傾く方へ

seitennosei

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その後の二人。

マウント。

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積まれたダンボールに寄りかかって床に座り込む木内さん。
その腕の中に私はスッポリと包まれている。
なんとも居心地が良い。
後ろから伸びている木内さんの手が私の手を包んで、持ち上げたり指を一本一本摘んだりして弄んでいた。
2人してそれを眺め暫く呆けていると、木内さんのお腹からぎゅーっと音が鳴り2人で顔を見合わせる。
「ふふっ…お蕎麦つくりましょうか?」
「んー…。もう少しこのまま…。」
立ち上がりかけた私を木内さんは抱き寄せた。
密着する身体。
私の胸の前でガッチリと交差する木内さんの腕。
大きな手は両肩を掴んで離さない。
耳を擽る吐息。
「ユリ…。」
切なそうな囁き。
とても苦しそうだ。
もう付き合って半年も経つのに。
毎日一緒に居て毎日好きって伝えているのに。
この人にはその全部は届かないのかな?
「木内さん?何か不安なんですか?」
「不安…は、ないけど…。戸惑い?なのかな…。どうしたらいいのか分からないんだよ…もうずっと。」
包む腕に更に力がこめられ、私の耳の後ろにピタッと木内さんの鼻が収まった。
こんな所がパズルみたいに嵌るなんてと思ったら少し笑える。
「俺さ、今までの彼女も遊んでた子達も誰にも真剣に好きって言われた事ないんだよね…。俺も言った事なかったし。だからユリが好きって言ってくれると頭おかしくなりそうなくらい幸せなのにどう返したら良いのか分かんないんだ…。」
「そっか…。思った通りに返せば良いと思うけど。『嬉しい』とか『自分も好き』とか。」
「うん…それで良いんだな。」
当たり前の事なのに、この人は知らないんだ。
好意の受け取り方も、気持ちの伝え方も。
「あと、ユリが他の男と話してるの嫌だったり、岡田くんに貰ったヘアアクセサリーいまだに使ってんのすげーモヤモヤすんのって普通?心狭い?」
「え!?」
驚きのあまりガバッと振り返る。
その視線から逃げる様に木内さんは赤くなった顔を伏せた。
木内さんがヤキモチ?
独占欲を見せる事は度々あたったけれど、もう終わっている元カレに対して明確に嫉妬をしているとは知らなかった。
私は慌ててフォローを入れる。
「普通普通。心狭くないよ。私も逆の立場だったらヤキモチやくし。壱哉のプレゼントはもう使うの止める。木内さん気にしてないかと思って配慮が足りなかった。ごめんね?」
「あー、それもヤダ…。その、岡田くんは名前呼びでタメ口なのに…。」
「じゃあ、稔…くん。って呼ぶ…。これから。敬語も完全になくすから。」
「うん…。ああー、もぉー、ホントさー。」
グイッと顔が横に向けられた。
覗き込んでくる木内さんと目が合う。
拗ねている様に不機嫌な顔。
切れ長の目を鋭く光らせ。
「ねぇ、稔くんって呼ぶの?これから?俺の事?はー、もー可愛過ぎだろ。」
ちゅっと音をたてて触れるだけの優しいキスをくれた。
「もっかい呼んで。」
「稔くん。」
「はー、ユリ…。」
ちゅっちゅっと何度もキスをする。
口だけでなく頬や額にも。
抱く腕の力はそのままに、優しく何度も何度もキスをされて。
まるで宝物を愛でるみたいに可愛がってくれるから、私の胸はぽかぽかと暖かくなった。
木内さん…稔くんにも暖かさをあげたい。
私は身体を捻り、稔くんの顔を両手で挟むと、額にキスをした後胸に抱く。
「稔くん、好き。」
「俺も…好き。」
ダメだ。
稔くんを暖めたいのに、また私の胸が暖かくなってしまった。
言葉で届くのかは分からないけれど、稔くんに大丈夫だよって伝えたい。
「ねぇ、稔くん。嫌な事は嫌って言って良いんだよ?好きって思ったら好きって口にして良いんだよ?」
「浮気は?」
「え?」
「浮気しないでって言っても?器小さくない?嫌いにならない?」
「あのね!」
胸に抱いていた顔。
それを無理矢理こちらに向け、また目を合わせる。
「言っても良いに決まってんでしょ!浮気なんて普通にダメなんだから!しないで欲しいって言って当たり前だし、もしされたら怒って良いの!」
「でも怒ったら嫌いになるだろ?」
「なんない!」
コツンと額を付け強く言い聞かす。
「自分が悪い事してそれを怒ってくれてる人を嫌いになったりしない!」
頬に涙が伝う。
私はいつの間にか泣いていた。
稔くんがここまで臆病になってしまった理由を思うと泣けてしまいどうにも涙が止まらない。
これまでどれだけ自分を殺して生きてきたのだろう。
どれだけ傷付いたのを隠していたのだろう。
浮気なんてする気はないけれど、浮気はしないって口にするよりも、怒って良いんだよって言葉の方が稔くんには必要な気がした。
私の涙を指で掬って稔くんが言う。
「浮気しないで…。」
「うん。分かった。」
「元カレの思い出は全部仕舞って。」
「分かった。」
「他の男の前で可愛くならないで。」
「…うーん、分かった。気を付ける。」
「ずっと好きでいてくれる?」
私は顔を寄せ、自分の唇で稔くんの唇を挟んだ。
ふにっと柔らかい感触。
そのままふにふにと数回食んでからちゅっと吸ってを繰り返す。
私にされるがまま唇を弄ばれている稔くんが愛おしくなってまたギュッと抱きしめた。
「ずっと好きだよ。」
「はー。すげぇ幸せ…。絶対俺の方が好きだけど。」
「ふふっ、そんな事でマウントとんな。」

結局暫くイチャイチャしたせいでその日は全く荷解きが進まなかった。
その後は仕事の忙しさも相まって、最後のダンボールが片付くまでに一ヶ月以上掛かった。
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