲気が柔らかくなっていて、これなら彼女がいても不思議ではないと思い直した。
私の知っている暗くて、頼りなくて、何を考えているのかわからない不気味な兄は姿を消しており、一花さんという人の影響力に感嘆した。
二人には、健太だということは伏せつつ、元カレの嫌がらせでバイト先を2回もクビになったことを話した。
健太は兄にとっても幼馴染なので、妹との色恋沙汰なんて知りたくないだろうと思うと、詳細が話せなかった。
それでも、母から情報が漏れているという経緯から、兄は人物が思い当たった様で、「実家に戻るより寮の方が安全か…。」と呟いていた。
2人に話して随分と気持ちが楽にはなったが、問題が解決した訳ではない。
今後どうしようか、それぞれが考えあぐねていると、一花さんが大胆な提案をしてきた。
「汐ちゃん。海くんと私と一緒に働かない?」
思いもよらない申し出に、咄嗟に言葉が出てこない。
そんな私を気にせず、一花さんは何でもないことのように軽く続ける。
「ここから徒歩圏内だからまたすぐに見つかっちゃうかもしれないし、職種は選べないのは申し訳ないけど。私達と一緒に働こう?」
そう言ってまた引く程優しい顔で微笑んでいる。
「ダメです。すぐ見つかります。…もう誰かに迷惑掛けたり、がっかりされるの嫌です…。」
涙で視界が歪む。
「こうして話を聞いてくれただけで十分です。これ以上はもう大丈夫ですから。」
誰にも依存せずに、働いて頑張ってみたい。
だけど、新しい場所でまた上手く出来ずに切り捨てられたら、今度こそ立ち直れない。
健太も怖い。
一花さんや兄にまで迷惑を掛ける前に断って、また一人の寮に戻らなくては。
そう思っていると、笑顔の消えた一花さんが再度口を開いた。
「汐ちゃん。厳しいことを言うね。」
まるで自分が厳しいことを言われたかのような苦しそうな表情に息を飲む。
「もうどれを選んでも、誰にも迷惑掛けないなんて無理なんだよ?」
真剣な表情の一花さんに、唐突に確信を突かれ、私は言葉を失った。
「でもそれは汐ちゃんがダメな人だからじゃなくて、一人で解決できない問題に直面している時は皆そうなんだよ?私は汐ちゃんが一人で強がって結果周りに掛けてしまう迷惑より、私達に頼って甘えて掛けてくれる迷惑の方が嬉しいけどな。」
瞬きも忘れ、慈しみに満ちた一花さんの顔を眺める。
どうしてこの人は初対面の私にここまでの優しさをくれるのだろう。
きっと、心底優しい人なのだろう。
だけどこれに甘えてしまった時、私はまたダメな人間にならないだろうか。
「あ、ちょっと強引過ぎだよね。ごめんね。勿論、バイトしたくなかったり他にやりたいことがあるなら無理強いしないからね。『迷惑掛けたくない』って以外の理由で断られたら、すぐ引き下がるから。」
この時、今まで私が依存してきた人達と一花さんは違うと感じた。
私が依存してきた人達は、皆決定事項を突き付けてきた。
それが悪い訳ではない。
だけど私のように際限なく甘えてしまう人間にそれは劇薬だった。
一花さんは行動力があり一見は強引だが、最終的な選択は私に委ね、尊重してくれている。
そして、底抜けに優しいが、甘やかしてくる訳ではない。
ここ最近、ずっと堂々巡りで腐っていた気持ちが、この短時間で急激に良い方へ動き始めた。
私は一花さんのいるお店で働きたいと自然と思えた。
一花さんがトイレに立っている隙に、今日再会してからずっと疑問だったことを兄に問いかける。
「お兄、どうやって一花さんみたいな素敵な人捕まえたの?」
妹でなければ許されない、かなり失礼な発言だが、兄は同意するように深く頷いて答えた。
「それが…。俺にもわからない。付き合い始めた時は、俺まだ暗くてキモいままだったからね。それでも好きになってくれてたって、俺本人が一番納得できてないよ。」
驚いた。
兄が一方的に思いを寄せ、一念発起して身なりを整え、必死にアプローチして彼氏の座を掴み取ったものだと決め付けていた。
遠慮のない兄妹間のやり取りで、発言の失礼度が加速する。
「一花さんて好みがちょっと変わってるのかな?」
「いや、元カレはイケメンらしい。」
「えー…。」
益々もって兄な理由がわからなくなってきた。
一花さんという人は、今日一日接しただけでも十分信用に足る人だと確信できる。
だけどどうして兄なんだろう。
そこだけが引っ掛かってしまう。
「何の話?」
トイレから戻り、着席した一花さんが可愛く小首を傾げている。
見た目も行動も格好良いのに、時々見せる笑顔や仕草が可愛らしい。
こんな素敵な人、もっといくらでも相手がいそうなのに。
「一花さんは兄のこと本当に好きですか?」
我慢できなくて思うままに疑問をぶつけてしまった。
途端に顔を真っ赤にして俯く一花さん。
あ、もう大丈夫です。
本当に兄が好きなんですね。
なんかすみませんでした。
釣られて隣の兄まで赤面している。
お前は照れてんじゃねぇよ。
どうして兄なのかはわからないままだが、兄を本当に好きなのかどうかは確認できた。
以前の兄は、暗くて考えていることもわからなくて、友人に紹介するのがはばかられるくらいキモかった。
だけど、昔から真面目だし、人に傷付けられることはあっても、絶対に自分からは傷付けたりしないし、控えめで伝わりにくいけど優しい奴だった。
そんな兄の常人にはわかりにくい良いところを見付け、好意を持ってくれた一花さん。
私も真面目に真っ直ぐに生きて、いつか依存ではないちゃんとしたお付き合いを、好きになった人としてみたい。
いまだ、赤面しながらモジモジしている二人を眺めてそう思った。
その3日後、私は面接を受ける為にはじめてお店に行った。
そして、採用決定後に挨拶がてら覗いた休憩室で、可愛い女の子に囲まれ、楽しそうにしている高橋さんと出会うことになる。
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