休憩室の真ん中

seitennosei

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都心のオシャレなカフェ。
夕方のテラス席には西日が差し込みはじめている。
「まだ暑いけど、日が傾くのは早くなってきたな。」
俺の目の前には見慣れない男の子がパラソルから外れた西日に照らされ座っている。
「首がスースーする…。」
その少年は自分の項を擦りながら居心地悪そうにボソボソ喋る。
「俺、浮いてない?」
そう不安そうに何度も確認して来るが、本人の挙動がオドオドしている以外は、オシャレな街並みに問題なく溶け込んでいる。
「心配し過ぎだろ。俺のプロデュースが信用出来ねぇのか?」
「そういう訳じゃなくて!…でも違和感が凄くて…。こんなに買い物したのもはじめてだし…。」
そう言うと隣の椅子に置いている大量の荷物に目線を落とした。
俺は改めてそいつの全身を眺める。
綿のノーカラーシャツに紺のカーディガンを羽織り、ベージュのシェフパンツを履いている。
長めの前髪をセンターで分け、後頭部が丸いシルエットになるように項は刈り上げられ、白く細い首が露出している。
真新しいアディダスのスニーカーとシリコンベルトのスポーティーな腕時計。
そして意識高そうな丸メガネ。
どこからどう見ても今どきの大学生だ。
海は時たま驚くほど仕草が子供っぽかったり中性っぽいことがある。
「格好良くしてくれ。」なんて言われた時は、とんでもない無理難題を吹っ掛けられたと思ったが、カワイイ系に方向転換したら一日で簡単に完成した。
「これは…大成功だろ。一花も喜ぶぞ。」
俺の視線の先で居心地悪そうに海は照れている。

今日一日大変だった。
午前中に美容院でカットし、メガネ屋でコンタクトを作った。
その後軽くランチをして、ついさっきまで何時間も歩き回り、大量に服を買った。
あれだけ俺に任せるって言っていたのに、美容院でいざカットという段階で前髪を切る事に抵抗を見せるし、 コンタクト作った後で「目の前にフレームないと落ち着かない。」とか言い出して伊達メガネ買うはめになったりで、全然一筋縄でいかなかった。
それでも予想以上の出来を見ると達成感もひとしおだ。
「高橋くんのお陰で一花さんとのはじめてのデート楽しめそうだよ。」
無邪気に笑って海が言った。
「まあな!俺を頼ったのは正解だったぞ。」
少し大袈裟に胸を張って返す。

海は良い奴だ。
それに面白い。
今日一日一緒にいて全く飽きなかった。
彼女と会う時よりワクワクした。
これからも海とは良い仲でいたい。
一花も良い奴だ。
サバサバしていて色気は足りないが、優しく気遣いができて、しっかりしている。
二人には幸せになって欲しいと純粋に思う。
だけどなんだろう、この感じは。
寂しい?
悲しい?
そのどれもしっくりこない。
そこまで明確に負の感情ではないのだが、少なくとも二人の交際に対してショックを受けたことは事実だ。
長い付き合いでバイトの中では仲の良い方だった一花、最近急激に仲良くなった海。
それをそれぞれに取られた感じ。
除け者にされた感じ。
が近い様な気がするが、それもしっくりはこない。
普通に幸せそうで妬んでいるだけだろうか。
自分の中に自身でも分析しきれない感情があるなんて思わなかった。

「海、これさ…。」
俺は1つの箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
「一花って来月誕生日だろ?これ渡しておいてくんない?」
中身は海が今しているシリコンベルトの腕時計と色違いの物だ。
「今まで一花の誕生日祝う様な仲じゃなかったからビックリするかもしんないけど、お前らの付き合った祝いも兼ねてるからさ。」
海が受け取りやすいような理由も付け加える。
「え?一花さんって10月誕生日なの?知らなかった…。」
海は少しショックを受けた様に俯いた。
「一花もさ、付き合って直ぐに自分の誕生日とか言い難かったんだろ。プレゼントの催促しているみたいになるしな。まだシフト間に合うから休み取って当日は二人で過ごせよ。」
「…うん。そうだね。ありがとう、教えてくれて。一花さんへのプレゼントも渡しておくよ。」
テーブルの上の箱を丁寧にリュックに仕舞い、海は笑顔に戻った。
罪悪感で胸がピリッと痛む。
二人を応援しているからこそ、多分知らないであろう一花の誕生日を、海に教えてあげたかった純粋な気持ちは勿論ある。
だけど胸の中で大半を占めているのは優越感だった。
俺の方が一花のことを知っている。
くだらないマウントだな。
頭ではわかっている。
俺は付き合いが長くて多少の情報を多く知っているだけで、一花が全てを見せたいと思い、心を開いているのは海なのにな。
「お前が買った時計とお揃いにしたから、誕生日には早いけど初デートの時に渡してすぐ使えよ。したらお揃いでデートできるぞ。」
「なるほど!流石高橋くん!ありがとう!」
こうやって、彼氏である海の前で海より先にプレゼントを身につけさせる状況を作るとか…。
どこまで小賢しいんだ。
二人の間に無理やり俺の存在を少しでも植え付けるみたいに。
「高橋くん、まだ時間大丈夫だったらさ、一花さんのプレゼント選ぶのついてきてくれない?」
「お、いいぞ。今日はとことん付き合うからな!」
海が屈託無く接してくる度、ほんのり息苦しくなる。
応援したいけど、俺を抜きに幸せな二人を見るのは苦しい。
俺の存在を示したいのに、罪悪感でそれも苦しい。
俺の情緒は一体どうなってしまったのか。
せめてもの罪滅ぼしに、これから行く海のプレゼント選びは全力で協力をしよう。
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