休憩室の真ん中

seitennosei

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私は面食いで、格好良い人が好みのタイプだ。

3年前。
私が高校1年生の時、初めての彼氏が出来た。
4歳年上の当時大学2年生で、塾講師の大和先生。
背が高くて格好良くて、私のタイプ通りの人。
女生徒だけでなく、講師や事務の女性達からも人気があった。
そして優しくて面倒見が良くて、そんなところも含め、ちょっと高橋さんに似ていると思う。
そのお付き合いは、勿論誰にも内緒だった。
講師と生徒は基本的にプライベートで会うことは禁止されているし、交際なんて以ての外だ。
だからいつも不安だった。
大和先生をフリーだと思って、色んな女の人がアプローチしてくるし、大和先生もそれに優しく対応していたから。

そんなある日、大和先生が言った。
「地元の女友達が毎朝電車で痴漢に遭うから、彼氏の振りをして一緒に登校する事になった。」
意味がわからなかった。
彼氏の振りって必要?
沢山いる地元の仲間の中で、どうして大和先生なの?
全く納得がいかなかった。
そして醜い嫉妬心が会ったことも無いその女性にまで向いた。
本当は痴漢なんて口実で、大和先生を好きなだけじゃないの?
そう考えてハッとした。
醜い考え方過ぎて自分で自分が怖くなった。
毎朝痴漢に遭っていたらそうとう怖いはずだ。
その女性に対して、同じ女として許されないような酷いことを考えてしまった。
それでもどうしても黙っていられない。
「どうして彼氏の振りするの?私だって痴漢に遭った時怖かったけど自分で頑張って逃げたよ?」
不満が口をついて出た。
大和先生は困ったように眉尻を下げ、私を見つめ、諭すように言った。
「彼女、男性経験がないんだよ。もともと地元仲間の男にしか慣れてなくてさ。汐は処女じゃないし、お兄ちゃんもいて男に免疫あるし、彼女の恐怖はわからないだろ?」
丁寧に説明してくれているのに、全く意味がわからなかった。
結局、彼氏の振りする意味はどこなの?
処女じゃないと痴漢に遭っても平気だと思っているの?
兄がいて男に慣れていたら、痴漢に遭っても怖くないと思っているの?
大体、私を処女じゃなくしたの大和先生なんだけどな。
大和先生以外の男の人に触られたら嫌だし、そういう時は大和先生に助けて欲しいよ。
私を助けてくれないのに、他の女の人は助けるんだ。
疑問と不満がぐるぐると頭の中に渦巻いた。
そして、私は急に疲れてしまった。
格好よくて、大人気で。
だけど、付き合っていることは内緒にしないとならなくて。
その不安を取り除く言葉や行動はくれない。
人目をはばかり、こそこそと家に遊びに行く以外に会う方法もない。
人に見られたらいけないから、遅くなっても送ってくれない。
なのに、他の女は痴漢から守るって言う。
取られたくない不安。
嫌われたくない不安。
捨てられるかもしれない不安。
不安。不安。不安。
日々襲ってくる不安に加え、大和先生の配慮のない発言に、ぷっつりと我慢の糸が切れてしまった。

その後直ぐに別れを告げた。
意外なことに大和先生はごねた。
気持ちが冷めていた私は、それを少し面倒くさく感じた。
女なんて選び放題だろうに、こんな小娘に「別れたくない。」って縋りついてきた時は、滑稽にすら思えた。
それなら、少しでも他の女の人より大切にしてくれれば良かったのに。
どうして、たったそれだけの事をしてくれなかったんだろう。
きっと私にそれをするだけの価値がなかったのだろう。
そう思えて悲しかった。

塾とは関係のない友人数人と、一つ年上で幼馴染の健太には、大和先生と付き合っていることを話していた。
報告として大和先生と別れた経緯を話すと、健太が言った。
「汐は俺じゃないとダメだな。」って。
健太は全然格好良くない。
太ってはいないが、身体はずんぐりしているし、ゴツゴツと骨ばった丸顔はまるでジャガイモみたいだ。
目も細くてハッキリしないし、中学の時のあだ名は犯罪者だった。
口は悪いし、大和先生の様なわかり易い優しさもない。
だけど、行動も言うこともシンプルだし、何より信頼できた。
赤ちゃんの時からずっと一緒だからか、健太のキャラクター性なのか、何を言われても、何をされても安心できてしまう。
だから私は健太に甘えてしまった。
健太が私の人生の正解なのかもって、その時は感じた。
そう思った瞬間、格好良くない健太が格好よく見えた。
私に安心をくれる健太が大切に思えた。
タイプと正反対なのにこんなに惹かれるってことは、これが本物なんだ。
これが本当の好きってことなんだ。
もう健太の言うことしか信じられないし、健太だけいてくれれば良い。
気付いたら、私は健太の言う通りにしか行動できなくなっていた。
他の男と話すな。
露出のある服を着るな。
俺がいないと何もできないくせに。
俺の言う通りにしていれば大丈夫だから。
私は一切の思考を放棄し、健太の言うままに行動した。
あれだけ不安だった日々から連れ出して安心をくれた健太。
その時の私は完全に健太の信者だった。

高校3年の春。
付き合って1年半経つ頃、なんの前触れもなく健太に別れを告げられた。
「好きな人と付き合えそうだから別れてくれ。」
それは正に青天の霹靂だった。
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