傾く方へ

seitennosei

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その後の凛子。

走る。

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手紙を出して一週間が過ぎた頃。
家でのリモートワーク中。
『無理無理。俺には絶対無理。店舗責任者も、…あの子に会いに行くのも。』
タブレット越しのみーが情けない声を出している。
私は意外に思っていた。
みーって本当はこんなにダメな子なんだなーっと。
一緒に居た長い時間、みーが弱音を吐いたり情けない姿を私に見せた事なんて一度も無かった。
どれだけ酷い事も黙って受け入れて、決して周囲の人間を傷付けたりしない、ひたすらに優しい人間。
いつも冷静で頭の回転が早くて頼りになる男だった。
それがまさか、思考を停止させながら駄々を捏ね弱音を吐き散らすだなんて。
最初から今のみーだったら絶対付き合ってないなと、自分の行いを棚に上げて思ってしまった。
本性が隠せない程、ユリには必死なんだという事なんだろうけど…。
「甘ったれんな。ユリの事は勝手にすればいいけど、異動と店舗責任者の件は辞令なんだから行ってもらうよ。」
『くっそー…。絶対凛子が社長に口出したんだ。』
画面の向こうのみーが睨んでいる。
それを受け流し私は微笑んで煽った。
「いやぁ、妊娠してなきゃ喜んで私が行ったけどねー。新店舗もユリの所にもさ。」
『っ…。』
「今までの事ごめんねって謝って、好きだよって伝えて、ハグしてキスして、もう離さないって…」
『おい!』
「だって私みーに負けないくらいユリの事好きだもん。」
みーはムッとした顔で黙り込んだ。
私は挑発を続ける。
「ユリがもう私の事嫌いでも。会いに行ったら拒否られるかもしれなくても。それでも抱きしめたい。今一人で泣いてるかもって思ったら、私っていう存在が望まれていなくても抱きしめてもう一人にしない。」
『…。』
「だけどもう私には何より優先しないといけないモノができたからね。」
自然とお腹に手が伸び、愛おしくなってそのまま撫でる。
そしてまるでみーに言っているわけではないと言わんばかりにお腹の子に問い掛けた。
「ママは横浜には行けないもんねぇ?」
ユリはきっと今でもみーの事が好きだ。
ユリがみーを拒絶したのは嫌になったからではなくて、タイミング的に考えても私のせいで身を引いたからだ。
元凶である私が今更お膳立てしても上手くはいかないのかもしれない。
新天地で心機一転頑張ろうとしているユリには要らないお節介なのかもしれない。
それでもやっぱりこのままではダメなんだ。
みーはユリに本当の気持ちを伝えるべきだし、ユリもみーの本心を聞いて少しでも傷を癒す必要がある。
『もー、分かったよ。』
暫く黙っていたみーが口を開いた。
さっぱりとした顔でこちらを見ている。
決意が固まった様だ。
『あの子に会いに行くか…は別だけど。仕事はちゃんとしますよ。』
「うん、そうね。じゃあ、まあ、今はそれで良し。」
お互いに歯切れの悪い言い方だけれどちゃんと分かっている。
みーはユリに会いに行くだろう。
これで肩の荷が一つ降りた。
勝手に引っ掻き回して頼まれてもいないのに背負い込んだ荷物。
だけど自業自得でも自己満足でも、それが一つ一つ解決に近付くようにしていきたい。
それがせめてもの償いだから。

そのまま仕事の引き継ぎについてリモートを続けていると、ピンポーンとうちのインターホンが鳴った。
基本的に人を招かない家に来客は珍しい。
通販か宅配か…?
何か注文してたっけ?
「ごめん、ちょっと確認してくる。」
みーに断りを入れ席を立ち、インターホンの画面を確認すると。
15cm四方の画質の悪いモニター。
その中に一人分の人影が。
有り得ない姿に息を飲む。
見覚えがあるけれど、信じられない人。
「…パパ…?」
いやいやまさか。
そんなわけない。
暫く固まっているとモニターの中の人物が動き、再度インターホンが鳴った。

ピンポーン

私は弾かれた様に走り出し、みーと繋がったままになっているタブレットの前に戻る。
「あ、あの、どうしよう、どうしっ。みー。」
『え?ん?どうした?何?』
慌てふためく私を見てみーも困惑している。
「みのるさっ。ぱぱ…。実さんが来っ。え?急に。家知ってたんだ…。な、何で。」
『は?おい。凛子?』

ピンポーン

3度目の呼出音。
これ以上待たせたら帰っちゃうかもしれない。
早くどうするのか決めないと。
焦りが加速する。
「どうしようどうしようどうしようどうしよう…」
『凛子!!』
「うそ?え?何で何で?…」 
『凛子!!!』
みーの声で目が覚める。
私はタブレットに齧り付く勢いでみーに縋った。
「みー…。どうし…」
『何してんだ、早く出ろ!出ないと絶対後悔するから!』
叫ばれて背筋が伸びる。
そうだ、このままでは後悔する。
今会わなかったら絶対後悔する。
このままじゃダメなのはみーでもユリでもなくて私だ。
みーとユリが上手くいく手助けをしながら目を逸らしていた。
拒絶されるのが怖くて会いに行かないのは私だ。
もうとっくにずっと後悔してたのに。
タブレット越しのみーを見る。
『良いから!早く!』
事情なんて何も知らないくせに「実さん」の一言で全て察して背中を押してくれているみー。
私は向き合わなければならない。
「みー、ありがとう。…切るね。」
そう告げるとみーの方から通話が切れた。
途絶える瞬間、みーは初めて見る優しい笑顔で送り出してくれていた。
私は立ち上がりインターホンへ走る。
そして。
「はい!」
勢いよく応答した。

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