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傾く方へ。
最低最悪の状況。
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あの子を初めて見たのは3ヶ月程前の休憩室だった。
喫煙室の中で凛子が知らない女の子と話しているのをガラス越しに目にしたのが最初だ。
スラッと細く、レースのブラウスとビスチェタイプのワンピースから細長い手足を覗かせて、空調の風に揺られているほんのりブラウンの髪は綺麗に巻かれふわふわしていた。
凛子とはとても仲良くなれそうにもないタイプに見えるのに、隣に居る彼氏らしき男そっちのけで楽しそうに話し込んでいるのが印象的だった。
だけどどうせそれも長くは続かないだろう。
隣の男は確か同じフロアにあるスニーカー屋の岡田とかいう奴だ。
最近良くうちの店に顔を出すから覚えてしまった。
頻繁に来ては殆ど店頭に居ない凛子を探す素振りをしている。
今だって視線はずっと凛子の胸元に向いているのだから、横のゆるふわ女との関係が壊れる日も近いだろう。
俺はゆるふわ女を気の毒に思いつつも気に食わない所が目に付きイライラもしていた。
この女、喫煙室にいる癖に一向にタバコを吸う気配がない。
もしかして喫煙者でもないのに毎回喫煙室まで彼氏に着いて行っているのか?
全く理解できない。
そんな所まで恋人に合わせるとか。
健気と言うかアホと言うか…。
これだからゆるふわ女は馬鹿で嫌いだ。
なんて思っていた。
だけど程なくして状況は一変した。
案の定、岡田君が凛子に本気になり始めたのだが、驚いた事に凛子の方も何故か彼を気に入っている素振りを見せた。
凛子はいつも言い寄ってくる男とは気安く寝るけれど、あからさまに自分からアピールする事はない。
それが岡田君に関しては積極的に近付き、明らかな好意を見せ付けている。
今までとは違うパターンに俺は完全に焦った。
今回はもしかしたら凛子が俺の元に帰って来ないかもしれない。
そう思ったら居ても立っても居られなくなり、二人の仲をどうにか阻止しようと考えた。
そうして思い付いたのが協力者としてあの子を巻き込む事だった。
だけどそれ以外にも思う事があって…。
それはあれだけ男に尽くしているのに惨めに捨てられようとしているゆるふわ女。
それを間近で見てみたいという意地の悪い感情だ。
あんな主体性のない女、自我の塊みたいな凛子の強烈な魅力に適うわけがない。
一人で生きていけないのに一人にされそうになっている。
俺よりも可哀想な存在。
それを同志って言葉で飾って傍に置きたかったのが本音だ。
そうやって見下していたんだ。
今となっては、主体性もなく一人で生きて行けてないのは俺の方なんだけどな。
凛子だってそうだ。
卑怯で狡くて弱い。
這い上がる努力はしない癖に、一人で居たくなくて周囲の足を引っ張って引き摺り落とす。
結局、しっかりと自分の足で立っているのはあの子一人だけだった。
今、あの子が笑顔で俺を呼ぶ。
「木内さん。」
本当は俺も「ユリ。」って言いたいけど、あの子の匂いに溺れている時しか気恥ずかしくてそう呼べない。
俺は愛しさに胸を締め付けられ、堪らず手を伸ばす。
答える様に彼女も手を伸ばしてきた。
これが自然な形なんだと錯覚を起こす程しっくりとくる。
思わず「好きだ。」と零しそうになり、咄嗟にあの子の髪に顔を埋めて誤魔化す。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あの子は顔を上げると笑顔で見上げてきた。
そして。
「木内さんが好きです。」
ぐっと音を鳴らして喉が詰まった。
嬉しすぎて声が出ない。
もぞもぞと腹の底から湧き上がる幸福感が詰まった喉で渋滞して、そのまま膨らんで出口を探して毛穴から噴出するみたいに鳥肌が立つ。
良かった。
彼女の言っていた好きな人って俺の事だったんだ。
喜びと安堵と興奮で情緒が可笑しくなり心臓が暴れている。
身震いしながら懇親の力で抱き締めると、細い身体で必死にしがみついてきた。
愛おしくて愛おしくて頭が可笑しくなりそうになる。
「ユリ。」そう呼ぼうと口を開きかけた瞬間。
カタンッ。
玄関の方、外から音がした。
ああ、大家が掃除してるのか…。
窓から差し込む光の感じでもう昼なんだと思った。
ぼんやりと腕の中にある筈の温もりがない事に気付く。
ああ、俺は眠っていたのか…。
そして完全に覚醒し青ざめる。
あの子が居ない。
いつの間にか眠ってしまった自分に腹を立てつつ、部屋を眺め状況把握をする。
これと言って代わり映えのない自分の部屋。
だけど床に目を落とすと俺が破いたあの子の服とブラが転がっていた。
そしてダイニングテーブルに「パーカーを借ります。」とだけ書かれた置き手紙。
自分に都合の良い、随分と浮かれた夢を見ている間に傷付いたあの子は一人ここを出ていった様だ。
慌てて作業台に置いていたスマホを手に取り、メッセージを送ったり通話を試みたりしたけれど、当然の様に全てに返答はない。
俺は頭を抱えた。
なんて事を仕出かしてしまったのか。
あの子に好きな人が出来たと聞いてから、自分で自分が全く制御出来なくなって。
あの子を何とか自分の物にしようと最悪な方法をとってしまった。
凛子と離れられない癖に、あの子に子供でも出来てしまえば良いとまで思ったんだ。
そうすれば俺の物になるだろうなんて…。
あの子は大丈夫だろうか?
今どうしているのか。
そうやって心配している頭の片隅に、この期に及んでまだ「どうにかして関係を続けられないだろうか。」という自分勝手な思考が居座っている。
さっき見た幸せな夢が頭から離れない。
俺はどうしたら良いのだろう?
そもそもどうしたいのだろう?
凛子との未来もあの子への償いの術も分からないのに、一つ確かなのはどうしても他の男にあの子を触らせたくないって事で。
俺が今一番後悔している事はあの子をレイプした事ではなく、あの子がここを立ち去るのを阻止出来なかった事の方なのだから何処までもクズだ。
今まで生きてきてこれ程までに自身を見失った事は無い。
俺は何に対してもどこか冷めていて、諦めるのが得意で。
手放さない為に諦めたり我慢した事は数え切れない程あるが、手放したくなくて暴挙に出たのは初めてだ。
一旦自分を客観視しなければ…
全裸で下半身ガビガビで、乱れたベッドの上で項垂れる頭の可笑しい男。
付き合ってもいない女の子を無理矢理襲って逃げられて。
今この瞬間に警察が押し入って来たって不思議はない。
俺史上最低最悪の状況。
ああ、ダメだ。
やっぱり冷静になんてなるんじゃなかった。
喫煙室の中で凛子が知らない女の子と話しているのをガラス越しに目にしたのが最初だ。
スラッと細く、レースのブラウスとビスチェタイプのワンピースから細長い手足を覗かせて、空調の風に揺られているほんのりブラウンの髪は綺麗に巻かれふわふわしていた。
凛子とはとても仲良くなれそうにもないタイプに見えるのに、隣に居る彼氏らしき男そっちのけで楽しそうに話し込んでいるのが印象的だった。
だけどどうせそれも長くは続かないだろう。
隣の男は確か同じフロアにあるスニーカー屋の岡田とかいう奴だ。
最近良くうちの店に顔を出すから覚えてしまった。
頻繁に来ては殆ど店頭に居ない凛子を探す素振りをしている。
今だって視線はずっと凛子の胸元に向いているのだから、横のゆるふわ女との関係が壊れる日も近いだろう。
俺はゆるふわ女を気の毒に思いつつも気に食わない所が目に付きイライラもしていた。
この女、喫煙室にいる癖に一向にタバコを吸う気配がない。
もしかして喫煙者でもないのに毎回喫煙室まで彼氏に着いて行っているのか?
全く理解できない。
そんな所まで恋人に合わせるとか。
健気と言うかアホと言うか…。
これだからゆるふわ女は馬鹿で嫌いだ。
なんて思っていた。
だけど程なくして状況は一変した。
案の定、岡田君が凛子に本気になり始めたのだが、驚いた事に凛子の方も何故か彼を気に入っている素振りを見せた。
凛子はいつも言い寄ってくる男とは気安く寝るけれど、あからさまに自分からアピールする事はない。
それが岡田君に関しては積極的に近付き、明らかな好意を見せ付けている。
今までとは違うパターンに俺は完全に焦った。
今回はもしかしたら凛子が俺の元に帰って来ないかもしれない。
そう思ったら居ても立っても居られなくなり、二人の仲をどうにか阻止しようと考えた。
そうして思い付いたのが協力者としてあの子を巻き込む事だった。
だけどそれ以外にも思う事があって…。
それはあれだけ男に尽くしているのに惨めに捨てられようとしているゆるふわ女。
それを間近で見てみたいという意地の悪い感情だ。
あんな主体性のない女、自我の塊みたいな凛子の強烈な魅力に適うわけがない。
一人で生きていけないのに一人にされそうになっている。
俺よりも可哀想な存在。
それを同志って言葉で飾って傍に置きたかったのが本音だ。
そうやって見下していたんだ。
今となっては、主体性もなく一人で生きて行けてないのは俺の方なんだけどな。
凛子だってそうだ。
卑怯で狡くて弱い。
這い上がる努力はしない癖に、一人で居たくなくて周囲の足を引っ張って引き摺り落とす。
結局、しっかりと自分の足で立っているのはあの子一人だけだった。
今、あの子が笑顔で俺を呼ぶ。
「木内さん。」
本当は俺も「ユリ。」って言いたいけど、あの子の匂いに溺れている時しか気恥ずかしくてそう呼べない。
俺は愛しさに胸を締め付けられ、堪らず手を伸ばす。
答える様に彼女も手を伸ばしてきた。
これが自然な形なんだと錯覚を起こす程しっくりとくる。
思わず「好きだ。」と零しそうになり、咄嗟にあの子の髪に顔を埋めて誤魔化す。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あの子は顔を上げると笑顔で見上げてきた。
そして。
「木内さんが好きです。」
ぐっと音を鳴らして喉が詰まった。
嬉しすぎて声が出ない。
もぞもぞと腹の底から湧き上がる幸福感が詰まった喉で渋滞して、そのまま膨らんで出口を探して毛穴から噴出するみたいに鳥肌が立つ。
良かった。
彼女の言っていた好きな人って俺の事だったんだ。
喜びと安堵と興奮で情緒が可笑しくなり心臓が暴れている。
身震いしながら懇親の力で抱き締めると、細い身体で必死にしがみついてきた。
愛おしくて愛おしくて頭が可笑しくなりそうになる。
「ユリ。」そう呼ぼうと口を開きかけた瞬間。
カタンッ。
玄関の方、外から音がした。
ああ、大家が掃除してるのか…。
窓から差し込む光の感じでもう昼なんだと思った。
ぼんやりと腕の中にある筈の温もりがない事に気付く。
ああ、俺は眠っていたのか…。
そして完全に覚醒し青ざめる。
あの子が居ない。
いつの間にか眠ってしまった自分に腹を立てつつ、部屋を眺め状況把握をする。
これと言って代わり映えのない自分の部屋。
だけど床に目を落とすと俺が破いたあの子の服とブラが転がっていた。
そしてダイニングテーブルに「パーカーを借ります。」とだけ書かれた置き手紙。
自分に都合の良い、随分と浮かれた夢を見ている間に傷付いたあの子は一人ここを出ていった様だ。
慌てて作業台に置いていたスマホを手に取り、メッセージを送ったり通話を試みたりしたけれど、当然の様に全てに返答はない。
俺は頭を抱えた。
なんて事を仕出かしてしまったのか。
あの子に好きな人が出来たと聞いてから、自分で自分が全く制御出来なくなって。
あの子を何とか自分の物にしようと最悪な方法をとってしまった。
凛子と離れられない癖に、あの子に子供でも出来てしまえば良いとまで思ったんだ。
そうすれば俺の物になるだろうなんて…。
あの子は大丈夫だろうか?
今どうしているのか。
そうやって心配している頭の片隅に、この期に及んでまだ「どうにかして関係を続けられないだろうか。」という自分勝手な思考が居座っている。
さっき見た幸せな夢が頭から離れない。
俺はどうしたら良いのだろう?
そもそもどうしたいのだろう?
凛子との未来もあの子への償いの術も分からないのに、一つ確かなのはどうしても他の男にあの子を触らせたくないって事で。
俺が今一番後悔している事はあの子をレイプした事ではなく、あの子がここを立ち去るのを阻止出来なかった事の方なのだから何処までもクズだ。
今まで生きてきてこれ程までに自身を見失った事は無い。
俺は何に対してもどこか冷めていて、諦めるのが得意で。
手放さない為に諦めたり我慢した事は数え切れない程あるが、手放したくなくて暴挙に出たのは初めてだ。
一旦自分を客観視しなければ…
全裸で下半身ガビガビで、乱れたベッドの上で項垂れる頭の可笑しい男。
付き合ってもいない女の子を無理矢理襲って逃げられて。
今この瞬間に警察が押し入って来たって不思議はない。
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